50.欠けたもの
今日は家庭教師があるから、ことりは遅くなると思いスーパーまで夕飯の買い物に行っていた。
「そういえば、明日は例の陸上部の大会だったな。じゃあ、明日は家庭教師も休みか…」
期末試験の一週間くらい前から、四葉が助っ人として参加していた陸上部の練習。試験前にも関わらず合宿を行うと言い出したことから、四葉を救いだそうと色々模索した結果、四葉は合宿には参加しないが大会には参加する、ということに収まったようだ。
そこで、きちんと大会に参加する辺りが四葉らしいと言えばらしいか。
買い物袋を手に、そろそろ自分の家のマンションに着くだろうとした時、マンションの前に黒の高級車が停まった。
凄い高級車だな。こんな車の持ち主がこのマンションに何の用だ?
そんな風に考えていると、知った人物達が車から降りてきた。
「いやー、乗り心地最高だね」
「お気に召したようでなによりだよ」
「ことり。それに一花も」
そう。車から降りてきたのは五つ子とことりであった。
「おー、先生!奇遇ですねー!」
「奇遇も何も、ここはうちなんだから会うでしょ。何?皆で遊びにでも来たの?」
「まあ、そんなとこ」
「少しお邪魔しますね」
遊びに来たのか確認したら三玖と五月が答えて、ことりの先導のもとエントランスに入っていった。
「なんだ?」
「吉浦様」
何が何やら分からず六人の後に付いていこうとしたら声をかけられた。どうやら車の運転手のようだ。
そういえば、以前中野さんが『江端に車を出させよう』って言っていたな。てことは、この人がその江端さんか。
「お嬢様方のこと、どうかよろしくお願いいたします」
そんな言葉とともに頭を下げてきた。何か重要なことでも起きているのだろうか。
やっと騒動も収まったというのに、彼女達はもう…
「ええ。どこまで出来るかは分かりませんが、僕は彼女達の味方ですから」
僕の言葉に満足したのか、頭を上げた江端さんはニッコリと笑みを浮かべていた。
「で?結局何しに来たのさ」
買ってきた夕飯の材料をキッチンで片付けながらリビングに座っている彼女達に聞いてみた。
「ごめんねぇ、突然押しかけるみたいになっちゃって」
「ちょっとあんたに相談したいことがあるのよ」
「相談ねぇ……あ、麦茶でいいよね」
コップを七つ出してから冷蔵庫より麦茶の入った容器を取り出した。
「手伝います」
「私も」
僕の行動を見て五月と三玖が立ち上がりこちらに来た。
「ありがとね。コップに注いでいくから運んじゃって」
さすがに七つのコップに注ぐと容器の中は空になるので、そのままやかんでお湯を沸かす。そうこうしている間に五月と三玖の手でコップは運び終わったようである。お湯が沸くのにはまだ時間がかかるのでダイニングテーブルの椅子に座った。目の前にはことりが座っており、五つ子達はリビングテーブルを囲むように座っている。
「で?相談内容は?」
麦茶を口に含みながら聞くと、五つ子達はお互いに目を合わせてコクンと頷き、一花が話を進めた。
「実は私たち家出することにしたの」
「ぶふっ…!ゲホッ…ゲホッ………は!?」
唐突な言葉に危うく麦茶をぶちまけるところであった。と言うか、家出!?
「だから、私たちで家出するんだって」
「いやいやいや…なんで!?てか、私達って五人全員!?」
二乃が言い直したが、やはり変わらない。
僕の質問に五つ子はコクンと頷く。え?と思ってことりを見るが、ことりもコクンと頷いた。
僕はもう頭を抱えてしまった。
「はぁぁ…で?理由は?」
「実は──」
そこで五月から事の経緯を話された。
上杉が家庭教師を自ら辞めたこと。上杉の中野家マンションへの立ち入りを禁ずると中野さんが言ったこと。そして、上杉が五つ子達に残した手紙のこと。
「上杉が家庭教師を退任ねぇ…」
「そうなの。私にくらい相談してくれたらよかったのに…」
ことりは下を向きスカートをギュッと握っているようだ。
「しかし、それにも驚きだが、まさか家への立ち入りまで禁止するなんてね」
「まったく。パパってば何考えてるのかしら!」
「いくらなんでもやり過ぎ」
上杉の家への立ち入り禁止について、反発の意志があるのか二乃と三玖がご立腹のようだ。
しかし、二乃にしては以前立ち入りの禁止を提案した本人だろうに。成長したものだ。
「それで家出ね」
「はい。やはり私たちはこれからも上杉さんと一緒に勉強をしていきたいんです!」
僕の言葉に決意のこもった目で四葉が答えた。
とはいえなぁ…
「家出するのは分かったけど、どこ行くの?またホテル?」
「それだと結局お父さんの力を借りることになっちゃうから避けたいんだ」
「て言っても、さすがにここは五人も預かれないよ?」
「それはわかってるわよ」
一花と二乃の言葉からはホテルとこの家という選択肢はないようだ。じゃあどこに?
「私にはある程度の収入と貯金があるからどこか部屋を借りようって思ってるんだ」
「部屋を借りる?」
なるほど。一花は女優業を勤しみながら学校に通っている。というか、つい先日一花の出演している映画を観に行った訳だし。その収入源でどこかの部屋を借りるってことか…けど──
「高校生五人が一緒に住むとなると、広さも必要だし、光熱費や食費もかさむと思うよ。大丈夫なの?」
「うー…なんとか…」
「それで、兄さんならどこかいい物件知らないかなってことでここに集まったの」
「物件?」
いやー、僕も不動産の人じゃないからなぁ。自分の部屋だってネットとかで調べた訳だし。うーーん…
「何かあったら頼れって言ったのあんたじゃない。なんとかならない?」
「いや、なんとかしてあげたい気持ちはあるけど、さすがに物件ともなるとなぁ……あ!」
「何か思いついたの?」
僕の声にいち早く三玖が反応した。
「まあ……ちょい待ってね」
そこで僕は席を外してスマホである人物に電話をした。
「……あ、今大丈夫?実はさあ、ちょっと相談があって──」
電話が終わって、またリビングに戻ると六人から注目されてしまった。
「とりあえずOKもらえたから今から内覧する?」
「今からですか!?」
僕の今から内覧するかという言葉に珍しく四葉が驚きの声をあげた。
「ああ。もう、すぐ近くだから。実は持ち主から定期的な掃除を頼まれててね」
そう言いながら鍵も見せてあげた。
五つ子達はお互いに顔を見せ合ってコクンと頷いた。
「て、あんたの家の隣じゃないの!」
紹介する部屋に案内したところ、二乃のツッコミが入った。二乃のツッコミの通り、僕の紹介した部屋はうちの隣にある部屋である。
ちなみにことりは家に残ってもらってお茶作りをお願いしている。
「うわー、カーテンにテレビ、テーブルもあるよー」
「それにエアコンも付いてる」
「キッチンには冷蔵庫もありますね」
二乃のツッコミと打って変わって、四葉と三玖と五月は室内を観察してそれぞれが感想を述べている。
ツッコミを入れた後は二乃も三人と部屋の中を見始めた。
そんな中、一花は僕の隣で部屋を見渡している。
「一応、布団は二組揃ってるけど、残りは自分達で用意してね」
「凄いね。こんな部屋借りてもいいの?」
「さっき持ち主からOKもらったって言ったでしょ」
「そうだけど…家賃高いんでしょ?」
これから色々とお金を出す一花からしてみれば、当然気になるところでもあるだろう。そんな一花に耳打ちで家賃の値段を伝えた。
「……え!?そんなに安くていいの?」
「ああ。ちなみに持ち主は遠方に住んでる人だから、僕に手渡しで渡してもらえればいいから」
「……」
僕から家賃の値段を聞いた一花は、また視線を部屋を見て回っている姉妹達に移した。
「部屋が二つもあるね!どっちも何もないから自由に使えるよ」
「そうですね。一つの部屋で五人一緒に寝て、もう一つの部屋を洋服などを置くようにするのもいいかもしれません」
「もしくは、二手に分かれて使うかだね」
「ま、その辺は改めて決めればいいんじょない?」
どうやら四人には気に入ってもらえたようである。
「別にここ以外が良いのであれば探すのを手伝うよ。後は長女でお金を払う君が決めるんだね」
僕の声が聞こえたのか、一花以外の四人の視線がこちらに向けられた。皆笑顔でいるようだ。
「うん!決めた!ここにするよ」
「……勧めといてなんだけど、教師が隣にいるのって抵抗ない?」
「えーー。何言ってんの。先生ってば自分で思ってるよりも私たちからの信頼あるんだよ。引っ越し後はお隣さんとしてよろしくね」
一花の言葉に五つ子全員がニッコリした顔を向けてきた。
「はぁぁ…分かったよ。じゃあ部屋の持ち主とは僕が連携しておくから引っ越しの日程が決まったら教えてね」
「はーい」
「と言っても、来週の土曜日くらいじゃない?空いてるの」
「うん。それまでは学校があるし」
「少しずつ準備進めておかないとね」
「一週間、忙しくなりそうです」
引っ越し先も決まったことで五人全員で今後の予定について話し合っている。
本当に五人揃えば何でも出来そうだな。
五人の姿を見ていたら、そう思わざるを得なかった。
次の日。
五つ子達と一緒にことりと僕は四葉の駅伝の大会を見に来ていた。四葉から聞いた区間の沿道で四葉が走ってくるのを今か今かと全員で待っていた。
「歓声が聞こえるからもうすぐじゃない?」
「今何着くらいなんだろ?」
遠くから歓声が聞こえてきたのでもうすぐではないかと一花が話すとことりが何番目で来るのか疑問を口にした。
「そっか、応援するにもどこにいるか分かんないんだ」
「中継とかやってくれればいいのにー」
「まあここなら直進だし見えるんじゃない?」
三玖と二乃の言葉に僕が答えると、皆が走ってくるであろう道の方を上半身を道路の方に出しながら確認を始めた。
「んーー……あ!あれ、四葉だ!」
「マジ!?」
「先頭に追いつきそう」
「うーー…何だか私までドキドキしてきました」
「凄い凄い!これ抜けるんじゃない?」
皆が見つけた通り、四葉は先頭に迫る勢いで走っている。そろそろ僕達の前を通り過ぎる頃だ。
「いけーー、四葉ぁー!」
「いけるわよ!抜きなさい!」
「頑張って…!」
「あと少しです!」
「四葉ぁー!ファイトー!」
それぞれが四葉にエールを飛ばす。すると、僕達の前を通り過ぎる寸前で四葉がスパートをかけたのか一気に先頭を追い抜き前に出た。その表情は笑っているように感じた。
出来事は一瞬で、あっという間に僕達の前を通過して行った。
「「「「「いけーーー!」」」」」
通り過ぎた四葉の背中に向かって五人が掛け声を上げる。その声は四葉に届いたのだろう、どんどんと追い抜いた選手を離していった。
「行っちゃったね」
「追い抜く瞬間を見れて満足だわ」
「うん」
「はぁ~、久しぶりに大きな声を出しました」
「それにしても四葉早いね。あれで、どの部活にも所属してないなんてビックリだよ」
「確かにね。毎日練習を頑張ってる選手を追い抜くんだもん。天性のものか、それとも積み重ねてきたものがあるのか」
ことりの驚きに同意しながらふと考えてしまう。あれだけの実力を持ってるならスポーツ推薦という進路も考えられるのではないだろうかと。
そういえば、二年生も二学期が終わろうとしているが、ことりの進路については何も聞いてないなぁ。進学するとは聞いているが、この先のことまでは聞いていない。まあ、ことりのことだから考えてはいるだろう。
走り去っていく四葉の背中を見ながらそう考えるのだった。
結局、四葉達は大会二連覇を達成することができたそうだ。陸上部全員で大いに喜んだと聞いている。
「それじゃ、四葉の大活躍を祝してカンパーイ!」
「「「「「「カンパーイ!!」」」」」」
カチンッ
その日の晩。祝賀会ということでうちに五つ子が集まった。
まったく自分達の家でやれば良いものを。
一花の音頭のもと今乾杯が行われたところである。
「わー、私の好きなのばっかり!」
「ま、今日は四葉が主役なんだしこれくらいはね」
好きな料理が並んでいることに喜びを表している四葉に、料理の数々を作った二乃が当然でしょといった感じで答えた。
「それにしても、どれも美味しいなぁ。さすがだね二乃」
「まあね。ことりも手伝ってくれたのよ。ありがとね」
「ううん。私って大人数の料理を作るのはまだ慣れてなかったから、いい勉強になったよ」
今日は五つ子と一緒にリビングテーブルでことりは美味しそうに料理を食べている。
「いやー、私たちの目の前でビューンって抜いていく四葉を見て興奮したね」
「たしかに。あれは凄かったわね」
「ねー!相手選手だって速かったのにそれを追い抜いちゃうんだもん」
一花と二乃、それにことりが四葉の走りを絶賛していると四葉は照れくさそうに頭をかいている。
「えへへ…みんなの声が聞こえたら何かいけるって思ったんだよね」
「やはり声って聞こえるものなのですか?」
「うん!しっかりとね」
「そうなんだ」
和気あいあいと五つ子とことりが話している。それを僕は離れたダイニングテーブルから見ていた。
ここに上杉もいれば。
その光景を見ていたら、そんなことを思わざるを得なかった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回の投稿では、五つ子の家出騒動から四葉の陸上の大会までを書かせていただきました。
四葉の陸上の大会って原作でも二コマしかなかったので、ほとんどオリジナルです。
そして、五つ子メンバーが和彦宅隣にやってきます。そのことで、今後どのような展開になるのかは絶賛考え中です。温かく見守って頂ければと思います。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。