成人してる方は健全ではない方もどうぞ。
まったく、自分から言っておいてリアクションが薄すぎやしないか。
デート中だし一々口に出すのも無粋だから黙ってはおくけど、もう少し何かあってほしい。そりゃまあ一応、喜んではくれたけどさ。嬉しそうな顔はしていたけどさ、……うん。
でももっと大袈裟にやれよ、リクエスト通りのニーハイだぞ。クリスマスに穿けなかったしそれからも機会が無かった分こうしてまだ寒い時期に、そしてよく見えるように短いスカートまで履いてやってんだぞ。お前もいっそ泣いて喜べ、まったくもう。私は散々走り回ってきた都合上脚細くないんだからな、似合わないのを承知してのこんな格好だ。
良いけどね、別に。他ならぬ
私はかつて、天才だった。誰よりも輝いていて、不可能なんか無かった。それが崩れたのは、栄明に入学してすぐ。幾らスポーツエリートの私立だからって、ああも違うなんて。小学生の頃は歳上相手だろうが負ける気がしなかったのに、あそこでは一歳の差が余りにも大きかった。
それでも食らい付き、同学年の中ではどうにかリーダーになれていた。血の滲むような努力の果てに、漸くの事ではあるけれど。バスケを楽しむ暇なんか無くなり、口を閉ざし瞳を光らせて戦うしかなくなっていくのが辛くて仕方なかったのを覚えている。
そんな中でも私はまだ、バスケを好きでいた……と思っていたのだ。好きは最強の感情で、決して消えはしない。調子が悪いのは一時的な事で、きっとすぐ無敵の私に戻れる。なんて世迷い言を後生大事に信じていたんだから、私も相当だな。
好きは永遠じゃない、ちょっとした事で揺らいで消える。愛し合っていた筈の両親が離婚を考えていると聞いたとき、私はそれを実感してしまった。
私は天才じゃなくなって、輝きも消え失せた。バスケへの想いすら、もう残っていない。中等部最後の試合で惨敗しても、何も思いはしなかった。これで暫く休める、と安堵さえしたくらいだ。
それがどれ程罪深いか、考えもせずに。
試合の翌日、もう朝練する気もないのに惰性で出掛けた体育館。そこで泣きながらシュートを続けるナツの背中に、私は打ちのめされた。もし私がまだ、バスケを好きでいたら。こんな所で負けたくないと心から思えていたら、ナツは泣かずに済んだんだ。
――もっと最悪なのは、それを逃げ出す口実にした事なのだけれど。ただでさえ金がかかる私立校に居座るのは親に悪いとか他にも色々言いはしたけど、なんにせよ私はそれら全てを勝手に組み上げて自分の愚かさを正当化し、尻尾を巻いて逃げ出した。
彩昌に来てからもずっと自己嫌悪に縛られ、一年以上いつも陰気な顔をしていたであろう私。そんな私へ二年になった途端果敢に挑んできやがったのが、誰あろう宗介のバカだった。ずっと一人でいるなんて可哀想、なんて寄り添うフリでマウント取ってくる陽キャ女子どもを生来の極悪目付きで迎撃してきた私相手に、まさか告白なんかしてくるとはね。
ふざけんなと一発蹴り入れてやっても、次の日にはケロっとしてまた告白。袖にしても袖にしても懲りやしない、下手したら挨拶より「好きです」の方が多くなってしまうくらいに日常化していく。そうなるとクラスの空気も変わり始め、いつも不機嫌で当たり散らすヒス持ち扱いだった私は、気が付けば夫婦漫才のツッコミ役になっていた。……そうだ、そこで思い出した。栄明にいた頃も、私はツッコミ役だったな。あいつらは基本メスゴリラの群れだから、誰かが旗を振って統率せにゃならんかった。そしてそれが――楽しかったじゃないか。
何回目か何十回目か、はたまたもっと多かったかもしれない。果てる事のない告白の嵐をいつしか、私は笑ってかわせるようになって。そこから更に何度かを経て私は、……こんなんで良ければ勝手にしろと後ろ向きな態度で宗介の言葉を受け入れたのだ。
やさぐれきっていた私も底無しのバカ相手では立ち直らざるを得ず、あれこれと殴ったり蹴ったりしながら季節を重ねていった去年の10月。やっと振り切った筈の影に、私は再び囚われた。何でまた寄りによって、ナツと再会してしまったのか。絶縁宣言から一年半以上経った元親友とか、気まずいにも程がある。しかも男連れと来たもんだ、どうして良いやら分からず悪態吐くだけ吐いて、宗介ごときにたしなめられすごすご退散するという大恥をかかされてしまった。
そう言えば、そうか。あの後が私たちの――
夜景を見る暇もなく足早に歩きながら、ポケットの中で宗介の手を握り返す。
「……ごめん。柄じゃないんだけど、熱くなった」
「ううん、良いよ」
詳しい事は聞かない、言わない。私たちはお互いの事をそこまで深く知らないし、知る事のない部分も多分山ほどある。でも、だからこそ。こういう時にはそれが有り難い。普段ならそうなのに、今は何故か余計な事を考えてしまう。
そもそも考えるのは苦手だ、だから考えたくない。頭の中で不安ばかりが広がって、動けなくなってしまうから。
ナツは私とは違う筈なのに何故彼氏なんか作ってるんだ、余所見をする暇なんかあるのか。今年の栄明はインターハイに出はしたけどアッサリと敗退してしまった、ウインターカップまで時間がない今は練習に明け暮れるべきだ。
もしかしたらナツも、私と同じなのか。挫折してバスケを好きじゃなくなってしまったのか、最強ではいられなかったのか。口だけは頑張って、結局は彼氏の為か。
――ああ、もう。考えるな、終わったことだ。もっとずっと前に全てを投げ出した私に、何が言えるのか。
誰の気持ちも、いずれは冷める。それは摂理であり、抗えない。宗介にしたって、きっと……。
「――!?」
ゾワリと背筋が凍える感覚に、無意識に足が止まってしまう。
そう、だ。両親が離婚したように、愛だの恋だのは消えていくんだ。
隣になんかいてくれない、寄り添ってはくれない。
私はまた、一人になる。
初冬の風より更に冷たい悪寒が私の心を刈り取ろうとした、その時。
「夢佳、……っ夢佳。大丈夫、大丈夫だから……!」
宗介の声がすぐ側から耳に響き、くず折れかけた身体が中途半端な形で仮初めの浮力を得た。抱き締められた、と脳が理解したのはその数秒後。
暖かく力強いその所作とは裏腹に、宗介はオロオロした声で大丈夫を繰り返していて――なんだか笑えてしまう。何が大丈夫なんだかな、狼狽しすぎだ。少しはモノを考えろよ、伊達や酔狂でメガネなんかかけてんのかお前は。場違いなくらいどうでもいい事ばかりが頭の中を駆け巡り、不安も後悔も何処かへ追いやられていく。
あんなにも冷たかった肌はいつしか熱くなり、氷かけていた血流が戻ってくる。ついでに羞恥心も引き連れて。
「っは、離せ……ってのっ!」
天下の往来で突然壊れかけた上抱き抱えられたという現実を認識した刹那、私はくず折れるどころか全力で宗介の胸から抜け出し、ついでに顔面目掛けてハイキックなんかぶちかましていた。
いや、だって。こんな風にされたことないし、照れるんだかなんなんだかさえ分からんけどとりあえずは蹴っておく。何も分からなくてもとりあえず立って戦え、いつだってstand & fightで生きてきたんだもの。
まあ、それで逃げ出すほどヤワじゃないのは知っている。大した時間の付き合いではないし、知らない事だらけだけど、確実な事もある。私を好きだと言ってくれる事、そしてそれが私にとっても好ましいという事。
それを示すように、足先の一撃を受けても宗介はむしろ安堵の顔だ。やっと立ち直ったな、くらいに。……こいつ本当に何者なんだろう、実は改造人間だったりしないか。
――良いか、それはそれで。別に構いやしない、手荒に扱えて却って楽だろう。
空を彩る星の輝きを感じつつ、今度は私から宗介を抱き締める。顔を上げ目を閉じ、
そこからきっかり30秒を経た瞬間、唇に何かが触れた。暖かく柔らかいそれを受け入れ、閉じられた瞼には涙が伝う。
天下の往来だ、人前だ。周囲のざわめきも勿論聞こえるけれど、全部どうでもいい。
この優しいキスよりも大事なものは、少なくとも今は存在しないから。
……まあ、その後正気に戻ってからもう一回蹴ったんだけどね。情緒不安定になってる時だ、私悪くない。
そしてナツの彼氏――いや当時はまだ付き合ってなかったんだっけ、例のジャガイモ野郎が余計な世話を焼いてくれたお陰でナツと正面からぶつかり合い、そこから絆を取り戻しバスケにも復帰した。その間に何回宗介をボコボコにしたんだろうな、短い期間でさ。
全く以てやれやれだ、我ながら面倒くさい女で困ってしまう。最近はどうにも甘えすぎだ。
でも宗介も宗介で変態くさい奴だし、バランスは良いのかも。髪長かった頃、ツインテールにして欲しいとか言われたし。私ああいうの似合わないし纏め髪って頭皮痛いから嫌なんだけど、一回だけやってやった事がある。ものスゴい気まずい顔してたな、そりゃそうだろって感じだけど。
この身長と目付き、それに緑の黒髪でアニメキャラみたいな髪型するんだぞ、ドン引きしか選択肢無いだろうが。する前に分かれよ。あんなのよっぽど顔の印刷が良くないとダメだし、そもそもある程度以上のタッパがある奴には無理なんだよ。
出来る範囲でなら対応するけど、無理なのは殴って諦めさせる。そうしないとストレス溜まってダメだ。したい事はするけどしたくない事はしない、それが正しい生き方の筈。
それもこれもひっくるめて、私は宗介を好きでいるし宗介は私を好きなのだけれども。
この先私たちがどうなるか、そんなのは知ったこっちゃない。大事なのはいつだって、今なんだから。
時は流れる気持ちは変わる、それは止められない。それでも後悔をしないよう、やっていこう。どうにかなるさ、どうにかするさ。
もうじき春が来て、すぐインターハイ予選が始まる。ナツたちとやりあえる、下手しなくても最後の機会がやって来る。ウインターカップで再戦、は無い。進路を考えたら夏で引退だ、私にだって将来がある。
要するに勝っても負けてもこれっきり、一切合財大盤振る舞いして派手に立ち回ろう。
――まあ、心配はいらないかな。私はいつだって、好きで溢れている。私はいつだって、最強なのだから。