時は少し戻る──
飛鳥に一緒に露天風呂に入ろうと言われたが、それを丁重に断ると、ならせめてと仕切り越しに話すことになった。
それで、僕が混浴に飛鳥が女湯にと別れて入ったのだが、どうやら女湯には先客の一花と二乃がいた。
こちらは一人で貸し切り状態なのが何よりだった。とはいえ、いつ誰が入ってきてもおかしくないので、ドキドキしっぱなしなのは言うまでもない。
そんな風にしばらく女湯の三人とのんびり話していると、他の誰かが入ってきたようだ。
ガララ…
女性じゃないといいんだが。男一人で混浴にいるなんて怪しすぎるからな…
「悪い。こっちに人が来たから話はここまでね」
他の人がいる前では仕切り越しの会話も迷惑になると思い、女湯にいる三人に向かって話はここまでと伝えた。
さてと……ここに来たのは飛鳥との会話のためだった訳だし、僕はそろそろ上がりますかね。
そんな風に温泉から上がるかと考えていたら、不意に声をかけられた。
「せ…先生…偶然…」
声をかけられることにも驚いたが、先生という言葉に声の方に目がいってしまった。
目が向いた方向では、恥ずかしそうに、裸姿をタオルで体全体を隠したセミロングの女の子が立っていた。ある一部については、隠しきれておらず谷間がバッチリ見えており、溢れそうな訳なのだが…
誰だ!?一花と二乃は今女湯にいる。なら、後は三玖と四葉と五月か。だけど、この髪型は……
「三玖!?」
「ふふっ…当たり。ぐ…偶然ここに居合わせたんだし、い…一緒に温泉に入っていいかな?」
「え!?」
自分のことを当ててくれたのが嬉しかったのか、笑顔のままこちらに近づいてきて、一緒に温泉に入ることを提案してきた。
「いやいや。さすがにまずいでしょっ!僕は上がるから、三玖はゆっくりしな。てか、ここ混浴だから、隣の女湯に行きなよ」
三玖の方を見ないように先に出ていくことを伝えながら、混浴ではなく女湯に行くことを提案した。
「ダメ…!先生がいないと嫌なの…」
チャプ…
三玖が喋り終えると水音が聞こえてきた。
まさか…!
「まさかとは思うけど…三玖、温泉に入ってないよね?」
「……入ってるよ。でも、こっち見ちゃダメ。さすがにタオル巻いてないとこは恥ずかしい…」
マジか!
今は顔だけを向けないようにしていたので、体ごと脱衣所とは反対方向を向いた。
すると、背中に寄りかかってくる感触があった。
「ふぅ……気持ちいいね...?」
「三玖さんや。もしかして僕に背中を預けてるのかな?」
「うん…そうだよ。これだったら、お互いに見えないしいいでしょ?」
まったく…見られるのが恥ずかしいなら、ここまで来なければいいのに…
三玖の行動に呆れて、心の中でため息をつきながら空を見上げた。
「こんな行動とるなんてなんかあった?」
「………先生との距離を縮めたくって…」
「距離?」
「うん。先生とことりたちを見てたら、私たちと比べて、やっぱり距離が近いなって思ったの…それで、ことりに相談したら、先生が混浴風呂に入るから一緒に入ってみたらって…」
全ての元凶はことりだったか。あいつは自分が行動することを三玖にやらせてないか?
「嫌だったら嫌だって言っていいんだよ?ことりが言ったことが全ていいことだってこともないんだから」
「うん…そこは大丈夫だよ。ここに来たのは嫌じゃなかったから...」
そこで、お湯の中にある僕の右手に三玖が自分の手を添えてきた。
「来て良かった……温泉に一緒に入ってるからかな…なんだかいつもより先生を近くに感じられるよ」
「そうか…」
そこで三玖からの言葉もなくなったので、僕も静かにこの場を過ごすことにした。
後は三玖が満足したところに、先に出てもらえれば…
ガララ…
おい!まさか……
「三玖!あんたばかり一人占めさせないわよ」
「むー…いいところなのにっ…二乃はおとなしく女湯にいればいいのに…」
二乃が来たのかよ!てことは、まさか……
チャプ…
「ふぅー、いいお湯ですね和彦さん」
「おまっ…!」
二乃が来たということは、もう一人女湯にいた人物が黙っていないと思っていたら、目の前に飛鳥が浸かってきた。
もちろん温泉に浸かるのだ。タオルで体を隠していない。
「ちょっ…!さすがにそれはダメでしょ!」
「あら。私は最初から一緒に入る気でいましたから、今さら裸を見られることに抵抗などありませんよ」
後ろから二乃が飛鳥の行動にツッコミを入れているのだが、飛鳥自身は動じず、むしろ堂々と僕の目の前で温泉を楽しんでいる。
「お前はもう少し恥じらいを持てよ…」
呆れながら右手で頭を抱えてしまい、そのまま前が見えないように視界を隠した。
「別にいいではないですか。あなたと私の仲ですし。一緒にお風呂に入るのだって初めてではないでしょ?」
「先生…?」
「どういうことかしらぁ?」
飛鳥の発言にもちろん僕の後ろにいる二乃と三玖は反応した。
「言い方を考えてくれ。お前と風呂に入ったのは、それこそお前が小さい時だろ。今とは全然違うって…」
「ふふっ…成長した私を見てもらってもいいんですよ?」
そんな言葉と共に飛鳥はこちらに近づいていた。
まずい!このままここにいると飛鳥のペースになってしまう。
そこで僕は近くに置いていたタオルを取り、腰に巻くと急いでここから出ることにした。
「悪い!二乃、三玖。横を通るけど君達のことは見ないから。先に上がらせてもらうよ」
そう言って、僕は二乃と三玖の方に視線がいかないようにして、さっさと脱衣所に向かうのだった。
~混浴風呂~
「逃げられましたね」
和彦が脱衣所に行ってしまうところを、二乃と三玖、飛鳥の三人はぽかんと見ているほかなかった。
「まったく…あんたやりすぎでしょ」
「先生の背中……やっぱり大きい……」
「こっちはこっちで惚けてるし…」
はぁぁ、とため息ついていまだにタオルを体に巻いていた二乃は、タオルを取り、三玖の横に浸かった。向いている方向は三玖とは逆なので、二乃の目の前には飛鳥が浸かっている。
「先ほども伝えましたが、和彦さんに裸を見られることに抵抗はありませんから、やり過ぎということはないと思いますよ。それに、逆に和彦さんの裸は小さい頃から見てましたし。見ることにも抵抗はありませんね」
「涼しい顔でよくもまあそこまで言えるものね」
飛鳥の反応に二乃は呆れてしまった。
そこに三玖も方向を変えて、飛鳥の方に向きを変えた。
(やっぱり三玖さんも一花さんや二乃さんと同じような体型をしてる。ある意味こちらの二人の裸を和彦に見られなくてよかったわね)
ふぅ…と安心したように息を吐いた飛鳥は、タオルで顔を拭いた。
「……ここでハッキリさせときたいのだけれど。二人は先生が好き、もしくは告白済みってことでいいのよね?」
「……うん…」
「ええ」
二乃の質問に三玖と飛鳥はしっかりと頷いた。
「私が知る限りでは、和彦さんは本命のチョコを五個貰ったようです。ここにいる三名は、そうだということですよね?」
「うん…!」
「ええ。てことは、ここにいる三人はライバルってことよね」
「ライバル…」
二乃がライバルだと宣言すると、飛鳥はビックリした顔で呟いた。
「何よ。私たちじゃライバルにならないって言いたいわけ?」
そんな飛鳥の態度に怪訝そうな顔で尋ねた。
「………いいえ。いきなりだったので驚いただけですよ。ライバル……いいものですね」
怪訝そうな二乃とは裏腹に、飛鳥は驚きの表情から一転、笑顔を浮かべていた。
「余裕ぶってるようだけど、和にぃを渡す気はないから」
「和にぃって……二乃…」
「実は前から二人っきりの時はそう呼んでたの。でも、この機会に解禁していこうと思ってるわ」
和にぃ呼びの二乃に、驚きの表情を向けた三玖であったが、二乃は堂々としていた。
「あら、そこまでの関係性を持っていたなんて…やはり中野さんたちは油断ならないですね」
尚も笑顔でいる飛鳥ではあったが、闘志は剥き出しで、二乃とはバチバチである。
「わ…私だって負けない…!」
「ふーん…三玖もなかなか気持ちを出すようになってきたじゃない。そうだ。私のこと呼びすてでいいわよ」
三玖が自分から負けないと闘志を燃やしている姿を見て、どこか満足したような顔で二乃は三玖を見ていた。
そんな二乃が飛鳥に、自分のことを呼びすてで呼んでいいと許可を出した。
「私も呼びすてで構わない…」
「わかったわ。二乃、三玖。和彦さんのことは負けないわよ」
「こっちのセリフよ」
「うん…私だって負けない…!」
飛鳥の言葉に二乃と三玖は笑顔で答えた。
そんな三人の声を仕切り越しに聞いていた一花も、満足そうに微笑んでいた。
露天風呂も終え、女湯にいた一花や二乃、三玖、飛鳥達と合流した僕達は、海に向かって歩いていた。
どうやら、上杉を待っていたことり達は先に海に向かっているようなので、そのメンバーと合流するためである。
しかし──
「なあ一花。あの三人、いつの間に仲良くなったの?」
僕は今、一花と並んで歩いている訳なのだが、後ろから付いてきている三人が楽しそうに話しながら歩いているのだ。
「さーてね。好きなものが同じだと、気が合うんじゃない?」
「好きなもの?」
料理か?
「どうせ今、先生が考えてることは的外れなんだからね」
「えーー…」
「料理とか、そういうのを考えてたでしょ?」
「エスパーか!」
料理じゃないなら何だ?一花が言ってる感じだと、服とかドラマとかじゃないだろうし…
「本当にわからないの?あの三人で共通して好きになったもの。いやー、モテる男はツラいですなぁ、先生」
「あ…」
ニヤリと笑いながら一花が話してきてようやく理解した。けど…
「そういうのって、仲良くなるよりも逆に険悪な雰囲気になるもんじゃないの?」
ドラマとか観てると修羅場的なシーンとかよくあるし。
「あはは…そうだね。私も、先生が露天風呂から出ていった後はどうなるかハラハラしてたんだけどね。意外に仲良くなっててホッとしたよ」
「そうか…」
改めて後ろの三人を見てみる。
飛鳥を中心に三人並んで話しながら歩いているし、三人とも笑顔だ。
なら、今の三人へのフォローはいらないようだ。
じゃあ、こっちかな…
「なあ一花」
「んー?私は三人みたいに混浴に行ってないから、細かなことは知らないよ」
「いや、三人のことじゃなくてだな……一花、何か悩みでもあるのか?」
「え……どうしたの急に?」
僕が三人のことをまだ気にしていたと思っていたようで、まさか自分の話題になったことに驚きの顔を見せていた。
「いや、朝からずっと何か思い悩んでるようだったから」
「えーー……なに言ってるのさ。そんなことないよぉ」
「そう?今も顔に、どうしようって書いてあるよ」
僕の言葉にばっと両手で顔を触る一花。まあ、本当に書いてある訳じゃないのは分かってるが、指摘されるとそんな行動取っちゃうよね。
「…………そんなにわかりやすかった?」
「まあ僕には。ことりや他の姉妹にどうかは分からんけどね。多分、ことりにはバレてないんじゃないかな。ことりの性格からして、気づいたら一花に声かけるだろうし」
「そっかぁ…」
否定する訳でもなく、かといって肯定するわけでもなく、一花は僕の横を歩いていた。
「仕事の悩み?だったら、あまり僕は役に立たないだろうけど」
「ううん。まあ、そこにも悩みがあると言えば否定はしないんだけどね………ねえ、私から質問いいかな?」
頬をかきながら仕事の悩みもあることを伝えてきた一花であったが、何やら僕に聞きたいことがあるようである。
「何?」
「あー……二乃や三玖に告白されてるでしょ?その……教師と生徒ていう関係を気にしたりしないのかなぁ、て」
申し訳なさそうに聞いてきた一花ではあったが、質問内容としてはごく当たり前の事だと思った。
「ほら、先生って立川先生からも告白されてるんでしょ?それに、飛鳥にだって。この二人だったら、自分との関係とか気にしないで付き合っていけるんじゃないかなって思ったんだ」
「まあ、そうだね。世間からしてみれば、付き合うなら一番は立川先生だろうね。年齢も同い年だし、同僚だし。飛鳥は……まあ、年が離れてるとはいえ幼なじみっていう肩書きがあるし、僕の生徒って訳でもない。それに比べて、二乃と三玖は僕とは教師と生徒っていう関係がある。それで付き合うっていうのはおかしな事かもしれない」
「……」
僕の言葉にどこか寂しそうな顔で一花は俯いている。
「でも僕は気にしないかな」
「え…?」
「あの子達からの告白は生徒からじゃない。一人の女性からの告白として受け止めてるよ。だから、同僚の立川先生だったり、幼なじみの飛鳥と同じ位置として見てるかな」
「一人の女性として…」
目を見開いた状態で一花はこっちを見ている。
そういえば、教師と生徒としての関係性を気にしてる人を最近見たっていうか聞いたなぁ。
──自分たちの関係をどう思ってるのか、とか。パートナーだって伝えたら、もうパートナーではない、この関係を終わりにしよう、とか言われましたね。
そうか…
「昨日の夜中に上杉に会ったのは、一花、君だったのか」
「……っ!」
僕の推理に一花はばっと顔を背けてしまった。その態度で正解だと言っているようなものである。
「別に上杉は家庭教師と生徒の関係であっても、好きになってもらうことに抵抗とかないと思うけどなぁ」
「あはは…私の好きな人も知ってたんだ…」
「バレンタインの贈り物を決める時に相談してきた内容を考えればね」
「そっか……でもダメなの。フータロー君は私たち五つ子のことを女子として見ていない。フータロー君にとって私たちはただの生徒なの」
「……」
少しだけ前を歩く一花から、上杉が五つ子に対して思っていることを聞かされた。
確かに、今の一花の話を否定することは出来ないかもしれない。
「だから、この間の試験で姉妹の中で一番の成績で赤点回避できたら、フータロー君に告白しようって思ったんだ。でも…………先越されちゃった……」
「先?誰かが上杉に告白したってこと?」
僕の質問に一花はコクンと頷いた。
「ことりだよ。あの子もフータロー君を好きだったみたいでさ。告白してる現場にたまたま居合わせちゃって…」
なるほど。それであんなにスキンシップが激しかったのか。あいつは本当に一直線だからなぁ…
「ことりは私たちと違ってフータロー君とは教師と教師の間柄。そんなことりならフータロー君は、私たちより女子として意識してるんじゃないかって思えてきちゃって…」
「それで、家庭教師を辞めてもらい、教師と生徒の関係を終わらせたかったのか」
僕の言葉にまた一花は頷いた。
「なあ。上杉にチャンスを与えてやってくれないか?」
「チャンス?」
「ああ。これはあくまでも予想ではあるんだが、上杉は今五つ子の見分け方を必死に探してると思うんだよ」
「え?」
「上杉は君達のお祖父さんのところに行ったんだろ?」
「う…うん…」
「さっきことりから連絡があったんだけど、朝食食べた後も、上杉はお祖父さんのところにいったらしい。なんでだと思う?」
僕の問いかけに、分からないのだろう。一花はふるふると首を振った。
「これは、君達姉妹の中の一人から聞いた事なんだけど。小さい頃の君達を本気で見分けられるのは、お母さんとお祖父さんだけだったんだろ?」
「あ…」
「それで上杉は、何かきっかけがあってお祖父さんが簡単に君達を見分けているのに気づき、見分け方を聞こうとしてるんじゃないかな。昨日の五月が誰だったのかを見つけるために」
「……っ」
「まあ、見分けたい理由はカッコいいものじゃないかもだけどね。でも、ただの生徒だと思ってたらここまではしないんじゃないかな」
「うん……」
返事をした一花は、少しだけ涙声になっていた。
「後、これを言うのもなんだけど。多分、ことりと上杉は付き合ってないよ」
「え……」
「ことりから猛アタックしてるのを何度か見てるけど、上杉ちょっと引いてたし。ことりの告白は、僕と同じ様に保留になってるのかもね。だから、まあまだ希望はあるんじゃない?ちょっと訳あって、全面的に一花の応援が出来ないんだけどね」
四葉からも相談受けている身としては、一花の応援を全面的に出来ない。後は、やっぱり妹の恋がうまくいくことを願うのも兄としては当然だ。
「そっか……まだフータロー君は付き合ってないんだ…」
上杉がまだ誰とも付き合っていないことを呟いた一花は、口角を上げて笑顔を見せた。
「まだ自信を持ったわけじゃないけど…フータロー君がもし、私のことを見分けられたら、ちょっと頑張ってみようかなって思うよ」
「ああ」
「じゃあ、先生からフータロー君に一つ伝言をお願いできないかな」
そこで、一花から上杉へのメッセージを受け取ったところで、ことり達のいる海辺に到着するのだった。
今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
今回は和彦視点の露天風呂の様子と、一花の和彦への相談事を書かせていただきました。
三玖にしてはなかなか大胆な行動を取ったのではないでしょうか。告白までしていることと、ことりの後押しもありでの行動だったのかもしれません。
そして、風太郎へ家庭教師を辞めるように言ったのは一花としました。
次回は露天風呂組とそれ以外の組との合流から始まるようなオリジナルストーリーを書かせていただきます。
次回の投稿は9月20日を予定しております。奇しくも映画初日ですね。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。