少女と花嫁   作:吉月和玖

48 / 172
48.退任

次の日。

ゆっくりめの朝食を食べ終わった僕はある場所に向かっていた。

 

「さすがに日曜日なだけはあって混んでるなぁ」

 

向かった先というのは映画館。一花から自分が出ている映画があるからと勧められていたんだが、今日まで試験作成やらで忙しかったので、結局今日まで来れず仕舞いだったのだ。

 

「本当はことりと来ても良かったんだが、あっちはあっちで絶賛試験勉強中だからな」

 

という訳で今日は一人で映画鑑賞だ。

チケット購買機で一番後ろに並ぼうとしたころ、意外な人物に声をかけられた。

 

「あら?吉浦先生じゃないですか?」

 

声に振り返ると、そこには立川先生が立っており手を振りながら近づいてきた。

 

「やっぱり。奇遇ですね、こんなところでお会いするなんて」

「ですね。立川先生も映画に?」

「ええ。本当は友人と来てたんですが、急用が出来ちゃったみたいで。折角ここまで来たので一人で観ようかと思ってたんです」

 

立川先生の服装はベージュ色のケーブルニットセーターに黒のパンツといったカジュアル系の服装なので、友人と来たというのも頷ける。

 

「それは災難でしたね。そうだ、良かったら一緒に観ます?僕もちょうど一人でしたので」

「いいんですか!?あれ、でもことりさんと一緒かと…」

「ことりは試験勉強中です。さすがの僕も明日を試験に控えてる妹を誘ったりしませんよ」

「で、ですよね。ではお言葉に甘えてご一緒させていただきますね」

 

急遽立川先生と観ることになったので二人で購買機に並んだ。

 

「あ、でも僕が観ようと思ってた映画ですけど、立川先生には厳しいかもですね」

「え、どんな映画なんですか?」

「"しこく"って映画で、なんでもゾンビが出てくるとか。止めます?」

「い、いえ!大丈夫です。吉浦先生が観たがってる映画には興味ありますし」

「まあ、作品自体には興味ないんですけど、一花が出演してるそうなので観ておこうかと思ってたんですよ」

 

自分達の順番になったので購買機を操作しながら立川先生に答えた。

 

「え、一花さんが出演してるんですか?なら、尚更興味持てますね」

「立川先生が大丈夫ならこれでいきますね。ちょうどすぐ始まるようなので良かったです」

 

学校には一花が女優業をしていることを一部の者にしか話していないそうだ。立川先生は、先日の林間学校で仲を深めたこともあり、女優業のことを教えてもらったそうである。

座席が隣同士になるように二枚の券を発行し、そして一枚を立川先生に渡した。

お互いに飲み物を買って、入場時間になったので劇場に向かった。

公開が始まって結構日にちが経っているからか、日曜日の割には結構疎らに席が埋まっていた。そんな中、真ん中よりの席を確保できたのは運が良かったのかもしれない。

 

「本当にヤバそうだったら言ってくださいね。途中で出てもいいですので」

「だ、大丈夫ですよ。よく友人ともこういうのを観に行ったりしますので………そ…その…もし良かったら、て…手を…握っててもいいですか?……な、なーんて…」

 

あはは、と笑いながら言っているが震えているように見える。なので、手を差し出しながら答えた。

 

「僕なんかで良ければどうぞ」

「…っ!あ…ありがとう…ございます…」

 

お互いに手を握った状態で肘掛けにその手を置き映画を観ることになった。

 

・・・・・

 

「しかし、一花はすぐ死んじゃいましたね。それでも台詞もまあまあありましたし、やっぱり女優なんだなって実感しました」

 

映画を観終わった僕達は、以前もお邪魔したケーキ専門店のREVIVALに来ていた。

 

「そうですね。まあ、私は目を瞑ってしまってほとんど観れてないんですけどね…」

 

今回観た作品はところ狭しにゾンビが出てきたので、立川先生がまともに観れたのは最初と最後だけかもしれない。握られた手が何度もギュッと力が込められていたので恐怖心が分かるというものだ。

 

「すみませんでした。何度も強く手を握ってしまって…」

「ふふふ、全然大丈夫ですよ。それで恐怖心が少しでも和らげたのなら何よりです」

「は、はい!それはもう。途中でキュッと軽く握り返してくれたのがなんとも言えなかったなぁ

 

うっとりとした顔でいる立川先生。ラストのシーンを思い出して浸っているのだろうか。まあ、多少なりとも楽しんでくれたのなら何よりである。

 

「それに、ことりと行った時もあんな感じで手を握ってきますので慣れたものですよ。たまに腕にしがみついてくる時もありますからね」

「へぇ~、可愛いところもありますね」

 

まあ、実際に怖がってくっついてきてるのか、怖がってるフリでくっついてきてるのか分かんないんだけどね。

 

「お待たせしました。ケーキセットのケーキです」

 

ちょうどそこへ店長さんがケーキを運んできた。

 

「今日は二人でお出掛けかな?」

「たまたま外で会いまして。教え子の出演している映画を観てきたんですよ」

「なんと!そういえば二人は先生だったね。どうだい?自分の生徒が映画に出演しているというのは」

「そうですね。自分が教えている生徒があの大画面の中にいるというのは凄いと感じました。画面に映っている彼女は、学校で見ている時と雰囲気が全然違いましたし」

 

立川先生は店長さんの質問に対して関心の言葉を返した。かくいう僕も同じような感想を抱いている。今後、どのように成長していくのか楽しみでもある。ただ──

 

「ただ、教師としてはもう少し勉強を頑張ってほしいと思ってしまいますけどね」

「あははは…」

 

僕の言葉に同意しているのか、立川先生は乾いた笑いしか出てこなかった。

 

「しかし、女優業をこなしながらであれば多少目を瞑ってやってもいいんじゃないかい?」

「ええ、多少は。なので、赤点だけは回避してもらえれば何も言いませんよ」

 

とは言え、彼女は数学で言えば赤点回避しているから僕からは何も言えないんだよな。

 

「まあ、今も必死に勉強しているでしょうから、次の…明日の試験に期待しましょう」

「そうですね」

 

期待しようという僕の言葉に、立川先生はニッコリと笑みを浮かべながら同意した。

 

「そうだ。今日もいくつかケーキを持ち帰ろうと思ってるので、ここで注文してもいいですか?」

「構わないよ。どれくらいだね?」

「全部で七個なんですけど、イチゴのロールケーキと抹茶ロール、後イチゴショートを。それ以外はまた店長さんのお薦めで四種類お願いしていいですか?」

「毎度あり。準備しておこう。会計の時に声をかけてくれ」

 

注文のメモを取った店長さんは席から離れていった。

 

「もしかして、今日も中野さんのお宅に?」

「ええ。まあ、勉強頑張ってる妹とその友人に差し入れと思えば、このくらいどうってことないですよ」

「そうなのですね……あの!一つお願いと言いますか…提案なのですが…」

 

ケーキを一口大に切り分けて口に含んだところで、勢いよく立川先生から声をかけられた。

 

「なんでしょう?」

「えっと…以前、夕飯をご一緒しようと話したじゃないですか。それで、今月の25日はどうかと思いまして」

「25日ですか…」

 

スマホでカレンダーを見てみたがクリスマスか。まあ、特にこれといった予定もないしいいだろう。確か、ことりが予定を空けとくように言ってたのは前日の24日だったし。

 

「仕事の後であれば問題ないですよ。むしろいいんですか?立川先生にはご予定とかあったりするんじゃないんですか?」

「いえ!前の日は友人と過ごしますが、25日は仕事もありますし、特に予定は入れてなかったんです。年末になるとまた忙しくなりますし、この日がちょうどいいかなと思いまして」

 

確かに年末は実家に帰るからバタバタしそうではあるな。

 

「分かりました。では、その日に夕飯に行きましょう」

「…~~っ!ありがとうございます!」

 

その後も今日の映画の事や最近の学校での話などをして立川先生とお茶を飲みながら過ごした。

 


 

~五つ子side~

 

とうとう迎えた期末試験当日。今回は中間試験の時に失敗したような遅刻もせずに五人揃って登校していた。

 

「ついに当日だね」

「大丈夫かなー」

「やれることはやったよ」

 

それぞれが緊張した面持ちで昇降口を通りすぎていく。

 

キーンコーンカーンコーン…

 

「10分前だ」

「じゃあみんな、健闘を祈るわ」

「あれ?また上杉さんがいないよ?」

 

昨日まで勉強合宿のため中野家に泊まっていた風太郎は、途中まで一緒に来ていたのだが、その姿が見当たらないことに四葉が気付いた。

ちなみにであるが、ことりは昨日は泊まらず家に帰ったためにこの場所には姿がない。

 

「らいはちゃんに電話ですって」

「こんな時に?」

「きっと今じゃないといけないのでしょう。自身の携帯は充電切れなのに…借りていったほどですから」

 

どうやら、らいはへの電話のために風太郎は五月からスマホを借りていったようである。

 

・・・・・

 

~風太郎side~

 

その頃風太郎は、五月から借りたスマホを使って屋上で電話をしていた。だが、五月にはらいはに電話をすると言っていたが、どうやら電話の相手は違うようである。

 

『そうかい。報告ありがとう』

「ええ、五人とも頑張ってますよ。これは本当です」

『では、期末試験頑張ってくれたまえ』

 

風太郎の電話の相手は中野マルオ。五つ子達の父親である。風太郎は現状の報告をしていたようである。

 

「そこで、勝手ですがお願いがありまして…」

『なんだい?』

 

しかし、風太郎の雰囲気からただの報告ではないようである。お願いがあると言った風太郎は、一つ深呼吸をするとある言葉を伝えた。

 

「今日をもって家庭教師を退任します」

『……』

「あいつらは頑張りました。この土日なんてほとんど机の前にいたと思います。しかし、まだ赤点は避けられないでしょう」

 

家庭教師を退任すると伝えた風太郎は、さらに五つ子達の学力の状態を続けて報告した。

 

「苦し紛れの策を案じましたが、あんな物に頼らない奴らだってことはよく知ってます」

『今回はノルマを設けてなかったと記憶してるが』

 

そう。前回の中間試験とは違い、今回は全員が赤点回避しなければ家庭教師をクビにする、といった約束はなかった。それでも風太郎は自ら家庭教師を辞めると言っているのだ。

 

「本来は回避できるペースだったんです。それをこんな結果にしてしまったのは自分の力不足に他なりません。ただ勉強を教えるだけじゃだめだったんだ。あいつらの気持ちも考えてやれる家庭教師の方がいい。そうですね。ことりなんてまさに理想的です。俺にはそれができませんでした」

『そうかい。引き留める理由がこちらにはない。君には苦労をかけたね。今月の給料は後ほど渡そう。ことり君には引き続き家庭教師として頑張ってもらうとするよ』

「ええ、助かります」

『では失礼するよ』

「あの─」

 

引き留める理由がないと淡々と話し電話を切ろうとするマルオであったが、それを風太郎は引き留めた。

 

「一度ご自身で教えてみてはどうでしょう?」

『!』

「家庭教師では限界がある。父親にしかできないこともあるはずです」

『いや、私も忙しい身でね。それに他人に家庭のことをどうこう言われたくはないな』

 

風太郎の父親から教えることもあるではないかという案も、マルオは丁重に断った。

 

「最近家に帰ったりとかは…」

『……』

「知ってますか?二乃と五月が喧嘩して家を出ていったことを」

『初耳だね。もう解決したのかい?』

「はいー」

 

いくら忙しいからといっても一週間家出をしていたことを知らなかったというマルオの言葉に、若干飽きれ気味に風太郎は答えた。

 

『それならいい。教えてくれてありがとう。では─』

「それだけですか?」

 

喧嘩での家出が解決されているからか特に興味を示さないマルオに風太郎は待ったをかけた。

 

「なぜ喧嘩したのか気になりませんか?あいつらが何を考え、何に悩んでいるのか知ろうとしないんですか?」

『……』

 

風太郎が捲し立てるように聞くがマルオからの返答はない。

 

「って、すみません、雇い主に向かって生意気言って…あ、もう辞めるんだった。少しは父親らしいことしろよ、馬鹿野郎が

 

今まで溜まっていたマルオに対する気持ちを叩きつけるように風太郎は叫び、電話を切った。

 

「……やべ、今月の給料ちゃんと貰えるかな…」

 

そんな言葉が漏れているが風太郎の顔はどこか晴れ晴れとしていた。そして空を見上げる。

 

「一花、二乃、三玖、四葉、五月。お前らが五人揃えば無敵だ。頑張れ………ことり。悪いな、後を頼む」

 

そんな風太郎の言葉を五つ子の五人とことりに届けるかのように一陣の風が風太郎の背中を流れていった。

期末試験はすぐそこまで迫っていた。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、和彦と芹菜の軽いデートと風太郎の家庭教師退任の電話を書かせていただきました。
原作では、四葉と風太郎。二乃と五月が観ていた映画を、今回は和彦と芹菜が観に行ったことになります。五月が怖がってましたので、芹菜も終始怖がっていたことにしてます。
そして、和彦と芹菜のクリスマスディナーが約束されました。和彦は特に気にしていないようですが、当日はまた色々と荒れそうです。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。