「受験票持った?あと、筆記用具にお弁当にハンカチも」
結愛ちゃんの受験当日。結愛ちゃんと一緒に出発しようと玄関に来たのだが、見送りに来たことりが心配そうに結愛ちゃんに色々と確認していた。
お前はおかんか!
「ふふっ、大丈夫だよ。それにさっき一緒に確認してくれたでしょ?」
「たしかに」
「だって~……」
今日もいつも通りに昼食のお弁当をことりが作ってくれたのだが、結愛ちゃんの分も自分の弁当箱で作っていたのだ。そして、それを渡す時に二人で鞄の中をチェックしていたのだ。
「う~~…自分の時より緊張してきたかも…」
「あはは」
ことりの言葉に思いっきり笑っている結愛ちゃん。いつもの笑顔だから緊張はないようだ。
もしかしてことりはこれを狙っていたのか?
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい!いってきます、ことりさん」
「いってきます。ことりも楽しんできなよ」
「うん!二人ともいってらっしゃい!」
ことりは手を振りながら笑顔で見送ってくれた。
そんなことりは今日、五つ子と風太郎で遊園地に行くそうだ。
なんでも、勉強会での五つ子の集中力が欠けてきていることに対して、上杉が一日オフを提案したそうだ。
それで、皆オフならということで、全員で遊園地に行くことになったとか。
あの上杉がオフに遊園地とは…成長したものだ。
そんな感傷に浸りながら結愛ちゃんと学校を目指した。
「結愛ちゃんは昨日眠れた?」
「はい。思ってた以上にぐっすりでした。緊張で眠れないかと思ってたのですが...なので、コンディションはバッチリです」
ニコッと笑顔で返す結愛ちゃん。
良かった。いつもの家じゃないから眠れずにいるんじゃないかと心配はしていたが、そこは問題なかったようだ。
「そっか。結愛ちゃんがいる教室の監督官じゃないかもだけど、陰ながら応援してるから頑張って!」
「はい!」
それからは、復習がてらいくつか質問しながら学校に向かった。
学校に着いた僕達は昇降口で別れた。
後は結愛ちゃんの実力を信じるのみ。頑張って!
そんな風に心の中で再度エールを送りながら、僕は職員室に向かった。
昼休み。今日も数学準備室でお昼を食べている。
「それにしても、去年もそうでしたが、やはり受験の会場となりますと緊張感が違いますね。試験監督をしている私まで緊張が移ってきそうです」
「ですね。定期試験と違って、途中で寝る子もいないですし」
そして、今日も芹菜さんがこの数学準備室にお昼を食べに来ていた。
ちなみに、芹菜さんのお昼はコンビニで買ってきたのだろうか、サンドイッチにサラダと少なめである。
「そうだ。今年のうちの倍率、去年より上がってるみたいですよ」
「へぇ~、広報の方達が頑張ったんですかね」
「かもしれないですね。理事長も上機嫌だそうです」
それはそれは…少しくらい僕達の懐に入ればいいんだが。現実とは悲しいものだ。
「後、また県外から受験してる子もいるみたいですよ」
「その県外組が何人かは知りませんが、うち一人は僕の知り合いですね」
「え、そうなんですか?」
「ええ。ほら、昨日休んだ時に地元から知人が来ると言ってたじゃないですか。その知人が受験してるんですよ」
「すごいですね。福岡からわざわざ?」
「ですね。ことりと言い、まさか僕のいる学校を受験するとは…」
もし結愛ちゃんが受かったとして、来年には飛鳥もこっちに来るだろう。これだったら、県外の教員になった意味がないように思えてくるな。
「その子はうちに受かったら生活どうするんです?やっぱり一人暮らしをされるんですか?」
「ああ、うちで預かることになってますよ。ことりと二人で一つの部屋を使ってもらいますけどね」
「え?でも、その子って女の子なんですよね?」
「ええ、そうですね」
芹菜さんの言葉に僕が答えると、なぜか芹菜さんはガックリと頭を下げてしまった。
「え?どうしました?」
「だって、また和彦さんの周りに女の人が増えるんだと思うと…」
「あ…ああ……なるほど。でもまあ、彼女だったら大丈夫ですよ」
「だと、いいのですが…」
僕の言葉にも不安を拭いきれていない様子の芹菜さん。こればかりは、本人の僕から言ってもあまり効果がないようだ。
「さ、ご飯食べちゃいましょう。なんでしたら、僕の弁当のおかず食べていいですよ」
話題を変えるためにご飯を食べようと促しながら、おかずの入っている弁当を差し出した。
芹菜さんはそれをじっと見ながらなにやら考えているようである。
「……あの……あ…あーん、と食べさせてくれませんか?」
「え?」
驚きながら芹菜さんを見るが、当の本人はもじもじと恥ずかしそうにして、顔は下げているものの、目線だけこちらに向け、潤んだ目でじっと見ている。
こういうことを自然に出来るのであれば、飛鳥といい女の人とはすごいと思ってしまう。
「はぁぁ……一回だけですよ…」
「~~っ…!ありがとうございます!」
ニッコリと嬉しそうな顔でいる芹菜さん。どうも僕はこういう顔にも弱いようである。
「じゃあ、どれにします?」
「では、卵焼きで」
「分かりました」
おかずの中から卵焼きを箸でつまみ、芹菜さんの顔に持っていった。
「では……あーん…」
「あ…あーん……あむっ……ふふふ…美味しいです」
微笑みながら僕に食べさせてもらった卵焼きの感想を言ってくる芹菜さん。本当に幸せそうである。
「それは良かったです。と言っても、作ったのは僕じゃないんですけどね」
「ことりさんですよね。やはりお料理が上手なんですね」
「うちの台所を担っていますからね」
そう言いながら僕も自分で食べるために卵焼きをつまんで口に持っていった。
「そうでしたね。この卵焼きは甘いですけど、和彦さんは甘い卵焼きが好みなんですか?」
「そうですね……というよりも、実家が基本的に甘い卵焼きなので、自然とことりの作る卵焼きもこうなっているのだと思いますよ」
「へぇ~、じゃあ……例えば…チョコとかは甘すぎるのは苦手だったりするんですか?」
「チョコですか?そうですね……甘すぎずビターすぎずが一番ですかね」
「なるほど」
納得した芹菜さんはなにやらスマホに打ち込んでいる。
もしかして、今度のバレンタインの参考にするのだろうか。ここはあえてその行動に質問をしないでおこう。
しかしバレンタインか……飛鳥と結愛ちゃんのチョコがなかったらすっかり忘れてただろう。
ことりは作るのに張り切ってるけど、後は貰うとしたら二乃か?まあ、告白してきたからといってチョコを渡すとは限らないか。
そんな考えをしながら残りの昼休みを芹菜さんと過ごすのだった。
「どうぞ、入って」
「し、失礼します…」
受験の全教科が終えた後。僕は結愛ちゃんを連れ数学準備室に来ていた。
こっちに来たばかりの結愛ちゃんを一人帰す訳にもいかず、更にことりもまだ家に帰らないとのことだったので、急遽この部屋に来てもらったのだ。
「うわぁ~…本がいっぱい」
「一応数学準備室ってことになってるからね。数学に関する本を置いてるんだよ。後は道具とかも少しあるかな。ソファー座っていいからね」
「はい」
持っていた封筒を机の上に置きながら結愛ちゃんをソファーに促した。
「僕は今からここで仕事してるから待っててもらうわけだけど、何してる?もちろんスマホを見ててもいいけど」
今から僕はさっきまで行われた試験の採点を行っていく。採点は他の数学の先生と割り振りしているので、そう多くないが小一時間はかかるだろう。
「うーん…ここの本読んでていいですか?」
「え?それは構わないけど、ここにあるのは高校の数学の本だから、結愛ちゃんは見ても分からないんじゃない?」
「大丈夫です。私、数学検定準二級持ってますから」
は──?
この子今何て言った?数学検定準二級!?だって、たしか準二級は高校一年生レベルの問題だったはず。この子はまだ中学三年生だよね。
「今年は二級を受けようかと思っていたので、この辺りをお借りしますね」
「あ…ああ……」
結愛ちゃんは自分の言葉を気にすることもなく、高校二年生で習う範囲の数学の本を手に取ってソファーに座った。
すると、鞄からノートを出して勉強を始めた。
まったく…飛鳥とといい、立花家は天才を育てることに長けているのだろうか。
そんな風に考えながらも、僕も自分の仕事の準備に取りかかった。
「あ!その万年筆、まだ使ってくれてたんですね」
「ん?ああ……まあね。詰め替え用のインクもこっちに売ってたし重宝してるよ。あらためて、ありがとね」
「いえ。私もこのカチューシャ、ずっと使わせてもらってますから」
結愛ちゃんはそう言いながら、左手でそっとカチューシャに添えた。
「これがあると、和彦さんが傍にいるような気がして……頑張れてこれたんです」
「そっか。そんな風に思ってくれて嬉しいよ」
「えへへ♪」
「そういえば、なんで数検を?数学好きだった?」
僕の記憶では小学生の結愛ちゃんしかないから、小学生だと算数か。好んでいたようには見えなかったが…
「その……中学に入る頃はそこまでだったんです。けど、和彦さんのお部屋を掃除するおばさんの手伝いをしている時に、昔和彦さんが使ってた参考書が出てきたんです。それで、おばさんに頼んでその参考書を使って勉強してるうちにって感じです。和彦さんが使ってた参考書は色々書いてて、すごく分かりやすかったです」
ニッコリと笑いながら話す結愛ちゃん。
そっか、僕が使ってた参考書を…多分変なことは書いてなかっただろう…
「これが和彦さんの見ている風景なんだって思うと、どんどん勉強したくなって。お姉ちゃんに協力してもらいながら、自分の学年より上の勉強をしてたんです」
「そんなことが…」
なんと言うか、自分が勉強をするきっかけになっているのは恥ずかしいところではあるが、純粋な結愛ちゃんらしいと言えばらしいか。
「こっちに住むようになったら色々と教えてくださいね!」
「ああ。いいよ」
『やったー』と言いながら結愛ちゃんは自身のノートに顔を戻したので、僕も仕事に戻ることにした。
なんか意外な一面が見れて良かったのかもしれない。
さて、気分を切り替えて試験の採点を進めていく。普通の定期試験と違い、入学がかかった試験だけあって皆しっかりと解答を埋めているのでやりがいはある。
うん。それに丸も多いように思えるな。この気持ちを入学してからも持っていてもらいたいものだ。
そんな調子で採点を進めていると、ある人物の名前が目に入った。
──立花結愛
試験監督した教室にはいなかったけど、採点は回ってきたか…どれどれ…………これはこれは…
結愛ちゃんの採点が終わったのでペンを置いた。
まじか……数検準二級のレベルだから点数は良いだろうと思ってたけど…
僕が見ている答案用紙にはペケが一つもない。全てが丸なのだ。つまり100点。
答案用紙からソファーに座り勉強をしている結愛ちゃんに目線を移した。今でも集中して取り組んでいるからか、僕が見ていることに気付いていないようだ。
数学だけ見ると合格だろうけど、他の教科はどうなんだろう。
色々と楽しみなことができた中、採点を再開するのだった。
仕事も終わったので結愛ちゃんと二人マンションに帰っていた。すると、マンションの前でことり達と偶然にも出会った。
「あれ、兄さん。二人も今帰り?」
「そっちこそお揃いで。ん?皆が持ってるのは買い物袋?」
ことりと五つ子全員がそれぞれ袋を持っていた。なぜか四葉だけが箱であるが…
「はい!夕飯の買い物にみんなで行ってました!」
「四葉が持ってるのって鍋?」
「そうですよ!この季節はやっぱり鍋ですよねぇ」
僕が指摘した鍋の箱を掲げながら四葉は答えた。たしかにこの季節にはぴったりかもしれない。
「て、そうだった。この子は立花結愛ちゃん。今日うちの高校を受験してきた中学三年生。小さい頃からの……そうだな、幼なじみみたいな感じかな。結愛ちゃんと出会った時は、僕が中学三年生だったから僕は幼くないんだけどね」
隣に控えていた結愛ちゃんの肩に手を添えながら五つ子の皆に紹介した。
「えっと…立花結愛です。みなさんのことはことりさんから聞いてましたが、まさかこんなにそっくりなんだとびっくりしてます。これからどうぞよろしくお願いします」
そう言うと、結愛ちゃんはしっかりとお辞儀をした。
「おやおや、これはご丁寧に。私は一花。よろしくね」
「二乃よ。ま、いきなり見分けるなんて無理だと思うけど、徐々に慣れていきなさい。よろしく」
「三玖……よろしく…」
「四葉です!可愛らしい方ですね。これからよろしくお願いします!」
「五月です。今日は受験お疲れ様でした。これからよろしくお願いしますね」
それぞれが自己紹介をしている。三玖がいつも通り言葉が少なかったが…まあ良しとしよう。
「しかし、すごい量じゃないか?」
「ああ、これ?ことりとも話したんだけど、今日は先生の家で食べようと思って」
「前もって先生に相談すべきでしたが、すみません」
なるほど。それでこの量なのか。たしかに八人分ともなれば、これだけの量になるだろう。
「それで…いいかな…?」
「ん?ああ、僕はいいけど…結愛ちゃんは大丈夫?」
「はい!私は大丈夫です。みなさんともお話してみたかったので」
「じゃあ、さっそく家に行こっか。さすがに冷えてきたよぉ」
一花が寒そうにしながらも移動することを提案してきたので、とりあえずうちに移動することになった。
もし結愛ちゃんが旭高校に通うことになれば、自然とこの五つ子達とも接する機会が増えるだろう。この夕食の時間で少しでも仲良くなってもらえれば。そう願いながらうちに向かうのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は結愛の入試のお話を書かせていただきました。
と言っても、実際の入試時間は書いていないのですが…
そして、後半に少しだけですが久しぶりの五つ子登場です。書いていた自分もめちゃくちゃ久しぶり感が凄かったですw
では、次回の投稿は6月21日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。