少女と花嫁   作:吉月和玖

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59.ファーストキス

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」

 

立川先生は、食器をキッチンに運び洗い物を始めたのでそれを手伝うことにした。

 

「すみません、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ美味しい食事をありがとうございます」

 

二人で協力しながら片付けを終え、こたつでゆっくりしていると立川先生が話しかけてきた。

 

「あの…シャンパン用意してますので、食後にどうです?」

「へぇ~、いいですね。クリスマスらしさが出てきます」

「良かったぁ。チーズやスナックといった軽めのおつまみも出しますね」

 

そう言うや否や準備に取り掛かり始めた立川先生。

こたつの上には、チーズやピーナッツといった少ないおつまみとグラスが二つ用意された。ご飯を食べたばかりなので、このおつまみの量はちょうど良いかもしれない。そこにシャンパンを手に立川先生が戻ってきた。

シュポンッと開けられたシャンパンのボトルからトクトクとグラスに注がれた。

 

「じゃあ、もうクリスマスの夜ではありますが……メリークリスマス」

「メリークリスマス」

 

チンッ…

 

僕の乾杯の挨拶に続いて立川先生も合わせてくれた。

 

「………へぇ~、飲みやすくて美味しいシャンパンですね」

「本当ですね。今回のは当たりだったのかもしれません。お酒屋さんで見つけたものなんですけどね」

 

お互いが話すように、今飲んでいるシャンパンはとても飲みやすく美味しかった。

これならまだまだ飲めそうではあるが飲みすぎに注意しないといけないな。飲みすぎて帰れなくなるというのが最悪のパターンだし。

チーズを食べながらシャンパンを飲んでいると立川先生から話しかけられた。

 

「あの……一つお願いがあるんですけど…」

「お願いですか?」

「はい。その…二人っきりだったりプライベートの時には、お互いに名前で呼びませんか?その…外でも先生と呼び合うのもなんなので」

「名前ですか。いいですよ」

 

特に難しいことでもなかったし、名前で呼ばれることに抵抗がなかったので二つ返事で了承した。それを立川先生はとても喜んでくれた。

 

「えーと…立川先生の下の名前は確か……芹菜さんでしたっけ?」

「はい!えっと……じゃ…じゃあ…その…か、和彦さん

 

小さな声ではあったがしっかりと僕の名前を呼んでくれた芹菜さん。名前で呼ばれることは大したことではないと思っていたけど、妙にこそばゆくなってきた。

 

「あはは…自分でお願いしておいてなんですが。私って男性の方とここまで仲良くなったことなくって…だから、か、和彦さんが男性でお名前呼びするのは初めてなんです」

「え?そうなんですか?」

 

意外だなぁ。芹菜さんなら引く手数多だろうに。その証拠に、生徒からだってキャンプファイヤーのダンスなど色々と声をかけられてるはずだ。

 

「その…男性の方と話すとどうも緊張してしまって…だから、あまり男性の方と話すのは得意ではないと言いますか…」

 

そういえば、最近は普通に話しているが、最初に会った頃はそこまで話していなかったように感じる。教員一年目として緊張していたのかと思っていたが、隣の僕に緊張していたのか。

 

「なんか、すみませんでした」

「え?何がですか?」

「いえ、まだ一年目の頃。あの頃って、芹菜さんってずっと緊張していたので、緊張を解すために色々と話しかけてしまったなと」

「ふふふ、そんなこともありましたね。でも、あれがあったからこそ、私は今のように教員を続けられてるって思うんです。和彦さんだって一年目で緊張しているはずなのに、私に気を使ってくれていた。その優しさが私の励みになっていました。ありがとうございます」

 

ニッコリと笑顔で返された。ずるい人だ。そんな顔をされれば気にするだけ無駄だと思えてしまう。

シャンパンのグラスをくいっと傾けて、中身を飲み干した。そこに『どうぞ』と芹菜さんが追加のシャンパンを注いでくれた。

 

「まあ、今でも男性が苦手であるのには変わらないんですけどね。男子生徒と話すのも毎回ドキドキで……ふふふ」

「そうだったんですね」

 

そこで芹菜さんは自分のグラスにシャンパンを注いだ。かなりペースが早く僕より二杯は多く飲んでいる。

しかし、それで林間学校の前の日に疲れていたのか。苦手である男子生徒からのダンスの誘いが立て続けにあって。

ただ、そうなってくると疑問点が出てくる。

 

「僕は大丈夫なんですか?その…苦手な男性でもある訳ですし、ここにいるのもまずいのでは」

「ふふふ…」

 

僕の疑問に何故か芹菜さんは笑ってしまった。どこか可笑しかっただろうか。

 

「……本当に、普段は敏感なくらい私のことを気遣っていただけるのに。こうやって鈍感なところもありますよね、和彦さんって」

 

そこで芹菜さんは立ち上がり、僕のすぐ横に座り込んだ。そして、くいっとグラスに残っていたシャンパンを飲み干してしまい、僕の肩に自分の顔を預けてきた。

 

「ちょっ…」

「ごめんなさい。少しだけこのままでいさせてください」

 

芹菜さんはそれだけではなく、僕の左手に自身の右手を重ねてきたのだ。

 

「芹菜さん…」

「これだけすれば、いくら鈍感な和彦さんでも気づきますよね…………私は、和彦さんのことが好きです」

「──!」

 

彼女の口から出た言葉は、僕への好意を示す告白だった。

 

「私は、ずっと前から和彦さんのことが好きです。でも、このことを告げるのは……まだ早いかなって思ってました」

「え……?」

 

芹菜さんは僕の肩に顔を乗せたまま、そう話を続けた。僕は告白をされたというこの状況に頭が追いつかない。ただ、彼女の言葉を聞くことしかできなかったのだ。

 

「だって……もし私が告白したとしても、きっと和彦さんは私の気持ちに応えてくれないだろうから…」

「……!」

 

その言葉に、僕は驚いた。芹菜さんに対してそんな素振りを見せたことは……いや、表に出ていないと思っていた僕の気持ちは、彼女には筒抜けだったのだ。

 

「知ってましたよ? だって……ずっと和彦さんの傍にいたんですから」

「……」

 

彼女のその言葉で、僕は何も言えなくなった。今僕が何を言ったところで、それは芹菜さんを肯定してしまうことになるから。彼女がどれだけ僕のことを見ていてくれていたのかが分かってしまったから。

 

「だから、私はこの気持ちを伝えるのをずっと我慢してきました。きっと、私が告白をしても和彦さんは私の気持ちに応えてくれないから」

「……すみません」

 

僕は芹菜さんにそう謝った。彼女の気持ちに応えられないのに、彼女にこんな気持ちを抱かせてしまったことを……僕は謝らずにはいられなかった。

 

「でも、私はもう我慢できません。だって……こんなにも好きなんですから」

「芹菜さ──」

 

僕が何かを言おうとした瞬間、彼女は僕にキスをした。それは一瞬の出来事で、すぐに彼女は顔を離したので、僕らの唇が触れていたのはほんの数秒のことだった。

 

「私は、和彦さんのことが異性として好きです。今のは私のファーストキスですが、これからは、こういうこともしたいと思っています」

「……」

 

彼女の僕に対する気持ちの宣言に、僕は何も言えなくなった。そして彼女は再びシャンパンのボトルを手にする。

 

「これを飲んだらお開きにしましょう。これ以上一緒にいたら……私、自分の気持ちを抑えられなくなりますから」

 

そう言った芹菜さんの顔は赤くなっていて、目はどこかとろんとしていた。それに加え、先程のキスで僕らの間にあった雰囲気はより濃厚なものとなっていた。

 

「私は、もう自分の気持ちに嘘をつきません。ですから、和彦さんも真剣に考えてください。私のことと……自分の気持ちについてを」

 

芹菜さんはそれだけ言って、手てしたシャンパンのボトルからグラスに注いだ。

その後、しばらくしたらボトルが空となったのでお開きにして僕は家路についた。

 

「ただいま」

「あ、おかえり~」

 

家に帰ると、既にパジャマに着替えたことりがリビングのソファーに座っていた。どうやらまだ起きていたようだ。

 

「まだ起きてたんだ。冬休みとはいえ早く休みなよ」

「わかってるぅ」

 

ことりはソファーに座ったままスマホの操作に夢中のようだ。メッセージのやり取りでもしているのだろうか。

後はお風呂に入って寝るだけだし、とりあえず部屋に荷物やコートなんかを置きに行くか。

そんな考えをしながら自分の部屋に向かおうとした。すると後ろからことりに声をかけられた。

 

「お兄ちゃん、今日は立川先生の家でご飯食べてきたんだよね?」

 

思いもしない言葉で驚き振り返った。

ことりはスマホの操作が終わったのか、スマホをテーブルの上に置きこちらをじっと見ていた。

 

「あ、否定しても無駄だから。こっちは、二人が買い物袋を手にマンションに入っていく姿を見たって証言があるから」

 

どんな情報ネットワークだよ。

僕は言い訳とかを諦めて、ことりの傍まで行って床に座った。

 

「ったく…誰から聞いたんだか…そうだよ。今日は立川先生のお誘いがあったから、立川先生の家に行ってきたよ」

「ふーん、あっさり認めるんだ」

「目撃者がどうのって言われたら何も言えないでしょ。それに、ご飯食べてお喋りして、そこにお酒を飲んでだから言い逃れとかないんだよ」

 

まあ、実際は芹菜さんに告白されて、それにキスも……

この辺りは言えないな。

 

「ふーん…」

 

ことりはあまり納得が出来ていないようで、ソファーから立ち上がり、僕の目の前に座ってじっとこちらを見ている。

 

「立川先生と付き合うの?」

「──っ!」

 

その言葉に、芹菜さんから告白された記憶が蘇り、体がビクッとなってしまった。

 

「そうなの?」

「………付き合っていないよ。ことりには正直に話すけど、確かに立川先生から告白はされた」

「!」

 

告白はされたことを伝えるとことりは目を見開いて驚いていた。先程の付き合っているのかっていう質問も、心の中では何もなかったという思いから出た言葉だったんだろう。

 

「え、じゃあ断ったの?」

「断ったと言えば断ったんだけど、そうとも言えないな」

「もう!煮え切らないなぁ!付き合ってないなら断ったんでしょ?」

 

僕の謎かけのような発言に頬をぷくっと膨らませて抗議してきた。

 

「いや、僕の口からは返事をしてないんだよ」

「え?」

「僕から返事をする前に、『今のあなたに告白してもそれに応えてくれないだろう』、て言われたから。それ言われてもう何も言えなかったよ」

「………!もしかして、まだ昔のこと引きずってるの?私がいるせいで、お兄ちゃんが中々長く付き合えないこと」

「別にことりのせいじゃないだろ」

 

ことりの頭を撫でながら、僕の女性との付き合いが短いことがことりのせいではないと伝えた。

今までの女性との付き合いがどれも短かったこともあり、女性と付き合っていくことが煩わしと思っているのは本当だ。その事で距離も置いていた時期も確かにあった。

だけど、そうなってしまったのは自分のせいであって、ことりのせいだと思ったことは今までに一度もない。

 

「学生に告白されるよりも、立川先生はもっと身近な人だったから少し迷ったんだよね。だけど、もし付き合うなら、そんな迷いもなく付き合っていきたいんだ。だから、僕に彼女ができるのはもう少し先かな」

「そっか……私はいつでもウェルカムだからね」

「はいはい…」

 

あきれ気味に答えながらことりの頭を撫でていると、ことりはまたぷくっと頬を膨らませながら抗議の目を向けてきた。

 

「むーー…いつまでも私を子供扱いしてぇー!あ、そうだ」

 

そんなことりはあることを思いついたのかニヤリと笑みを浮かべた次の瞬間──

 

「──!」

「ん……」

 

ことりが僕にキスをしてきたのだ。それは本当に触れる程度のものだった。だが、確実にキスをしたのだ。

 

「おまっ……!」

 

僕は驚き、慌てて後ずさった。そんな僕を満足そうにことりは見ている。

 

「ふふっ…私のファーストキスどうだった?これからは隙あらばしちゃうんだから」

 

ペロッと唇を舌で舐めながら妖艶な笑みを浮かべていることり。だが、次の瞬間には真面目な顔に変わっていた。

 

「お兄ちゃん。私のこの想いはずっと変わらないよ。たとえ、私に他に好きな人ができたとしても、この想いだけは変わらない。忘れないで」

 

真面目な顔で言っているので、茶化すようなことは言わず、その言葉を胸に留めておいた。

 


 

~???~

 

チリン…

 

部屋の住民は皆寝静まった暗いリビングで、一人の人物がおみくじの形をしたお守りを持った手を窓に向かって持っていくようにしてそれを眺めていた。

 

「お兄ちゃん…」

 

チリン…

 

まるで言葉に反応するようにお守りの鈴が鳴った。

そのお守りを大事そうに両手で持ち、そのままその手を自身のおでこまで持っていった。

 

「お兄ちゃん、立川先生と付き合っちゃうのかな…………ヤダな……」

 

そして、その状態のまましゃがみこむと、顔を上げて、カーテンの隙間から覗いている月を見上げるのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、前回の続きとして芹菜のお宅での食事会を書かせていただきました。
今回の目玉としては、芹菜の告白とサブタイトルにもある二つのファーストキスでしょうか。
ヒロインである五つ子達よりもオリジナルキャラ達が先に動き始めました。これが、果たして五つ子達にどのような影響を与えるのか。これからしっかりと書いていければと思います。

次回投稿は4月22日を予定しております。
次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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