二乃が泊まっているというホテルのラウンジで、暫くの間お茶を飲みながらスマホをいじっていた。ここまで三玖からの連絡もないので、うまくいっていると考えて良いのかもしれない。
出番がなくて良かった。
そんな風に思っていたら、スマホの画面が着信の入った画面に切り替わった。三玖からである。
説得が終わったから、て感じの連絡かな。
そんな軽い気持ちで電話に出た。
「どうした?もう僕も用済みなら今から帰るけど──」
『先生!お願い、今からここに来て!助けてほしいの』
うーん、予想は見事に外れてしまったようである。
カップに入っていた残りのミルクティーを飲み干してから三玖の待つ部屋に向かった。
コンコン…
指定された部屋でノックをすると、なぜかはさみを持った三玖が出迎えてくれた。
何故はさみ?
「来てくれてありがとう。とりあえず入って」
三玖に促されるままに部屋の奥に向かう。すると、椅子に座ってこちらを見ている二乃が出迎えてくれた。
「何よ。あんたも来てたのね」
「まあ、下のラウンジでお茶してただけなんだけどね」
僕が二乃と話していると三玖が二乃の後ろに回り込んでいた。
「三玖からの助けてほしいって連絡があったから来てみたんだけど、助けいる?」
「ほら見なさい。あんたの勘違いで一人の犠牲者が出たわ」
「む…あんな鬼気迫るような表情の上、はさみを握って迫られたら誰だって怖がる」
二乃の言葉に文句を言いつつ、三玖は二乃の髪に櫛を通していた。
「で?結局何してるの?」
「ま、決別の意味を込めてね…三玖お願い」
「本当にいいの?」
「ええ」
心配そうな三玖に対して、決意は変わらないと言わんとしている表情で二乃が答えた。
決別……二乃の座っている後ろに三玖がいて、その三玖の手にははさみ……てことは、今からすることは──
そんな風に考えていると、三玖が行動に移した。
ジャキ…ジャキ…
あの長かった二乃の髪を三玖が一気に切りだしたのだ。
しかし、えらく大胆にいったなぁー。肩あたりから切っちゃってるから、四葉くらいのショートボブになりそうだ。
「ちょっと待って!これ切りすぎじゃない!?」
「切れって言ったの二乃じゃん」
「そうだけど…こんなの初めてだし…」
「大丈夫。可愛いって」
「ほ、本当でしょうね!」
「うん。可愛い。ね?先生」
切りすぎじゃないか心配になった二乃が三玖に大丈夫なのか確認すると、三玖は可愛いと返事をした。それでも心配そうな顔をする二乃であるが、三玖はは動じず、僕に同意を求めてきた。
「ああ。とても似合ってて可愛いよ」
「ほ、本当でしょうね!」
僕の言葉も信じられなかったのか、三玖に言った言葉をそのまま僕に向かって言ってきた。
「本当だって。キュートな感じで可愛いよ」
「そ…そう…」
僕の言葉にようやく納得したのか、二乃は右サイドの髪を弄りながら顔を赤らめた。
「それにしても、恥ずかしい言葉を平気な顔でよく言えるわね」
「うーん…僕の場合はことりで慣れてるからね。ことりって髪切る度に感想聞いてくるから」
おまけにほんの少し切ったのも気づかないと怒るときたもんだ。ま、気づいてあげた時の満面の笑顔は見ててこっちまで嬉しくなるんだけどね。
「へぇ~。ちなみに、あんたは髪型で言えばショートの方が好みだったりするの?」
「え…?」
ニヤリと笑いながら二乃がそんな質問をしてきた。そんな質問に三玖は驚きつつも興味あり気にこちらを見ている。
うーん、髪型の好みねぇ…
「あんまり考えたことないかなぁ。きっとその人にあった髪型っていうのがあるんだろうし。そうなると、君たち五つ子はどんな髪型でも可愛いって凄いよねぇ。皆髪型違うけど、顔は一緒な訳だし。それぞれがそれぞれの良さを十分に出してて僕は好きだけどね」
「「……っ!」」
僕が自分の考えを伝えると、二乃と三玖は顔を赤くして目を見開いてこちらを見ていた。
「?どうかした?」
「う…ううん…」
「話振っといてなんだけど、あんたと話してるとこっちが恥ずかしくなってくるわ」
「?」
はて?思ったことをそのまま伝えただけなのだが。
そんな風に話をしていたら、僕のスマホに着信が入った。どうやらことりからのようである。
「どうした?」
『あ、兄さん今どこにいるの?』
「今は、二乃が泊まってるホテルの部屋にいるよ。二乃と三玖もいるよ」
『本当に!?じゃあさ、二乃と三玖のどっちかで四葉に変装するためのウィッグを持ってないか聞いてくれない?』
「ウィッグ?」
確かことり達は四葉の説得に行っているはず。それなのになぜ四葉の変装を?
「何に使うのさ」
『風太郎君の提案なんだけど。四葉自身で合宿を断れないなら、姉妹の誰かが変装して断ればいいんじゃないかって。一応ここには一花と五月がいるけど、二人とも髪型が全然違うから…』
だから変装のしようがないと。しかし思い切ったことを思いつくな上杉のやつは。
「ちょい待って……二人って四葉の変装道具とか持ってる?ウィッグとか」
「私は先生の家から直接来たから何も持ってないよ」
「てか、そんなの何に使うのよ」
そういえば、そもそも今どういった状況なのかが二乃には分かってないよね。
「悪いことり、二乃への状況説明もいるからかけ直すわ。とりあえず駅とかに向かえばいい感じ?」
『そだね。そうしてもらえると助かるかも』
「分かった」
そこで電話を切った。
「二乃に説明してなかったから改めて向こうの状況を説明するよ。まず一つとして、この土日を使って四葉は陸上部の合宿に参加することになった」
「はぁーーー!?」
僕の言葉に二乃は驚きの表明で声をあげた。
「何やってんのよあの子は…」
そして頭を抱えるように二乃は言葉を漏らす。
「それで、一花が本当は陸上部の助っ人を辞めたいって気持ちを四葉から聞き出すことが出来たから、今ここにいないメンバーで四葉のところに向かってるんだよ」
「なるほどね」
「で、今ことりから連絡があって、姉妹の誰かが四葉に変装して、四葉の代わりに合宿に参加しませんって陸上部に伝えるのを上杉が提案したんだって」
「うん。フータローらしいね」
「それでウィッグって訳ね」
僕の説明に二乃と三玖は納得したような顔で頷いている。
「なら、ウィッグはいらないわね」
二乃が髪をかき上げながら伝えてきた。
「そっか。今の二乃の髪型だったらウィッグいらないか」
「ふふっ、そういうこと。リボンくらいだったら持ってるし、ジャージもあるから今から着替えてくるわ。ちょっと待ってなさい」
そう言うや否や着替えのために洗面台の方に二乃は行ってしまった。
暫く三玖と待っていると、ショートボブの頭にうさみみリボンを付け、ジャージ姿の女の子が出てきた。
「どうです?」
「すご…どこからどう見ても四葉じゃん」
「ま、このくらいどうってことないわね。それじゃ四葉のところに向かいましょ」
二乃の準備も終わったので、ことりに言われた通りに三人で駅に向かった。
ホテルから駅も近いのですぐに着きそうなこともあり、向かう道中でことりに連絡した。
「こっちは準備できて、もう駅に着こうとしてるけど一度合流する?」
『変装道具あったんだ!ちょっと待ってね……風太郎君、三玖たちの準備ができてそこまで来てるみたいだけど──』
ことりが上杉に確認のため声が聞こえなくなったところで、僕たちも駅が見えてきた。広場のようなところには陸上部のメンバーに四葉の姿も確認できる。
「どうするの?私があそこに行こうにも、まずは四葉をどうにかしないとじゃない?」
「そうだね。フータローのことだから、多分考えてるんだと思うけど…」
陸上部が集まっている場所から少し離れたところから、隠れながら僕達三人は様子を伺っていた。
『もしもし兄さん?風太郎君に確認したら、今から四葉を陸上部から引き離すから、変装した三玖を向かわせてほしいって』
「引き離す?それはいいけど、変装したのは三玖じゃなくて──」
「痴漢だー、痴漢が出たぞー!!」
「「「!?」」」
変装したのは三玖じゃなくて二乃であることを伝えようとした時、辺り一帯に男の人の声が響いた。
「何!?何!?」
「痴漢って……あれ、フータローだ」
二乃と三玖も現状に混乱したいるようである。そんなところに、三玖が上杉の姿を見つけたのか指を差している。
あの後ろ姿は確かに上杉であり、階段を走って登っている。しかし、この後さらに思いもよらない事が起きたのだ。
「そこの人止まりなさーい」
四葉が先ほどの声に反応して上杉の後を追っているのだ。
「……ことり。まさか引き離すってこういうこと?」
『みたい。私も驚いてるところだよ。ともかく、引き離しには成功したから、後はお願いね』
「はいはい」
そこで電話を切り、二乃と三玖に向き合った。
「今のは上杉が四葉を陸上部メンバーから引き離す作戦みたい。それにまんまと四葉も引っかかったから、今がチャンスだね。二乃」
「まったく…あいつはとんでもないことしでかすわね…まあいいわ、行ってくる」
「頑張って、二乃」
三玖の言葉に後ろ手に手を振りながら二乃は行ってしまった。
「さて。僕達もここにいてもどうしようもないし、ことり達と合流しようか」
「うん」
二乃を見送った後、僕と三玖は上杉が逃げて行った階段を上り、ことり達がいるであろう場所に向かう。
途中、二乃の方に目を向けると、二乃の目の前で腰を落として恐怖で見上げる部員の姿があった。
二乃のやつ何言ったんだ?
あの部員には申し訳ないが、ここは四葉の意思を尊重しよう。本当は四葉自身で伝えるのがベストなんだが…
階段を上りきるとそこには全員がおり、陸上部の様子を見ていた。
「おーい、ことり」
「兄さん!」
僕の声にことりがこちらを向き、他のメンバーもこちらに目を向けた。
「三玖は間に合ったのですね」
「助かりました先生。先生が三玖を連れてきてくれたおかげで…」
「私は何もしていない」
五月と上杉は、四葉に変装をしたのは三玖と思っているのか。三玖が来てくれて助かったと呟いた。
どうやら僕の陰に隠れて見えなかったようである。そんな三玖が僕の後ろからひょこっと顔を出しながら、自分は何もしていないと答えた。
「「「三玖!?」」」
「??」
なんの変装もしていない三玖の登場に、一花と四葉と五月は驚きの声をあげ、上杉は状況に理解が出来ないといった顔をしている。
「いやー、実はこっちにもウィッグがなくてさぁ。ヤバかったよ」
「え?え?じゃ、じゃあ、あれは誰だったの?」
今はいない陸上部のところに行っていた四葉は誰だったのかとことりが聞いてきた。
そんな時、後ろからコツコツと階段を登ってくる足音が聞こえてきた。
「誰かって。そりゃあ、あんな芸当が出来るのは五つ子の誰かなんだから、ここにいない姉妹でしょ」
「じ、じゃあ……」
「一…五…四…三…」
僕が四葉への変装は五つ子の誰かしか出来ないと伝えると、ことりは確信をして上杉は数を数えだした。
「いやー、二乃が泊まってる部屋に行ったらいきなり切りだすんだもん。焦っちゃったよ」
説明を始めた僕の横を、先ほどまで陸上部のところに行っていた二乃がうさみみリボンを外しながら僕の横を通り過ぎていく。
現れた二乃の姿に僕と三玖以外のメンバーが驚きの表情で見ている。
「まあ、詳しくは知らないけど。きっと何か気持ちの変化があったんだよ」
皆に注目されるなか、二乃はいつものリボンを頭の両脇に付けている。
「ね、二乃」
僕の言葉に答えるかのように髪をなびかせながら堂々と立っている。
「ちょっとぉ。そんなにサッパリいくなんてどうしたのさ~。もしかして失恋ですかー?」
「……ま、そんなとこ」
「キャー、誰と~~?三玖知ってる~~?」
「知らない」
「内緒よ」
あれだけ長かった髪を四葉と同じくらいバッサリいったのだ。何かがあったのでは、と一花がはしゃいでいるが、切った本人である三玖は平常心である。
そこで二乃は上杉と目が合ったようで、上杉はというと何か言いたげな様子である。
「何?」
「いや……」
二乃の声かけにも、何と答えたらいいのか分からないといった上杉の態度に二乃はビシッと人差し指で上杉を指差した。
「言っとくけどあんたじゃないから!」
「お、おう」
「わかったわね」
そう言うと、二乃は上杉に背を向けた。
『女の子が髪を切るなんてよっぽどのことなんだよお兄ちゃん。まあ、中には運動するために切る人もいるけど、やっぱり女の子にとって髪は大切なものだから…そうだなぁ…例えば、よく言われてるのが失恋だね。それから、思い出との決別みたいなのもあるかな。心機一転みたいな』
以前、ことりに何となく女の人が髪切ることについて聞いてみたことがあった。
今回の二乃の行動は、上杉が扮したキンタローへの想いを絶つこと。それと、これはあくまでも予想ではあるのだが、変わってしまった姉妹達と同じく、自分も変わっていこうという心機一転なのではないだろうか。
二乃の長髪は、昔は姉妹全員同じだったという。そんな中、二乃以外の姉妹達はそれぞれが髪型を変えていった。自分だけを残して。今回の家出騒動もその辺りが絡んでいるのではないだろうか。
まあ、あくまでも予想の範囲を越えることがないものなので、本人に聞いてみないと分からないが。
とにかく、今の二乃は晴れ晴れとした顔をしてるんだ。それでいいじゃないか。
そんな二乃が、上杉に背を向けた後は四葉に向かい合った。
「四葉。私は言われた通りやったけどこれでいいの?こんな手段取らなくても本音で話し合えば彼女たちもわかってくれるわ。あんたも変わりなさい。辛いけど、いいこともきっとあるわ」
優しい笑みを浮かべて、諭すように二乃は四葉に伝えた。そんな二乃の言葉を、四葉は真剣な顔で受けとめている。
「…うん。行ってくる」
そして、意を決した顔で四葉は答えた。良い顔だ。
「付いてこうか?」
「ありがとう…でも……一人で大丈夫だよ」
一花の一緒に行った方がいいかの言葉に、大丈夫と笑顔で答え、四葉は陸上部のメンバーがいるところに向かった。
恐らく四葉の件はこれで大丈夫だろう。後は──
「「……」」
お互いに近づいたものの、中々話さないでいる二乃と五月。お互いにお互いを許しているが、どう話を切り出そうか迷っているようだ。
そんな時、チラッと二人がこちらを見たので笑って応えた。
「二乃…先日は…」
「待って。謝らないで。あんたは間違ってない。悪いのは私、ごめん」
五月が先に口を開いたが、二乃はその言葉を途中で遮り自ら謝罪をした。
「あんたが間違ってるとすれば…力加減だけだわ。凄く痛かった」
「二乃ぉ」
もう五月は目に涙が溜まっていて崩壊寸前である。今まで溜まっていた気持ちが爆発したのだろう。
「そ、そうです。お詫びを兼ねてこれを渡そうと思ってたんです」
そこで思い出したように五月はポケットからある物を取り出した。
「この前二乃が見たがってた映画の前売り券です。今度一緒に行きましょう」
五月のそんな行動に二乃は驚き、そして笑顔を見せた。
「全く…なんなのよ。思い通りにいかないんだから」
そんな二乃は後ろ手に何か隠しているようである。もしかしたら、五月と同じように何かを用意していたのかもしれない。
やはり五つ子達の絆はどんなことがあっても強く結びついている。二人の光景を見ているとそう思うのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は、二乃の髪を切るシーンと騒動終結までを書かせていただきました。
オリジナルとして和彦が二乃の髪を切るところに立ち会わせてみました。四葉がいる方に焦点を集めていた原作と違い、二乃側を中心として書いております。
これでいよいよ家出と四葉の部活騒動も終わりを迎えることができました。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。