アオく夢見る先に
誰がいつ設置したのかは知らないし興味もないけれど、今まで使ってきた義理はある。
撤去が決まった古いバスケットゴールを見上げ、僕は小さく息を吐いた。
僕がこのゴールを使うようになったのは、もう七年も前の事。バスケなんて体育の時間にしかやったことなかった、小学生の時だ。
あれから背は伸びたし筋肉も着いた、シュートの成功率なんて比較にもならないだろう。
でも多分、まだまだ――足りていない。きっとこれからもずっと、そうなんだろう。
夢佳姉ちゃんには、追い付けない。
進級してクラスの顔ぶれが変わっても、やることは変わらない。いつも通りに学校へ行って帰って、寄り道をして。そんな事を繰り返していた、あの日。
夕方の公園に、普段とは違う気配を感じたのを覚えている。
ダム、ダム、という独特な音。バスケットボールをドリブルする、あの音が静かな公園に響いていた。
ゴールがあるのは知ってたけど、使ってる人は見たことがない。本格的にバスケをするなら近くの体育館でも行くだろうし、そもそも外でするスポーツでも無い気がするし。
でもその日そこには、セーラー服を着た女の人がいた。手元を見もしないのに完璧にドリブルを続け、ポンと打ち上げたボールをひょいっと手で払うようにして、スッとゴールへと通してしまう。一連の動作は今思い出しても凄く綺麗で、僕はすっかり見とれていたのだ。
「あ……ん。なんだよ、なんか用か少年」
視線に気が付いたのか話しかけられても、視線は離せなかった。
思い返せば子供っぽい話ではあるけれど、あの日はきっと僕にとって、初恋の日だったのだ。
夢佳姉ちゃんは、両親の離婚を経て僕の家の近所に引っ越してきたと話してくれた。新しい苗字は慣れてないから名前で呼んでくれた方がいい、なんて事も。殆ど初対面の、しかも子供相手にそんな個人的な事まで話す辺り、当時の夢佳姉ちゃんは余程追い詰められ消耗していたんだろう。勿論今よりもバカだった当時の僕はそんなの分からないから、ただ夢佳姉ちゃんはカッコいいなーくらいにしか思ってなかった。不機嫌そうなジト目もトゲトゲしい物言いも、なんだかスポーツ漫画のライバルキャラみたいなカッコよさがあったし。
それが僕にとってバスケを始めた切っ掛け、なんと言うかバカな話だ。本当に好きになったのは、夢佳姉ちゃんだったのに。
「私なんかに憧れんなよ。もっと良い目標を持ちな、少年」
夢佳姉ちゃんは、いつもそう言っていた。自分は努力すれば誰でも出来る事しか出来ない、世の中にはそうじゃない連中がいる。天才とか秀才とか、そういうのが。目指すならそっちにしなさい、その方が建設的だ――と。
とは言え、とは言え。僕が好きなのはバスケではなく夢佳姉ちゃんであり、憧れを逸らす事は無かった。相手にもされない、それでも。
あの冬、夢佳姉ちゃんが変わってからも。
長かった髪はバッサリと切られ、纏う気配も自信に充ちて。バスケに復帰したという夢佳姉ちゃんは、前ほど公園には来なくなった。同級生らしい男子高校生と一緒に歩いているところを、たまに見掛けたり見掛けなかったり。
そしてどんどんアクティブに、ますます綺麗になっていく。
僕も僕で部活に勉強に忙しくなり、呑気に公園で遊んでる時間も無くなっていって。
そうこうしている間に、夢佳姉ちゃんは高校を卒業して引っ越してしまい、年に数回会うか会わないかになった。
最後に会ったのは、今年の夏。県予選大会を終えたすぐ後。
「おお、頑張ったじゃん。やるなぁ少年」
試合の結果を聞いた夢佳姉ちゃんは、まるであの頃のように笑って、あの頃のように頭を撫でてくれて。
でも。
でも夢佳姉ちゃんの指には、あの頃にはなかった銀の輪が輝いていた。
まあ、それだけの事だ。情けなくもありふれた、どうでもいい話。
僕はなにも伝えなかった、なにも言えなかった。夢佳姉ちゃんにとって僕は近所の子でしかなく、気紛れにからかって遊ぶだけ。そこから踏み出せなかった僕に、悔やむ資格はないだろう。
でも、だけど。僕は未練がましくも、思ってしまう。
何処かで自分の気持ちを打ち明けていれば、と。
定まらない気持ちで投げたボールは古ぼけたゴールにさえ阻まれ、明後日の方向へと跳ねていく。それで、終わりだと言わんばかりに。
始まりもしないまま終わった、それでも僕は変われない。もっともっと、強くなろう。夢佳姉ちゃんがほめてくれるように。
いつかまた、会えるだろうかと期待しながら。