「お墓参り?」
「そうなの。今日はお母さんの月命日でね、お兄ちゃんにも来てほしかったんだ」
二乃の突然の告白のあった次の日。五月からのお願いもあり、今は二人で出掛けている。
その出掛け先が、なんと五月達のお母さんのお墓参りだとつい先ほど聞かされたのだ。
「私のお願いに快く引き受けてくれてありがとうお兄ちゃん」
「まあ、それは良いんだけど。他の姉妹は?」
「みんなは月命日までは来ないから。今頃家で勉強会してるんじゃないかな」
「上杉には言ってるの?」
「ううん。言ってないよ」
それはそれは。今頃上杉が荒れてそうだな。なんで五月がいないんだって。
「そうだ。昨日、二乃ばっかりずるいよ。私だってご飯連れていってほしいのに」
「いやー、二乃とはだいぶ前に約束してたからね。てか、あの約束も本気だとは僕も思ってなかったからなぁ…」
僕の横を歩いている五月から頬を膨らませながら昨日のことを文句言われた。なんとなく文句を言われるんじゃないかなって思ってたけど、やはりか…
「私もどこか連れてって」
「なんか言うと思ったよ。じゃあ試験明けにでもみんなでご飯に行こうか」
そんな提案をして五月の顔を見たのだが、いまだに不満そうな顔をしていた。
「あれ…?なんかまずかった?」
「二乃はお兄ちゃんと二人でご飯に行ってた」
えっと……つまり…
「ふ…二人で行く?」
「うん!」
そういうことであった。
満面の笑みを返した五月は、ご機嫌になって僕の少し前を歩いて目的地に向かって先導を始めた。
まったく……
「言っとくけど、試験明けっていうのは変わらないからね」
「わかってるよ」
そんなご機嫌な五月と途中で花を買ってお墓に向かった。
目的のお墓まで到着した五月は、早速花を活け始めた。なので僕は、その五月の横で線香に火をつけて供えた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「ああ」
お互いの準備が出来たところで二人で手を合わせた。
初めまして。五月達五人は一生懸命頑張ってますよ。遠くから見守ってあげてください。僕も近くで見守らせてもらいます。
ありきたりではあるが、五月達のお母さんに挨拶をした。
目を開けて隣を見ると、五月はまだ目を瞑り手を合わせていた。
「私ね。いつもここに来てお母さんに問いかけてるの。私はお母さんのようになれるのかって…」
僕が見ているのに気づいたのか、五月は目を瞑ったままそう言葉にした。
母親のようになるか……たしか、五月が僕の前で敬語を使わなくなった時に話してたっけ。姉妹みんなを導けるように母親の代わりとなるって。
どうやら五月には、姉妹の中でも一番母親に対する想いが強くあるようだ。
「お。先客とは珍しいな」
そんな時、近くまで来た女性に声をかけられた。どうやら彼女もこのお墓に用があるようだ。
ショートヘアーに眼鏡をかけており、年は僕より上で三十代くらいだろうか。月命日に来るくらいなので、五月達のお母さんとはかなりの親交があったのかもしれない。
「えっと…初めまして」
五月がそんな風に挨拶をしているので、会うのは初めてということだろう。なんだが──
「うげっ…先生…?」
突然そんな言葉を投げかけられたのだ。
先生って言ってるから僕の事かと最初は思ったが、生憎と彼女とは会ったことがない。表情からすると驚かれているので、あんな顔をされるくらいだから絶対に覚えているはずだ。
それに、彼女の目線から僕ではなく五月を見て驚いているように見える。
はてさて、どんな話が聞けるのか。
「わっはっは、悪ぃ悪ぃ。お嬢ちゃんがあまりに先生にクリソツだったから間違えちまった。よく考えたらとっくの昔に先生は死んでたわ。おっと、娘さんの前で言うことじゃねぇな。許してくれ。昔から口が悪くて、先生に叱られたもんだ」
今僕達は先ほど会った女性とREVIVALに来ている。僕と五月が並んで座り、その向かいに先ほどの女性、下田さんが座っている。
「ここで会ったのも何かの縁だ、先生の恩返しで好きなだけケーキを奢ってやるよ」
「好きなだけ…」
「僕も出しますよ」
「そうかい?格好つけたいところだったんだが、大人のあんたが言うんだ。厚意に甘えとくよ」
好きなだけという言葉に五月は目を輝かせていた。おそらく、今の生活になってあまり満足に食べれていないのだろう。そんな五月が好きなだけ食べ始めるとどうなるか分からないからな。下田さん一人を犠牲にする訳にもいかないだろう。
「ここのケーキ屋はうめぇぞ、店長はちょっと感じ悪いけどな!」
「味が良いのは知ってますよ。僕もよく食べに来ているので。店長さんにもよくしていただいてます」
「へぇ~、あの店長と仲良くなるとは、あんたやるねぇ」
店長さんとは初めて会った時に芹菜さんの事でちょっとあったけど、基本良い人だと思っている。僕がお店を訪ねる度に話しかけてくれるし。
まあ、今日は下田さんがいるせいか話しかけては来ていないが。てか、下田さんの声が大きくて、店長さんじっとこちらを見ている。後でフォローしておこう。
「しっかし、お前さんらは教師とその教え子なんだろ?なんだってあんなところに二人でいたんだ?」
注文を終えたところで下田さんがもっともな意見を述べてきた。
うーむ…なんと説明したものか…
「あれか?この人が私の大切な人です、的な報告をしてたとかか?」
「えー!?」
面白そうに下田さんが話すが、五月は驚きの声をあげた。
大切……まあ、兄と慕ってくれている意味では大切な存在ではあるが。多分、下田さんが言っているのは別の意味の事だろう。
「それとも、もっと進んでて婚約報告だったりとかか?」
「婚っ…!?」
下田さんの追及に五月は顔を赤くして固まってしまっている。
「違いますよ。僕の妹と中野さんが仲良くしてまして、その影響か中野さんも僕の事を兄と思って親しくさせてもらっているんです。今日は、そういう事もあり僕に彼女のお母さんを紹介してもらった、という訳ですよ。本当は妹も来る予定ではありましたが、別の用事があって来れなくなったんです」
「はーん…兄ねぇ……」
僕のちょっと作り話な説明に納得している部分とそうでない部分とがあるような顔で、下田さんはじっと五月を見ている。
そんな五月はばつが悪そうに萎縮している。
「……はっ…ま、そういうことにしておこう。教師っていうのも色々と大変だからねぇ…」
とりあえず、この話はここまでということになった。
「あの…逆に質問なんですが。下田さんと中野さんのお母さんとの関係は?」
「ああ。元教え子だな!あの人には何度ゲンコツを貰ったか覚えてないね!」
そうか。五月達のお母さんは教師だったのか。
「あの…お母さんがどんな人だったのか教えていただけませんか?」
そこで、五月が下田さんに意外な質問をした。
「覚えてないのか?五年前だから…結構大きかったろ?」
「ええ、そうなのですが…私は家庭でのお母さんしか知りません。お母さんが先生としてどんな仕事をしていたのか知りたいのです」
「ふ~ん、まあ聞きてえならいくらでも話してやれるが。なにぶん先生とは高二の一年間の思い出しかねぇ。私が少々…おてんばだったからかもしんねぇが、とにかく
下田さんが懐かしそうに話しているところに注文したケーキが運ばれてきたのでそれぞれの前に置いた。
早速五月は自分の注文したケーキをフォークで食べ始めた。
「愛想も悪く生徒にも媚びない。学校であの人が笑ったところを一度も見たことがねぇ」
「はは…さぞ生徒さんには怖がられていたのでしょうね…」
下田さんの言葉に、五月はケーキを食べながら乾いた笑みを浮かべていた。
「いーや…それが違うんだよなぁ…どんなに恐ろしくても、鉄仮面でも許されてしまう。愛されてしまう。慕われてしまう。先生はそれほどまでに…めちゃ美人だった!」
「…!めちゃ美人…!」
「ほぉー…」
まあ、あの五つ子達の母親だからある程度は予想出来ていたが、やはり美人だったのか。
「ただでさえ新卒の、年の近い女教師。そして美人。それだけで、同学年のみならず、学校中の男子生徒はメロメロよ」
「メ…メロメロですか…」
メロメロという言葉に、五月はフォークを咥えたまま驚き目を見開いている。
「ま、そんなこと言わずもがなか。お嬢ちゃんも先生似だし、いけるんじゃねーか?」
「わっ、私なんてそんな…!」
下田さんの五月も男子生徒をメロメロに出来るのではないかという発言に、五月は全力否定している。
そこまで否定をしなくても十分いけると思うけどなぁ。
「そんなことないだろ。あんたもそう思うだろ?」
こっちに振りますか。
振った本人の下田さんはニヤニヤしてるし、五月はなんか少し期待したような眼差しを向けてるような…
「そうですね、とても可愛いと思いますよ。将来は美人になって引く手あまたじゃないですか」
「へぇ~、あんたも言うねぇ」
「……可愛い…」
下田さんは僕の答えに満足した顔をしている。五月は照れているのか、下を向いてしまった。けど、少し見えた顔には若干の笑顔があったように思えた。
「……あんたら本当はできてんじゃないのかい?」
「違います」
僕の答えに『あはは』と笑いながら下田さんはケーキに手をつけた。
「でだ。ファンクラブもあったくらいだ。とにかく女の私でさえ惚れちまう美しさだった訳だが、あの無表情から繰り出される鉄拳には私ら不良でも恐れおののいたもんだ。まさに鬼教師!」
鬼教師…
「だがその中にも先生の信念みたいなもの感じちまって、いつしか見た目以上に惚れちまってたよ。結局一年間怒られた記憶しかねぇ。ただあの一年がなければ…教師に憧れて、塾講師になんてなってねーだろうな」
五月はその言葉を聞いて、ポーっと顔を赤らめている。
「いい話ですね」
「私としたことがらしくねぇな」
下田さんは頭を掻きながらそう呟くが、笑顔で言っているので本当の気持ちなのだろう。
「下田さんの話が聞けて踏ん切りがつきました」
そう言って五月は、鞄から一枚の紙とペンを取り出した。
あれは……この間配った進路希望調査?
「学校で進路希望調査が配られたのです。下田さんのように、先生のように。そしてお母さんみたいになれるのなら…やはり私はこれしかありません」
そう言いながら進路希望を書こうとする。しかし──
カチンッ
下田さんのフォークによりそれは遮られた。
凄いな、フォークの持ち手で書こうとしたペンの先をブロックするなんて。
「え」
「ちょいと待ちな。母親に憧れるのは結構。憧れの人のようになろうとするのも決して悪いことじゃない。私だってそうだしな。だが…お嬢ちゃんはお母ちゃんになりたいだけなんじゃないのかい?」
「!」
「なりたいだけなら他にも手はあるさ。とは言え、人の夢に口出しする権利は誰にもねぇ。生徒に勉強を教えるのもやりがいがあって良い仕事だよ。目指すといいさ……『先生』になりたい理由があるならな」
「私は…」
そこで五月は何も言い返すことが出来なかった。
「おっと、こんな時まで説教だなんて先生の悪いところが出ちまった」
「あはは、分かります。たまに出ちゃいますよね」
「だよなぁ」
そこで、お互いの先生あるあるの話で盛り上がったのだが、五月はずっと浮かない顔をしていた。
結局そこでお開きとなり、連絡先の交換を下田さんとした。
「お母ちゃんの話がまた聞きたくなったら、また会おうな」
そんな言葉と共に店先で下田さんと別れた僕と五月は、二人並んでマンションに向かって歩を進めた。
「どうだった?」
「え?」
「いや、お母さんの貴重な話が聞けたじゃない?何か参考とかになったかなって」
「うん……なんか私の知ってるお母さんと違った一面が知れてちょっと驚いたかな…」
「誰もが恐れおののく鬼教師であり、学校中の男子生徒をメロメロにするほどの美人か……ちょっと会ってみたかったかもね」
「あー!今、美人に反応したでしょう!」
五月は頬を膨らませながら抗議する目をこちらに向けてきた。
「なんでそこに反応しなくちゃならないの。僕の近くには可愛い姉妹がいるんだ。それだけでも十分でしょ」
「──っ!」
先程とはうってかわって、五月は目を見開いて顔を赤くしている。今日の五月は表情豊かだ。
「お兄ちゃんって、たまに恥ずかしいことを平気な顔で言うから困っちゃうよ…」
照れくさそうな顔で僕より少し前を歩いている五月。
ことりや飛鳥に結愛ちゃんに言い慣れているせいもあってか、どうもその辺りの感覚がおかしいようだ。とは言っても、誰にでも言っている訳ではない。本当に思った時だけ言っている。そうなってくると、僕の周りの女性は美人が多いように思う。芹菜さんだって十分に美人だ。
そんな二乃や芹菜さんが何故僕なんかを好きになったのかが謎なのだが……
「お兄ちゃんも下田さんと同じ考えなの?」
不意に五月から質問を投げられた。
「同じっていうと、教師になることをもう少し考えた方がいいってやつかな?」
質問に質問で返すと、五月はコクンと頷いた。
「まあそうだね。人が何かになりたいっていうのには、理由は様々だ。ましてや、両親の仕事に憧れるのだってあり得る話でもある。ただ、今の五月はお母さんって言葉に固執してるように見えるんだ」
「え…」
「お母さんがいなくなった。だから、自分がお母さんになって皆の支えとなりたい。その延長線上として、お母さんだから教師を目指すっていう風に見えるんだよ」
「……」
「ま、悩むだけ悩むといいさ。何せこれは五月自身の人生なんだから」
「私の……」
「五月がお母さんや……そこに入るのもおこがましいけど、僕なんかのような教師を目指したいなら全力でサポートするよ。それこそ僕は君の先生なんだから」
ポンポンと五月の頭を撫でてあげた。
「先生か…」
「ん?」
「ううん、なんでもないよ。うん。もう少しだけ考えてみるよ」
「ああ」
そして、五月と二人で帰路につくのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回のお話では、和彦が五月のお母さんの月命日のお参りに付いていくお話です。そして、下田さんの登場です。今回は和彦も大人でしたので、五月の食べた量を一人で払うはめにはなっておりません。よかったですねぇ。
二人の先生からアドバイスを貰った五月ですが、どんな進路を選ぶのか見守っていきましょう。
次回の投稿は6月6日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。