~現在~
福岡を離れてから飛鳥とはキスはおろか二人で会うこともなかった。僕の帰省する日が短いというのもあるかもしれない。
メッセージはほぼ毎日来る中、週に1~2回のペースで電話はかかってきていた。内容は愚痴が多かったが、話し方は敬語に戻っていたのだ。
だから、もう僕は用済みとばかり思っていたのだが…
「お前、敬語を無くすと途端に弱気になるよな」
『だ…だって……嫌われたくないから……』
「簡単に嫌いになんかならんよ。何年の付き合いやと思っとうとよ」
『ふふっ…あなたも言葉が崩れてきてるわよ』
おっと。懐かしい気持ちからつい崩れてしまった。
今では親や地元の友達と話す時以外は標準語で話すように意識している。ことりでさえだ。
まあ、生徒の前では標準語で話したかったというのもあったので、慣れるために家でも崩さないように話していたのだ。若干崩れていたかもしれないが、そこは勘弁してほしい。
「今のお前と話してると、なんか楽って感じがするけんね」
『ふふっ、光栄ね。それにしても、あなたにもできたのね、一緒にいて楽しい人』
「え?」
『え?って、告白を断るか迷ってるってことはそういうことじゃないの?』
飛鳥に指摘されてはっとした。
学生の頃に付き合った女子と一緒にいたような苦痛を二乃や芹菜さんから感じない。むしろ、ことり達と一緒にいるような感じさえする。
そっか…だから迷ってたのか…
「そう…かもな……最近の僕は日常を楽しいと思えているのかもしれないな」
『……余計なこと言っちゃったわね』
「ん?」
『いいえ。それで?相談に乗るっていうのは本気よ』
「んーー……いや、もう少し自分で考えてみるよ。ありがとね飛鳥」
『いいのよ。困ったらお互い様、でしょ?』
「まったく…お前はやっぱりいい女だよ」
『えーっ!?』
僕の言葉に驚きの声が上がった。
福岡にいた頃から何度か助けてもらった事もある。本当になんでこんな子に彼氏が出来ないのかなぁ。告白は今でもあってるようだし、やっぱり飛鳥の理想が高いのだろうか。
「なあ飛鳥?」
『な、なに!?』
「何そんなに慌ててるんだよ。いや、高校には飛鳥の眼鏡にかなう人はいないのかなって」
『あー…そのこと…いないわね』
キッパリと返されてしまった。
「即答だな…」
『だって、いないのだからしょうがないでしょ』
「とりあえず付き合ってみようかな、ていうのもないわけ?」
『あら、あなたが言ったんじゃない』
「へ?」
『お前は大事な人だ。自分のことを大切にしろ、て』
「あ~…」
そういえば言ったな。飛鳥が三年前のクリスマスの夜に暴走した時に。
『だから大事にしてるの。私の体を委ねていいと思ってるのは和彦だけ。だから安心してね』
「いや、それは安心できんだろ」
もう言い方がことりと同じレベルなんだが。
それにしても、ことりか…ことりが色々と言ってくるのは、ことりが僕の事を好きだとはっきり言っているからだ。だが飛鳥は…
─飛鳥って僕のこと好きやったと?
─いえ。違いますよ。
この疑似恋愛を始める時に僕が聞いた質問。それに飛鳥はすぐに否定した。だけど──
「なあ飛鳥」
『なに?』
「お前……やっぱり僕の事好きだろ」
『…………なんでそう思うの?』
今の間が全てを物語っているように思えた。
「僕がこっちに来て三年。お前はほぼ毎日メッセージを送ってくれた」
『それは、あなただったら私の愚痴とか聞いてくれるでしょ?それに、恋愛をした男女を経験するうえで必要だったからよ』
「……じゃあなんで僕とキスしたん?」
『以前にも言ったでしょ?興味があったからよ』
「興味があるからって、あんなにも何度もせがむもんか?それも好きでもない男に」
『…………じゃあ、なんでそれを全て受け入れてくれたの?あなただって私のことが好きなんじゃない?』
「──っ!」
飛鳥の質問に言葉が詰まってしまった。
僕が飛鳥を好きか……
「もちろん、ことりと同じように妹として好きだよ」
『……』
「だからこそ、お前の願いは叶えてやりたいって思ってる。お前は昔から自分の事は後回しで、ことりや結愛ちゃんを優先してたけん。そんなお前が懇願してきたんだ。僕に出来ることだったら叶えてやりたかったんよ」
『……そっか…』
そこでお互いが喋らない時間が続いた。一分もかからないくらいだったが、その時間はものすごく長く感じた。
『ねえ和彦?』
「何?」
『……私のお願いを聞いてくれるのなら、私の初めてをもらってほしいって言ったらそれも叶えてくれる?』
「なっ!?お前、真剣な話をしてる時に──」
『真剣よ!そう思えるほど…私は…あなたが好きなの…...!』
か細くもしっかりと飛鳥は自分の気持ちを伝えてきた。
「いつからだ?」
『……この疑似恋愛を始めた頃からは好きだったわね』
はぁぁ……とんだ演技力だよ。ことりに飛鳥、結愛ちゃんのことは分かってやってると思っていたが、僕もまだまだのようだ。
『和彦は私のことを妹としか見ていなかったから、想いを伝えてもきっとその恋は成就しない。だから、今の疑似恋愛を思いついたの。最初はデートしたり二人の時間を過ごすだけで十分だった。いつもことりや結愛が一緒にいるのに、今は私だけの和彦だって思えて楽しかったわ。けど、だんだんと今以上の関係を進めていきたいって思えて……』
「で、あのキスか」
『ええ。結構勝負に出たのだけれどね。だって、本当の恋人じゃないのだもの。普通は受けてくれないと思ったわ。けど、和彦は受けてくれた。嬉しかった。本当は涙を流したかったほどに...その後も和彦は私のわがままに付き合ってくれて、キスもしてくれて…そんな和彦の優しさに、もっと先の関係に進めるんじゃないかって、雑誌で色々調べたりしたものよ』
「なるほどな。三年前のクリスマスの暴走の起因は僕にもあったか」
『そんなことないわ。和彦はただ優しく私のわがままを聞いてくれただけ。その優しさに私が乗っかってしまったのよ。ホント、ずるい女……』
どんどんと声が小さくなる飛鳥。こいつはここまで自虐タイプだったか?本当に僕と敬語なしで話すと弱気になるよな。
「ったく…そこまで自分を卑下せんでもいいやろ。別に僕はお前と過ごすことやキスすることを苦痛だって思ったことないよ」
『和彦…』
「そして、お前の気持ちを聞けて嬉しく思ってる」
『──っ!』
泣いているのか、電話口からは鼻をすする音が聞こえてきた。
『……すんっ……私ね、今の関係が壊れるのが怖くて自分の気持ちを伝えなかった。気持ちを伝えない、恋をしない。そうすれば、ずっと和彦の傍にいられるんだって』
「そうか…」
『自分の気持ちを知られたうえでお願いがあるの……この関係を続けさせてほしい』
「え?」
『そして、あなたの本当の恋人候補として私を入れてほしいの』
「それは…………わかった。お前の好きなようにしな」
『……っ!ホント?』
「ああ。メッセージや電話も今まで通りしてきていいから」
『ありがとう…和彦…』
涙声ではあるが嬉しそうな声が返ってきた。
しかし、そんな思いを三年もさせてしまっていたのかという強い罪悪感があった。
もっと早く気づいてやれれば…
ガチャ…
「お兄ちゃん、お風呂空いたよぉ」
ちょうどそこにバスタオルで頭を拭きながらことりがリビングに入ってきた。
「ことりも戻ってきたからそろそろ切るわ」
『そう。じゃあ、結愛のことよろしくね………おやすみなさい和彦。愛してるわ』
「……おやすみ飛鳥」
そこで電話を切った。
「なに?飛鳥と電話してたの?」
「ああ。結愛ちゃんが無事に着いたのと、後チョコレートのお礼をね」
「ふーん…それくらいメッセージ送ってればいいのに、お兄ちゃんってホントまめだよね」
「それ、飛鳥にも言われたよ」
「だろうね。どうする先入る?」
笑いながら話すことりはお風呂に次に入るのか聞いてきた。
「いや。先に結愛ちゃんに入ってもらって。僕は最後でいいからさ」
「そっか。わかったよ。じゃあ、結愛ちゃんに声かけてくるね」
「ああ。助かる」
そして、ことりは勉強している結愛ちゃんの元にお風呂に入るよう声をかけに行った。
そんな中僕は、先ほどまで電話をしていたスマホをじっと見ているのだった。
~飛鳥side~
ベッドに腰かけて電話をしていた飛鳥は、和彦との電話が終わるや否や、そのまま横に倒れた。
「はぁぁ……ついに言っちゃったわね……」
ずっと自分の気持ちを言わないことを決意していたのだが、あれ以上誤魔化せないと思い、和彦へ好きだと伝えた。
「嫌われると思っていたのだけど……」
自分の気持ちを隠し、和彦の優しさに甘んじていたと考える飛鳥。なので、そのことを伝えたら今までの関係すら壊れるのではないかと覚悟もしていた。
「それが…今の関係も続けていいなんて……そんなこと言われたら会いたくなるじゃない…馬鹿……」
それでも嬉しい気持ちが込み上がってくるのには間違いなかった。
─お前の気持ちを聞けて嬉しく思ってる
和彦が飛鳥に伝えた言葉。責めるではなく、自分を好きだと思ってくれていることを嬉しいと和彦が言ってくれたこと。別に両想いになった訳ではないが、それだけでも飛鳥には嬉しかったのだ。
そんな時、首から下げていたネックレスが倒れた拍子に服から出てきたのか、ペンダントトップが飛鳥の目に留まった。
それは、三年前のクリスマスプレゼントで和彦に貰った物で月をモチーフにしたデザインである。
飛鳥はこのネックレスを、お風呂に入る時や寝る時以外はほぼ毎日着けているのだ。
飛鳥はおもむろにそのペンダントトップを手に取り、それにキスをした。
「和彦……ちゅっ……」
愛しい和彦を想いながらキスをすると、飛鳥はさらに愛しさが込み上がってきた。
そして、起き上がった飛鳥は立ち上がると机まで向かい、机の上に置いてあるカレンダーをめくった。
(次に会えるとしたら……早くてもゴールデンウィーク…はぁぁ……そんなに待ってられないわ…)
二月もまだまだ始まったばかり。ゴールデンウィークなどまだまだ先の話である。
(それにやっぱり二人っきりになりたい。だったら…!)
そこでめくっていたカレンダーを戻していき、ある月で止めた。
(私から会いに行くしかないでしょ)
止めた月は三月。終業式が終わり、学生達は春休みに突入する月である。とはいえ、和彦達教師にはそのような長期休みはない。普通に土日休みの通常運転である。なので、基本的に和彦は春休みの時期に実家に戻ってくることはない。
そこで飛鳥は、自ら和彦の元に行く計画を考えたのだ。
(ただ行くだけだったら二人っきりになるなんて難しいだろうし、どこか旅行なんてのもいいわね…親には、結愛の合格祝いとか言えばなんとかなりそう。あの子の実力なら問題ないだろうし。うん…!)
そうして飛鳥は、部屋から出ると旅行計画のために親に相談するのだった。
お風呂から上がった僕は、部屋に戻ると、ベッドに腰かけて読みかけの本を読み始めた。
とはいえ、あまり中身が頭に入ってこない。先ほどの飛鳥とのやり取りが頭に残っているからだろう。
あいつは僕を好きだと言っていた。てことは、これからは僕を好きだと認識しながら接していかなければならない。全ての言葉がそういう感情から出ているのだと。
「はぁぁ……うまくやっていける自信がないな…」
じゃあ、自分に恋人を作ってしまえば楽になるのでは、となるのだが、これもまた難しい問題だ。
「芹菜さん…二乃…飛鳥…」
自分に想いを伝えてくれた人達の名前を口にする。
どの女性も美人で可愛くて魅力的で一緒にいても楽しく思える。どの女性も僕には勿体無いと思えてくる。
「駄目だぁ~…全然頭に入ってこねぇ~」
読んでいた本を右側に置き、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。そして、右腕を額の上に乗せてじっと天井を見上げていた。
「はぁ……今日はもう寝るか」
本を読むのを諦めた僕は電気を消して眠りにつくのだった。
~ことりside~
眠りにつこうとしていたことりのスマホにメッセージが届いた。
ことりは、すでに床に敷いた布団で寝ている結愛にスマホの光が当たらないように体を結愛の方に向けてメッセージの内容を確認した。
『この間言っていた大学でいいなら、私推薦貰おうと思ってるのだけど。進めてていいかしら?』
メッセージの内容は飛鳥からで、進学についてだった。
ことりとしては、自分の中ではそこで決めていたので問題ない。何しろ、すでに親にも相談済みだからである。勿論、和彦にはまだ内緒だ。
まあ、和彦の中ではこっちの大学を受ける事を気づいてはいるのだが。
『別にいいけど、えらくやる気だね』
『早く受験という言葉から解放されたいのよ』
(なるほどねぇ…でもそっか。飛鳥って高校でも生徒会長やってるみたいだし、推薦貰えるよねぇ。私もお願いしてみようかな。でも、担任ってお兄ちゃんだからなぁ…三年になってからでもいっか)
『分かるぅ。結愛ちゃんがこっちに来て受験するって聞いてから、私たちも来年受験なんだって現実を思い出さされちゃったよ』
『ふふふ…それに私も早くそっちに行きたいしね』
『そっか。結愛ちゃんが来たら飛鳥一人になっちゃうんだ』
『そういうこと。じゃあ、もう寝るわね。おやすみ』
『おやすみ』
そこでことりはスマホの画面をおとした。
(受験かぁ……今は三玖たちの赤点回避しか考えてなかったけど。そうだよね、三玖たち五つ子に風太郎君と、今の七人でいられるのも後一年なんだよね)
そんな風に考えながら、ことりは眠りにつくのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は過去編も終わり、70話の最後にあった和彦と飛鳥の電話の続きとなっておりました。
そして、とうとう飛鳥が自分の気持ちを和彦に伝えました。
もしも飛鳥が和彦への想いを、和彦が福岡から発つ前に伝えていれば……そんなことも考えてしまいます。
次回より五つ子が登場する予定となっております。
ですので、なるべく早めに投稿出来ればなと思っております。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。