アオのハコ#13 SideB
:デート前夜のお話。
「あいつが勝ったら、水族館にでも連れてってやってくれませんか」
そう言ったのは、大喜くんの友達。
どうも地区予選で大喜くんの試合に、私の連絡先が景品として掛けられてしまったらしい。
で、既に私と連絡先を交換している大喜くんは勝ってもメリットがなにもないし、「ちょっとくらいご褒美があっても良いと思うんですよね」と言う事……らしい。
勝手に人の連絡先を賭け事に使った針生くんは、月曜に学校で会ったときでも一発殴っておけば良いとして。私としては、誰だか知らない他校の男子に連絡先が渡るのは正直嫌だ。大喜くんには是非勝って欲しい。そして勝ってくれたなら、労ってあげたい気持ちもある。
それに。……言いたいことも、ある。
「いいよ。大喜くんが勝ったら、水族館」
結果だけ言えば、大喜くんは見事に勝ってくれた。さすが針生くんに「強くなると思う」って期待されるだけはある。――うん、だからこそ。私は、謝らないといけないんだ。「大喜くんには、来年も再来年もあるんだし」なんて言ってしまった事を。
一年先にまた大会があるから、なんて負けるのを前提にしたような事言われて、大喜くんはきっと良い気持ちしなかっただろう。あの瞬間の、表情がそれを示していた。
由紀子さんは「気にしなくて良い」って言ってくれたけど、それでも。謝っておきたい。
ただ、それがなんというか、照れ臭くて。大喜くんがもう振りきっていたら、変に蒸し返す事になるし。二人きりになれる機会は、そんなにないし。
……まぁ、部屋にいけば良いんだけど。さすがに、それはもっと照れる。大喜くんも、オトコノコなわけで。……そういう事も、もしかしたら有るかもしれないし。
そう、大喜くんはオトコノコだから。オトコノコだから――難しい。
ああ、何で「明日水族館行かない?」って送ったんだ私。せめて一週間くらい空けても良かったのに。まるでデートみたいで、緊張してしまう。
そもそも男子と二人でどこか行くとか、滅多にないし。この間針生くんに頼まれて買い物を手伝ったけど、あれとは全然違うわけで。
まるで、というか傍から見たらデートその物かもしれない。大喜くんにそんな気があるかは分からないけど、まあ大喜くんだって相手は選ぶだろう。
……でも蝶野さんと仲良いし、女子と出掛けるのには抵抗無さそう。
「うー……、何着てこうかなー……」
あんまり気合入れた感じにすると重たいし、でも普段着ってわけにもいかない。どうしよう。こういう時に、バスケ以外の事もしておくべきだったと思ってしまう。読んでもジャンプだからなー私……、女子力ゼロだもん。
いやまあ、明日までしか時間がないんだから手持ちでなんとかするしかないんだけど。
とりあえず、青のワンピを保留枠に。これ中心でどうにか色々合わせてみて、無理そうなら別のを出そう。
……ちょっと出掛けるだけで、この始末。本当にデートとかなったら、大変だな。
にしてもデート、か。そういう事も、この先あるんだろうか。
こんなワンパクでたくましい子に、そんな相手が出来るとも思えないけど。もし、大喜くんが――そういう相手になってくれたなら。きっと、楽しそうだ。大喜くんは良い子だし、素直で一途で、とても好感が持てる。
もし、私から大喜くんに、……好きですとか言ったらどうなるんだろうか。蝶野さんがいるしフラれちゃうかな、でも上手くいったなら。
私と大喜くんが恋人になって、そして。……私が猪股千夏になる未来も、もしかしたらあるかもしれない。うーん、胸が踊る未来予想図だ。
そんな事を思いつつニヤニヤしていた私は、不意に壁の向こうから聞こえた物音で我に返らされた。
何か落としたのか、それとも。なんにせよ、大喜くんはまだ起きているようだ。もう遅いのに。……オトコノコだし色々シてたのかなぁ。いやいや、変なことを想像するのは失礼か。でも大喜くん、もしかしたら私みたいに悩んでたりするんだろうか。まるでデートみたい、とか思っているんだろうか。
だとしたら、なんだか嬉しいかも。
夜はとっぷりと更けて。一応明日のコーデは完成したし、そろそろ眠らないとさすがに不味い。私寝起き弱いし、出来れば先に出ておきたい。一緒に家を出て並んで歩く、って訳に行かないし試合明けの大喜くんを待たせても悪いし。
ベッドに横たわって、ふと視線を壁に向けてみる。この向こうで眠っている、大喜くんの姿を思い浮かべて「お休みなさい」と呟く私。返事は、当然ないけれど。
さぁ、明日だ。デートみたいな事を、しに行こう。
アオのハコ#14.5 風が強く吹いて
:そしてデート翌日のお話中。
人生驚くことと言うのは、結構あるもんだと思う。
まさか登校して教室に入るなり、全力で殴られる日が来るとは思わなかった。
と言うか、痛い。すっげぇ痛い。手加減なしで、しかも鳩尾に一撃入れて来やがった。
息が止まり、内臓に不快感が走る。それをなんとか押し付けて。
「何すんだよ、ちー……」
いきなり急所を狙ってきたクラスメイトを睨み付けるも、向こうは向こうで俺を睨んでいる。
「針生くん、私に謝る事あるよね?」
ブンッと音を立てて拳を振り上げ、ちー……鹿野千夏はドスの効いた声を投げつけてきた。
ああ、まあ確かに。ちーの連絡先を試合の報酬にはしたけれど。
俺は「教えて良いか聞いてやる」と言っただけで、実際教えた訳じゃないのに。
誰だよ、ちーに言いやがったのは。まさか大喜じゃあるまいな、もしそうだったらあとでシメる。
そもそもまず殴るな、言え。謝れと最初に言え。
「勝手に賭けた事はすまん、でも流れで……」
と、言い終えるより先に。
ゴスン、と脳天に拳骨が落ちてきた。
「流れで人の連絡先を賭けるんじゃありませんよー?」
グリグリグリグリと抉りながら、ちーは笑顔で怒っている。
畜生、つぎ岸に会ったら同じ目に合わせてやる。推しキャラに似てるとかそんな理由でこんなのに惚れやがって、そのせいで俺が痛い目に遭ってるんだぞ。
「大体さー、こーんなワンパクでたくましい子に挑戦状が来る事自体おかしいんだーって。どーせ針生が余計なこと、その相手に吹き込んだんでしょー?」
便乗してけらけら笑う渚に、ちょっとだけ腹が立つ。もしかしたらコイツがちーに話したのかもしれない。この女にはワケわからん情報網があるから、どっかで話を仕入れた可能性はある。
しかし女子連中の、このスクラムはなんなんだろう。ちーは黙ってれば美人だと思うんだが、クラスの連中も部活の連中も、女子は揃ってちーを暴れん坊キャラとして扱いたがるんだよな。そのせいで本人も女子度の低い、ゴール下を守護するゴリラになっていくわけで。
こういう足の引っ張りあいをマウントって言うんだろうか。女子怖ぇ。
でも、とりあえず。
「……ごめんなさい」
これ以上物理的に傷が広がらないように、素直に謝ってしまう俺。言いたいことは山ほどあるが、もう怪我したくない。
「宜しい。じゃあ、これで最後ね」
トドメとばかりに中指一本拳を鳩尾に捩じ込んで、ちーは満足げに自分の席へと戻っていった。
俺を殺す気かあのメスゴリラ。
考えたくないけど今日は、厄日というヤツかもしれない。
まあ、良いんだけど。今日は大喜がやたら元気で、正直疲れる。こっちはまだ手負いなのに。
大喜は元々バカなだけで筋は悪くないし、この俺が組んでやってるんだから上達はしているのだが。だが――まだまだ、だ。インターハイ行くとか言ってるけど、正直難しいだろう。
今年も、兵藤がいるから。あれは、化物だ。
ダブルスの相方次第ではこっちにも目があるが、シングルでは奴が間違いなくトップになる。後は二位争いだ、悔しいことに。去年散々負け続け、リベンジを誓ってはいるが――難しい。
俺でさえ、こうなのだ。大喜じゃあ、一回戦も危ない。
そう言えばこのバカも、ちーを好きな一人なんだっけ。それも放課後体育館に集まってくるようなファンの一人としてじゃなく、真剣に。
そっちもまあ、厳しいだろう。あの試合より前に一応連絡先は交換していたらしいが、そこから先へ進めるかどうか。ちー位の有名人だと半端な相手じゃ周りが許さんだろうし、特に渚辺りがやいのやいの言いそうだ。行く先は荊道だぞ、大喜。
とは言え、だ。このバカなら、いろんな壁を力尽くで乗り越えてしまいそうでもある。
バカは強いからな、考えないで突き進めるのは才能だ。
でも。それが通じなくなったとき、このバカはどうなるんだろう。いずれ来る挫折を、乗りきれるんだろうか。
……それこそ、ちーみたいなのが側にいれば良いのかも知れない。
しくじって、傷付いて。涙さえ拭けなくなったのを強引に引き摺り起こし、無理矢理前を向かせるようなバカが一緒にいてくれれば、きっと落ち込む暇さえ無いだろうから。
暴力ゴリラとドMバカのカップルってのは、相性良いかもしれないな。
――ま、それはともかく。
「大喜、ダブルスノックな」
「ういっす!!」
気合全開の大喜に、向き合う。今は、このバカを鍛える時間だ。後の面倒は他の誰かがやればいい、それこそちーでも新体操部の子でも。
俺は先輩として、こいつが伸びるアシストをしてやるだけでいい。
俺にだって、自分の目標がある。今年こそ、兵藤を倒してやらないとな。
遥か先、あるいはすぐ目の前を見据えて。
俺たちは、まだまだ止まらない。
さあ、吹き荒れろ――青い暴風。