少女と花嫁   作:吉月和玖

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51.噂

四葉の祝賀会が終わった後、五つ子を車で送っていた。

タクシーで帰ると言われたが、まあ二台も呼ぶこともないだろうってことで車を出したのだ。

 

「ありがとう、先生」

「どうした急に?」

 

中野家のマンションに向かって運転をしていると助手席に座っている三玖から急にお礼を言われた。

他の姉妹はどうやら疲れて寝てしまったようだ。

 

「うん…期末試験はやっぱりまだ赤点はあったけど、こうやってみんなで笑っていられるのも先生のおかげだから」

「そうか」

「うん」

 

静かな時間が流れていく。三玖はどちらかと言えば、あまり喋る人間ではない。三玖と二人の時は大抵こんな時間が流れているのだ。だけど、そんな時間も悪くないと思ってしまう。もしかしたら、三玖からそんな雰囲気を醸し出しているのかもしれない。

 

「後、私たちの家出のこと。反対されるんじゃないかって実は思ってた」

「まあ、普通だったら大人として家出なんて許されるものじゃないからね。だけどまあ……君たちの本気の目を見たら肩入れしたくなったんだよ。後、江端さんにも頼まれたしね」

「江端さんに!?」

「ああ。何とは言わなかったけど、お嬢様方のことよろしくお願いいたします、てね」

「そっか…」

 

チラッと三玖を見るが、味方がいてくれたことが嬉しかったのか笑みを浮かべている。

 

「まあ、僕の近くにいれば何かあっても対処出来るかなってのもあったかな。許可を取った以上は責任も取るさ」

「先生…」

 

そこでまた沈黙が続いた。もうすぐマンションに着くだろう。後ろの姉妹達もそろそろ起こさないといけないかもしれない。

 

「先生は…」

「ん?」

「先生は、いつもそうやって私たちに寄り添って親身に接してくれる。けど、私たちにはお返しすることが何もない」

「別に見返りを求めてやってる訳じゃないから気にしなくていいよ」

「それでも…何かしないとって思ってる。わ…私に…できることだったら何でも言ってほしい」

 

ちょうど赤信号で停まったため、三玖の方に向くと決心染みた顔でこちらを見ていた。

 

「ふぅ…なら、まずは姉妹全員で赤点回避するんだね。それが教師として一番の願いだから」

「うっ…それは…頑張る…」

「なら良いんだ」

「他には?」

「他!?」

 

それで納得したのかと思ったが、意外にも三玖から他にないかと要求してきた。

 

「うん。教師としてじゃなくて、先生個人として何かない?」

「うーん…」

 

とは言ってもなぁ…

実際に何かを求めている訳じゃないから、特に何かやってほしいというものはない。かと言っても、そう伝えても多分引き下がらないだろう。

 

「じゃあ、今後も僕の歴史の話し相手を続けてくれ」

「え…?」

「三玖は身近にいる貴重な歴史好きだからね。これからも仲良くしたいって思ってるよ」

「そんなのでいいの?」

「ああ。重要なことだよ。よろしくね三玖」

「うん…」

 

少しは納得してくれただろうか。

 

「じゃあ、これまで以上に数学準備室に行くね」

「は?これまで以上?」

「うん…先生と話したいこといっぱいあるし」

「まあ、三玖が何もないならいいけど…てか、勉強もしなよ」

「わかってる。ちゃんと赤点回避できるように勉強も頑張るよ。そのために家出するんだし」

「そりゃそうだ」

 

家出の一因である上杉の家庭教師存続。言うなればそれが赤点回避にも繋がってくるだろう。

 

「さ、そろそろ着くから皆を起こそうか」

「うん。みんな起きて…!」

 

三玖が後ろを見ながら他の姉妹を起こしている。三玖の声に続々と起きているようだ。

ちょうどそこでマンションに着いたので皆を車から降ろした。

 

「じゃあね先生。送ってくれてありがと。また引っ越しの時はよろしくね」

「ああ。おやすみ」

 

姉妹を代表して助手席の窓から覗き込むように一花が挨拶をしてきた。そんな一花に挨拶を返した僕は、そのまま帰路に着くのだった。

 


 

~二年一組~

 

週も明けた日の昼休み。この日も風太郎は、学食から戻るなり自分の席で自習をしていた。

ちなみに同じクラスである五月もお昼ご飯を終えて教室に戻っていたのだが、今まで風太郎に話しかけたこともなく、見守ることしか出来ずにいた。

そんな二年一組の教室なのだが、ふとしたきっかけで男子を中心にざわつき始めたのだ。

 

(なんだ?急に周りが騒がしくなってきたな。まあ、俺には関係ないことか。気にせず続きを解いていこう)

 

教室がざわつき始めたことに気づく風太郎であったが、そんなことを気にすることもなく自分の勉強に集中することにした。

 

「ねえ、ちょっといいかな?」

 

(誰か知らんが俺の近く奴が呼ばれてるな。はぁ…やはりこうもうるさいと昼休みの教室は効率が悪いか…)

 

「もうー、無視しないでよ風太郎君!」

「え?」

 

まさか自分が呼ばれているとは思っていなかった風太郎だが、さすがに名前を呼ばれたので声の方に視線を向けた。

 

「やっとこっちを見たね」

「おわっ…!!」

 

風太郎が視線を向けた先には、しゃがみこみ顔を机に乗せてこちらを見ていたことりの姿があったのだ。視線を向けた瞬間、至近距離にことりの顔があったので風太郎は驚き、後ろに倒れそうになった。

 

「あははは、何してんの風太郎君」

「…っ!め、目の前にいきなり顔があれば誰だって驚くわ!」

 

笑いながら立ち上がることりに対して風太郎は反論をした。

 

「そっかそっか。じゃ、驚いてるとこ申し訳ないけど、話があるからちょっと来て」

「へ?」

 

ことりは風太郎の腕を掴むと有無を言わさず風太郎を教室から連れ出してしまった。

 

『えーーーーー!?』

 

そんな二人が教室から出ていったのを見届けた教室にいる他の生徒達は一斉に声をあげた。

 

「え…え…どうなってんだよ!」

「吉浦さんがあんなに親密に話してる男子見たことないぞ!」

「そういえば、林間学校のキャンプファイヤーもたしか上杉と踊るって噂になってたよな」

「うっそ!もしかしてあの二人デキてたりするの!?」

「「「嘘だーー!俺たちのことりさんがーー!」」」

 

教室ではあちこちから憶測が飛び交っていた。

中にはことりのファンクラブであろう生徒達がこの世の終わりでもあるかのように叫んでいる。

 

「ことりさん…」

 

そんな教室の中で一人五月だけが落ち着いた様子で二人が出ていった方向を見ていた。

 

・・・・・

 

風太郎を引っ張って教室を出たことりは屋上まで来ていた。ことりは屋上の扉を開けると、ようやく風太郎の腕を離し両手を上に上げ伸びをした。

 

「うーん…やっぱり寒いけど天気がいいから気持ちいいねぇ~」

「ったく…教室を出た時に凄い声が後ろから聞こえてきてたぞ」

「あー…気にしなくていいよ。いつもの事だしさ」

 

どこか諦めモードの顔をしたことりは屋上の柵に寄りかかりながら遠くを見ていた。

 

「ふふっ、教室に戻ったら噂になってるかもね」

「勘弁してくれ…」

 

後ろ首あたりをポリポリとかきながらことりに近づき風太郎は答えた。

 

「私と噂になるのは嫌?」

「嫌って言うか……お前だって困るだろ。俺と噂になるのなんて」

 

ことりの隣に立った風太郎は、ことりと同じように遠くの景色を眺めながら答えた。

 

「まあ、噂になるのは大変だけどねぇ……」

 

そこで、フッとどこかどうでもいいと言いたげな笑みをことりが見せた。

 

「……お前のその顔…」

「え?」

「前にも見たな。たしか林間学校前日にキャンプファイヤーのダンスの話をしてた時も同じ顔をしていた」

 

それは林間学校前日。風太郎の服のコーディネートの為にショッピングモールに行き、服の精算で風太郎とことりが二人で待っていた時に、キャンプファイヤーのダンスの話をしていたことを言っているのだろう。

ことり自身、あまり周りに見せないようにしていたのだが、その時は自然に出してしまっていたのだ。とは言っても、気付かない人にとっては気付きにくいものであった。それを風太郎は容易く感じ取っていたようである。

 

「はぁぁ…風太郎君には敵わないなぁ。本当によく見てる。そんな指摘されたの男の人では兄さん以外に初めてだよ」

「そうか?お前は普段からニコニコし過ぎだからな。わかりやすかったぞ」

 

誰にも指摘されたことがないと言うことりに対して、風太郎は分かりやすいとけろっとしていた。

 

「それはちゃんと相手のことを見ている風太郎君だから言えることなんだよ…ふぅ………本当の私を見てくれてる男の人はこの世界で一人だけなんだ」

「……」

 

笑いながら風太郎の凄さを話したことりはふと自分のことを話し始めた。それを黙って風太郎は聞いていた。

 

「今、みんなが見てる私は、私の好きな人に振り向いてもらうために演じている人物でしかないんだよね。社交性で、勉強もできて、家事もこなして。どこに行っても恥じることのない私の理想像…誰も本当の私を見ていない。みんなが好きになった吉浦ことりは、私が作ったまやかしなんだよ。まあ結局、そんな理想像を作っても、私の好きな人は振り向いてくれないんだけどね」

 

(恋愛についてはよく分からんが、こいつの成績からすれば相当な努力をしていることくらいは俺にだってわかるつもりだ。それほどまでの想いを寄せている人物……!)

 

そこで風太郎はあることに気付いた。

 

「お前ってたしか県外からこっちに来たんだったよな?先生が地元からこっちに来たって前に言ってたぞ」

「うん、そうだよ。私は高校から地元を離れてここに通ってる。それがどうかした?」

「いや。今のお前の話を聞くと、お前の好きな奴は今も近くにいるように聞こえたからな。それで不思議に思ったんだ。地元を離れても昔から近くにいる人物は一人しかいない」

 

確信染みた顔でことりの顔を見て話す風太郎に、ことりはニンマリと笑顔になった。

 

「本当に、風太郎君って察しがいいのか悪いのかわからなくなる時があるよねぇ……そうだよ。私は兄さんが…ううん。お兄ちゃんが好き。もちろん、一人の女性として」

 

こちらに来て自身の想い人を伝えたのは初めてのことりであったが堂々としていた。

 

「そうか」

「驚かないんだね」

「まあ内心は驚いているが、人を好きになるのなんて理屈じゃないだろ」

 

ことりと真正面から対峙していた風太郎は、そんな言葉を口にしながらまた景色の方に目線を向けた。

 

「ふーん…風太郎君にしてはわかってるじゃん。このこの」

 

そんな風太郎に、ことりは肘で小突きながら嬉しそうに答えた。

 

「うぜぇー…」

「またそう言う……ちなみに、この話を知ってるのはお兄ちゃんだけだから」

「え!?先生ってお前の気持ち知ってるのかよ!?」

「うん、知ってるよ。毎日アプローチしてるし。それも中々実を結ばないんだよねぇ。だから困ってんじゃん」

「いや、それは妹だからじゃないのかよ」

「そんなの愛さえあれば乗り越えられるよ!」

「どっかで聞いたような話だな……あっ!」

 

『良い事を教えてあげます。私達の見分け方は昔お母さんが言ってました。愛さえあれば自然と分かるって』

 

風太郎が思い出したのは、五つ子を見分けるためにどうしたらいいかと悩んでいた時に、四葉が言っていた言葉である。

 

(例のトンデモ理論じゃねえかよ…)

 

それが分かった風太郎は頭を抱えてしまった。

 

「どうしたの?」

「いや。まあ、頑張ってくれ…」

 

(なんだろう。妹にここまで好かれていることが羨ましい気持ちと先生の大変さを感じてしまった…)

 

「もちろん!そろそろ別の角度で攻めてみようかなぁ」

 

ことりはうーん、と考える仕草をしながら思考していると、ふと風太郎と目が合いニヤリと笑みを作った。

 

「ねえ風太郎君。一つ協力してほしいんだけど」

「あ?」

 

ふふふ、と笑いながらいることりに嫌な予感しかしない風太郎であった。

 


 

~一花side~

 

(ようやく授業も終わりだよぉ。はぁ…早く冬休みにならないかなぁ)

 

この日の最後の授業も終わり、一花はうーんと腕を伸ばしながら近くに迫っている冬休みに思いを寄せていた。

 

(と言っても、その前に引っ越しの準備とか色々とやることあるから早く帰んないとね)

 

帰る準備をしながら鞄のショルダーストラップを肩にかけた一花は、そのまま教室から出ようとした。しかし、何やら教室がざわついていることに気付いた。

 

(なんだろ?)

 

疑問に思った一花は近くの女子生徒に声をかけた。

 

「どうしたの?なんかみんなざわついてるみたいだけど」

「あ、中野さん。それがね、今日の昼休みに吉浦さんが男子を教室から連れ出したって噂があって…」

「でね。その男の子に吉浦さんが告白したんじゃないかって」

「え、ことりが?」

 

そんな素振りをまったく見せていなかったので、そんな言葉に一花は驚いてしまった。そんな時一人の男子生徒が教室に入ってきて、興奮した様子で話を始めた。

 

「やべぇー!ことりさんが告白したのマジっぽいぞ!」

「マジかよぉー!」

 

男子生徒の報告に集まっていた男子達が嘆いていた。どうやらことりのファンクラブの皆さんのようだ。

 

「で?相手って誰だよ!」

「そ、それが…一組の上杉らしい」

「え…」

 

盗み聞きをした訳ではなかったのだが、男子達の声があまりりも大きく、一花の耳にまで届いていた。なので、風太郎の名前が出た瞬間声が漏れてしまった。

 

「はぁーー!?上杉って、あのいっつも一人で勉強してる奴だよな?」

「ああ。俺も信じられなくって。けど、昼休みにことりさんが連れ出したのは間違いなく上杉だったんだよ。俺目の前で見てたし」

「てことはガチかぁーー…」

 

集まっている男子生徒達が騒いでいるのに伝染して、教室中がその話題で盛り上がっていた。

そんな中、一花はショルダーストラップをぎゅっと握って腕を震わせていた。

 

(え……待って…ことりがフータロー君に告白?)

 

状況が分からず、一花の頭はぐるぐると回っていた。

 

「どうなんだろうねぇ。吉浦さんの告白に上杉君はOKしたのかなぁ」

「えー、それはするでしょう。上杉君だって男の子だもん。きっと吉浦さんだったら二つ返事でOKだよ」

 

混乱中の一花の近くでは女子生徒が盛り上がっていた。

 

(そっか。ことりが告白してもあの恋愛に興味なしのフータロー君だもん。きっと断ってるよね)

 

そう自分に言い聞かせる一花であったがある言葉を思い出していた。

 

『いつも元気。料理上手。お兄ちゃん想い』

 

「!」

 

その言葉を思い出した一花は、ショルダーストラップを握っている手をもう片方の手で握った。

 

(どちらにしろ本人に聞いてみないと。たしかことりは三玖と同じ四組だったよね)

 

「ごめん、先帰るね」

「うん。また明日ね、中野さん」

 

そんな考えに至った一花は、先ほどの女子生徒に声をかけると急いで教室を後にした。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回はことりと風太郎が話しているところを中心に書かせていただきました。
風太郎に対して気を許し始めていることりが自分の気持ちを打ち明けました。
この事で今後の二人の距離は縮まっていくのか。風太郎を意識している五つ子がどう動いていくのか。試行錯誤しながら今後も書いていければと思います。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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