少女と花嫁   作:吉月和玖

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80.バレンタイン②

少しだけ残業をした僕は学校を出た後帰路についた。

 

─私はいつまでもあなたの答えを待っています。例えそれが私の望んだ答えではなかったとしても……悲しいですがそれも受け入れます。

 

数時間前に芹菜さんに言われた言葉。

きっと心の底から振り絞って出た言葉なのだろう。例え彼女の気持ちに応えることができないにしろ、しっかりと考えながら向き合っていかないと。

そんな意気込みを心の中でしていると、前から見知った、だが珍しい組み合わせの二人が歩いてきた。

 

「あれ、上杉と五月じゃないか」

「せ、先生っ」

「こんなところで珍しいっすね」

 

上杉はいつもと変わらないが、五月はなぜかすごく驚いている。

 

「そうだね。僕は今帰りだけど、二人はどこかに行ってたの?」

「こ、これは違うんです!」

「ん?なにが?」

 

五月が一生懸命弁明しているが、何を慌てているのだろうか。

 

「何慌ててんだよ。今日は五つ子たちの母親の月命日で、毎月こいつが律儀に通ってることも聞いてたんで本当か確認に行ってたんです」

「なるほど。で、本当にいた五月と一緒に帰ってた訳か」

「はい」

 

いつも通りに答える上杉に対して、五月はコクコクとすごい勢いで頷いている。

なんだ?

 

「そういえば上杉ってマフラーとかしてたっけ?」

 

様子がおかしい五月はとりあえずそっとしておいて、先ほどから疑問に思っていた事を上杉に聞いてみた。

 

「ああ。これですか……」

 

僕が指摘したことで上杉は自分が首に巻いていたマフラーに手を添えた。

 

「……貰ったんです。その…お世話になってるとかで……鞄に入らなかったから巻いて帰ることにしました」

 

上杉は前髪を弄りながら恥ずかしそうにそう答えた。

 

─手作りのチョコに市販のチョコが勝てるのか不安であるなら、チョコ以外のものを渡せばいいんじゃないか?

 

一花がチョコを買うか悩んでいた時に話した言葉だ。

そうか。数学準備室で渡してたのはこれだったのか。少し大きいなとは思ってたけど、なるほど。

ふっ……ちゃんと気持ちは届いてるみたいだよ一花。

 

「あなたにも、そんなものを渡すような人がいるのですね」

「うるせぇ。お前だってさっき渡してきただろ」

「あれは!本当にお世話になっているお礼であって。マフラーほどではありませんから!」

「いや、俺にとっては正直助かったよ。サンキューな。じゃあ俺はこっちですので」

 

別れ道に着いたようで、上杉は家に向かう道を進もうとした。

 

「今日は勉強会やっていかないの?」

「ええ。今日ぐらいは。それに、ちょっと荷物が多いので」

 

そう言って上杉は自分の家へと帰っていった。

五月と二人になった僕達もマンションに向かって足を進めた。

 

「それにしても驚いたよぉ。上杉君と二人でいるところにお兄ちゃんが現れるんだもん」

「別にいいでしょ。知らない仲でもないんだから」

「それはそうだけど……男の人と二人でいるところをお兄ちゃんに見られたくなかったんだもん

「ん?」

「ううん、なんでもないよ」

 

何か言っていたような気がしたが、五月が何もないと言うならこれ以上聞くまい。

 

「そういえば、五月もバレンタインのプレゼントしたんだね。一花と四葉もしてたよ」

「二乃と三玖もだよ。私が渡した時に姉妹全員から貰ったって言ってた」

「へぇ~、二乃と三玖もねぇ」

 

着実に姉妹全員の信頼を得てるじゃないか。良かった良かった。

 

「それに。私のは本当にたいしたものじゃないんだよ」

「上杉は貰って助かったって言ってたから、たいしたものだったんじゃないの?」

「ううん。シャープペンとボールペンの詰め合わせだよ。ね?たいしたものでもないでしょ?」

「いや。上杉のことをよく見てるチョイスだよ。さすがだね五月は」

「そ…そうかな……えへへ…」

 

五月のことを褒めてあげると、嬉しかったのか顔が緩んでいる。

 

「あ、そうだ。もちろんお兄ちゃんの分もあるからね………はい、いつもありがとう♪」

 

鞄から取り出しながら渡されたそれは、小さな箱にラッピングされていた。

 

「お兄ちゃんのもチョコレートじゃないんだ。帰ったら開けてみて。気に入ってくれると嬉しいな」

「分かった。楽しみにしてるよ」

 

五月から受け取ったプレゼントを鞄の中にしまった。

 

「後もう一つ報告することがあるの」

「報告?」

「うん。これはさっき上杉君にも伝えたことなんだけど、上杉君が提案した全員家庭教師案。良い傾向だよ。教わること以上に教えることで咀嚼(そしゃく)出来ることがあるって実感してるんだ」

「それは何よりだね」

「教える相手にお礼を言われるのってどんな感じ?私はね、とっても嬉しかった」

「教師は皆同じように思ってるさ」

「そっか……じゃあ、お母さんも感じてたのかな…」

「ああ。きっとね」

 

空を見上げながら口角を上げて話す五月に、優しく答えてあげた。

 

「……この気持ちを大切にしたい。私…先生を目指すよ」

 

五月の決意を聞いた僕は五月の頭を撫でてあげた。

そして、二人並んでマンションに向かって歩くのだった。

 

・・・・・

 

玄関先で五月と別れた僕は家に入った。

 

「ただいまぁ」

 

玄関には高校指定の靴でもあるローファーがあったので、ことりは隣には行っておらずうちに帰っているようだ。

そう思いながらリビングまで行くと予想外の人物がいた。

 

「お…おかえり…先生…」

「三玖?ただいま。て、あれ?ことりは?」

 

リビング横のダイニングテーブルの側で立っていた三玖に出迎えられたのだ。

リビングやダイニング、キッチンにもことりの姿がなかったので聞いてみた。

 

「……その…ことりは今うちに行ってる…だから、ここにはいない…」

「え?そうなんだ」

 

荷物をソファーに置いて、ネクタイをほどきながら少し驚いてしまった。

三玖を置いてあいつは何しに行ってんだ?

 

「三玖は勉強しに来たの?」

 

いつもの勉強のためにここにいるのか聞いたが、三玖からはふるふると首を振られて否定された。

 

「…………その……先生に…会うために来た…」

「僕?」

 

僕の質問にコクンと頷いた三玖はスッとラッピングされた袋を差し出してきた。

 

「…バ…バレンタインの…チョコレート作ったの…受け取ってほしい…」

 

かなり緊張しているのか、いつも以上にたどたどしく話している三玖。なんだかこっちまで緊張してきそうだ。

 

「ありがとう三玖。始めから全部一人で?」

 

三玖の差し出したプレゼントをお礼を言いながら笑顔で受け取った。

 

「うん…ことりが見ててはいたけど、最初から私だけで作ったよ…」

「へぇ~。開けてみていい?」

「う…うん…」

 

三玖に許可をもらった僕はリボンを解いて袋の中から一つのチョコレートを取り出した。

 

「じゃあ、いただきます…………うん、旨いよ。よく頑張ったね」

「──っ!」

 

飛鳥や芹菜さん。それに結愛にも劣るところはあるけれど、十分に美味しく出来ていた。

僕の感想に三玖は両手で口元を押さえると涙を流してしまった。

 

「ちょっ…!大丈夫、三玖?」

「…っ、うん…!大丈夫……っ、嬉しくって…」

 

心配して声をかけたが三玖は目元を(ぬぐ)いながら、大丈夫だと答えた。

 

「そ、そこまで泣くほどだったのか…上杉にも渡したんだろ?」

「……フータローとは違うよ」

「え?」

「フータローもとてもお世話になってるからあげたけど、フータローと先生は違う…」

 

先ほどまで泣いていたが、平常心を取り戻したのか、三玖は微笑みながら言葉を続けている。

 

「先生は特別な人…だから、そんな人に美味しいって言ってもらえたら嬉しいに決まってる」

「──っ!」

「…………先生……好き……」

 

微笑みを崩さずに三玖から想いを伝えられた。

嘘だろ。三玖が僕を……

想いを伝えられた僕は、両手をぎゅっと握りしめながら頭を下げてしまった。

 

「……ごめん三玖。三玖の気持ちは嬉しい。けど、僕は……」

「……やっぱり…私だと先生に釣り合わないよね…」

「!そんなことない!三玖は可愛くて、何事にも一生懸命で素敵な女性だよ………むしろ、僕がっ!僕の方が三玖と付き合う資格がないんだ…」

 

振られたと思ったのだろう。悲しげな表情になった三玖に僕は待ったをかけた。

 

「三玖はイブの時に僕が話した、女性と付き合っても長続きしないっていうの覚えてる?」

「う…うん…」

「……僕ってね人を好きになったことがないんだ…」

「え?で、でも、付き合ってたって…」

「嫌な話、学生の頃は別に好きでもない人と付き合ってたんだよ。告白されたから付き合ってただけ」

「そんな…」

 

自分の事ながら情けなくなり笑いしか出てこなかった。それに三玖は驚きの表情でいた。

 

「そりゃ続くわけないよね。好きでもない人と一緒にいても楽しくもないんだから。むしろ、ことりや立花姉妹といた方が楽しかった。そんな状態が続いたからか、女性と付き合うのもうんざりしてきてさぁ。大学に入ってからは誰とも付き合ってないんだよ。それで、人を好きになることも放棄しちゃったんだよね」

「先生…」

「でもね」

「え?」

「三玖達五つ子や立川先生と過ごしてると(わずら)わしさがなくってね。今の日常が楽しいんだ」

 

天井を見上げながら微笑みを作って話した。そして、三玖に真っ正面から向かい合った。

 

「今は好きっていう気持ちを一生懸命取り戻そうとしてる。だから、すぐに三玖の気持ちに応えることができない。むしろ時間がかかるし、三玖にとっては悲しい答えを出すかもしれない。それなら、他に好きな人を探した方がいいかもしれない。それでも僕を好きでいてくれますか?」

 

僕の言葉に、三玖は近づいてきて僕の右手を両手で包み込んだ。

 

「大丈夫だよ。私が先生を好きな気持ちでは誰にも負けてないつもりだから。これから、先生に好きになってもらうように私も頑張る」

「三玖…」

「勉強も料理も頑張っていくから、私の近くで見ててね」

「……っ、ああ…!」

 

僕は三玖の言葉に笑顔で答えるのだった。

 


 

夕食が終えた後。僕は二乃から貰ったテリーヌを肴にお酒を飲んでいた。

二乃が言っていた通りお酒によく合っている。

 

「あんまり飲みすぎないでよ。明日も仕事なんだから」

「分かってるよ。ただ、このチョコはお酒に合うって言われてね。早速試してみたかったんだ」

「へぇ~、お酒にかぁ。そんなのは考えたことなかったなぁ。誰からの貰い物?」

「二乃だよ」

「すごいね二乃は。私も食べても大丈夫?」

「ああ。アルコールは入れてないって言ってたからね」

「それじゃあ、いただきます」

 

洗い物を終えたことりは、ダイニングテーブルの僕の向かいに座ると、僕が食べていたテリーヌを一つつまんで食べた。

 

「う~ん、普通に食べても美味しいね!やっぱ二乃は料理上手だ」

 

二乃のチョコはことりの中でも絶賛のようである。

 

「それにしても、今年はたくさん貰ったみたいだね。これは私ので……これとこれは?」

 

今は二乃のチョコ以外にも三つのチョコがテーブルに並んでる。

 

「こっちは一花から貰ったもので、こっちが四葉だね」

 

僕から見て手前からそれぞれの貰った相手を伝えた。

 

「ふ~ん…あれ?立川先生と三玖のは?」

「二人は本人の前で食べて感想伝えたからね。今は冷蔵庫に入れてるよ。てか、立川先生の分はわかるけど、三玖のことは知ってるよね?今日の三玖の告白、ことりも一枚噛んでるでしょ」

「あ、やっぱりバレてたか……うーん、これも美味しい」

 

僕の指摘に一花から貰ったチョコを食べながらいたずらっ子ぽい顔でことりは笑いながら答えた。

 

「しかし、ことりが協力するなんてね」

「まあ、お兄ちゃんのことで相談されたのが初めてだったていうのもあるけどね。あとは……やっぱり本人の真剣さを感じ取ったから」

 

微笑みながら答えたことりはそのまま四葉から貰ったチョコに手を伸ばした。

 

「そうか…」

「別にお兄ちゃんのことを好きじゃなくなったわけじゃないんだからね。三玖はあくまでもライバルなんだから」

「はいはい」

「もうー、軽いんだからっ」

 

不貞腐れたように、ことりはまた二乃の作ったテリーヌに手を伸ばした。

どんだけ食うんだよ!まあ、それだけ美味しいってことか。

 

「あれ?そういえば……一、二、三、四、五……」

 

何かを思い出したように、ことりは指を一本ずつ立てながら数を数えている。

 

「五……五月からは貰ってないの?」

 

ああ、なるほどね。

たしかに五月からのプレゼントはここにはなかった。

 

「五月からはチョコじゃない違うものを貰ったんだよ。まだ中身は見てないけどね」

「へぇ~、チョコ以外か。それは盲点だったかも。何かわかったら教えてね」

「ああ」

 

その後も二人でチョコを食べながら談笑を続けるのだった。

 


 

~結愛side~

 

勉強に一区切りをつけた結愛は、ベッドにうつ伏せで寝転びながらスマホでメッセージを作成していた。相手はもちろん和彦である。

結愛は和彦に想いを伝えてからメッセージの頻度が増えていたのだ。

 

『私は勉強が一段落つきました。和彦さんは何してましたか?』

 

メッセージを送った結愛は軽く足をパタパタさせながら和彦からの返事を待っていた。

 

『今はことりと話してるとこだよ。チョコの品評会?みたいなことをしてるかな』

 

(チョコ?そっか、バレンタインのチョコ和彦さんも貰ってるんだ。三人の人に告白されてるって言ってたもんね。当然か…)

 

「むー……」

 

予め聞いていたとはいえ、結愛にとってはあまり面白くないものであった。

 

(ふ…増えてないよね…?)

 

そんな疑問があり、結愛は一つの質問をしてみた。

 

『バレンタインのチョコ貰ってたんですね。ちなみに今年は何個貰ったんですか?』

『結愛と飛鳥とことりのを合わせると八個だね』

 

「八個!?うー…貰いすぎじゃないかなぁ…私とお姉ちゃん。それにことりさんのを抜いても五個じゃん……五個……五つ子……五個って中野さんたちってことかな。お世話になってる的な。でも、本命は三人はいるっぽいし、中野さんたちの中から三人が和彦さんを…?」

 

起き上がった結愛はメッセージの続きを打ち込んだ。

 

『和彦さんモテますね。もしかして、全部が本命だったり?』

 

(肯定されたらどうしよう…)

 

結愛はドキドキしながら和彦からの返事を待っていた。

 

『いや、さすがに全部じゃないよ』

 

(ほっ…)

 

『じゃあ、何個が本命だったんですか?』

 

とりあえず全部ではないことに結愛はひと安心した。だが、追及をやめることはしなかった。

 

『僕が知る限りでは、結愛を入れて五個だな…』

 

「五個……」

 

和彦からの返事に結愛は言葉が漏れた。

ちなみに和彦の中では、ことりからのプレゼントを本命とカウントしていない。ことりの気持ちを知っていても、あくまでも兄妹からのプレゼントとして思っている。

 

(和彦さんに告白してるのが三人。そして、私を入れて四人だから一個多いような…?そもそもお姉ちゃんは和彦さんに告白してるかわかんないし…うーー……)

 

「どっちにしろ、ライバルが四人以上はいるってことかぁ……はぁぁ…」

 

バタッと仰向けでベッドに倒れ込んだ結愛は天井をじっと見ていた。

 

「和彦さんに告白した人ってどんな人なんだろう…」

 

(同僚の先生?生徒?よく行くお店の店員さんとか?やっぱり中野さんの誰かかなぁ……)

 

和彦へ告白したのが誰なのか。

結愛は一人ヤキモキしながらも、その後は世間話を中心に和彦とメッセージのやり取りをするのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、前回のお話の続きでバレンタインのお話です。今回は、五月と三玖の二人に焦点を当て、そして最後に少しだけ結愛を出してみました。
そんな中で、今回のお話の中心となったのはやはり三玖の告白ではないかと思っております。
原作ではもっと後に告白する三玖ではありますが、今の状況とことりの後押しも鑑みて告白の流れとさせていただきました。
これで、和彦に告白したのは五人となります。羨ましい限りです。
次回はもう少しだけバレンタインに関連する話を書きたいなと思ってます。

次回の投稿は7月21日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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