コンコン…
「はい」
数学準備室でいつものように仕事をしていると来客があった。今は冬休みなので生徒ではなく教師の誰かだろう。そんな思いで出迎えるとやはり教師で、立川先生が顔を覗かせた。
「失礼します。先生、まだお仕事中でしたか?」
「いえ、もうそろそろ終わろうかと思ってました。良かったらソファーで座っててください」
「では失礼して」
今日は、先日約束をしていた夕飯を立川先生とご一緒するために一緒に帰ることになっていたのだが、立川先生の方が先に仕事が終わったのでここまで迎えに来てくれたようだ。
僕がソファーで座って待ってるように伝えると、立川先生はソファーに座った。その立川先生の手元には鞄もあるのでもう帰る支度も出来ているのだろう。
「すみません、お待たせすることになってしまって」
「いえ、お気になさらず。今回は私の方が早かったということですから」
そんな風に答えてくれた立川先生は、ソファーから席を立つと本棚を物色し始めた。
「これだけ数学の本が並べられると圧巻ですね。ふふふ、私って数学苦手だったので、ちょっとクラクラしちゃいそうです」
「立川先生は文系の先生ですからね、仕方ないですよ」
「そう言っていただけると助かります。あ、でもこの辺りは私の得意分野ですね」
本棚に沿って僕の座っている辺りまで来ると声を弾ませて話した。
立川先生が言っているのは僕の趣味スペースで、言わずもがな戦国史関連の書物が置かれている。
「凄いですね。結構マニアックなものまで…」
「図書室に置かなくなったものが殆どですからね。後は、私物も置かせてもらってます」
「へぇ~……あら、この辺り抜かれてますね。今後何か入れるんですか?」
数学関連の書物がとは違って興味津々といった形で棚を物色していた立川先生であったが、抜けている部分に気づき質問をしてきた。なので、作業を止めて振り返り、立川先生の指摘した場所を確認した。
「ああ。そこは生徒に貸した本が置かれてた場所ですね。戦国史好きの生徒がいるので、たまに借りていくんですよ」
「へぇ~、そんな生徒がいるんですね。社会担当の私でも知らなかったです」
「ま、まあ…たまたまお互いが戦国史好きだったのを知って、たまにここに来て本を借りていったり、話したりしてるんですよ」
その相手が三玖であることは今は伏せておこう。本人の了承がないまま第三者に話す訳にもいかないからね。
まあ、立川先生だったら別に誰かに言いふらすこともないだろうし、良い話し相手になるだろうから三玖に勧めてみるのもありかもしれないな。
そんな考えをしながらまた机に向かう。仕事も後少しで終わりそうだ。
「その生徒も羨ましいですね。私も吉浦先生とはもう少しお話ししたいですけど、先生ったら職員室に殆どいらっしゃらないし」
「あはは…面目ない」
今日も朝の朝礼後はこの部屋に籠りっきりだったしな。少しは職員室での仕事も考えよう。
「よしっと…お待たせしました立川先生。では、夕飯はどこ行きます?」
「あの、その事なのですが…もし吉浦先生が良ければ私の家で食べませか?」
「え!?」
立川先生の申し出に僕は驚き、帰り支度をしていた手を止めてしまった。
「立川先生って確か一人暮らしですよね?」
「はい」
「いや、いくらなんでも女性の一人暮らしの家に僕のような男が行くのもどうかと思いますが」
「大丈夫ですよ、別に何されるとか思っていませんし。先生のこと信頼してますから」
「そういう問題でもないんですけどね……うーん……まあ、家主さんが良いなら良しとしますか……」
「それは良かったです。前々から先生には私の手料理食べてもらいたかったんです」
僕の言葉に手を合わせて笑顔になる立川先生。そんな顔を見せられたら断らなくて良かったと思えてしまう。
「では、帰り支度が終わりましたし行きますか。買い物とかしていきます?」
「そうですね。途中でスーパーに寄って行きましょう」
僕は鞄と鍵を持ち、立川先生と共に数学準備室を出て鍵を閉める。
職員用玄関に向かう道で僕から少し離れながら立川先生はぽつりと呟いた。
「やっぱり優しい人なんですね……吉浦先生って……」
「……何か言いましたか?」
「いえ……何も」
何か言った気がしたけど、気のせいだったかな?
二人で職員用玄関を抜けて、一路立川先生のお宅の近くのスーパーに向かう。以前、偶然出会ったあのスーパーだ。
「そういえば、私は数学が苦手でしたけど、吉浦先生って苦手な教科とかありました?」
「うーん、強いて言うなら英語ですかね……」
学校からの帰り道。スーパーに寄る道すがら、僕は隣を歩く立川先生に訊かれる。
「そうなんですか?意外ですね。吉浦先生って英語得意そうですけど……」
「いや、僕なんか全然ですよ。特にリスニングが苦手でして……何言ってるか全然分からないんですよね……」
「あ、それ分かる気がします」
僕の話に立川先生は共感するように頷く。
「私もリスニングが苦手でして…単語や文法を覚えるのはまだ何とかなっていたんですけどね」
「あー……僕はその単語や文法も得意ではなかったので、大学とかでも苦労しましたね。英語って理系、文系関係なくあるじゃないですか」
「ふふふ、確かに」
そんな感じでなんてこともない話をしながらスーパーに向かった。それでも立川先生は笑顔を絶やすことなく話していたので、こちらまで楽しいと思えていた。
そしてスーパーに着き野菜コーナーから回ることになった。
「うーん…吉浦先生って、洋食と和食どちらが好きとかあります?」
買い物かごを持って立川先生の後ろを付いていたらそんな質問を投げかけられた。
「そうですね……強いて言えば和食でしょうか。でも良いんですよ。今日はクリスマスですし、洋食を作っていただいても」
「良いじゃないですか。クリスマスに和食を食べるのも。じゃあ…あれと、これをと……」
僕の言葉に笑顔で答えた立川先生は、すでに頭の中でレシピが決まったのか次々と食材を選びかごの中に入れていった。そんな彼女を僕は微笑みながら見ていた。
~二乃・四葉side~
「結構買ったわねぇ」
「家の冷蔵庫空っぽも同然だもんね。これくらいなら持てるから大丈夫だよ」
「ありがとね。ホント助かるわ」
買い出し担当の二乃と四葉は、今住んでいるマンションの周辺の情報を得るために、今日は少し遠いスーパーに来ていた。これからは一花の収入だけで食費をやりくりしなくてはいけないので、食事関連を任されている二乃としても色々なスーパーやお店を見ておきたかったのだ。
「それじゃ帰りましょうか」
「うん!……あれ?先生がいるよ」
「え?」
買った食材を買い物袋に入れてそれぞれが袋を持ちいざスーパーを出ようとしたところで、四葉が和彦を発見した。
「本当ね。買い物袋なんか持って何してるのかしら。てか、今日は夕飯を外で食べてくるんじゃなかったの?」
「だよね。それに、あれって誰かを待ってる感じがするね……あ」
二乃と四葉が見ている方向では、和彦が買い物袋を持って佇んでいたのだ。そんな和彦にある女性が近づいていった。
「あれって……」
「そうね。立川先生だわ」
和彦と芹菜は合流すると何やら話した後、そのままスーパーを出ていった。
「…………追うわよ」
「えー!?」
出ていった二人を見た二乃は少し考えた後、四葉に二人を追うと言った。それには四葉も驚いてしまった。
「追うって、尾行するってこと?」
「それ以外ないでしょ。ほら、見失っちゃうじゃない」
四葉の抗議するような声を無視するかのように、二乃はさっさと二人の後を追っていった。
「う~~…どうなっても知らないんだからね」
そんな二乃を四葉も追っていった。
「それにしても、こういう状況になるとは思いもしなかったわ」
「本当だよ…まさか先生のことを尾行することになるなんて…」
「そっちじゃないわよ」
弱々しく話す四葉に二乃がツッコミを入れた。
「え?」
「先生は今日夕飯を外で食べるって言ってたらしいじゃない。だから私たちはどっかのお店で食べると思ってたわ。でも、実際にはああやって買い物袋を持って二人で歩いてる」
「そっか。お店で食べるなら買い物する必要ないもんね……?じゃあどこで食べるの?」
「買い物袋を持って二人で歩いてるなら決まってるでしょ」
そう言いつつ二乃はスマホを取り出し電話をかけた。
『二乃?どうしたのさ。しかもグループ通話なんて』
『何かあったのでしょうか?』
二乃が電話したのは、五つ子とことりでグループを作っているところのグループ通話だ。現状を全員に共有しようとしたようである。
早速、一花と五月が電話に出た。
「今買い物から帰ろうとしてたんだけど、吉浦先生を見たわ」
『え?兄さんがいたの?』
『誰かといた?』
「案の定、立川先生といたわ。今、その二人の後を四葉と追ってるところよ」
和彦の存在を聞くや否や三玖が誰かといるのか聞いてきたので、二乃は和彦を追っていることを伝えた。
『え?二人で尾行してるの!?なんでまた…』
尾行していることに一花が驚きの声をあげたが、他のメンバーも驚いているようである。
「状況が状況だったからね。気になったから追ってるのよ。先生たちを見かけたのって実はスーパーの中だったの。そして、二人も買い物してた。で、その買い物袋を持って今二人は歩いてるって訳」
『──っ!?それって…』
二乃の説明にことりがすぐに状況を理解した。
『?どういうこと、ことり』
まだ状況が理解出来ていない三玖はことりに聞き返した。
『兄さんは夕飯を外で食べてくるって言ってた。けど、今は立川先生と買い物袋を持ってどこかに向かってる。つまり、立川先生の家でご飯を食べるってこと』
『え……』
「そういうこと。だから本当にそんなことになってるか確認してるって訳よ」
「あ!二乃、先生たちがマンションに入っていくよ」
「当たりね」
ことりの説明を受けた三玖は電話の前で固まってしまった。そんな三玖に追い打ちをかけるように、四葉がマンションに入っていく二人の姿を確認した。
「ふ~ん、ここが立川先生のマンションか…」
『二乃!?それで、二人はどうなったのですか!?』
『五月ちゃん落ち着いて。どうどう…』
和彦と芹菜の二人が入っていったマンションを見上げながら二乃が言葉を漏らすと、五月が興奮したように二乃に追求した。それを一花が落ち着かせている。
「さすがに中に入られたら私たちじゃどうすることもできないわね。目的も果たしたしそろそろ帰るわ」
『う、うん。二人とも気をつけて帰ってきてね』
ことりの言葉を受け、二乃は電話を切った。その後また二乃はマンションを見上げた。
「二乃?」
うちに向かって歩き始めた四葉であったが、一人だけ歩いていることに気づき、振り返るとマンションを見つめたまま動かない二乃に声をかけた。
「ええ、ごめんなさい。行きましょうか」
そこで二乃は歩みを進め、二人は皆が待つマンションに向かって歩き始めた。
スーパーでの買い物も終わり、立川先生の住むマンションまで来た。エレベーターに乗り込み目的の階が近づくにつれ緊張してきてしまった。
今まで確かに何回か女性と付き合ったことはあるが、女性の一人暮らしの部屋にお邪魔する経験がなかったからだ。
はぁぁ…ここまで来て情けない話だよ。
目的の階に到着し、エレベーターから出た僕は立川先生に付いていく形で部屋まで移動した。
もう心臓がばくばくである。
「どうぞ。片付けてはいますが…」
トアを開けた立川先生に促されるまま部屋の中に入った。
「お…お邪魔します…」
緊張した声で中に入り、玄関で靴を脱いだ。
「ふふふ、緊張なさらなくてもいいですよ。奥がダイニングですのでそちらに案内しますね」
ドアの鍵を閉めた立川先生が靴を脱ぎ、どうすればいいか分からず固まっていた僕の横を通りすぎてから僕を先導した。
「うちって1DKなのでダイニングにこたつ出してるんです。今スイッチ入れるので入ってください」
立川先生に言われるがまま荷物を置きこたつに入った。その後周りをキョロキョロと見てしまった。
こういう初めてのところに来ると何故かキョロキョロしてしまうものだ。
室内は綺麗に片付けており、清潔感が漂う部屋だった。
「すみません、ちょっと着替えてくるのでくつろいでてください」
そういって立川先生は寝室に行ってしまった。
確かに少し緊張しすぎていたかもしれない。まずは落ち着こう。
こたつに入りながら、いつの間にか完全に安心しきった僕は周囲を観察した。テレビ周りや本棚など綺麗に整理整頓されている。
女性の部屋だけあって可愛い小物などが置かれていた。立川先生らしい部屋だ。
そういえば、ことりがこっちに来て一緒に暮らすようになってから小物を飾るようになったように思える。やはり女性ならではなのかもしれない。
そんなことを考えていると立川先生が戻ってきた。
「すみませんお待たせしました。お茶も淹れてきましたのでどうぞ」
「あ……ありがとうございます」
マグカップに注がれたお茶を一口飲み、少し落ち着いた僕は改めて立川先生を見た。
着替え終わった後の立川先生の服装は白のトップスと黒のスカートというシンプルな格好だった。それに、彼女の長い髪はシュシュで結ばれていた。しかしそれが逆に彼女の綺麗さを際立たせていた。
「ふふ、どうしたんですか?」
僕の視線に気づいたのか立川先生が微笑みながら聞いてきた。
「あ……いや、その……その服装はシンプルで素敵だなと……」
「ありがとうございます」
立川先生は嬉しそうに微笑んだ。
「それで……よろしかったらもう少し待ってもらってもいいですか?すぐに準備しますので」
「何か僕に手伝えることはありますか?」
「申し出はありがたいのですが、今回は一人で作りたいので…吉浦先生はこたつでゆっくりしててください。あ、テレビもつけていいので」
「分かりました。ではお言葉に甘えて待たせてもらいますね」
立川先生の厚意に甘え、こたつでくつろがせてもらうことにした。テレビをつけ適当にチャンネルを回す。ニュース番組を見ながら時間が経つのを待った。
料理が完成したようでキッチンからいい香りが漂ってきた。僕はこたつから出てキッチンに移動し、手伝いを申し出た。
「運ぶの手伝いましょうか」
「ありがとうございます。ではお皿をお願いできますか?」
「分かりました」
二人で協力して料理を運ぶと、こたつに並べていった。
今日のメニューは肉じゃがとほうれん草のおひたし、豚汁にご飯だった。
「美味しそうですね!」
僕は素直に感想を述べた。
「ふふ、ありがとうございます。冷めないうちに食べましょう」
「そうですね」
二人で手を合わせていただきますをしてから食事を始めた。肉じゃがは味がしっかりと染みておりとても美味しかった。
「とても美味しいです」
「それはよかったです。どんどん食べてくださいね」
立川先生の言葉に甘えて、僕は箸を進めた。
食事中は立川先生オススメの小説の話などで盛り上がった。
「へぇ~、あの作者って色々と書かれてたんですね」
「そうなんです。私、どの作品も好きで。良かったら、別の作品も読んでみてください。またお貸ししますので」
「ありがとうございます」
そんな感じで食事の時間は和やかな雰囲気のまま過ぎていった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回では、和彦と芹菜のお食事の前半を書かせていただきました。
最初は、どこかのビルの上階にあるレストランも考えたのですが、手料理を振る舞うのも中々良いのではと思いまして、芹菜の家での食事会とさせていただきました。
この食事会の場面は次回に続きます。
次回の投稿は、4月17日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。