アオのハコ短編集(仮)   作:扇町グロシア

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pixivにも乗せたのでこっちにも纏めて。
帰省の暇潰しにでもどうぞ。


アオのハコSS年末スペシャル~冬休み特大号~

※かなり前に書いたので、現在の設定とは噛み合わない部分が非常に多いです。

 年末仕様なので濃いいです、用法用量を守ってご使用ください

 

 

#1:聖夜にアオく雪は舞う

 クリスマスモノその一。ちなみに私は年甲斐もなく豪華なケーキが食べたいです。です!

 

 クリスマスがイエス・キリストの聖誕祭になったのは、実はかなり後になってかららしい。

 なんか知らないけど、お祭りの口実付けだったのだとか。

 真冬のど真ん中だし、何かイベントが欲しかったんだろうな。

 それはそれで良いのだけれど、まあ別に。

 居候の身で、果たして家族の行事に介入して良いものだろうか。

 私が気にしているのは、それだけだ。

「♪クリスマスが今年もやって来る、楽しかった出来事を消し去るように…」

「歌詞違うわよ、確かにそう聞こえるけど」

 私にツッコミつつクリスマスケーキのカタログを見ている由紀子さん、そして同じくクリスマスを期待する可愛い大喜くん。

 そういうのを見ていると、幸せそうで何処と無く居場所に困る。私は家族ではないから、遠巻きに見ているだけなんだけど。

 うちの母親はシュトーレンとかパネトーネとかが好きだから、クリスマスもなんだか地味なんだよね。美味しいけど。あと父親が派手なこと苦手だから、そこまで賑やかにしないし。他所のクリスマスはもっと華やかだと知ってからは、あまり楽しみに思わなくなってきた。

 私にとっては豪華なクリスマスケーキなんて、アニメや漫画の世界だ。チョコスプレーとかフルーツとかたっぷりのメルヘンなデコレーションケーキ、憧れてるんだけどな。そういう意味では、今年のクリスマスは楽しみではある。

 まあ、私がはしゃぐのは良くないから。節度を持って、控えて行こう。

 そう思うのだけれど、でも。

 少しだけ、羽目を外したいとも思う。目出度い日なんだから。

 しないけど、さ。私にだって立場はあるから。

 

「大喜くん、クリスマスは蝶野さんと一緒しないの?」

「へ? いや、何で雛と……?」

 大喜くんは心底意外そうな顔をしているけど、そうかやっぱり。まだ分かってないんだな、蝶野さんの事。良いけどさ、私がどうにかしてあげる事じゃない。御愁傷様、としか言えないわ。

 私は背中を押してあげるほど優しくないし、ここはほっとこう。明言しない蝶野さんが悪いよ。

「先輩こそ、バスケ部の人たちと遊んだりしないんですか?」

「ぬ。んー……渚たち、大体彼氏持ちだからね。どうせ誘っても来ないよ」

 連中は私と違って器用だから、バスケ以外にも色々やっている。と言うか私が不器用すぎるのかな、バスケしか出来ないし。

 同居先に男子がいたら千夏だって恋愛するかもね、みたいには言われたな。

 まあ、いることはいるんだけどさ。可愛い後輩が。でもなあ、さすがに手を出したら不味い。そんなに簡単じゃないんだよ、渚。

 そんな事をつらつらと考えてると、大喜くんが突然真面目な顔になって。

「あの、先輩。予定がないなら、その……俺と一緒に出掛けませんか」

 そう、言ってきた。

 クリスマスに、私と。そんなまさか、デートみたいな事を。

 ふむ。夜は猪股家の面々が集ってクリスマス会だけど、それまでは時間があるからね。23日から冬休みで学校もない、部活も休みの時期。暇をもて余すくらいなら、まあ何かしてる方が生産的か。別に良いけどね。

 しかし大喜くん、どうせなら蝶野さんを誘えば良いのに。そういうところだよ。 

 ……いや、違うかな。私が居づらいかもしれないから、連れ出してくれるんだろうか。

 夏休みはインターハイやら何やらで忙しかったけど、冬休みはそうもいかないから。居候として、一日ずっと隠ってるのはちょっと……ねえ。大喜くんも大喜くんで、考えてくれてるのかな。

 家族のイベントも大事だろうに、気を遣わせてるな。まったく、見下げ果てた先輩だよ私は。

 

 街にはちらほらと粉雪が舞う、クリスマスイブ。

 私たちは二人、寄り添い歩いていく。傍から見たら、カップルにも見えるだろうか。ま、違うんだけど。

 特に何も決めないまま、ただ足の向くまま気の向くまま。

 何処か行きたいところがあるんじゃなくて、一緒に出掛けたいだけなんだろうか。それこそ、カップルみたいだな。

 でも――こういうのんびりしたのも、悪くないな。通りすぎる幸せそうな家族たちを、少しだけ羨みながら、それでも。それでも、そう思える。

 去年までは、私の人生がこうなるなんて考えた事も無かった。家族と離れ、住み慣れた家も出て。居候として、知らない家で寝起きする事となって。

 人生は、波瀾万丈だな。まったく、大変だ。

 来年の今頃には、もっと馴染めているだろうか。でも再来年の春、私は猪股家からも出ることになる。その先の私は、どうなっているんだろう。まだ、見当もつかない。

 私は幸せになるのが、少しだけ苦手だから。どうなることやら。

「あの、千夏先輩。寒くない、ですか」

 ふと気づくと立ち止まった大喜くんが、ちょっと不安げな顔をしている。

 ああ、またやってしまったな。表情に出すなんて、功夫が足りないな私は。後輩を心配させちゃいけないってのに。

「ん、大丈夫。大喜くんこそ、気を付けなよ? また風邪引いて寝込むかもしれないし」

 あれからもう何ヵ月も経つけど、あれは結構大変だったな。看病なんて滅多にしないから、勝手が分からなくて。

 心底ガサツで雑把だからなー私は……。

 冬の陽は早々と傾いて、ただでさえ厚い雲に覆われた街は既に色とりどりの灯りが輝いている。

 もうそろそろ、帰る頃合いかな。

 何をしたわけでもないけど、楽しかったな。こうして誰かと過ごすのは、良いもんだ。

 願わくば、大喜くんもそう思っててほしい。いやいや、でもなあ。大喜くんには、蝶野さんがいるから。そうはいかないかな。

 「……千夏先輩。聞いてくれますか」

 白い息を吐きながら、私に向き合う大喜くん。

 なんだろう、何かあっただろうか。ざっと脳内をスキャンしても、大喜くんが改まって私になにか言う理由が思い当たらない。

 はて。一体なんだろうか。

 愛の告白とかだったら、さすがに笑うかもしれない。

「ん。大喜くん、どうかした?」

 一応年長者の矜持として、笑顔を作ってはみたけれど。

 大喜くんの真剣な視線に、息が止まる。

 粉雪が大喜くんの頬に舞い降り、涙に変わる。その一瞬が、まるで永遠のようにさえ感じられてしまう。

「千夏先輩、――好きです」

 凍てついた気配が、その一言に熔けていくのが分かる。

 たった、一言。その、一言が。全てを込めた、大喜くんの勇気そのもの。

 その瞳が、その声が、私を射抜いていく。

 いつしかその手が、私の手を強く握りしめていた。

「引退しても、卒業しても、いつまでも側にいてください。……ずっと、ずっと、俺と一緒にいてください」

 大喜くんは本当に、そう思っていたのか。私は何処までも、見下げ果てた先輩だ。

 気づきもしなかった、別の子を好きなんだと思い続けていた。

 居候だから、考えないようにしていた。

 それが大喜くんを傷付けるなんて、思いもしなかった。

 私は、好きになっても良かったんだ。大喜くんを、好きでいても許されるんだ。

 冬の空、煌めき出した星が私たちを包んで。

 粉雪のクリスマスイブに、二人。私たち二人は、ただ。見つめあって、泣き続けた。

 

 何度経験しても、この日が近づくと毎年心が踊って仕方ない。もう大人なのになあ。

 今日は待ちかねたクリスマスイブ、テーブルには定番の料理がスタンバイ。

 でもメインは食後、全力メルヘンなデコレーションケーキが冷蔵庫で出番を待っている。

 私の好きな、クリスマス。私たちの好きな、クリスマス。

 ああ――忘れちゃいけない、プレゼント。今年は取って置きだ。

 まあまだ私のお腹の中で、出てくるのは半年くらい先だけどね。

 来年からは、もう一人追加してのクリスマスだ。きっともっと楽しいだろう。

 さて、と。さっき来た帰るコールのタイミングからすると、そろそろだな。

 さぁ、もうすぐだ。もうすぐ、帰ってくる。

 私の大好きな、私を大好きな、大喜くんが。

 

 

 

#2:アオく吹き行く雪風と共に

ちょっと波瀾アリのクリスマス。

 

 駆け抜ける。雪の街を。

 鈴まで鳴らしている自分がちょっと笑える。

 まさかサンタクロースでもあるまいし、クリスマスイブの夜に何をやっているんだろう。

 それでも、走る。私のために、そして――大喜くんのために。

 

 今年のクリスマスイブは平日ではあるけど、一応冬休みにかかっている。そしてこの時期、部活もお休み。

 そうなると人間、余計な事を考えるものだ。

 渚が何を思ったか妙な気を回し、クリスマスイブに合コンを開くという暴挙に出た。

 どう考えたって、地獄絵図ではないか。わざわざ売れ残りが集まって傷を舐めあうイベントなんか、誰が喜ぶんだ。

 とは言え。日頃付き合いの悪さをやいのやいの言われる私としても、親友の頼みを無下に断るわけにもいかない。

 バスケに集中したいからオトコノコには興味ありません、と言い切れないのも私の悪い所だ。

 まあ、興味が無くはない。バスケの為に居候させて頂いている身として、常にバスケで結果を出し続けなければならないが、私だってお年頃ですからね。……その辺は渚も分かっているから、誘ってきたんだろうけど。

 思案を巡らせながら、ふと思う。大喜くん、連れてってみようか。可愛いし、渚たちにも受けが良さそうだ。

 でも、なあ。合コン一緒に行こうよ、とは言いづらい。それにあれこれ関係を突っ込まれると困るか。

「大喜くん、さ。クリスマスイブってなにかする?」

 とりあえず探りをいれようと尋ねると、思った以上に大喜くんは狼狽えた顔をする。

 ぬう。これはまさか蝶野さん辺りと、おデートかな? おねーさんちょっと気になるなー。

「え、あー……別、に」

「ふー……ん」

 大喜くんは、嘘が下手だ。素直で裏表がなくて、おバカさんだから。何かあるのは確かだけど、まあ追求はしないでおくか。その辺の線引きは必要だろうし。

「私は夕方から、ちょっと出掛けてくるよ。渚に誘われてさ」

 合コンです、とは言わない。言う必要もないだろうし。

 その時ちょっとだけ大喜くんが、寂しそうな顔をした気がしたけれど。私は気づかないフリをした。

 

 何しに行ったかと聞かれたら、タダ飯を食いにいったと答えるだろう。結論を言えば、そんな感じだった。

 まあ、ね。こんな直前になって悪あがきしてるようなのが、ろくなもんじゃないのは明らかだ。義理合コンなんかそんなもんだけどさ。

 しかし何時間も愛想笑いし過ぎて、顔が攣りそうだ。これは貸しにしておこう、覚えてなさい渚め。

 こんなことなら、断って猪股家にいれば良かった。大人たちはそれぞれの用事でイブは留守だけど、クリスマス当日は居る筈だし。大喜くんと二人でクリスマスの準備して過ごすのも手だったか。

 ――はて。何か、忘れている気がする。

 クリスマスイブの夜空を、雪が舞い降り。街を白く染めていく中で、記憶を手繰っていく。

 そう言えば、何かあったような。

 クリスマス関連で、何か。

 上手く思い出せないまま、渚たちと別れて歩き出す。

 そうだ、あれは――。

 

「クリスマス? ああ、そう言えばもうじきだね」

 小さい頃はケーキとプレゼントを楽しみにする可愛い子供だった私だけれど、いつしか興味を失ってしまった。

 とりたてて変わらない、冬の或る一日としか思わなくなって久しい。

 親も忙しいし、まあケーキやチキンはあるしプレゼントも貰うがそこまで楽しみでもない。

 サンタクロースは良い子の所ではなく良い所の子に来る、とか思うようになったり。

 要するに、私はひねくれた育ち方をしたわけだ。

 だから別にどうということの無い、日々の雑談の一つでしかなかった。

 だから、聞き流してしまった。その言葉を。

 

 走る、走る、走る。

 バッグに着けたチャームが音を立て、鈴を鳴らして走るトナカイのようだ。

 無理をしたヒールはただでさえ動きにくいのに、これで雪道を走るなんて。

 まったく、バカか私は。バカだ私は、本当に。

 何で忘れてたのか、そしてなぜ私が忘れていると指摘しないのか。

 やっぱり大喜くんは、バカだ。言えば良いのに、大バカだ。

 確かにあのとき、大喜くんは言ったのだ。

 クリスマスイブに、――。

 ああ、何処だったか。何時だったか。まったく、思い出せやしない。

 メールもLINEも反応がない、こっちから探すしかないのに。

 どうして私はこうなんだ。

 人の気持ちなんか考えもしないで。外面だけ良くて。期待にだけは応えて。

 本当に大事なことは、すべて取り零す。

 そんな所だけ、子供のままだ。そんな所だけ、私のままだ。

 どうせ間に合わなくても、可能な限り急げ。

 どうせ分からないなら、全ての場所を駆け回れ。

 それ以外になにも出来ないなら、せめて足掻け。

 

 心当たりを蝨潰しに駆け回り、そして辿り着いたのは。

 私たちの、きっと最初の思い出の場所。英明学園、体育館。

 灯りも付いていない冷えきった場所に、小さな影がポツンと見える。

 ――まったく。

「バカみたいに突っ走る前に、何か言いなさい」

 こっちが約束を忘れた癖に、まるで怒るような口調になってしまう。でも、大喜くんは愚直すぎるから。

 私が忘れていると分かったなら言えばいいし、来ないとわかっているなら待たなければいい。私が思い出してやって来る、なんて何故思えたんだろうか。

 言わなきゃ、伝わらないから。私は鈍くて、子供なんだから。

 私はきっと、良い先輩じゃない。良い同居人でもない。でも大喜くんは良い後輩で、良い同居人だ。 

 だから、そう。

 泣きそうな顔の大喜くんを、抱き締める。冷たい手を、震える肩を。慈しむように、抱き締める。

 きっと、色々と予定を考えてくれたんだろう。でももう、それを実行する時間はなさそうだから。

 せめて、これだけは――してあげよう。

 冷えきった、その唇に。私の唇を、押し当てる。

 ほんの短いキスは、でも私の想い。大喜くんがどう解釈するかは、分からないけれど。

「ごめんね。さぁ――帰ろうか」

 私たちは揃ってボロボロだ。帰って、そして休もう。

 奇跡が起こるという夜の中、手を繋いで。白く輝く雪の華に見送られ、私たちは歩いていく。

 来年は二人で、ちゃんとしたクリスマスを迎えられますように。

 もうじき生誕の刻限を迎える、神の子へと願いを飛ばす。叶うかどうかは、わからないけど。

 

#3:年の瀬に揺れるアオ

 お出かけしない年越しのお話です。

 

 年が明けるまで、あと少し。

 俺と千夏先輩は、二人きり。猪股家に、二人きり。

 部屋に上がろうとしないまま、なんとなく居間で二人きり。

 隣に座っているけど、ほんの僅かに距離は空いている。その距離が、埋められないまま。

 新年を控えた俺たちは、二人静かに座っている。

 

 きっかけは、冬休みに入ったときだった。

 猪股家の年末年始は、いわゆる「本家」で過ごす予定。だったのだが、今年はそうもいかなかった。

 千夏先輩は、どうしたらいいのか。俺の家族はもちろん親戚だって、狭量ではない。お客さん一人が増えたって、誰も文句なんか言わない。例え誰かが言ったとしても、俺が許さない。でも、千夏先輩にしてみたらどうだろう。

 ただでさえ家族と離れてたった一人、知らない家で暮らしているんだ。その上縁も所縁もない人々の所で窮屈な年末年始を過ごさせるなんて、良いことのわけがない。先輩一人ここに残すったって、そんな寂しい年末年始を過ごさせるのもやっぱり問題だ。

 でも親戚同士の関係もあるから、行かないってわけにもいかないらしい。少なくとも、大人たちは。

 そんなこんなで、三十日の朝から四日の夜まで。この家には、俺たちだけが残ることとなったのだ。

「――冬休みの間、ウィークリーマンションにでも入れば良かったかな」

 話が終わってから先輩は、俺にそう言って力無く微笑んだ。自分が猪股家にとって重荷になっている、と考えているのは俺にも分かる。

 そうじゃないです、先輩だって家族です、と言いたいけど。言いたいけど、俺が上手く言える筈がない。

「そんなの寂しいじゃないですか、真冬に一人なんてキツいですよ」

 そう返すのが精一杯だ。

 俺風情が一緒でも、役になんか立てないけど。それでも、先輩に孤独を感じてほしく無いんだ。

 先輩が、好きだから。

 まあ、それは置いておこう。

 とりあえず、年末年始をどうするかだ。

 そこまで考えてようやく、俺の頭がひとつの問題に辿り着いた。

 年末年始、二人きり。この家に、大人が誰もいない状態で、二人きり。

 それは、それは――とんでもない事態ではないか。

 俺は信じられないことに、それを全く想像していなかった。先輩の事しか、考えていなかった。

 どうしよう、本当に。

 

「まあ千夏ちゃんがいるから、大丈夫だと思うけど……。大喜、あんたバカなんだから無駄に頭使わないで、何かあったら全部千夏ちゃんに任せるのよ?」

 いや俺一応、猪股家の長男なんですけど。なんでそこまで信用無いんだ、俺。

 あとバカは母さんの遺伝だと思うんだけど。

 にしても、本当にこうなってしまったなぁ。別に悪いとは思わないけど。

 大人三人が出掛けるのを千夏先輩と二人で見送って、そして。どうしたものかと思いつつも、俺たちは年越しの準備に入った。

 千夏先輩の家では御節を作らないらしいし、二人でそんなの並べたって仕方無いから御節作りは省略。

 でもその代わり、可能な範囲で大掃除もしておくことにした。 

 ……のだが、まあ大掛かりな事は流石に辛い。程々にしておこう。

 あれこれ用事を片しつつ、気が付けば冬の陽は落ちていた。

「大喜くん、ちょっと留守番良いかな。晩御飯の買い物とか、してくるからさ」

 エコバックを片手に出ていく先輩に、手を振る俺。そして一人になって吐くのは、大きな溜め息。

「どうしよう俺。俺どうしよう」

 うちはみんなあれこれと忙しいから、誰かしらが留守って事は珍しくもない。二人きりも、何度かある。でも、まさか。何日も二人きりになることなんて、あるわけない。

 二人きり。誰も咎める人がいない、長時間の二人きり。

 過ちが起こるには、充分過ぎる。

 いや起こしちゃいけないんだ、そんなもん。俺は千夏先輩を裏切りたくない。

 

 その強い決意で過ごして、大晦日の終わり際。

 俺、くじけそうです。

 なんとか今の時間までクリアしてきたものの、正直キツい。だって先輩、無防備だから。二人だけ、が気まずすぎる。また先輩が普段通りなのも、なんだか堪える。俺が一人で悶々としているだけ、って痛感させられてしまう。

 出来れば先に寝てしまいたい。でも先輩が部屋に上がらない以上、俺が引っ込むわけにもいかない。寂しい思いをさせたくない、というのは本心だから。

 隣に座っていて、手を伸ばせばすぐにでも触れられる。なのに、触れられない。

 結局怖いんだ、俺は。先輩と暮らし出して八ヶ月くらい、仲良くなってきてはいると思っている。でもそれは、錯覚かもしれない。先輩はこの家で恙無く過ごすため、当たり障り無く対応しているだけかもしれない。

 真実を知るのも、怖い。俺はただ、自分が傷付きたくないだけだ。裏切りたくないとか大切な人だとか、そんなのは後付けでしかない。

 情けない、最低の俺。先輩に触れる権利なんて、そもそもの時点であるわけない。

 まあ、露骨に嫌われてないだけマシだと思おう。

「ね。大喜くん、さ。来年って、どうしたい?」

 間が持たなくなったのか、先輩がポツリと呟く。

 来年、か。 

「インターハイ、出たいです。次こそ、負けたくないです」

 まだまだ、俺は未熟だ。遊佐くん相手に、勝ち目が見えない。イメージさえ、出来ない。それでも、俺は。

「約束、しましたから。先輩と」

 そう、あの日。ミサンガと共に貰ったのは、挑戦する勇気だ。

 情けない俺だけど、その約束だけは違えたくない。

 だからこそ、俺は。先輩が、好きだ。いつだってこの人が、先へ進む熱を灯してくれる。

 千夏先輩の恩に、報いたい。心から、そう思えるんだ。

「そっか。私は今度こそ、全国制覇かな」

 そう言った先輩の瞳には、確かな決意が燃えている。きっと、成し遂げるんだろう。千夏先輩は、敗北も絶望も知っている。知った上でそれを捩じ伏せ、静かに進んでいく。

 憧れすら届かない、嫉妬すら追い付かない。余りにも、遠い光だ。

 それでも、追いかけたい。いつか届く、そう信じて。

「――あと、ね。もうちょっと、器用になりたいな。色々拗らせてばっかりで、さ」

 私ゃ生き方が不器用でね、と微笑む先輩。

 先輩で不器用なら俺はどうなるんだ、と思うけど。でも先輩がこんな感じに弱い面を見せるなんて、珍しいかもしれない。

 多少は気を許してくれている、ということだろうか。

「無理する必要も無いと思いますよ。千夏先輩は、千夏先輩なんですから」 

 どう返せば良いか分からず、曖昧な答えしか出てこないけど。

 ああ、バカって辛い。

「まあ、ね。大喜くんも、大喜くんだからねー……」

 う。呆れられた気がする。

 俺は毎度余計なことばっかりして、無駄に突っ走ってるだけだし。

 全く俺ってバカだな、と息を吐いたその時。

 スマホのアラームが二台分、元気に鳴り響いた。

「あ、零時だね」

「ですね」

 新しい年が始まった事に気づいた俺たちは、顔を見合わせて「明けまして」「おめでとうございます」を交換しあう。

「さて、と。年も改まった事だし、ちょっと良いかな」

「へ。なんです?」

 と尋ね終えるより早く先輩は、俺の手を掴んで。

 そして「不器用なままでも良いって言ったのは、大喜くんだからね」、と断ってから。

「好きです」

 たった一言、そう告げた。

「もっと色々さ、器用に立ち回る気だったけど。もういいや、めんどいし。――じゃ、お休み」

 そのまま隣をすり抜けて。千夏先輩の足音が階段をかけ上がっていくのを、俺は只呆然と聞いていた。

 脳がフリーズから立ち直ったのは、その少し後。

「いや。いやいや。いやいやいやいや」

 何が起きたんだ、今しがた。俺は何を言われたんだ。

 あの四文字だけで、俺の心を焼き払ってしまった。なんだあの人、赤い血流れて無いんじゃないか。色々と、おかしい。有り得ないし、メチャクチャだ。

 明けて数分でこの波乱、今年は一体どうなるんだろう。

「……ダメだ、頭が働かない」

 部屋に上がるともっと気まずくなりそうなので、そのまま身体を横たえる。

 どうしよう、マジで。まだ二人きりの時間は続く、何が起きても不思議じゃない。

 考えても仕方がない事ばかり、頭の中を駆け巡る。そもそもあの魔人相手に、俺が上手く立ち回れるわけがない。先輩に振り回されよう、任せてしまおう。

 意識が睡魔に呑まれていく感覚と共に、俺は思考を放棄した。

 ――良いや、もう。後で考えよう。 

 

 

#4:その光はアオく昇り行く

 お出かけ年越しバージョン。

 

 まだ夜明け前の海辺、二人きりの俺たち。

 潮風は肌に冷たくて、握りあった手の温もりがやけに強く感じられる。

 水平線に朝日が昇るまで、まだ少しだけ時間があるけど。

 俺の隣には、太陽のような輝きが静かに微笑んでいる。

 もうじき。もうじき、その時が来る。

 

 年末年始をどうするか、という話になったのは、どんな経緯だっただろうか。

 日頃の雑談の中で、そんな流れになったのだろう。だから特に思い出せない。

 とはいえ、それはきっと偶然でもなかったのだろう。

「いつもだったら家族にくっついて、年始参りとかするんだけどねー……」

 若干着膨れしてモコモコの先輩が、天井を見上げて呟いた。

 先輩の家族は現在海外にいて、だからこそ千夏先輩は俺の家にいてくれている。

 うちは年末年始基本的に家で過ごす流れで、年始のお客を迎える側だから先輩の家とは反対なんだろうな。

「一人であちこち行くと旅費だけで足出ちゃうし、今年は無理かな」

 まあ、それはそうかもしれない。家族と行動する分には、全部親たちに任せられるし。社会的には高校生なんてのは子供で、そう言うことを自力でやるのは難しい。

 でも先輩は、年末年始を猪股家で過ごす事にも消極的なようだ。「家族でもないのに、団欒を邪魔したくない」と常々言っているし。

 ……まあそういう事は、俺以外がいる時は絶対に言わないけど。やっぱり先輩は気を遣う人で、距離は適切に保ちたがるんだ。

 俺としては、そんな事はないと思うんだけど。じゃあ俺と結婚して家族になりましょう、とか言えるほどの度胸があればなー……。無理だけど。

 このままなにもしないでいれば、先輩は若干気を遣いつつ猪股家の居候として年末年始を過ごすことになる。

 先輩が居心地悪い思いをするなんて嫌だけど、でも他に何か手があるだろうか。そもそもここで先輩が冬休み一杯どこか他所で過ごします、とかなったら嫌だし。 

 うちの家族はともかく、俺が辛い。最近は先輩分が俺にとって必須栄養素になりつつあるから、そんなに長く離れてたらおかしくなりかねない。

 一緒にいたい。先輩が、好きだから。

「じゃあ、――こういうのはどうです?」

 ふとした思い付きが口を突いて。

 俺たちの年末年始に、一つのイベントが発生することとなった。

 

 大晦日、普段なら眠い目を擦りながら年越しを待つ時間。俺と千夏先輩は、二人で終夜運転の電車に揺られていた。

 長く家を明けるわけにはいかないけど、何か思い出になる事がしたい。ほんの短い間でも良いから、どちらの家の過ごし方とも違う事をしよう。

 そんなこんなで、俺たちは。初日の出を拝みに、海へと向かう。

 多少は眠いけど、興奮はそれよりずっと強い。

 出来れば人がいないところがいいから、なるべく市街地から距離のある所へ。……ちょっとだけヨコシマな期待もあるけど。

 こんな時間に出歩く事なんか普段は無いし、慣れない道はどうも落ち着かない。でも先輩と一緒だと、なんだか気が楽になるような。そうでもないような。なんだか浮わついた気持ちで、並んで歩く。

 日付はとうに変わって、でもまだ良さげな場所には着かない。日が昇っても見つからなかったらどうしようか、いやその時は道端でも良い。二人で朝日を見られれば。

 そして、それからまたしばらく。

 海を向く、古ぼけたラバーズベンチが目に入った。

 きっと以前は日の出スポットとして賑わった時代もあったんだろうが、ろくに手入れもされていない所を見ると結構長い間放置されているんだろう。まあ、構わないけど。

 二人で腰を下ろすと、僅かに幅が狭いのか身体が密着する。ラバーズベンチってそういうことなんだな、初めて座ったけど。

「あと、何時間くらいかな」

「えー……あと一時間ちょいくらいですかね」

 座ったまま過ごすには大分長い時間だけれど、千夏先輩と一緒にこうやっているなら悪くはない。もちろん千夏先輩がどう思うかは、本人しか分からないけれど。

「忙しい一年だったねー……」

 闇空を仰いで先輩が呟く声に、小さく同意する。

 先輩との同居、インターハイを目指した事、遊佐君に完敗して挫折した事、そして、――そして。俺のまだ20年にも満たない人生の中できっと、一番激しい一年だった。

 このままの関係で先輩と過ごせるのは、あと一年と少し。次の一年は、その先の年月は、どうなるんだろう。

 願うことが許されるのならば、俺は。先輩と、ずっとずっと一緒にいたい。この命が続く限り。

「来年、……じゃなくてもう今年も、きっと良い年になりますよ」

 口にすれば風に拐われてしまいそうで、願いは言葉に出来ないまま。俺は先輩に笑いかける。

「そうだね。……今年も来年も再来年も、良い年になるよ。大喜くんは、大丈夫」

 それは、どういう意味なんだろうか。でも聞くのはなんだか野暮な気もする。

 そのまま、小さな沈黙が流れて。

 先輩の手が、そっと俺に触れた。

 この意味も、聞いたら野暮だろう。冷えた手を握り返しながら、ちょっとだけ期待もするけれど。

 

 やがて空が薔薇色に染まり、水平線を緑の光が走った。

 新年を告げる新しい太陽が、少しずつ頭を覗かせていく。

「大喜くん」

「え、あ……」

 呼び掛けられて先輩の方を向いたその瞬間、目の前が暗くなった。

 そして唇に触れる、柔らかな感触。僅かに感じた吐息。――キスされた、と分かったのは先輩の顔が離れた少し後。

「今年もよろしく、ね」

 微笑む千夏先輩は、眩しくて。朝焼けさえ霞むほどに美しくて。

 俺は返事も出来ないまま、ただ茫然と先輩を見つめるだけだった。

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