肌を焦がすほど強かった陽射しも今やすっかり大人しくなった晩夏の頃、砂浜を踏み締めながら私たちは並んだまま歩いていく。
その手はしっかりと繋がれ、足取りは軽い。去年とは背負うものが違うし、ハプニングも無さそうだ。今年は土砂崩れを口実にはせず、二人でちゃんと話し合って決めたのだから。
またあの民宿に行こう、二人きりで私の誕生日を過ごそう。――きっと遮る壁の無い一つの部屋の中、寄り添って朝を迎える事になるだろう。
「……ふふっ」
思わず漏れてしまった声に、不思議そうな顔をする大喜くん。何でもないよと取り繕うけれど、内心はやっぱり落ち着かないままだ。
思えばあの夜くらいなんだな、私たちが同じ場所で眠ったのは。付き合いだしてもう半年以上になるし一緒に住んではいるけど、そういう関係にはなれていないから。
大喜くんを大事にしたい、傷付けたくない。そして何より、どうして良いか分からないんだよね実際。て言うか誰に相談して良いやら、見当も付かない。花恋はすぐ私を変態変態言うし、菖蒲ちゃんは蛸足配線過ぎて参考にならないし。
まあ、それは別に良いんだけどさ。
私たちは私たちの速度で、呑気に歩いていけば良い。そう思えるのはきっと、成長なんだろう。少し前までは無い頭を使って考えすぎて、それで踏み出せなかったんだから。成り行き任せに出来るようになっただけ、少しは大人になれているんだ。
……大人に、かあ。それこそ今夜辺り一気になるんじゃないかなー、
とは言え、だ。今日までの日々は、決して順風満帆ではなかった。それを思えば、少しハメを外したって良いだろう。
絶死の覚悟で挑んだインターハイ決勝戦、相手との実力差は僅かだったろう。
それでも、だからこそ。決め手がないまま、私たちはズルズルと押されていく。ほんの1mm届かない、刹那の反応が間に合わない。一瞬一瞬が、噛み合わない。
流した汗も束の間の勇気も、万能の霊薬なんかじゃない。鍛練は皆積み尽くしている、最後は地力の差だ。気合いや根性で覆るような、そんなフワフワした世界ではない。
ラスト一秒に逆転のシュートを放ちブザービーターを決めるなんて、そんな都合の良い展開はフィクションの中だけ。
どんなに追い縋っても半歩の差で追い付けない、天に触れど天を掴めず。矢尽き刀折れ果て、敗北の末そのままコートに崩れ落ちそうになりながらも、私は必死で感情を堪えた。
せめて体育館を出るまでは部長として皆を鼓舞し、どうにか笑顔を取り繕わなければいけない。そう、これは私にとって義務なのだから。
小学校から続けたバスケも一段落、やるだけやって何一つ悔いはない。
歯を食い縛って歩き出した筈の私は数歩の後、身動ぎも出来なくなった。
目の前に現れた、大喜くんのせいで。
大喜くんも大喜くんで、インターハイを控えている。人の心配なんかしていられない、してほしくない。私のせいで負けるなんて、そんなのは辛すぎる。だから頼らない、頼れない、そう誓ったのに。身体は身体でどうしようもないほど素直に、大喜くんの腕の中へ倒れていった。
勝ちたかった、こんなのが最後なんて納得いかない。もっともっと、みんなと試合がしたい。私はまだ戦える、終わりたくない。大喜くんに見てほしかったのは、負ける姿なんかじゃない。溢れる言葉は嗚咽にまみれ、視界は涙に淀んでいく。チームメイトもなにもかも、感覚から消えていくのが分かる。確かなのは、抱き締められる温もりだけ。
わんわん泣いて、喉が枯れるほど叫んで、そして――私の夏は終わりを告げた。
ライバルに打ち勝って手にしたインターハイの切符、でもそれはゴールじゃない。私にとっても大喜くんにとっても、それは同じだった。去年の雪辱を果たして到達した全国の檜舞台で大喜くんが迎えたのも、やはり私と同じ不本意な結末。まだ来年もあるから、なんて言えはしなかった。私にできたのは、
涙を溢す大喜くんを抱き締め、そして私たちはあの日――初めてのキスを交わした。勢いに任せた割にぎこちなく、一回鼻をぶつけて気まずい想いをしたりしながら。
いやーうん、思い返せば結構恥ずかしい。そもそも真っ昼間に天下の往来で一体なにやってんだろ、私たちってばさ。せめて帰ってからにするべきだった。
その上悪いことに、こっそり応援に来ていた蝶野さんにも見付かってしまったし。もう大喜くんとは友人に戻って恋愛感情は無いらしいし、隣には付き合いだしたばかりだという彼氏さんもいたから別に文句を言われたりはしなかったけど、本気で気まずかったな。穴があったら入りたい、って感じだった。
そんなこんなで迎えた、エアポケットのような休日。示し合わせて由紀子さんに嘘をつき、こうして二人で出掛けた訳だけれど。
一年前とはなにもかもが違う、良くも悪くも私たちは変わった。同じ場所を歩いていても、それが実感できてしまうのがなんだかこそばゆい。
夕暮れの中でケーキを食べた海辺、そこを陽もまだ高い内に通りすぎていく。目指す先にはまだ距離がある、のんびりと歩いていこう。
――来年も再来年もずっと、こうして一緒にいられるだろうか。胸の中にはそういう僅かな不安もあるけれど、それを抑え込んで私は笑う。
大丈夫、私たちだから。
あなたがいるから、私がいるから、何が起きてもどうにかなる。
今日も明日も明後日も、その先も。きっといつまでも、大丈夫だ。