アオのハコ短編集(仮)   作:扇町グロシア

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消え行くアオへと捧ぐ唄

 自分の感情に他人から名前をつけられない方が良い、正体不明の感情を歪な箱にしまう必要はない。

 そう蝶野先輩に言われて、もう何年になるだろう。

 あとになって晴人に聞いたけど、蝶野先輩も大喜先輩を好きだった事があったらしい。私と違って気持ちにちゃんと自分から名前を付け告白し、その上でまっすぐに失恋した。今は晴人と結婚して二児の母、蝶野先輩……いや元蝶野先輩はさすがだと思う。

 それに比べて私と来たら、まだ引きずっている。

 口に出すことも伝えることもなく、叶うこともないまま――終わることもない恋心を。

 小さな小さな光になって、誰にも見えない胸の中で仄かに灯るだけの、幽かな幸福を。

 

 鹿野先輩と大喜先輩が付き合っている、と知ったのは一年の夏休み。その時は、ショックだったな。

 大喜先輩は私なんかにも優しくて、面倒見も良くて。だから既に相手がいたっておかしくなかったのに、私は見ないふりをしていた。

 憧れなのか恋なのか分からないままに、ふわふわと漂っていたかったから。

 お兄ちゃんが「猪股なら良いぞ」と言ったときも、正直そんな風に思いはしなかった。

 だって大喜先輩は、遠い人だから。そりゃ努力をしていないとは言わないけど、私はうちの家族みたいにはなれない。体格は小さいままだし勝負感も鈍いみそっかすからしたら、インターハイに出るような人たちはみんな遥かなる雲上人。

 そこまで差があっても、私はやっぱり大喜先輩を好きになっていた。

 だけどそうやって自分の気持ちと向き合ったときには、もうなにもかも終わっていたのだ。

 鹿野先輩と大喜先輩はいつも節度をもって且つ仲が良い、ちゃんとした大人なカップルだった。恋も競技も真剣に、いつだって真摯に戦い続けていた。

 それは鹿野先輩が栄明を去ってからも変わることはなく、大喜先輩は私たち後輩の面倒を見ながらもしっかりと鹿野先輩に恋をしていた。

 そこに入り込める人間なんか、いるわけもない。

 愛されて愛を返して忙しい大喜先輩が、私の小さい恋心なんかに気付くわけがない。

 でも、だから。だからこそ、私には彼が輝いて見えた。

 きっと今の私にも、あの人以上の相手は存在しない。

 

 私はもう、すっかり疲れ果てた。高校時代なんてすっかり過去になり、今は何処にでもいる普通の会社員。

 恋は何度かしたけれど、一度も上手くはいかなかった。

 バドラケを最後に握ったのはいつだったろう、もう覚えてさえいない。

 仕事は毎日怒られて、自分がなんのために生きているのか分からなくなってしまった。

 私は自分で思うよりずっと弱くて、どうしようもなくて、自分に嘘ばかり吐いて生きている。

 もし何処かで真面目になれていたら、少しはマトモになれてたかな。まあ無理だろうな、私なんかじゃ。そもそも高校時代だって、バドに真剣だったとは言い難いんだから。

 それでも今の私には、欠かさない日課がある。ずいぶん前にプリントアウトした写真に向かい、胸の中の想いを再確認することだ。

 オリジナルのデータは何度めかの機種変更時に消えてしまい、残ったのはこれだけ。だいぶ年期も入ったし、その内掠れて消えてしまうだろう。でもいっそ、そうなってしまえば忘れてしまえるのかもしれないな。

 額縁のなかにいる大喜先輩は高校三年生のまま、私とならんで笑っている。卒業していく直前に記念だからと無理に撮って貰った、大事な思い出。

 今も大喜先輩は変わること無く鹿野先輩だけを愛し、一緒に歩んでいるらしい。何年か前にバド社会人リーグで会って話した、とお兄ちゃんがそんなことを言っていた。

 毎年ではないけれど参加してるそうだし会場へ行けば会えるかもしれないけど、きっと今の私を見たら呆れるだろうから行きはしない。

 私自身でさえ私に幻滅するくらいだし、こんなのを見せたくはない。

 今の私は誰かを好きになったりなられたりする程の価値がない、夢を持つことさえない空っぽの人間だ。

 こんな私になってしまって、ごめんなさい。

 いつまでも過去にすがって、ごめんなさい。

 だけど、もう少しだけで良いから。

 あなたを好きなままでいさせてください。

 

 

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