上杉と別れて自分の部屋まで戻り、部屋の扉を開けると、壁に寄りかかりながら床に座り、スマホをいじっている者がいた。
「何やってんの、飛鳥」
「あら、おかえりなさい。やっと戻ってきたわね」
僕の姿を確認出来た途端、飛鳥は立ち上がり笑顔で迎えてくれた。
「あなたを待っていたのよ。部屋を抜けるところを見てたから」
「起きてたのかよ」
「ふふっ…どうにか二人で抜け出せないか考えてたから。お陰でこうやって二人っきりになれたわ」
そう言いながら、飛鳥は僕に近づくと自分の腕を僕の腕に絡ませてきた。
「て言っても、もう寝るよ。さすがに眠気が出てきたし…」
あくびを出しながら飛鳥に伝えるが、頬を膨らませながら抗議された。
「少しくらいいじゃない。ほらここに座って」
抗議した飛鳥はそのまま先程まで座っていた場所に座り、隣の床をポンポンと手で叩いた。
はぁぁ……仕方ないな…
「本当に少しだけだぞ」
そう伝えながら飛鳥の指定してきた場所に座った。
飛鳥を挟んで反対側には襖が閉まっており、その向こうでことりと結愛が寝ている。なので、そこまで大きな声で話せないだろう。
「ふふっ、そうやって私のお願いを聞いてくれるとこ好きよ」
「うるへぇーよ」
飛鳥も大きな声を出せない事は分かっているようで、いつもより声のボリュームを下げている。
「ねえ和彦。手、繋いでいい?」
「ん?それくらい構わないよ」
手を繋ぐくらいと思って右手を差し出すと、飛鳥はその手を指を絡めるように握ってきた。
「まさかそう来るとは…」
「ふふっ、久しぶりよね」
握られた手は、僕の手を下にして僕と飛鳥の間に置いた。そしてそのまま、飛鳥は僕の右肩に頭を乗せてきたのだ。
「やっぱりこうしてると落ち着くわ」
「そうか?」
「うん。私は和彦の隣にいるんだなって思えてくるの」
「……」
飛鳥の言葉には答えず、そのまま暫くお互いに黙ったまま時間を過ごしていた。
疑似恋愛のために福岡で一緒に過ごしていた時にも、こんな時間を過ごしていたが、僕は悪くないと思っていた。
「それで?どこ行ってたの?」
「ん?……三人と寝るなんて、緊張で寝付けんかったけんね。館内をウロウロしとったよ」
「あら。あなたが緊張するなんて意外ね」
「当たり前やろ。小学生とか小さい頃だったらいざ知らず。全員が高校生と言ってもいいくらいの女の子に成長してるんだ。緊張くらいするやろ」
僕の反論にクスクスと飛鳥は僕の肩に頭を置いたまま笑った。
「気にしなくてもいいのに。私やことりとは一緒に寝ている仲じゃない」
「その言い方。変な意味に聞こえてくるけん、絶対に外では言わんといてよ」
「はいはい」
分かっているのか、飛鳥にしては適当に返事をされてしまった。
「私はてっきり中野さんのところに行ってたのだと思ってたわ」
「五つ子のところに?こんな時間に女の子の部屋を訪ねるほど非常識じゃないよ。それに用事だってないしね」
まあ、こんな時間に女の子の部屋を訪れようとした非常識人にはさっき会ってたけどね。
「別に部屋に行く必要はないじゃない?お互いに呼び出せば、館内のどこかで逢い引きだってできるわよ」
「よい感性をお持ちで。まあ、さっきも言ったけど、用事はないからね。会うことはないよ」
そこでギュッと飛鳥の手を握る力が上がったので、僕も少し力を込めて握り返した。
「……信用してあげる」
「サンキュー」
まあ、実際には付き合っていない相手なのだから、誰と会っていようが構わないところではあるのだが。
ここで、機嫌を損ねるよりはましか。
「あー、でも実際には人に会って話しとったよ。上杉風太郎って知っとるよね?」
「ええ。よくことりが話してるから。え?風太郎君もここに来てるの?」
ここで上杉の存在を出したことに驚いたのか、僕の肩に乗せていた頭を上げてこちらを見つめてきた。
「ああ。僕も驚いたよ。偶然会ったからちょっと一階ロビーで話してきたよ」
「へぇー。ことりがあれだけ話していた人だから、中野さんたちと同じくらい会いたいって思ってたのよ。まさか旅行先で実現するとは思わなかったわ」
「明日の朝にはこの部屋に来てもらうことになっとうけん、飛鳥と結愛のことも紹介するよ」
「ふふっ、楽しみね」
上杉を紹介されるのを本当に楽しみにしているようで、ニッコリと笑みを浮かべると、また僕の肩に頭を乗せてきた。
「風太郎君は頭がいいのよね?」
「ああ。この間の試験では取れんかったけど、定期試験は毎回全教科満点を取ってるほどの秀才だよ」
「ことりに聞いてはいたけど、信じられないわね。私でもそんな芸当できはしないわ」
「それでも、一年の頃から学年一位は逃してないんやろ?僕にはそれだけでも十分凄いことだって思えるけどね。ちなみに、この間の試験はどうだったんよ?」
「う~ん?もちろん学年一位よ。今回は調子よかったのもあったしね。あと、あなたに褒めてもらいたかったし」
僕の肩に乗せていた頭を上げて、飛鳥はこちらをじっと見つめてきた。
やれやれ。
そんな飛鳥の頭を、手を握っていない方の左手で軽く撫でながら褒めてあげた。
「よく頑張ったな。さすがだ。偉いぞ」
「ふふっ、このために頑張ったようなものよ」
目を瞑りトロンとした表情でいる飛鳥は、僕の左手を取ると自身の顔に持ってきた。
今は、僕が左手で飛鳥の右頬に添えて、それを飛鳥の右手が押さえている状況だ。
「ねえ、和彦。褒めてもらうのももちろん嬉しいのだけれど、何かご褒美くれない?」
「ご褒美?何か欲しいのでもあんの?あげてもいいけど、あんま高いのはやめてよ」
「大丈夫よ。値段で言えばタダだから」
そう答えた飛鳥は目を瞑って、自分の頬に添えてある僕の左手を撫で始めた。
「何?物じゃなくて何かしてほしいとか?」
「ええ。察しがよくて助かるわ」
僕の答えがよかったのか、ニッコリと笑っている。
その顔が妖艶に見えるので、思わずドキッとしてしまった。
こんな顔を見せられれば、同年代の男子達はイチコロだろう。かくいう僕も一瞬傾きかけたものだ。
「で?何してほしいのさ」
気にしていない風を装って、左手を飛鳥の頬から離し、目線を前方に向けて飛鳥を見ないようにした。
「………ねえ?あなたの膝の上に座ってもいいかしら」
は?膝の上?
確かに小さい頃はよく僕を椅子に見立てて膝の上に乗せてたけど、昔を懐かしんでの事だろうか。
「まあ、それくらいいいが…」
「ありがとう」
僕の許可をもらった飛鳥は握っていた手を離し、立ち上がるとそのまま僕の膝の上に座った。座ったのだが──
「いや、向きが逆やろ」
「これでいいのよ」
僕がツッコミを入れたように、こちらに背中を向けて座るのかと思いきや、こちら側を向いて飛鳥は座ったのだ。
その分、顔と顔が近く、恥ずかしくて顔を赤くしそうである。
逆に飛鳥は満足そうな笑みを浮かべている。
「で?何がしたいん?」
「あら、ここまでしてわからないの?キス、したいに決まってるじゃない」
ある程度は予想していたが、やっぱりか。
飛鳥は微笑みながら自分の腕を僕の首に絡ませている。
しかし、至近距離まで顔を近づけるも中々そこから動こうとしない。
「なんだ、結局しないのか?」
「したいに決まってるわ。けど、私からするのとあなたからするのとでは違うと思うの」
「──っ!」
「ねぇ~…あなたからキスしてくれない?それがご褒美でいいわ」
そう来ましたか。
てか、高校生に上がっていることもあってか、三年前のあの頃とは雰囲気が全然違う。キスを誘う言葉や仕草が先程とは比じゃないほど妖艶さを醸し出している。
こんなの普通の男だったら動くはずがない。正気を保つのだけでもそうとうな気力を使っている。
「…………軽くだぞ?」
「ええ。それで構わないわ」
一言伝えた後、飛鳥の背中に腕を回しながら飛鳥の唇にキスをした。
「ん……ちゅっ……はぁ……」
たく、キスした後の吐息まで色気を出しやがって。
「ほら、これでいいだろ?」
「ええ。ありがとう。じゃあ、続きは私からするわね」
「は?何言って──」
僕が何を言っているんだと言わんとしているところに、飛鳥からキスをされた。
「ん……ちゅっ……ンん……」
軽いキスを続けざまについばむように飛鳥はキスをする。それと同時に僕の首に絡ませていた腕に力が入り、手は僕の頭を押さえるような形となっている。
「ちゅっ……んん」
「んん!?」
次の瞬間には飛鳥の舌先が、僕の口に入ってきた。
こいつ!
逃げようにも顔はがっつりとホールディングされているし、後ろは壁だから逃げ場はない。
なら、突き飛ばせばいいのだが……
「んん……ちゅ…かずひこぉ……」
僕にはできない。恐らく、それが分かっての飛鳥の行動だろう。
そして、次の瞬間には飛鳥の舌を受け入れていた。
「ちゅぱ……んぅぅ……れろ……かずひこ、かずひこ……ちゅっ……」
飛鳥が自分の舌を絡めていると、物欲しげに飛鳥が僕の名前を呼んでいた。
「んっ、んんぅっ」
飛鳥はホールディングしている僕の頭をさらに掴み、唇を強く押し当ててきた。
「ちゅるるっ、ん……ちゅっ、ちゅっ、んぅ……キス、好き……ちゅ……」
そこでようやく満足したのか、飛鳥の唇が離れていった。
そしてそのまま、飛鳥は抱きつくように顔は僕の右肩に乗せてきた。なので、飛鳥が今どんな表情をしているのか分からない。軽い吐息が聞こえてくるくらいだ。彼女なりに、自分を落ち着かせているのかもしれない。
僕はそんな彼女の背中を軽くポンポンと叩いてあげた。
「はぁ……はぁ……ねえ、和彦」
「なんだ?」
「やっぱり私、キス、好きかも」
「さっきも言ってたな。てか、誰彼構わずするなよ?」
「ふふっ、わかってるわよ。前にも言ったでしょ。私の体を委ねていいのは和彦だけ…もちろん唇も…だから安心していいわよ」
「こっちも前に言ったが、それも安心できないんだよ」
皮肉に伝えながらも飛鳥の背中に添えている手はそのままにしていた。僕も落ち着かないといけない。
「むー…このまま私の初めてをあげてもいいのよ」
「アホ」
「えー。私のお尻に固いのが当たってるのだけれど、これはどういうことかしら?」
「ぐっ……それは生理現象だよ。お前みたいな美人にあんなキスされれば誰だって反応するやろ」
「あら美人だなんて光栄ね。我慢しなくていいのに。なんだったら別の方法で落ち着かせてもいいのよ?」
耳元でそんな発言をするんじゃないよ。まったく。
「ほら、もういいだろ。そろそろ離れるぞ」
そう言って、飛鳥の肩に手を置き、二人が離れるように押し出した。
「もう、つれないんだから」
文句を言いながらも、飛鳥は素直に立ち上がり、最初と同じように僕の隣に座った。
「ねえ、手は繋いでていいでしょ?」
「まだここにいるん!?まあ、いいけどさぁ…」
てか、許可出す前からすでに握ってるし…
「はぁ~、この時間がずっと続けばいいのに」
「楽しい時間ってのはすぐに過ぎていくものさ。それに、旅行はまだ始まったばかりやろ?」
「旅行もだけど。この二人の時間が続いてほしいのよ」
「そうか…」
キュッと握ってきた飛鳥の手を僕も握り返した。
「でも、旅行もだけど和彦の家に行くのも楽しみにしてるのよ」
「うちに?何もないけど」
「ほら、私の知らない和彦が見れたりするかもしれないじゃない?」
飛鳥の言葉に何かあるだろうかと考えてしまう。
基本、実家にいる時と同じように過ごしてるからなぁ。実家の僕は飛鳥も見てるだろうし、部屋だって入っている。まあ、部屋の間取りは違うかもしれんが…
「……何も真新しいものなんてないよ」
「えー、あるじゃない。実家では見れなかったあなたの姿」
んーー?
自信に満ち溢れたように飛鳥は言うが、本当に何も思いつかない。
「何があるん?」
「ふふっ、それは背広姿よ」
「背広?」
「ええ。和彦はこっちに来てから働き始めたでしょ?だから向こうでは、仕事に行く姿を見れなかったのよ。なので、新鮮だなって。それに、その姿にいってらっしゃいって言えるのもなんかいいわよね」
「そんなもんか?」
「あら、あなただって私とことりの中学入学時には何か感じたでしょ。それと同じよ」
まあ、たしかにことりと飛鳥が中学を入学したと同時に制服姿になった時は、なんか感慨深かったかな。
なるほど。それと同じなのか。
「後は、和彦が仕事から帰ってくるのを夕食作って待ってるのも一度やってみたかったのよねぇ。なんだか奥さんって感じがするじゃない?」
まあたしかに、ことり以外の人が食事を作って待っているのを想像すると、なんかいつもと違う雰囲気を味わえるのかな。
「ふふふ…疑似恋愛ならぬ、疑似夫婦っていうのもありかもしれないわね」
「何言ってんの。そもそも前提条件として、二人で住まんといけんやろ。無理無理」
疑似夫婦など無理があると鼻で笑って返した。
「あら、それってその条件を満たせばしてくれるのかしら、疑似夫婦」
「へ?」
思いもよらない返しが来たので、飛鳥の方を見るとにんまりと笑っていた。
こいつ本気だ…
「ふふふ…夫婦だと今までしてくれなかったこともしてくれるわよね……今日できなかったこととか…」
「──っ!」
色っぽい声で耳元に話すものだからドキッとしてしまった。
マジでこれ以上流されないように注意しないとだな。
「はぁぁ……はいはい。そうなったら考えてあげるよ」
「本当に!?」
「そうなったらな!て訳で、もう寝るよ。さすがに眠い…」
念のため釘をさして、あくびをかきながらもう寝ることを提案した。
「仕方ないわね。ま、だいたいは満足したからいいわ」
だいたいって……あれだけのキスをしておいて何言ってるんだろう。だいぶ濃密な時間だったと思うのは僕だけか?
とりあえず寝ることには承諾がもらえたので、立ち上がり安心しながら襖を開けようとした。
「あ、今日は一緒のお布団に寝たいのだけれど、いいかしら?」
「隣でも十分やろ」
「いいじゃない。こんな機会そうそうないんだから」
「ことりや結愛が起きたら何言われるか分かったもんじゃない」
「大丈夫よ。二人より早く起きればいいのだから」
何を言っても引かない様子の飛鳥。
結局押しに負けて一つの布団で寝ることになったのだが、翌朝にはいつも早起きのことりと結愛が先に起き、案の定色々と文句を言われたのはまた別の話である。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回のお話では、少し攻めた飛鳥の様子を書かせていただきました。飛鳥の話を書くと、どうしてもこんな感じになってしまうんですよねぇ。
今回の系統が苦手な方は申し訳ありませんでした。
さて、次回から旅行二日目を書かせていただきます。
二日目と言えば原作ではあれがありますが、もちろん書かせていただきます。
次回の投稿は8月30日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。