~女湯~
「痒いところはありませんか~~?」
「もー、ここまでしてくれなくていいのに」
一花と二乃は朝食の後二人で露天風呂に来ていた。そこで二乃は、洗い場で一花の背中を洗っているのだ。
「この温泉も変わらないね」
「昔は五人で入ってたっけ」
背中を洗われながら一花はこの温泉も変わらない、と感傷に浸っているところに、二乃もそれに共感した。
「それで…?私に用事があってここに呼んだんでしょ?」
「察しが早くて助かるわ」
昔のことを懐かしんでいたところに、一花はここに誘われた理由を聞くために話を切り出した。
「あんたの意見を聞きたかったのよ。ほら、前に先生が言ってたじゃない?一花は告白さてたって。今でもされてるの?」
「あー…まあ、ポツポツと…」
「へぇー、さすがね。少し前の私だったら羨ましいって思ってたかもしれないわ」
ある程度洗い終わった二乃は、足元に用意していた桶に入ったお湯で泡を流しながら一花の告白について感想を漏らした。
そして、洗い流した後には桶を持ったまま続きを話し始めた。
「好きな人ができたの。だから今はその人以外の人から好意を寄せられてもなんとも思わないわ」
「へ…へぇ~…」
少し前からの二乃の言動や、つい先ほどの五つ子ゲームで和彦が見分けてくれたことへの喜びようからすれば、相手が誰なのかは一花には一目瞭然であった。
「ここじゃ冷えるし、温泉に入ろっか」
話の続きは温泉の中で、と一花の誘導もあったことで一花と二乃は向かい合うように温泉に浸かった。
「それで?私への用事って恋愛相談だったり?」
「ええ、そうよ」
(やっぱかぁ…三玖を応援するって言った手前、相談受けづらいんだよねぇ…)
「二乃だったら大丈夫だと思うんだけどなぁ。何が聞きたいの?」
とりあえず聞くだけ聞いてみようと、一花は笑顔で二乃の話を促した。
「ありがとう……もう二ヶ月は経つかしら、その好きな人に告白してるの」
(えーーー!?二乃、先生に告白してたの!?しかもそんな前に!?)
二乃の告白に驚きのあまり叫びだしそうな気持ちを抑えて、一花は平静を保ちながら二乃の話を聞いていた。
「告白の返事は保留って感じなんだけど、その頃って私たちも赤点回避でそれどころじゃないって感じで…で、今に至る訳なんだけど。なんて言うか、いい意味でも悪い意味でも、その人の私への接し方がいつもと変わらなくて……そこで聞きたいんだけど、告白されたら、多少でも意識したりするのかしら?」
「……そうだなぁ。人によるかもだけど…ごめんね、私は意識したりはなかったかな」
(まあ私の場合、フータロー君が好きだから、どんな人が告白してきても何も感じないってだけなんだけどね)
二乃の質問に申し訳なさそうに一花は答えた。
「そうよね。あのことりだって、告白されまくってるのに恋人がいないくらいだものね。やっぱ、告白だけじゃ足りない…と」
一花の答えに考えるポーズをとりながら、自身の考えもおかしくないのだと言葉にした。
「ち、ちなみに。同じ人を好きな人がいたら?その人の方がずっと好きな人を想っているとしたら、どう思う?」
「それは…そうね」
何かよからぬ方向に考えが行きそうであったので、一花は方向転換を兼ねて話題を変えてみた。この話題には、三玖のことを案じてでもある。
「悪いけど、蹴落としてでも叶えたい。そう思っちゃうわ。だってこれは私の恋。私が幸せにならなくちゃ意味がない。でしょ?」
「──っ!」
笑顔で答える二乃に、一花はドキッとする箇所があった。
(そうだよね。フータロー君を好きって気持ちは私の恋。たとえ相手がことりだからってしり込みする必要はないんだ)
「ま、実際ライバルが多いのが難点なのよねぇ。多分、あの飛鳥って子もライバル…ううん、強力なライバルね」
「……二乃の好きな人って先生でいいんだよね?」
「あら、やっぱりわかっちゃう?」
「そりゃあ、日頃の言動見てたらね。ここにいる時の二乃はあからさまだったし」
一花の質問に自信満々に答える二乃がであったが、それを苦笑いを浮かべながら一花は答えた。
「それを言ったら三玖もでしょ?あの子、ここ最近先生に積極的になってるし。何か知ってる?」
「………三玖も先生に告白してるんだよ」
「へぇ~、それでか…」
一花から三玖も和彦に告白していることを聞いた二乃は、面白そうに笑みを浮かべた。
「それより、飛鳥がライバルって言ってたけど、ことりは飛鳥は先生を好きじゃないって言ってたよね」
「ああ。最初はそうだと思ってたんだけどね。さっき、部屋に行った時と朝食の時で、ことりには内緒にしてるかもだけど、先生を好きだって確信したわ。あれは相当なやり手ね」
険しそうな顔で二乃はそう飛鳥を分析した。
ザバッ…
「あんたと話せて良かったわ。やっぱ告白だけじゃ足りないのね。それだけじゃ、三玖はもちろん。立川先生や飛鳥に勝てない」
温泉から立ち上がった二乃は一花に背を向けるように、仕切りの近くまで行くとそう呟いた。
「何するつもり…?」
「さっき腕に抱きついた時は多少なりとも反応してくれたから、それを続けるとして。後はやっぱり…キス…かしら」
「え…?」
二乃は自分の唇に指で触れながら決心の言葉を伝えるが、一花はキスという言葉に固まってしまった。
(キ…キキ…キスゥーー!?まずいよ三玖!この愛の暴走機関車は止められないかもだよ!)
「そ、それはまずいよ!いきなりキスって…」
「そ、そうよね。冷静に考えて……下手くそだったら嫌われちゃうわ」
(そこじゃないよ!)
二乃の言葉に一花は心の中でツッコミを入れると、目の光を変えた二乃が笑みを浮かべながらこちらに振り返った。
「あんた、キスシーンとかもうしたのかしら?」
「な、何をするつもり!?」
そして次の瞬間には、二乃は一花に今にもキスをしそうなまでに近づいてきたのだ。それを一花は、自分の口の前を両手でガードするようにした。
「いいじゃない、姉妹なんだから!」
「姉妹だからだめなの!」
なおもキスをしようとする二乃になんとか一花は抵抗するのだった。
ガララ…
そんな時。女湯の脱衣場からの入口が開かれ人が入ってきた。
「あら…?」
「あれ、飛鳥も温泉に来たんだ」
温泉に入ってきたのは飛鳥。二乃からのキスをうまく躱したところに一花が声をかけた。
「えっと…顔は五月さんに似ておりますが、髪型が全然違うのですね。失礼ですが、姉妹のどちらでしょうか?」
「あはは…ごめんごめん。私が一花だよ。で、今私から離れていったのが…」
「……二乃よ」
温泉の他の利用者が来たので、二乃は一花とキスをすることを諦めて、先ほどと同じところまで戻り温泉に浸かった。
「なるほど。たしかに変装をしていなければ髪型が全然違うのですね」
飛鳥はかけ湯をしながら感想を伝えた。
(綺麗なプロポーションね。かけ湯してるところなんて絵になってるわ。ああいうのが和にぃの好みなのかしら)
(二人ともスタイル良すぎよ。と言うよりも、和彦の周りはなんで胸の大きな人が多いのよ)
二乃と飛鳥はお互いにお互いの体の感想を心の中で考えていた。
芹菜に続き、大きな胸の持ち主が出てきたことに、飛鳥は心の中でため息をつきながら一花の横に浸かった。
「お、こっちに来たんだ」
「ええ。ちょっと理由がありまして」
「理由?」
「そちらももう入られましたか?」
一花の横に浸かった飛鳥は、一花の質問に答えたかと思うと、少し大きめな声で誰かに呼びかけた。すると──
「ああ。言われた通り、仕切りの近くにいるよ」
仕切りの向こう側から声が返ってきたのだ。
「え、この声って…」
「ええ。和彦さんですよ」
聞き覚えのある声だったので、一花が声を漏らすと、飛鳥は声の主が和彦であると二人に伝えた。
ザバッ…
「先生がいるの!?」
突然の和彦の登場に二乃は立ち上がり、飛鳥とは反対側の一花の隣まで来た。
「悪い。声だけじゃ分かんないんだけど、五つ子の誰かがいるのかい?」
「ええ。一花さんと二乃さんがいらっしゃいます」
「ふ~ん。二人も温泉来てたんだ」
飛鳥が一花と二乃の二人がいることを伝えると、和彦から弾んだ声が返ってきた。
「隣って混浴だよね。なんで先生はそこにいるの?」
「あー…本当は僕だって男湯に入りたかったんだけどねぇ…」
「そうよ、混浴!」
ザバッ…
そこでまた二乃は勢いよく立ち上がった。
「あー…二乃?なんで立ち上がったかは聞かないけど、とりあえず座ろうか」
そんな二乃に一花は冷静な言葉を投げかけた。
「だって混浴なのよ!この期を逃す手はないわ」
「こっちに来るなら、僕は出るからね」
「と、言ってますので今はここで我慢してください」
「むぅー…」
飛鳥の言葉に仕方なく二乃は温泉に浸かりなおした。
「それで?最初の質問に戻るけど、なんで先生は混浴に入ってるの?」
自分の横に二乃が落ち着いたので、一花は改めて和彦に質問をした。
先ほど一花が話した通り、この旅館には混浴風呂がある。男湯と女湯に挟まれた形で混浴風呂があるのだ。
ちなみに、昨日は上杉一家がこの混浴風呂を利用していて、その脱衣所で風太郎は呼び出しの紙を見つけ、呼び出しの通りに行くと五月の格好をした姉妹に家庭教師を辞めるように言われた、という経緯もあったりする。
「そこにいる阿保の飛鳥が原因だよ」
「「え?」」
和彦の言葉に一花と二乃は同時に飛鳥の方を見た。
当の飛鳥は涼しい顔でいるようで、和彦の言葉を気にしてないようである。
「もー、高校生の女の子を捕まえて阿保とは酷いのではないですか」
「心にもないことを…」
和彦に文句を言う飛鳥ではあるが、どうせなんとも思っていないのだろ、と和彦は返した。
現に、飛鳥は落ち着いた様子で温泉に和んでいた。
「てか、あんた何したのよ」
そんな様子の飛鳥に二乃は和彦が今混浴風呂に入っている原因を確認した。
「本当に何もしていないのですよぉ。ただ……」
「ただ?」
何か言い淀んでいる飛鳥に一花は続きを促してもらうように質問をした。
「………混浴に一緒に入りましょう、とお誘いしたのです」
両手で頬を触りながら恥ずかしそうに飛鳥は答えた。
(こ…ここにも、愛の暴走機関車がぁー…)
「そうしたら、和彦さんは断固として断ってきましたので、妥協案として今の状況になったのです」
飛鳥の言葉を聞いた一花は、なんだか仕切りの向こう側の和彦から大きなため息が聞こえてきたように感じた。
「なるほどね。ま、なんにせよよかったわ。先生が飛鳥の言葉を飲んでたら、今頃隣で仲良く温泉に入ってる様子を聞くことになってたわけだしね」
「本当に残念でしたぁ」
二乃と飛鳥はお互いに笑みを浮かべながら一花を挟んで、バチバチと視線をぶつけていた。
(こ…これは……二乃の言ってた通りに飛鳥も先生を好きなのかぁ。ヤバイよ三玖。暴走機関車が二台もいたら、さすがに止められないって)
二人の様子を見ながら、一花は三玖のことを案じていた。
ガララ…
するとそこに、混浴の方から引き戸が開かれる音が聞こえてきた。どうやら混浴の方に他の人が来たようである。
「悪い。こっちに人が来たから話はここまでね」
他の人への迷惑になるからと、和彦は仕切り越しの会話はここまでだと言ってきた。
「仕方ないですね。今は温泉を楽しむことだけを考えましょう」
「それもそうね」
「ふぅ…」
別の人への迷惑をかけることはしたくないと考えている二乃と飛鳥は、和彦の言葉に素直に従った。それに一花は安堵の息を吐いた。
しかし、次の瞬間にはここにいる三人に衝撃的なことが起きてしまった。
「せ…先生…偶然…」
「「──っ!?」」
「今、先生と言われませんでしたか?」
仕切りの向こう側から聞こえてきた声の主に、一花と二乃はすぐに気づき、飛鳥は先生という言葉に反応した。
「この声って…」
「ええ。あの子しかないわ」
「「三玖」」「三玖!?」
さすが五つ子の姉妹。一花と二乃は声の主の名前を口に出したが、お互いに出した名前が合っていた。そんな言葉に、和彦の驚きの声も被ってきた。
(三玖さん?たしか、和彦がさっき名前を当てた時に二乃さんと一緒に喜んでいた…)
「でもなんで三玖が混浴に?」
「わからないわ。あの子の性格からして、自分から混浴に入ることはないわね。となると、狙いは先生だと思うから、最初から先生がいることを知っていた?」
「!」
そこで飛鳥はあることを思い出していた。
~大広間~
少し前の出来事。
「ほら、行きましょう」
「マジで気が乗らないんだけど…」
朝食も終わり、露天風呂に和彦を誘った飛鳥は早く行こうと和彦を急かしていた。そんな飛鳥とは対照的に、和彦は言葉通り、本当に乗り気が無さそうな顔で飛鳥に押されながら大広間を出ようとしていた。
「ことり」
「ん?えっと……」
「三玖…」
ことりと結愛はここに残り、もう少しだけ風太郎を待っているということだったのだが、そんなことりに三玖が声をかけていた。
「どうしたの?真剣な顔で」
「実はことりに相談があって──」
そんな二人の様子を見ながら、飛鳥は大広間を出ていった。
(そうか、あの時に私と和彦のこと話したのね。迂闊だったわ。まさかことりが和彦への恋の応援をするなんて思わなかった…!)
「ことりですね」
「「え?」」
三玖の行動の原因が分からないでいた一花と二乃の二人に、飛鳥は静かに伝えた。
「私たちはことりと結愛に、露天風呂の仕切りを跨いで話をすることを伝えてました。そんなことりに三玖さんが相談しているところを見ましたので」
「なるほどねぇ。ことりならこんなこと思いつきそうだよ」
「なら、やることは一つね」
ザバッ…
二乃が勢いよく立ち上がると、それと同時に飛鳥も立ち上がりタオルを持って入口に向かっていた。
「ちょっ…!どこに行こうとしてるのかな?」
飛鳥に続いて二乃も入口に向かっているところを、一花は二人に向かって声をかけた。
「あら、私は最初から和彦さんとの混浴を望んでいたので」
「三玖だけはよくて、私たちはダメってことはないでしょ?」
そんな一花の言葉に振り返った二乃と飛鳥は笑顔で答えると、脱衣所に消えていった。
そんな光景を一花はただ黙って見送るしかなかった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は、露天風呂の女湯の一コマを書かせていただきました。
暴走気質な二乃にすでに暴走中の飛鳥。そこに割って入る三玖。もう一花一人では止められないですね。
次回は和彦視点での露天風呂の一時から書かせていただきます。
次回の投稿は9月15日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。