アオのハコ短編集(仮)   作:扇町グロシア

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177話のボールを託すシーンから生まれました。


アオく廻るは星の夢

 忘れたり落としたりしたものは不思議と見つかるのに、棄てたものとは再び巡り会えた試しがない。

 自分の意思で手離さない限り、何処かで繋がっているのだろう。

 だからきっとこの手紙も、いつかまた不意にその辺から出てくる。

 忘れた頃になって、必ず。

 

 

「あれ、これ持ってきてたんだ」

 ウインターカップも終わって猪股家で過ごす日々も残り少ない、ちょっとずつでも片付けようかと掃除を始めて小一時間。元来ガサツと言うかワンパクでたくましい子の私が、細々したことを得意とする訳がない。予想通り横道脇道大脱線、あれこれ引っ掻き回すだけになっていた頃。私はそれを見付けたのだ。

 越してきた時に私物を詰めてきた段ボール箱の下、そこに紛れていた封筒をつまみ上げてみる。

 中にある辿々しい字で書かれたそれは――遥かな過去からのお手紙だった。確か小学生の時に道徳だったかの授業で、未来の自分へと宛てて書いたもの。

 懐かしいというか、よくこんなもん残ってたな。それも家でなくこっちになんて、なかなか無い経験だ。

 棄ててしまうには惜しいけど、大事にする程の執着も無い。そりゃそうだ、今の今まで忘れていたんだから。

 なんとなく広げたそこにあったのは、要約すると三つの問いかけ。

 わたしはどんな人になっていますか。

 だれかを好きになったりしましたか。

 大人のわたしは、しあわせですか。

 ……絶妙に答えにくい事聞くな、昔の私は。まあ私らしいと言えば私らしいか、純粋無垢で好感が持てる。

 さてじゃぁ、片付けにも飽きてきたし――お返事でも書こうかな。

 机の上に放り出していた便箋セット、そして前にもらった何か良い万年筆――セーラーの竹だったかな、お父さんがくれたヤツ――を手にして私は想いを巡らせる。

 

 

  私は今、10年続けたバスケットボールを引退しました。全部が全部上手くは行かなかったけど、大事なチームメイトたちと一緒に戦い抜いたんだよ。次にどんな夢を見るかはまだ分からない、でもきっとどうにかなる。どうも私は楽天的で視野が狭くて、そして一直線な人間に育ったみたい。昔と変わってないかもしれないね。

  好きな人というか、付き合っている人はいます。一個下の男子で、可愛くて格好良い子。私が忘れかけていた事を思い出せてくれた、私のとなりで支えてくれる、一番大切な人。大喜くんがいるから、私は折れず曲がらず突き進める。大喜くんは私の背骨で、心臓です。

  幸せかどうか、そんなの決まってる。私は今、とてもとても幸せ。でももっともっと、幸せになりたい。だから毎日、頑張っているよ。

  あなたが過ごす10年は平坦な道じゃない、泣く暇も無いくらい傷付き苦しんで、嫌になることもある。いっそ死んでしまおうかと何度も思うけど、人間って意外と馴れるものだよ。時間は戻らないけど、無駄にしない事はいつでも出来る。

  結局あなたの人生は、そして私の人生は最高だから、心配しないで。私は私に産まれて、とても幸せ。

  お手紙、どうもありがとう。大人と言えるか分からないけど、18歳の私より。

 

 

 そう書いた新しい便箋と共に封筒へ紙を戻し、そのまま荷物の中へと滑り込ませる。

 これがどうなるかは分からない、私は忘れっぽいから。明日明後日はともかく、ここを出る頃には記憶から消えている事だろう。

 でもそれで良い、それが良い。

 いつか何処かでまた、だ。

 さて片付けを続けるか、それとも寝てしまおうか。――いや、先に済ませることがあるな。

 もう一枚取り出した便箋をテーブルに置き、私は再び万年筆を取る。どうせだし私からも、お手紙だしておこう。

 

 

  18歳の私から、未来の私へ。

  私はこれを書いている時から、前へ進めていますか。まあ私の事だから、そんなには変わってないだろうけど。

  相変わらず大喜くんは隣にいてくれてますよね、まさか別れたりはしてないよね? 大喜くん好い人だし真面目だけど、まっすぐで可愛いからモテるんだよね。しっかり手綱取って、ずっと一緒にいてほしいな。私は今、大喜くんが大好きだから。

  楽しいことを楽しい人と楽しい顔で楽しめる、そんな人になっていてほしい。だけどこれから過ごす道は、やっぱり波瀾ばかりなんだろうな。

  まあ私は私で頑張るから、貴女もどうにかやっていって。

  いつかこれを読み返した時、笑えるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、書いたねこんなの」

 まだまだ若かった時分に書いたそれは、ちょっとだけ恥ずかしい。子供の頃の私はこんなこと考えてたんだな、と。

 懐かしくいとおしい、大事な思い出だ。さすがに今になって返事は書けないけど、でも嬉しいな。

 ガラッパチだった私もすっかり皺が寄り、気が付けば人生も後半戦に入ってだいぶ経つ。あの頃の私は、見えない段差に躓く程足上がりが悪くなるとは思わなかったろうなぁ。今やそうなのよ、何で平坦な道で転ぶかな。階段上れば膝がパキパキ言うしちょっと走ると息が上がる、鈍るにも限度があるだろってくらい。

 とは言え気持ちはまだ若いつもりさ、年取ったからって老け込んでいられない。

 だから私は空を見上げ心のなかで呼び掛ける。

 子供の私、若い私、よく聞きなさい。

 10代で味わった挫折や苦難なんて、あんなもん前座だよ前座。負けて負けて負け続けて、私はすっかり傷だらけ。

 でも、だけど。それでも私は、人生を楽しめているよ。

 大喜くんがいる、子供たちもいる、だから私は無敵でいられる。好きな人と好きな事をして、好き勝手に生きてるよ。人生は上々だ、波乱上等。

 私はあなたたちの頃よりもずっと、ずっと――幸福だ。

 そしてこの先は、もっともっと幸せになれるんだ。

 ああ――楽しい。

  

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