少女と花嫁   作:吉月和玖

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97.誓い

旅行最終日。

朝食の後、ことりと飛鳥と結愛の三人は温泉に入るとのことだったので、自分も男湯に入ろうかと考えていた。そんなところに五つ子のお祖父さんに声をかけられて、旅館の裏側の生活スペースでもある居間に通された。

 

「そこに座るといい。今お茶を用意しよう」

「ありがとうございます」

 

お祖父さんに進められるままテーブルの傍に座った。その部屋の隅には仏壇があり、そこには綺麗な女の人の写真が飾っていた。

あれが五つ子の母親か?

するとすぐにお祖父さんがお盆に湯呑みを乗せて戻ってきた。

僕の向かいに座ったお祖父さんは、僕に湯呑みを差し出しながら話を始めた。

 

「すまんな、今日帰るところだっただろうに」

「いえ、後は温泉に入るくらいしかありませんでしたから。連れは温泉に行っているので、しばらくは話ができますよ」

 

そう返しながら、差し出されたお茶を飲んだ。

 

「孫たちがお前の話をよくしていたからな。どんな人物なのか話してみたかったのだ」

「なるほど」

 

ここに呼ばれた理由について少しだけ納得した。

 

「お前は孫たちの先生らしいな?」

「ええ。お孫さんの一人の三玖さんの担任を勤めさせていただいております。後は、五人に共通して数学の授業もしております」

「そうか……」

 

そこでお祖父さんは自分のお茶を口にした。

なんだろう...何か警戒されているような...

中野さんと一緒にいるような、品定めを受けているような感覚がある。

 

「娘の...」

「え?」

「儂の娘の零奈(れな)のことは何か聞いているかね?」

「零奈さんですか...?」

 

聞いたことない名前だが...待てよ、お祖父さんが娘って言ってるってことは、五つ子の母親のこと?

そこで目線が先程の写真に向けられた。

 

「名前までは聞いていないのですが、お孫さん達の母親のことでしょうか?」

「ああ...」

 

僕が尋ねるとお茶を飲みながらコクンとお祖父さんは頷いた。

 

「......そこまで詳しくは聞いておりません。私と同じく高校で教師をしていた。そして、五つ子を女手一つで育ててきたということくらいでしょうか」

「そうか...誰から聞いたのかね?」

「町でたまたま零奈さんの教え子さんと会いましたのでその方に。後は......お孫さんの一人でもある五月さんにです」

「ほう...五月がお前に話したのか」

「ええ。よっぽど母親のことを好きでいたんでしょうね。自慢気に話していましたよ」

「...あれは一番零奈に懐いていたからな」

 

懐かしむようにかすかに笑みを浮かべてお祖父さんは話した。

 

「今の姿からは想像できんかもしれんが、あれは姉妹で一番の甘えん坊でな。零奈の傍から離れようとしなかった...」

「...わかりますよ。私には妹がいますが、これがまた甘えん坊で。その妹と同じような感じはしていました」

「そうか...お前には感じられるのか...」

 

なるほどと顎を撫でると、またお茶を飲んだ。

 

「もう一つ聞きたいのだが......孫たちの父親のことは聞いてるかね?」

「父親...中野さんではなくですよね?」

「ああ...あの子たちの本当の父親だ...」

 

お祖父さんの湯呑みを握る力が少しだけ強くなったように思われる。よほど嫌っているのだろう。

 

「聞いてます。これも五月さんからですが、五つ子達が零奈さんのお腹の中にいるときに失踪されたとか」

「そうか...それも五月が...やはりお前のことを相当信頼しているのだな...聞いたのはそれだけか?」

「はい」

「まあ無理もない。孫たちも知っているのはそれくらいだからな......今から話すことは孫たちにも話すなよ」

 

よほど大事な話なのだろう。お祖父さんからも緊張した雰囲気が醸し出された。

 

「孫たちの父親......あれは、零奈の元先生だ」

「え...」

「つまり、零奈は孫たちの父親の教え子ということだ。今のお前と孫たちの関係そのものだ」

 

そこでじっとこちらを見てきた。僕を見ているのか、それとも五つ子達の父親を僕を通して見ているのか。睨んでいると言ってもいいほどだ。

 

「この事を中野さんは?」

「知っているとも」

 

そうか...それで...

 

「なるほど。貴方や中野さんが僕に対しての警戒心が強いと思っていたのはこのことが関係している訳ですか」

「儂らには、あの子らを守る義務がある。あの子達に零奈と同じ過ちを繰り返してほしくないのだ」

「そのお気持ちは分かります。では、この席はお孫さん達に近づかないように、と警告をしたかった訳ですね」

「そうだ」

 

僕の問いかけにお祖父さんは力強く頷いた。

確かにあの子達から距離を取ることも簡単ではないができる。だけど──

 

「だが......」

「え?」

 

お祖父さんの提案を断ろうかと思っていたら、先にお祖父さんが口を開いた。

 

「お前の話をしている時の孫たちの顔を思い出すと、その選択は果たして正しいのかと思ってしまうのも事実。それにな…一番姉妹想いである二乃が男であるお前と姉妹が仲良くしていることを善しとしている。果ては、一番の人見知りでもある三玖でさえもお前に心を許している……名をなんと言ったかな?」

「え……吉浦、和彦です」

「…吉浦和彦。お前に孫たちと向き合い裏切らないということを、今ここで儂に誓えるか?」

 

真剣な表情でじっと僕の目を見てお祖父さんは問いかけてきた。だからこそ、今の自分の気持ちを伝えようと思った。

 

「僕は──」

 

僕の答えに納得したのか、お祖父さんは笑みを浮かべて『そうか…』と一言口にしていた。

 


 

「それでは撮りますよ。はい、チーズ」

 

カシャ

 

チェックアウトをした僕達は、例の鐘の前で中野家と上杉家、そこに僕達四人に芹菜さん達三人で集合写真を撮った。撮ってくれたのは中野さんの運転手の江端さんだ。

 

「よかったー。みんなで撮っておきたかったんだ!」

「この姿のままで良かったのでしょうか...?」

「これはこれで記念だね」

「いやぁ、じっくり見ても誰が誰だかわかんねーな」

 

上杉さんが言っている通り、集合写真では姉妹全員五月の恰好をしているのだ。もう旅館から出たのだからいつもの恰好に戻ればいいものを。

 

「それにしても、私たちも一緒に写って良かったのでしょうか?」

「いいんじゃないですか。旅先で出会えたのですから、一つくらい一緒に何かを残すのも」

 

心配そうにしていた芹菜さんであったが、僕の言葉で少しは心が軽くなったようで笑顔を見せてくれた。

 

「じゃ、行こうか風太郎君」

「だから、いちいち引っ付くんじゃねぇよ!」

「良いじゃない。私たちは一応付き合ってることになってるんだから」

 

一緒に行こうと積極的に腕を組もうとしていることりに対して、上杉は離れるように抵抗をしている。

 

「おいおい、いつの間にこんな可愛い彼女作ってんだよ風太郎」

「ふわぁー…お兄ちゃん、彼女いたんだぁ」

「違う!学校でのこいつの男避けのための恋人のフリだ、フリ!」

「まあまあ。最初は誰だって恥ずかしいもんさ。じゃ、詳しく聞こうか?」

 

ガシッと上杉さんが上杉の肩に腕を持っていき、拘束するように連れていってしまった。

 

「ねえねえ。私はことりさんから色々聞きたいな!」

「うん、いいよ」

「ちょっとちょっと!あることないこと言いそうだから私も一緒に行くよ」

「えぇ~、私は本当の事しか言わないよ?」

 

らいはさんと手を繋いで歩き始めたことりに、多分一花だろう、待ったをかけるようにことりの繋いでいる反対側のらいはさんの手を握って三人並んで歩き始めた。

そんな光景を見た後、僕は振り返り誓いの鐘の傍まで行き、そこからの景色を眺めながらあることを考えていた。

 

「和彦さん?置いていきますよ!」

「すぐ行くよ!」

 

飛鳥からの声かけに答えた僕は先ほどのお祖父さんの言葉を思い出していた。

 

──お前に孫たちと向き合い裏切らないということを、今ここで儂に誓えるか?

 

その言葉を運んできたかのように、僕を風が吹き抜けていった。

 

「貴方に誓った言葉。守れるように精進していきますよ。なので、また会いに来ます」

 

──僕は彼女達を決して裏切らない。どんなことがあっても守ってみせます。

 

あの時お祖父さんに伝えた誓いの言葉。この言葉には決して嘘はない。だけど…

 

「今の僕にはまだまだ足りないな。せめて五人を見分けられるようにならないと」

 

タタタタ…

 

ん?

後ろから誰か走ってきてるような。

振り向くとそこには五月の姿をした人物が近くまで来て立ち止まった。そして、ほとんど僕の顔の近くまで五月(?)は顔を近づけてきていた。目も瞑っているのでキスをしようとしているのだろうか。

だが、最後の一押しがなくプルプルした状態でその場に留まっていた。

キスをしようとしてるなら、二乃か三玖か?

 

「何やってんの?」

 

僕の言葉に決心でもついたのか急に顔を押し出してきた。

いや、さすがに誰か分からない人とはまずいでしょ。

仰け反るように後ろに下がったのだが、足を滑らせて転びそうになった。

まずい!!

 

「!」

 

ゴーン…ゴーン…

 

転けないように咄嗟に鐘を鳴らす為のロープの部分を引っ張ったので、勢いそのままに鐘の音が辺りに響いた。

倒れなかったものの、ロープを持っていない手で五月(?)を支えているので両手は塞がっている。

 

チュッ…

 

「──っ!」

 

倒れないようにするために油断をしていたところに五月(?)に軽くキスをされた。

 

「五月…?」

「!」

 

唇が離されてこちらを覗き込んでいる五月(?)の顔を見て、一瞬五月という言葉が頭を過ったのでそのまま口にした。すると、それに驚いたのか五月(?)は僕の支えを振りほどき皆がいる方向に走って行ってしまった。

僕はというとその場にペタンと座り込んでしまい、空を見上げていた。

 

「え……?五月だったのか……?でも、五月が僕にキスをしてくる理由が分からない。ならやっぱり、二乃か三玖だったのだろうか…」

 

混乱する中、とりあえず立ち上がり、皆と合流するために歩を進めるのだった。

 

・・・・・

 

「いやぁー、助かったぜ。家まで送ってくれてサンキューな、先生」

「方向も同じですし構いませんよ」

 

昼の便の船に乗って本土まで渡ってきた僕達は、乗船場で解散することとなった。中野家と芹菜さん達はそれぞれが車で帰るそうではあったが、上杉家はここから電車やバスを使うそうだったので、三人を車に乗せて送ることにした。今は助手席の上杉さんと話している。

ちなみに乗っている順序は、真ん中に上杉、らいはさん、ことりの順番。一番後ろに、飛鳥と結愛が座っている。

 

「しっかし、さすがに疲れたのかねぇ。後ろの子ども達は全員寝てやがる」

「あはは、まあそれだけこの旅行が楽しかったってことですよ。上杉さんは楽しめたんですか?」

「おうよ!なぜか風太郎の奴がほとんどいなかったけどよ、らいはと二人色々見て回らせてもらったぜ」

 

楽しそうに話しているので本当に楽しめたのだろう。らいはさんも、帰りの船の上でも楽しそうに皆と話していたから同じだろう。

 

「そう言う先生はどうだったんだ?楽しめたのかい?」

「ああ……そうですねぇ…」

 

そこでこの旅行を振り返ってみた。

旅館に着くと、芹菜さんに五つ子、それに上杉と会った。

それから、上杉の家庭教師存続危機問題。飛鳥との濃密な時間。五つ子ゲーム。混浴露天風呂騒動。芹菜さんとの二人の昼食。二乃の呼び出し。お祖父さんとの談話で最後に誓いの鐘の下でのキス。ああ、一花や四葉の相談にも乗ったっけ。

 

「まあ、濃い三日間ではありましたが楽しめましたよ」

「ふっ…そいつはなによりだ」

 

その後も上杉さんと話しながら車を走らせるのだった。

そして、しばらく車を走らせてようやく我が町に帰ってきた。

 

「先生。家の前まで送っていただきありがとうございます」

 

まだ眠っているらいはさんをおんぶした状態で、窓に覗き込みながら上杉がお礼を伝えてきた。

 

「気にするな。じゃ、また学校でかな?」

「はい。俺も自分のバイトに忙しいので」

「もうー、家庭教師も大事なんだからね!」

「わかってるよ。新学期からは顔を出す」

 

上杉が自分のバイトに忙しいという発言に、ことりは頬を膨らませながら文句を言っている。

 

「飛鳥。またいつ会えるかわからんが、その時まで」

「ええ。楽しみにしています」

「結愛。新学期からは先輩後輩としてよろしくな」

「はい!色々と教えてください」

 

上杉が一人一人に挨拶したのを確認したところで車を出発させた。

上杉家の三人がいなくなったので、飛鳥と結愛が真ん中の席に移動したために三人が並んで座っている。

 

「そういえば今更なのだけれど、ことりは風太郎君が好きなのよね?」

「うん。そうだよ」

 

また、軽いなぁ。

 

「どうだった?二人から見た風太郎君は?」

「そうね。不器用ながらも私たちや中野さんたちと向き合おうとする姿勢は感じられて、まあある程度はあなたからどういう人なのかは聞かされてたから印象は良いわよ」

「私も。ぶっきらぼうなところもあったけど、ちゃんと中野さん達を見分けようって気持ちが伝わってきたから、誠実なんだなって思っちゃった」

 

飛鳥と結愛の二人から見た上杉はどうやら良い印象のようである。それを聞いたことりも自分が褒められたように嬉しそうだ。

 

「よかったぁ~、私の好きな人を二人にも気に入ってもらえて。て言うか、二人だってお兄ちゃんを好きなんだよね?ずっとお兄ちゃんの傍から離れないんだもん」

「あら、ばれた?」

「えへへ…」

 

逆に、今度はことりから飛鳥と結愛に僕を好きなのだろうと聞いている。まあ、確かに行動とかはあからさまだったからな。

 

「もう!飛鳥はお兄ちゃんを好きじゃないって言ってたじゃん」

「その時は和彦さんを諦めようと思ってた時だったのよ。けど、諦めなくていいって思えるようなことがあったから攻めようと思ったのよ」

「で、結愛ちゃんがこっちに来た理由はお兄ちゃん?」

「うん!少しでも一緒にいたくって♪」

「そっかぁ…でも私…二人を贔屓に応援することできないよ?」

 

申し訳なさそうな声でことりが言う。

 

「それって三玖がいるから?」

「……うん。三玖の背中を押したのは私だから、最後まで応援してあげようと思って…」

「そうだったんだぁ…」

 

ことりにとっては幼馴染みである飛鳥と結愛の二人を応援したいだろう。けれど、飛鳥が予想したようにことりは三玖の背中を押してあげたからこそ、その三玖の応援をしたいと伝えた。

てか、そういう話は本人のいないところでしてほしいものだ。

 

「まあ、何にせよ。私たちがやることには変わりはないわ」

「そうだね。和彦さんの心を掴むだけ」

「本人の前で言うことかい」

「あら、覚悟してくださいという宣言でもあるのですから、本人がいた方がいいのですよ」

「さようか」

「「ふふふ」」

 

僕の言葉に二人から笑い声が聞こえた。

 

「あなたも頑張りなさいよ、ことり。そちらにもライバル、いるのでしょ?」

「うん!頑張るよ!」

 

ことりの宣誓の後は、いつも通り三人で楽しそうに話していた。僕はそんな三人の笑い声を聴きながら運転するのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回で春の旅行は終わりを迎えました。
原作の鐘でのキスはあえて和彦にしてみました。最初は原作通りに風太郎でいこうかと思っていましたが、ことりが風太郎をほっとくよりも誘う方が面白いかと思いまして。
さて、春の旅行も終わりましたが、もうしばらく春休みを続けたいと思います。

次回の投稿は10月15日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

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