アオのハコ短編集(仮)   作:扇町グロシア

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アオく流れるバレンタイン

 まったく、こういうのは似合わないんだけどな。なんて嘯きながらも精一杯飾ったチョコの箱を弄び、私は軽くニヤケてしまっている。

 女子力なんてものはお母さんのお腹に置いてきた身だ、女子女子したイベントとは無縁だった時期が長い。なにせ本格的に関わった最初のバレンタインが去年だもの、遅すぎて大変だったんだ。菖蒲ちゃんは色々勘付きそうになるし、何処でどう渡すか考えてなかったから手間取った手間取った。まさかあんな風に、物陰に連れ込んで渡す羽目になるなんて。もうちょっと頭使え、私は。

 とりあえず今回は手作りはやめよう、と決めたのは年明けの頃。花恋も菖蒲ちゃんも自分達の事で精一杯になりそうだから台所を借りるのは忍びない、今さらながら由紀子さんたちに気付かれたくないから猪股家では作れない。て言うか物凄く照れる、柄じゃ無さすぎるから早々に諦めた。

 まあそれこそ花恋たちも今年は結局市販品にしたんだけどね、針生くんも笠原くんも手作りとか照れ臭いとかで。うんまあ、貰う側の心持ちもそりゃあるか。

 その分張り込んだそうだけど、一度失敗してるんだよね二人とも。

 バレンタイン直前のあの日、そのお陰で私は色々とご相伴に預かれたのだけれど。

 

 

「ちー、あんたが余計なこと言うから」

 ちょっと不機嫌風な顔の花恋は、テーブルに広げたチョコを摘まみながらわざとらしく溜め息を吐いた。いや、私のせいじゃないし。私はただ電話口で、美味しそうだねって言っただけだ。通販で早めに届いたという高級チョコがどんなもんか、気になるのが人情じゃないか。スモーキーさがウリらしくて塩と黒胡椒がアクセントとか、そんなの言われたらどんな味かそりゃ知りたいさ。で話していたら――明らかになにか食べてる音がしてきた。いや、いやいや。いやいやいやいや、こらお前。電話しながらなにしてんの、と軽く突っ込んだ……つもりだったのだけれど。

『あ。あー……!? なに開け、開いて!?』

 ……あろうことかこの女、無意識のまま食べていたらしいのだ。しかもそれを私のせいにしくさった。お陰で追加発注した分の代金、こっちで持つ事になってしまった。しかも菖蒲ちゃんのも勢いで開けたとかで二人分、予想外の散財だよ全くさ。

 その上『うっかり食べちゃったらもっと色々食べたくなった』とか世迷い言をほざく親友に誘われ、こうしてわざわざ出向いてきてやったわけだ。

 私なにも悪いことしてないよね、うん。

 そういえば小学生の頃はクラスの女子総出でチョコの持ち合いやったなあ、誰に渡すでもなく皆でワイワイ盛り上がってた。渚は『なんで私の金で買ったチョコを男子なんぞにあげないといけないんだ、これは最後の一滴まで私のものだ!』とかどこぞの大帝みたいな事言ってたっけ懐かしい。あと西田くんが交ざろうとする度にぶっ飛ばしてたけど、まさかあの二人が付き合い出すとはねー。

 それは良いとして、こうやって贈答用の高いチョコを無造作に食べるのはなかなか楽しいかもしれない。

 んーオランジェットっての美味しい、さすがは菖蒲ちゃんのチョイス。

「んでさ、ちー。……あんたんとこ、なんか……有ったりした?」

 チョコを摘まむ手を止めて訪ねてくる花恋の瞳は、明らかに好奇心で揺れている。当然隣にいる菖蒲ちゃんも、ニヤニヤしながら見守っている。全くこの恋愛脳姉妹め、人の色恋沙汰が大好きなんだから。

 そりゃまあ――そりゃ無いとは言いませんが。男と女の事だもの、帯紐解いて休むことだってあるわいなあって話ですよ。でもこればっかりは、人に話したくはない。例え無二の親友と、その妹が相手でも。

 思えば付き合いだしてからもう丸一年が過ぎた、同居開始からはもう二年近い。全てが上手くいっていたわけじゃない、でも毎日は滞りなく過ぎていく。きっとこれからもずっと、そうなんだろう。

「……ん。花恋と針生くんもそうだし、菖蒲ちゃんと笠原くんもそうでしょ。付き合ってれば、あれこれ有るさ」

 私はそんな風にふわっと誤魔化し、コーヒー片手にチョコ堪能へと戻った。今日だけで随分チョコ食べてるけど、まあ良いさ。たまの楽しみってことで御寛恕願おう、いつだってダイエットは明日からだ。……正直言うと、こんだけ甘ったるい空気のなかにいたせいかコッテリしたものが食べたくなっているんだけどね。どうしようかな、帰りに何か濃いの食べていこうか。

 いやしかし私はつくづく女子度が低いな、バレンタインを控えてもこうか。色気もなにもない、オヤツ食べて駄弁ってるだけだもの。

 まあ、良いか。こんな私を大喜くんは、好きになってくれたんだから。

 

 

 あのチョコ美味しかったな、でもまあ私が選んだのもなかなかだ。ええハイ味は知っております、二箱買って一つはすっかり平らげましたから。

 さてこれ、どうやって渡すかな。大喜くんにお風呂空いたと伝える時ついでに渡そうか、それとも今夜、枕元にでも置いてあげようか。

 多分この家でチョコを渡すのはこれが最初で、――最後になるだろう。

 もうじき卒業の時が来る、そうしたら私はもうここを出ていく算段になっている。いずれ戻ってくるかもしれない、そうならないかもしれない。でも一応のけじめとして、これ以上ここに住み続ける訳にはいかない。

 バスケの為に始まった同居は、いつのまにか大喜くんといたいが為の同居になっている。私は小さくて弱いから、そうやって依存してしまいやすいのだ。それで夢佳に負担をかけて道を踏み外させかけたのに、気が付けば私は大喜くんに頼りっぱなし。もう同じ轍を踏んではならない、だから一度離れよう。大喜くんには大喜くんの夢があり将来がある、それを尊重する為にも。

 とは言え別れるとか別れないとか言う話じゃない、同じ家には住まなくなるというだけだ。ほんの少し距離が空くけど、それで大喜くんが浮気なんかするとは思えない。蝶野さんにも後輩ちゃんに靡いたりしない、真面目でまっすぐな子なんだから。

 ……でもなあ、真面目過ぎる所もあるんだよなぁ大喜くんは。健康な男女である以上、もっと()()()()したいのに。恋人同士が隣り合って寝てるんだからさあ――。

「って、なに考えてるんだ私っ」

 ヨコシマな思いを追い払うべく(かぶり)を振って、私は改めて息を吐く。こんなだから花恋にも変態だのなんだの言われるんだ、少しは反省しろ私。

 さてと、だ。このまま機を伺うより、打って出た方がいいかな。

 せっかくのめでたい日なんだ、勢い任せで行こうじゃないか。

 回りの悪い頭を使うよりは行動だ、と私は包みをつかんで立ち上がる。さあ出陣だ、私の想いを受け取って驚きなさい大喜くん。

 私は重くてワガママで、そして――誰よりも君を愛している。

 それは何があろうとも、揺らぐことはない。 

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