アオのハコ短編集(仮)   作:扇町グロシア

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190話のIF世界線での話ということで。


アオく歪な平穏に

 うちの間取りに初めて不自然さを覚えたのは、小学生くらいの頃からだろうか。

 俺の部屋の隣は全く同じ形の空き部屋で、誰も使わないけど物置扱いされることもない。なんとなくそこには入っちゃいけない気がして、中を見る事さえあまりしなかった。そこから多少知識が付いてくると親に尋ねるのが気恥ずかしくなってしまって、結局どういう部屋なのかは聞けずじまいだ。察するにこの家を建てる時には、今とは違う「家族計画」があったのだろう。それがあれやこれやで頓挫し、子供部屋にする筈の部屋が余ってしまったとかそんなだと思われる。親のそういう話は聞きたくないから、本当の所は知らないけど。

 でもなんだろう、何処かに違和感があるのは。朝起きた時や夜眠りに落ちる瞬間、壁の向こうで気配を感じるような気がしてしまうのだ。もちろんそれはただの気のせいなのだけど、たまに思ってしまう。もしかしたら、俺はなにかを間違えたのではないかと。そのせいで、何かが取り返しのつかない状態になっているのかもしれない。

 まあ、良いんだけどさ。どうせ戻ってやり直せるわけじゃない、考えても仕方がない。

 

「大喜、あんたもう二年生なんだから少しはシャンとしなさい! 春休みは終わったのに、いつまでダラけてんの!」

 布団を剥ぎに来る母さんは、いつもと変わらない。

 良いじゃないか、どうせ予鈴が鳴ってからが本番だ。  

 春なんだから寝てたいじゃないか、うん。

「ったくもう、バスケ止めてからずっとそんなね」

 呆れ声で部屋を出る母さんの背中を見ながら、小さく俺は溜め息を吐く。バスケのせいじゃない、バスケ自体はまだ好きだ。でもポジション争いで誰かが傷付くのは、もう見たくない。スポーツ進学校だけあって常に体育館は戦場、小さい頃のクラブチームとは違いすぎる。好きなだけでも上手いだけでも、生きてはいけないんだ。

 ノロノロと起き上がりながら思うのは、そんな事。言い訳と言えば言い訳だろう、要するに逃げたんだから。

 朝練もしなくなり体育以外では殆ど走りもしないからか、体力は有り余っている。それでもなにかを始める程の熱が出てこない、どうも俺は無気力で困る。

 あと二年の高校生活で、俺は何を得るんだろう。

 

 高等部から入った演劇部は、バスケ部とは比べ物にならないほど緩かった。まあそんなだから、廃部寸前まで追い込まれる弱小なんだけど。みんな兼部だし、多分今の先輩方が受験で引退したら俺が部長になるだろうな。その先は知らない、潰れるなら仕方がないさ。世の中、そんなもんなんだから。

 身の入らない授業は、今日も滞りなく進んでいく。部活も勉強も燃えない俺は、弁当食いに学校へ来てるようなもんだな。

「ん、……なんだよあんま空いてないか」

 気持ちのいい上天気のせいか、いつも昼飯を食うベンチは何処も結構埋まっている。

 学食で弁当広げるわけにもいかないし、でも教室にいるとなんか埃っぽくて嫌だ。

 空いている場所を見つけてどうにか腰を下ろすと、俺に半歩遅れて何処かで見た顔がやって来た。

「あー……ここ、隣良いかな」

 良いよ、とちょっとだけ脇によりながら俺は、声をかけてきた相手が誰なのか頭のなかを掻き回す。

 同じクラスの、えー……笠原だったかな、確かバドミントン部の。()()()()()()()()()、それくらいしか情報がない。混んでるときはよくあるんだ、こういうの。それで付き合いだしたって話も聞くけど、こっちは悲しいかな男同士だ。

 ま、どうでもいいか。ご飯はご飯だ、お腹すいた。

 弁当箱を開けようとした、その時だった。笠原くんは何か迷ったような感じで口を開く。

「猪股くん、さ。蝶野さんの連絡先とか……いやそこまでじゃなくて良いけど、趣味とかよく行く場所とか知らないかな? 確か中等部だと仲良かったりしてた記憶があるんだけど」

「へ?」

 蝶野さん、蝶野さん。それは隣のクラスの蝶野雛、だろうか。栄明が誇るスーパースター、新体操部の絶対的エース。新体操でエースってなんだよ、とは思うけど実際そうだから仕方がない。多分このまま行けばオリンピックとかも十分行ける、栄明の特異点。

 ……言われた通り前は話したりもしたんだけど、最近はさっぱりだな。夏祭りでバッタリあって、リンゴ飴あげたのが最後か。あんな超人が相手じゃ、俺ごときは迂闊に近づけもしない。話題にするのもいかがなものか、ってね。

「ごめん、ちょっと……無いかな。多分向こうは俺の事なんか、別に覚えてもないだろうしさ」

「そっかー……()()()()()()()……」

 不思議そうな顔をする笠原くん、一体何を考えてるんだか。

 そう思って俺は、ふと気付く。……いやまさか、待て待て待て。

 早まるな相手が悪いぞと言おうとしたけれど、どういうわけかそれは先回りされてしまう。

「あーいや、俺じゃないよ。部活の後輩がさ、蝶野さんに一目惚れしたらしくて。先輩としては、勝率上げてやりたいじゃん」

 俺の顔には電工掲示板でも張り付けてあるんだろうか、全部筒抜けになっていたようだ。

 にしても一個違えば、そりゃキラキラに見えるよな。同級生でも輝きで焼かれそうになってたりするし。て言うか何人も挑んでは玉砕し続けている、蝶野さんは栄明のスターにして撃墜王か。

 そもそもうちの世代、全体的にレベル高い女子が多い。蝶野さんと同じ新体操部の島崎さんも人気が高くて、そしてやっぱり続々と敗残兵を産み出すから、男子の間じゃ難攻不落の新体操コンビとして知られている。まあモテっぷりとしては守屋さんが頭ひとつ抜けてるというか、よっぽどの事がない限りは告白して即ヤれるって噂が立つ程恋多き女なんだよね。それで野球部やボクシング部が下心全開にしてマネージャーに勧誘してるけど、うまくは行かないみたい。汗かくの嫌いだし汗臭いのも嫌だ、とアッサリ断られているのを前に見掛けた。

 総括すると蝶野さんは女子からも人気で、守屋さんは男子限定って感じ。……あの二人が一緒にいる所は見たこと無いな、仲悪そう。

 しかし先輩を好きになる、か。なんだか懐かしい話だな、なんて。

 

 バスケを始めたばかりの頃、今振り返れば――好きだったかもしれない人がいた。ミニバスクラブの中でもスゴい頑張り屋で、いつも一生懸命だった一個上の鹿野さん。クラブのエースだった木戸さんと二人揃えば、誰も追い付けないくらいのコンビネーションを見せていた。みそっかすだった俺にも優しくしてくれていたんだけど、からかわれるからあんまり近くにいかないようになって、気が付けば顔もロクに合わせなくなってしまって幾年月。

 あの人は春休みのうちに、親の都合だかで海外へ行ってしまった。母さんが鹿野さんの親と仲が良かったらしくて、凄く残念がってたっけ。俺としてはそこまででも無かった、と言うより寂しがるほど仲良くもなれなかったから引き摺る事もない。

 でももし、あそこでからかわれても一緒にいるくらいの気概があったなら。俺はバスケを辞めてなかったかもしれないし、万が一億が一うまい具合に関係が進んでいたなら――あの人と付き合うとかもあったかもな。

 終わった話だし、今さら気にしても意味はないけど。

「相手が相手だからなぁ……。あんまり背中押したりって、良くないと思うよ。言うのはタダだけど、実際に当たって砕けりゃ痛いんだから」

「……そうだ、な。でも相手がどんなであれ、挑む自由はあると思うんだ。挑戦しなきゃ、絶対勝てないからな」

 そう呟く声は小さくて、でも。どういうわけか、胸の奥にある何かが消えそうになってくる。

 俺は何を嘆いているんだろう、見当もつかない。何かがおかしい、でもその正体が掴めない。痛みの無い致命傷のような、そんな漠然とした不安が上がってくるだけ。

 ああ――なんだろう、俺は何か間違えているんだろうか。

 

 夜も更けた静寂の中。誰もいない空き部屋の前で、なぜか俺は立ち尽くしている。

 気掛かりな夢の残滓が頭の裏にこびりついて離れないまま、開けてはいけないドアノブを見詰めるばかり。

 夢の中の俺は、バスケに興味を持たなかった。代わりにバドミントンをやり、そしてすれ違うだけだった鹿野さんを好きになって、部活に励む姿を見せ続けたらいつか褒めてくれるんじゃないかと思っていた。

 俺に夢を継がせたかった母さんはガッカリしていたし、演劇部はあのまま潰れてしまった。それでも俺は気づきもせず、ひたすら猛進するだけ。

 だけど苔の一念はなんとか実り、夢の中の俺は鹿野さんと付き合いだしてバドでも頭角を表していた。まるでその道こそが、たった一つの()()であるかのように。

 でも俺は、演劇部で過ごす呑気な日々を嫌ってはいない。彼女なんか望むべくも無いし特に評価もされないボンクラ高校生活は、決して責められるようなものではないから。これは普通だ、当たり前の生き方だ。

 そう分かって尚、思ってしまう。もし何処かで、別の選択をしていたら。違う生き方を選んでいたら。

 この胸の疼きは、感じずに済んでいるのだろうか。

「……寝るか」

 いつまでもこうしてたって、それこそ仕方ない。とっとと寝てしまえ、そうすれば明日が来る。

 明日明日、また明日。明日だけ考えていれば、生きては行けるさ。

 それで良い、それが良い。平々凡々な俺は、主役になんかなれやしない。そんなの誰かに任せ、楽に楽に適当に生きよう。

 どうせ俺なんて、その程度だ。

 ――そう。涙が頬を伝うは、窓から射し込む月光のせい。誰もなにも間違ってない、その筈だ。

 なのに、なのに。

 どうしてこんなに苦しいのだろうか。

 僅かに口から溢れた嗚咽は、月明かりと溶け合って床へと吸い込まれていった――。

 

 

 

 

  

 

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