~三年前~
大学四回生の九月が終わろうとした頃、ことりがうちにいないにもかかわらず、飛鳥がうちに上がってきた。
「は!?私と付き合ってほしい?」
麦茶を二人分用意して飛鳥の向かいに座り、今日の用件を聞くと予想だにしなかった言葉が返ってきた。
「え?どっか買い物に付き合ってほしいとかじゃなく?」
「違いますよぉ。私の恋人になってほしいのです」
一応確認をしたのだが、そういうことらしい。
「いや…えっと……何?飛鳥って僕の事好きやったと?」
「いえ。違いますよ」
「??」
軽く混乱してきた。
えっと…買い物とかに付き合うではなく、恋人として付き合ってほしい、と。でも僕の事は好きではない。どゆこと?
「どゆこと?」
心の声と言葉がシンクロした瞬間であった。
「……そうですねぇ…私って実はモテるのです」
「知っとうよ。ことりから聞いとうけんね。告白された回数もことりと変わらんのやろ」
「ふふふ…よくご存知で。しかし、私には恋というものがよく分からないのです」
お茶を飲みながら落ち着いた様子で飛鳥は話を続けた。
「ですので、恋人と過ごすのはどういった感じなのか…和彦さんに協力してほしいのです」
「つまり、本当に付き合うとかじゃなくて擬似的にお付き合いをすると」
「さすが和彦さんですね。理解が早く助かります」
僕の言葉にニッコリと笑顔で答えた。
しかし、疑似恋愛ねぇ…うーん…
そこで僕は考え込んでしまった。飛鳥が困っているのであれば何か手助けをしてあげたい。だが今回の事となるとそんなに簡単な事ではないように思えてくる。
「やはり…駄目…でしょうか」
僕の考え込む姿に、飛鳥は珍しく悲しみを帯びた表情でこちらを見てきた。
はぁぁ…仕方ない。
「いいよ。僕でどこまで出来るかは分からんけど、協力してあげる」
「──っ!ありがとうございます♪」
まれに見ないとびっきりの笑顔で飛鳥は喜んだ。
なるほど。こんな顔を見せられたら、同年代の男子なんてイチコロだろ。
そんな風にも思えるほどの笑顔だった。
「……飛鳥はこの後って用事ある?」
「え?とくにありませんが…」
「じゃあ、早速だけどデート行こうか」
「デート…ですか?」
「ああ。恋人と言えばデートだろ?僕もちょうど暇してたし。とは言え、近くのモールに行くだけやけどね」
デートの申し出に少し驚きの表情の飛鳥。
まだ早かっただろうか。
「ふふっ。いいですね。では、準備をしてきますので、そうですね……一時間後くらいに待ち合わせましょうか」
「は?そんなに?別に今の服装でもよかろうもん」
「何を言っているのですか。女性には準備というものがあるのですよ」
「まー、そんなに言うなら…じゃあ、一時間後に家まで迎えに行くから」
「ええ」
ニッコリと微笑みながら答えた飛鳥はそのまま家に帰っていった。僕はとくに準備とかはないので、部屋で時間を潰してから迎えに行くことにした。
飛鳥の家の前で待っていると、さほど待つこともなく飛鳥が家から出てきた。
「お待たせしました」
「いや、そんなに待ってないから気にしなくていいよ」
「ふふふ…」
「どうした?」
「いえ。このやり取り、以前漫画で読んだことがあるなと。自分がするとは思いもしなかったので」
「まあ、ありきたりと言えばなんだが……」
「?どうかされましたか?」
飛鳥と話している際にどうしても今のは飛鳥のことを見てしまう。
服装は黒を基調としたバルーンスリーブのワンピース。それに軽くではあるが化粧をしているように見える。唇なんかリップで強調されていて目が行ってしまうほどだ。
こいつ本当にことりと同い年の中学生か?
「……さすがにそんなに見られると恥ずかしいのですが…」
見すぎていたのか、飛鳥が恥ずかしそうな仕草で話してきた。
「す、すまん!いや、いつもの飛鳥と違って見えてな。普段の飛鳥は可愛いイメージなんだが…その……なんだ…今は美人に見えてくるって言うか…大人っぽいぞ…」
「ふふっ、ありがとうございます。和彦さんと並んで歩くんですもの。少し張り切ってみました。気に入っていただけましたか?」
「ま…まあな…てか、僕が気に入ってもしょうがないだろ。あくまでも彼氏役なんだから……ほら」
「え?」
調子が狂いそうだったので、移動の意味を込めて左手を飛鳥に差し出したのだが、当の飛鳥はきょとんとしている。
「恋人の体験をしたみたいんやろ?なら手ぐらいつなぐだろ。嫌ならいいが…」
断られることが恥ずかしく、つい目線を外してしまった。しかし、そんな考えもすぐに吹き飛んだ。僕の左手がしっかりと飛鳥の右手で握られたからだ。その飛鳥は僕の横に並んで立っていた。
「嫌だなんて思いませんよ。リード、お願いしますね」
「ああ」
そして、今日の目的地でもあるショッピングモールに向かって歩き始めるのだった。
「そういやぁー、飛鳥とこうやって手を繋いで歩くのなんて数年振りやね」
「ええ、そうですね。小さい頃は、ことりと結愛と和彦さんの手の取り合いをしていたものです」
「まあ、結局は飛鳥が身を引いてたんやけどね」
ことりと飛鳥がまだ出会って間もない頃。その頃から立花姉妹の面倒も見ていたのだが、どこかに出掛ける度に自分が僕と手を繋ぐのだ、と張り合っていたのだ。
とは言え、その頃はまだ結愛ちゃんが幼い事もあり、片方は結愛ちゃんで決まっていた。なので、もう片方の手はことりと飛鳥で取り合っていたのだ。暫くして、二人が成長した頃には、飛鳥が取り合いに参加しなくなったのだ。まあ、二人がいない時にはちゃっかり手を繋いできてはいたのだが。
「そういうこともありましたね。懐かしいです。ことりは今でも手を繋いでくるのですか?」
「ああ。あいつはいつまで経っても変わりゃしない。背だけが大きくなってるだけだよ。結愛ちゃんでさえ手を繋ぐのを遠慮してるのに」
「ことりらしいですね」
ことりが手を繋ぐようにせがんでいるところを想像したのか、飛鳥は可笑しそうに笑っている。
「まあ、ことり程ってことじゃないんだが…飛鳥。お前も甘えたい時は甘えてきな」
「え……?」
「お前はたまに我慢してる時があるやろ?二人の前で甘えるのに気が引けるんなら、今日みたいに僕と二人でいる時くらいは自分の望みを言ってもバチは当たらないって」
四人でいる時、飛鳥は一歩引いた場所にいるように思える。そして、笑ってはいるがその笑みがどこか寂しそうに見えたのだ。
「…………では、一つお願いをしてもいいですか?」
「ん?」
「その…恋人繋ぎ、というものをやってみたいのです」
恋人繋ぎ……お互いの指を絡めあわせて手を繋ぐあれか…
まあでもいっかそれくらい。
「分かったよ。言っとくけど密着感は今までと違うからね。嫌だったらすぐに言いなよ」
飛鳥の提案に許可した僕は一度手を離し、そして指を絡めるように繋ぎ直した。
そのまま暫く歩いていたので、飛鳥としては嫌ではなかったようだ。
「どう?実際にしてみて」
「そうですね……なんだか、ドキドキが止まらない感じがします。それでいて、安心感も感じてます」
隣を歩く飛鳥をチラッと見たが、恥ずかしそうに少し下を向きながら歩いているようだ。だが、口元は笑っているように見えたのでこのまま行くことにした。
「んーー……」
ショッピングモールに着いた僕達は、ウィンドウショッピングよろしくいくつものお店を覗いていた。二人とも特に用事があった訳ではなかったので、本当に商品を見て回るといった感じだ。
そして、少し休憩も兼ねて今はクレープショップに来ている。飛鳥がどれにするか悩んでいるところである。
その悩む姿は年相応のように見えた。
「そんなに悩むなら二つ選びな。僕は片方食べるから、それをシェアすればいいだろ?」
「え?いいのですか?」
「ああ」
僕の言葉に、飛鳥は今までにらめっこしていたメニューの看板からこちらに向き直してから確認してきた。僕としては、どれでもいいので問題ないと了承した。
「……では。すみません、注文をお願いします──」
飛鳥が頼んだのは、期間限定らしい抹茶アイスが入ったクレープにシンプルなイチゴクレープだった。
クレープを購入した僕達は、近くのテーブルに隣同士で座った。
「しかし良かったのか?一つがシンプルなイチゴクレープで」
そのイチゴクレープを食べながら疑問をぶつけた。
僕としては、多分選んだであろう物であったので問題ないのだが。
「いいのですよ。シンプルなのが一番美味しいのですから。それより、はい。一口どうぞ」
「サンキュー」
自分が食べていたクレープを飛鳥が差し出してきたので、遠慮なく一口もらった。この辺はよくしていたので慣れたものである。
「……うん!旨いな。じゃあ、僕のも食べる?」
「ええ………ふふっ、やっぱりシンプルなのが美味しいですね」
僕の差し出したクレープを食べながらニコニコと感想をもらした。今の飛鳥は上機嫌なようだ。
「それで?今日デートしてみたけど、どんな感じ?」
僕は残りのクレープを食べながら、少しは恋人としてのやり取りが感じれたか飛鳥に聞いてみた。
「そうですね……恋人繋ぎはドキドキして新鮮な感じを得られましたが、それ以外はいつも和彦さんと過ごしてる感じがして、恋人として過ごしてるのかは分かりませんでしたね」
「まあ、そこは仕方ないだろ。付き合いが長いんだし」
これまでも飛鳥とこうやって二人で買い物などに行ったこともあるので、僕と過ごしても何も感じられないのかもしれない。
「でも、学校の男子とお話しをするよりも、こうやって和彦さんとお話ししながら見て回る方が、安心して楽しいですよ」
「ふーん…ま、結局はそこに行き着くんじゃないか。一緒にいて楽しくないなら、一緒にいる意味もないだろ…………なあ?僕が今まで女子と何度か付き合った事があるの知っとうよね?」
「え…ええ。ことりから聞いたことはあります。ただ、その時のことりもまだ小さかったので、異性と付き合うというものを知らなかったようではありますが。あと……和彦さんのお付き合いが短いのは自分がいたせいだったんじゃないかとも言っていました。そこは、私たち姉妹も和彦さんにお世話になっていたので、同じような気持ちではありますが…」
「まったく…別にお前達のせいじゃないっていうのに…」
そう言いながら飛鳥の頭を撫でた。飛鳥はされるがままで特に嫌がっている素振りはない。
「確かにお前達の事を優先していたことで、相手に嫌な気持ちをさせていたことは事実だ。でも、それは僕から予め言っていたことだから、それが気に食わないのであればそこまでさ。でも、もう一つだけ理由があるんだ」
「理由……それはお付き合いが短かったことのでしょうか?」
飛鳥の問いに僕はコクンと頷いた。
「これはことりにも言っていないことなんだけどね。多分僕も飛鳥と一緒で、恋っていうのが分からないんだ」
「え……?」
僕の言葉に飛鳥は驚きの顔をしている。
「え……だ…だって、今まで女性と付き合ってこられたのですよね」
「あー……あの頃僕ってさあ、彼女がいる自分に優越感を浸ってたのかもしれないね。自分に彼女がいることで友達とかに自慢なんかしちゃってさぁ…ホント何やっんだって、当時の自分に言ってやりたいよ」
「……」
「だから、別に当時付き合ってた子が好きだったかって言えばそうじゃないんだよねぇ。だって、一緒にいても楽しくもなんともないんだもん。ことりや飛鳥、結愛ちゃんと一緒にいた方がずっと楽しいって思えてたんだ。だから、結果的に三人を優先することになってたんだと思うよ」
「そう…だったのですね…」
僕の話を聞いた飛鳥はどこか悲痛な顔をしたいるように見えた。
「だから、大学に行ってからは彼女を作ってなかったんよねぇ。ま、これから一緒にいて楽しいって思える人ができるかもしれないけど、それまでは彼女はいいかなぁ。悪いね、デート中にこんな話をして。幻滅したよね」
「そんなことありません!」
「!」
飛鳥にしては珍しく大きめの声で反論した。今日は飛鳥の色々なところを見たものだ。
「そんなことありません。今の和彦さんの気持ちは痛いほど私もわかりますから」
「そっか」
「はい…!」
笑顔で返されたので本当に幻滅はしていないようだ。そこは安心だ。
「ま、僕の事はともかく飛鳥の事だね」
「え…?」
「このまま僕と一緒にいても恋人の感覚を感じられないだろ?何か手はないか……」
うーん…今までのやり取りに変化をつけないとなぁ……
「そだ。話し方変えてみたら」
「話し方ですか?」
「ああ。その敬語をなくしなよ。ことりと話すみたいに話してもらって構わないから」
「え?し…しかし…」
「良いって、良いって。後はそうだなぁ……僕の事呼ぶ時の呼称を外すとか?呼び捨てで呼ぶのも良いかもね」
「えー!?」
「ま、物は試しだよ。ほら」
「………わかったわよ和彦。これでいいんでしょ」
僕の追及に観念した飛鳥は敬語をやめ、僕を呼び捨てで呼んだ。
「うん。良いんじゃないかな」
「まったく…あなたも強引なところがあるわよね」
「まあ、たまにはね。そういえば、この事ってことりと結愛ちゃんに内緒な訳?」
「そうね…ことりに至っては、だったら私も、て言いそうだしね」
「分かったよ」
こうしてこの日から、飛鳥との疑似恋愛の関係が始まるのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
前の話のあとがきでも触れましたが、この話から和彦の過去の話となります。
サブタイトルに①と記載がある通り、過去話はまだ続きます。
和彦と飛鳥の疑似恋愛の開始。そして、和彦が彼女を今では作らない理由を書かせていただきました。まあ、和彦の彼女を作らない理由は、ちょっと贅沢な悩みかもしれませんが…
では、次回も早めに投稿出来ればなと思っております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。