アオのハコ短編集(仮)   作:扇町グロシア

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アオのハコポンコツエピソード詰め合わせパック

1.流れるアオと、行き着くアオと

 

 家族のような距離感で、でも俺たちは家族ではない。なれるものなら、なりたいとは思うけど。

 千夏先輩と俺は、微妙な感じで今日も過ごしている。

 同じ家にいて、部屋も隣同士。カギさえない、そんな気安い間柄。……とも言えないか。正直俺は、測りかねている。お互いの、立ち位置を。

 俺は先輩が好きで、先輩は――どうだろう。

 憎からず思ってくれているとは思いたい、でもやっぱり分からない。

 とは言え、もし。もし、一歩踏み込んだなら。きっと、きっと上手くいくんだ。

 そう思うのに、踏み込めない。

 嫌われるのが怖い、今の関係を壊すのが怖い。だから現状を維持してしまう、生産性の無い堂々巡りと気づいていても。

 良くないな、これは。先輩はずっと猪股家にいてくれるわけじゃない、期限つきなんだ。

 積極的に動かないと、後悔するだけだ。 

 どうにかしないと、な。

 

 無い頭を振り絞っても、すぐに良い手が浮かぶわけじゃない。俺にできることなんて、動くことだけだから。

 数打ちゃ当たるかもしれない、と信じて進むしかない。

 そう思いながら、風呂が空いたと言いに来た先輩と向き合う。

 何度見ても慣れやしない、湯上がりホコホコ卵肌な先輩。目が眩みそうになるのを、どうにか堪えて口を動かす。

「千夏先輩、ちょっと良いですか」

「ん。構わないけど」

 ちょっと意外そうな顔の先輩、そんな表情も綺麗なんだよな。まあ先輩は、いつだって美人だから。

 そうじゃない、そうじゃないんだ。  

 呼び止めておいて言い出せないなんて、先輩を困らせるだけだ。

 なんとか、言わなくては、なんでもいい、言ってしまえ。

 まず一歩、だ。少しでも良いから、進むんだ。

 とりあえず話す切っ掛けにするんだ、フックになればそれでいい。

 部活の話でもなんでも構わない、とにかくなんか言え俺。

「あの先輩、――好きです」

「え"?」

 絶句した先輩と、そして。自分の有り得ない行動に、俺自身も絶句してしまう。

 何百段すっ飛ばした、俺。それは確かに言いたいけど、今じゃない。いくら期限つきだからって、何の前触れもなくそんなことするバカがいるか。いやいるんだよここに、超弩級のバカが。 

「ぬ。ぬー……ふむー……」

 千夏先輩は口元に手を当てたまま、何やら考え込んでいる。すいませんバカな後輩で。

 しかし何をどう言い訳していいか分からないまま、俺は固まるしかない。

 気まずい空気が充満するなか、先輩が口を開いた。

「えっと、うん。大喜くんは私が、好きだと。聞き違いでなければ、そういう事かな」

 現状を分析した先輩が、人差し指をピッと立てる。なんだろう、このイケメン感。この人なにやってもイケメンだな。

 まあ、キムチでも何でもなく聞いた通りなんですが。改めて言われると、俺バカ過ぎるな。

「とりあえず、立ち話もアレだから。こっちおいで」

 ちょいちょいと先輩に手招きされ、俺は促されるまま付いていく。すぐ隣、先輩の部屋へと。

 

 同じ家の中とは言え、記憶にあるこの部屋は単なる物置だった。間取りが同じだと知ったのは、先輩が越してくる前に片付けていた時だ。俺には兄弟いないし、長いこと誰も使ってなかった部屋だから。

 でも先輩が寝起きしているだけあって、何て言うか空気が全然違う気がする。いや体臭とかじゃなくて、雰囲気的に。どこか居心地が悪いけど、でも先輩の許可は得ているわけで。

「もう一度聞いておくけど、言い間違いとかしてないんだよね? 私の事が好き、ってそう言ったわけですね」

「えっと、はい。間違いありません」

 罪状認否させられている気分だけど、でもそれも間違ってはいないか。

 先輩はさっきから腕組みをしたままで、そのせいかお胸の方が……いや考えるまい。そんな状況じゃない。

 部活以外ではぽややんとした先輩も、さすがに表情が厳しい。そりゃま、そうだろうけど。

 一方的に告白されて、しかも相手は家主の子供。どう断っても立場が悪くなる、とか思っている事だろう。ああ、スゴく情けない。どうせ俺なんて――

「んー……まあ私も、好きではあるけどさ。正直今はちょっとね、色々不味いのよ。せめてインターハイ終わってから付き合い出す、って事に出来ない?」

 

 ……あれ? この人いま、何を言った? 私も好き、と言わなかったか。

 

「あの、先輩。聞き違いでしょうけど、先輩も俺が好きみたいに聞こえました」 

「うん、大喜くん好きだよ。ただね、今付き合い出してあれこれするのは、ちょっと無理です」

 いや。いやいや。いやいやいやいや。

 それは、ちょっと待ってください先輩。

「えーとですね。やっぱりインターハイ直前なんで、メンタルに響くことしたくないです。あと身体のバランス崩れるとプレーに影響するから、暫くはしてもキスまでね。引退したら好きなだけ色々させてあげるから、我慢してください」

 先輩の口からは具体的なプランがすらすらと流れてくるのだが、だからちょっと待って先輩。

 おかしい、明らかにおかしい。

 正しい方向へと狂っている。

 どうなってるんだこれは。

「あの先輩、落ち着きましょう。立て板に水どころの話じゃないです、嬉しいですけど少しだけブレーキ踏んでください」

「そう言えば使用済みナプキンを板に貼る、「六尺のオオイタチ」ってネタがあってね大喜くん」

「関係ない話はもっとしないでください、俺こう見えて真剣ですから!」

 なんなんだこの人、全然分からん。

 とりあえず整理しよう。俺はうっかりと先輩に告白してしまった、先輩は時期さえ待ってくれればOKだと言っている。あと引退まではキスが限度、と。そこまでは分かった。

 ……いや、そこまでもへったくれもないな。全部じゃねえか。全部通ってるじゃないか、俺の話。

 つまり、俺たちは。……そういう関係になれる、という事。待っていれば、そのうち。

 焦って何かする必要はなかったんだ、先輩が落ち着くまで待つだけで良かったんだ。

「あと私ね、進路がスゴく不安なんですよ。猪股家にお嫁入りさせて頂けると、人生設計がとても楽になるんですよ。不束者ですが、御一考ください」

 気が早いな、この人は。

 ホントなんなんだろうこの人、俺の頭じゃ追い付かない。

 なんで俺は悩んでたんだろう、馬鹿馬鹿しい。

 どうにかなるんだな、人生って。

 

 それから月日は、矢のように過ぎていって。

 俺たちの関係も、予定通りとは行かないけど進行していった。

 喧嘩もするし抱き合いもする、多分ずっとこんな感じなんだろうな。

 不思議な気もするし、こんなもんでいいんじゃないかという気もする。

 無い頭使うより、こっちの方が良いんだな。まあ、なるようにはなるさ。

 

2.交差するアオい光

 

 相談には乗るほうだ、というか一方的に押し付けられて乗らざるを得なくなるんだが。

 メガネだから、って理由でなんでもかんでも頼ってくるバカ二人を相手にしていると、なんだか虚しくなってきたりもするけど。

 そう、二人で既に大変なんだ。それなのに、もう一人入ってくるとは思わなかった。

「ごめんね、笠原くん。急に呼び出して」

「いや、まあ暇でしたし」

 喫茶店で向かい合うのは、我が栄明高校のエース千夏先輩。大喜を水族館に誘わせたあの時、ドサマギで連絡先は交換していたのだが、何やら話があるとかで待ち合わせ。

 電話やLINEじゃなくて、ってところがどうも気になるけど。何か込み入った話なんだろうか。

 もしくは大喜のバカがなんかやらかしたか、だな。

 俺のバカな友人その一、猪股大喜。千夏先輩は現在、こいつの家に居候している。大喜は千夏先輩にお熱で、結婚したいだのなんだのと常々言っていた。とは言えまさか突然同居することになるとは思っても見なかったんだろう、特に動きがないまま平穏に日々が過ぎている。……筈なんだが。

 千夏先輩がこうして真剣な顔をしているということは、まさか。まさか、そう言うことなんだろうか。あの突撃バカが暴走したんだとすると、何が起きていても不思議じゃない。最悪、襲うとか襲わないとかそういう話になりかねない。

 姿勢を正し、身構える。警戒だけはしておかなければ。

「あの、ね。もしかしたら、なんだけど――」

 千夏先輩は目を伏せて、言いにくそうにしながらも。

 数瞬の後、瞳に決意をこめて。

「大喜くん、私のことが好きなのかもしれないの」

 ……大真面目に、そう言った。

 

 確かに。確かに大喜は、千夏先輩が好きだ。隠す気はあるけどバカだから、何一つ隠せていない。針生先輩にせよ西田先輩にせよ、多分絶対知っている。雛だってそれを知っているから、強く押していけない。大喜が千夏先輩しか見えていない視野狭窄のバカ野郎だからこそ雛は悩んでいて、事ある毎に「あんたメガネなんだから、なんか上手い手考えなさいよ」「伊達や酔狂でメガネなわけじゃないでしょ、しっかりしろダメガネ!」とか俺に無茶を言ってくる。あのバカはメガネを何だと思ってんだ。

 千夏先輩だって、気付いてると思ってた。気付いてるからこそ、翻弄して楽しんでいるんだと思っていた。と言うかあんだけ露骨に好意を向けられて、気付かない事があるんだろうか。もしかしてこの先輩、結構なバカなんだろうか。

「まあ、ほらさ。私みたいにワンパクでたくましい子を好きになる男子とか、いないと思うんだけどさ」

 いえ貴女、栄明どころかこの地域全体で見ても比類無い美人ですけど。

 あとちょっとした芸能人クラスの人気がありますけど。

 下手したら全国区で戦えるレベルですけど。

「でもなんて言うか、ね。大喜くんの反応とか見てるとさ、なんかなー私のこと好きなのかな~とか思っちゃってさ」

 あのバカは同居が始まる前から露骨に反応してたし、貴女の一挙手一投足にまでときめいてましたけど。

 俺は何度も何度もそのノロケだかなんだか分からん、特に興味もない話を延々聞かされてましたけど。

 確信出来た。この人、バカだ。鈍すぎて人生に支障が出るレベルのバカだ。

 また介護が必要なバカが増えたのか、そう思うと頭を抱えたくなってくる。一方千夏先輩は言ってて気分が良くなったのか、真面目顔から蕩けきった笑顔になっている。

 まあ、それはそれで良い。未だにその程度か、とは思うけれど。

 問題はそこじゃない、その先だ。先輩側の、感情だ。

「あ、あー……。先輩としては、どうなんですか。大喜は、その」

 もし千夏先輩が大喜を恋愛対象として見ていないのならば、気付いた事が完全に裏目に出る。下手をすれば猪股家を出ていきかねない。逆に千夏先輩がその気になれば、すぐにでも関係が進展する。俺は雛の面倒を看ることになるだろうが、あれ一人だけならまだ良い。あっちもこっちも介護して回れるか。

「大喜くんはねー……、可愛いんだよ。可愛いし素直だし、頑張ってて可愛いんだよね」

 可愛い、か。まあ好意は有るのか。いやこれ先輩も脈ありと言うか、大喜が好きではあるようだ。そうでもなければ、いくら頼まれたってデートなんかしてやらんだろうしな。何だかんだ言っても似た者同士なわけか。

「でもさ、蝶野さんがさぁ……」

 う。やっぱりそっちへ行くか。

 俺のバカな友人その二、蝶野雛。最近になって大喜が好きだと自覚したものの、その前から好意がダダ漏れだったぶきっちょ過ぎるバカ。恋愛能力が小学生だから、照れ隠しに殴ったり雑にツンデレってみたりと傍から見てる分には面白いんだが。でも大喜と同じくなんでもかんでも俺に丸投げするから、堪ったもんじゃない。

「蝶野さんは大喜くん好きでしょ、だから困っちゃってさ」

 ……そっちはとっくにお見通しなわけだ。なんだその無駄な洞察力。

 いや、でも。バスケの為に家族と離れる程の行動力があるこの人が、ライバルの存在くらいで躊躇うだろうか。

 雛と仲が良いとも聞かないし、喋ったのだって椅子を運んだあの時が初めてだったらしいし。

 気遣いをする人ではあるだろうけど、敵に塩を送るとも思えないが。

「大喜くんは私が好きだけど、蝶野さんともお友達でしょ。ここでこっちからグイグイ行ったら、気まずくなっちゃうかもだし……。それに同じ家にいるのに惚れた腫れたってのも、由紀子さんたちに悪いし……。」

 どうにも歯切れが悪い千夏先輩を見ていたら、何となくわかってきた。この人は気を遣っているわけじゃない、単に日和っているだけだと。ここから先へ進むのが怖いから、理由をつけて足踏みしているだけだ。

 あと「私が好き」と断定してるし、この人こそ大喜のこと好きすぎる。

 さて、どうしようか。とりあえず尻を蹴り上げて進ませないと、話になりそうもない。

 千夏先輩から行かせるには、多少でも焦ってもらうしかないか。と言うかそもそも同居自体が期限付きなんだから、自分でもっと焦って欲しい。この人は呑気すぎる。雛には悪いが、荷担させて貰おう。

「うーん……。遠慮して動かないってのは良くないですよ。大喜のやつ、あれで結構モテますから」

 一応嘘は言っていない。確かに顔は可愛いし女子からは意外と人気がある。ペット的な意味合いで、だけど。

「え"?」

 いつぞやの連絡先が賭けの対象になっていると知ったときみたいな顔をする千夏先輩に、更に追い討ちを見舞ってやる。

「競合先は雛だけじゃないですから、行く気なら早めにしないと不戦敗になりますよ。それに家族公認で近くにいるんだから、そういう関係になっても文句は言われないと思いますよ。むしろ、アドバンテージは活かすべきです」

 まあ俺はどっちでも良いんですけどね、と伝票片手に席を立つ。長々と話しても不毛だ、あとは一人で悩んでもらうべきだろう。

 なんでもかんでもやってあげるって訳にはいかない、相談には乗るが過度のアシストはしない。俺だって聖人君子ではないんだ。

 結果がどうなるかは、分からない。でも可能であれば、誰も傷つかないで欲しい。

 面倒は御免だから、な。

 俺としてもこれ以上バカに振り回されたくないから、助力くらいはするさ。

 さて、どう出るのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな、匡。今まで気付けなくて――」

「おい待てバカ、お前千夏先輩になに吹き込まれた!?」

「いや先輩が、男の子は男の子同士で恋愛するのが良いんじゃないかなーって……」

 

3.アオい揺らめき

 

 参ったなあ、と独り言ちりながらベッドに横たわったまま天井を仰ぐ。だいぶ見慣れては来たけれど、ここは借り物の部屋。春から居候させて貰っている、猪股家の一室。家のように気を抜くのはまだ心苦しいけど、そのうち馴れるんだろう。そのうち。

 ……もしかしたら、ここが私にとって「家」になるかもしれないのだから。

 

 今はインターハイが終わって、ウインターカップの準備に入るまでの空白期間。特に目的を定めない、鍛練の時間。そんな中で私は大喜くんに、告白された。

 真っ赤な顔で、その瞳には涙を浮かべて。好きです、と真っ向から気持ちをぶつけてきたのだ。

 それがほんの小一時間前、ついさっきの事。どう返事をしていいか分からず、明日まで待ってと執行猶予をつけて私は今こうしている。

 明日。夜が明ければ、それが明日だ。当たり前だけど、避けようがない。そして大喜くんは、隣の部屋にいるのだ。逃げ場は無い。それにもし大喜くんがトチ狂ったなら、私はそのままオトナの階段を登らされかねない。それはちょっと、……うーん。出来ればもっと夢のある形にしてほしい。愛がなければ大したこと無い、と渚も言ってたし。

 さて、どうしたものか。

 こんなワンパクでたくましい子相手に、どうしてそんな気持ちになれるんだろう。蓼食う虫、って事か。しかし大喜くんは、蝶野さんと付き合い出した筈だ。それがどうして、私なんかを?

「……ふむ」

 その前提が間違っているとしたら、どうだろう。前に「大喜くんは蝶野さんが好きなんだと思った」と言った時否定したのは、照れ隠しでもなんでもなく額面通りだったとして。蝶野さんがどう思っているかはともかく、大喜くんの気持ちは私に向いているとすれば、辻褄は合うかもしれない。

 それに私としても、それは吝かではない。大喜くんは良い子だし、競技は違えど部活への熱心さも好感が持てる。何より可愛い。色恋とは無縁の人生を送ってきた私だけど、色々思うところはある。ここで承諾して、彼氏彼女の関係になってみるのも面白いかも知れない。そのままズルズルとなし崩しでお嫁に行ってしまうのも、一つの手か。進路を悩まずに済むし。

 冗談はさておいて、だ。私はバスケの為に居候させて貰っている身なんだし、そういう事を考えて良い状態ではない。

 そうなると断るのか、でもそれも……うん。それだと大喜くん絶対泣くし、これからの居候生活が気まずくなる。

 大喜くんの真剣さは、あの瞳だけでも分かる。一体いつから、私を思ってくれていたんだろうか。今日打ち明けるまで、どれだけ苦しんだか。その時間を、その熱意を、無下に否定することは出来ない。

 本当に、どうしよう。

 夜は更けていくのに、頭がちっとも纏まらない。

 

 もう何度目かの参ったなあを吐き出しながら、壁の方へと視線を向けてみる。大喜くんは今頃覚めてか寝てか、思い出してか忘れてか。向こうも向こうで悩んでいるんだろうか。

 私としては、本音を言えば断りたくはない。あの真っ直ぐな気持ちを受け止めたい、いやむしろ歓迎しているくらいだ。立場さえこうでなければ。

 考えてみれば、私もずっと大喜くんを好きだったのかもしれない。自覚していなかっただけで。

 そうでないなら、私はどうして大喜くんを気にかけていたのか。笠原くんに頼まれて水族館に行ったとき、私には謝りたい気持ちがあった。でもその一方で、二人きりの……デートを楽しんでいたじゃないか。うっかり足を滑らせて大喜くんを押し倒した時、胸が高鳴ったんじゃなかったか。今までに無かったその感情を処理しきれなかったから、一旦距離を取ったりもしたけれど。

 そうか、私は大喜くんが好きなのか。あのモヤモヤは、そのせいか。

 なるほど、これは興味深い。

 しかしどうにも色恋なんて良く分からないから、手探りでいくしかない。とりあえず現状では両思いと言うことで、問題になるのは猪股家の面々への対応かな。それさえなんとかなれば、どうにかなるだろう。

 いや、いやいや。いやいやいやいや。それが一番の難題じゃないか。

 結局は振り出しに戻り、話は纏まらない。まったく、本当に……どうしたものか。

 

 悩んでも祈っても、日は昇る。朝の光がカーテン越しに差し込んで、弱った頭を灼いていく。

 さて、と。起きなければいけない時間だ、寝てないけど。まあ教室で寝るから良いか。丁度一限は現国だし、よく眠れそうだ。

「あぁ千夏ちゃん、おはよう」

「あ、おはよう……ございます」

 夕べからあれこれ考え続けているせいか、由紀子さんの笑顔が気まずい。大喜くんが部屋を出た気配もするし、このままだともっと気まずくなるんだけど。まあそれは仕方がない。さて、どうにかしないと。

 とは言え無い頭を絞って一晩考えて、それでもロクな事は思い付かなかったんだ。こんな短時間でそうそう良い手なんかある筈もない。

 食卓に着いて、そして。息を整えて、向かい合う。

 黙ったままでもいられない。とにかくどうにか、しよう。なんでも良いから、状況を変えよう。

「由紀子さん、息子さんを私にください」

 ……口から出ていった言葉に、まず私が驚いた。

 そうじゃない、そうだけどそうじゃない。拗れすぎだ。と言うかせめて大喜くんに向けて何か言え私、告白されて返事する筈だったんだから。

 由紀子さんだって困惑するだけだろう、と思っていたらば。

「うんまあ、こんなので良かったら熨斗付けてあげちゃうわよ。不束な愚息ですけど、どうぞお納めください」

 事も無げに、承諾されてしまった。そんな、まるで御中元みたいに。

 さぁ、どうしたものか。

 箸を取り落としてフリーズしている大喜くんを横目に、また新しい問題を抱えてしまった。

 これは本当に、参ったなあ。

「んー……まあ、良いか」

 とりあえず朝御飯を食べて、学校に行こう。いつも通りに。好きになってもなられても、日々は続いていくから。

 大喜くんは私が好きで、私は大喜くんが好き。それが確かなら、もう結論は出ているわけだし。

「昨日はごめんね、でもありがとう。私も好きだよ」

 そう、これで良かったんだ。長々とバカみたいに悩む必要はなかった。オッカムの剃刀だな、一番シンプルな形で良いんだ。

 さてと、そうなると考えるべきは()()()かな。しかしどうしようか、蝶野さんにもあれこれ言わないと。

 これは忙しくなるな、でもまあ後で良い。教室で一眠りして、それからゆっくり考えよう。

「先行くね大喜くん、じゃ行ってきます由紀子さん」

 まだ固まっている大喜くんをそのままにして、私は猪股家を出る。

 よし、やろうじゃないか。大体のことは、どうにかなるさ。女は度胸だ。

 

4.そしてアオになる

 

 同居が始まって、一年が過ぎた。波乱ばかりで月日は流れ、俺たちは揃って進級を果たしていた。まあ栄明はスポーツ私立高だから、よほど赤点連発でもしない限り留年なんかしないけど。

 予定された期間は残り半分、まだ半分なのかもう半分なのかは難しい所だ。

 俺も先輩も、一年前とは色々と変わった。相変わらず俺たちは俺たちなんだけど、多少は前に進めている……んだろうな。勘違いして距離感をバグらせて線を引かれたり、それが寂しくて変に意地を張ったり。そんなことを繰り返しながら、それでも俺たちはまだ一緒に居続けているから。

 出ていく口実も理由もすぐ用意できるだろうけど、先輩はそうしなかった。こうやって猪股家で過ごしてくれている、それはとても嬉しいことだ。

 

 最近になって、ようやく分かってきた事がある。

「先輩、ジャンプ読むなら自分の部屋持ってって下さいよ」

「や。ここで読む」

 コロンと転がったままジャンプを離さない千夏先輩の姿、一年前なら想像も出来なかった。この人は完璧でストイックで、誰よりも強い人だと思っていた。でもそれは、先輩の一面でしかない。気を抜ききった「おうちモード」の千夏先輩は、ワガママで自堕落で丸っこい。要するに、可愛い。

 ウィンターカップが終わって支えが無くなったのか、それとも気を張るのに疲れてしまったのか。年明けからこっち、猪股家での千夏先輩はすっかり脱力するようになった。母さんなんかは「ホントの家族になったみたい」と可愛い可愛い言っているし、油断しきってノーガードな先輩はあれこれチラチラ見えたりして目の保養もさせていただいております。

 ……しかし家族みたい、か。

 千夏先輩は俺を弟みたいに思ってくれている、それは勿論悪いことじゃない。でも、それでも。俺は弟になりたかったわけじゃないんだ。

 一年前からなにも変わっていない事、それは俺のバカさ加減だ。一年もあったのに、結局先輩に想いを伝えられていない。いつか気付いてくれるんじゃないか、と淡い期待をして待っているだけだ。シンデレラだって、自分で舞踏会に行かなければ王子様には出逢えない。今の俺はうじうじ言いながら窓の外を眺めてるようなもんだ、そこから王子様と目が合ったって、どうやってガラスの靴落とすつもりなんだ。

 千夏先輩が卒業したあとも俺は、こうやって悩み続けるんだろう。連絡はいつだって出来るから、邪魔をしては悪いから、先輩の隣に立てるほどの人間じゃないから。そう言いながら、ずっと。

 心のなかで溜め息を吐くと、どういうタイミングか転がっている先輩と目が合った。

「んー……大喜くん、どうかした?」

「いや、何でもないですよ」

 そうかなぁ、と首を傾げながらジャンプに視線を戻す先輩。何でもなくなんか無い、言いたいことはある。なのに俺は、足踏みするばかりで何も出来やしない。ちっとも成長できていない、子供のままだ。

 気分がどんどん沈んでいく。大好きな人が傍にいるのに、心が凍てついていく。

 ああ、辛いな。こんなにも、好きなのに。

 

 ぺちり、ぺちぺち。そんな音と小さな痛みで、ふと意識が現実へと引き戻された。

 どういうわけか千夏先輩の手が、俺の顔を叩いているようだ。しかもリズミカルに。

「俺は打楽器じゃないです、先輩」

 笑ってそう言っても手が止まないのが、可愛いけど困る。

 そこまで痛くはないけど、顔面はやめて欲しい。

 そろそろ逃げ出そうかな、なんて思ってみたその時。目の前を見たまま、俺の身体は固まってしまう。

 すぐ前にいる先輩は頬を膨らませ、そして瞳に涙を浮かべていたから。

「――やだ。大喜くんがそういう風にしてるの、やだ。そんな顔しないで」

 叩く動きがいつの間にか止まり、先輩の両手は俺の頬を包み込んでいる。優しく暖かい、そんな手付き。

 潤む瞳は俺を見据えていて、吐息がかかる程に距離が近い。

「言いたいことあるなら、言って。私はちゃんと聞くから」

 そして鈴の音みたいなその声は、優しさに充ちている。

 言いたいこと。それは、一つしかない。でもそれを言ってしまえば、もうそこで終わってしまう。俺はそれが何よりも怖いから、ずっと蓋をし続けている。

 なのに、この人と来たら。ワガママで無神経で、こっちの事なんか考えもしない。

 全く、何処までもこの人は。もしかしたらここ暫くのユルさは、全て計算尽くだったりするのか。もしそうなら、完全に俺は策に嵌まってしまった。

 引き摺り出された本心は喉を駆け上がり、舌を蹴り飛ばして外へと飛び出していく。俺にはもう、止められない。

「千夏先輩、……好きです」

 あれだけ悩んで、それでも何も変わらない。あの日体育館で抱いた想いが、そのまま出ていっただけ。ずっとずっと胸の奥に引っ掛かっていた気持ち、それを形にしただけ。

 結局俺には、それしかないから。

 千夏先輩は僅かに狼狽えた顔をして、少しだけ沈黙して。そして――。

「ありがとう、嬉しいよ」

 微笑みながら、俺を抱き締めてくれた。

 

 あと一年。もう一年、まだ一年。それしか無い、そんなにも有る。どっちにしても、同じことなのだけれど。

 俺たちはきっと、お互いをもっと知ることになるんだろう。

 その先がどうなるかなんて、分からない。でも出来れば、一緒にいられる道を見付けたい。と言うか千夏先輩の事だから、どうにかしてしまうんだろう。この人はワガママで無神経で、完璧でストイックでそして――優しい人だから。

 俺も千夏先輩の隣にいられるくらいに頑張らないと、な。

 道は険しいけど、なんとかなるさ。

 

5.アオい探りあい

 

「じゃあ、ここで」

 また後でね、と大喜くんに手を振って。私は一人、駅の東口から表に出る。

 帰る家は同じだけれど、その間は別々だ。ちょっと寂しいけど、でも気分は悪くない。

 これは私たちにとって、必要なルールだから。

 家族でも親戚でもない私たちは、色々とあって春から同居中。

 そしてついこの間、その関係は少しだけ変わった。

 

 切っ掛けは小さな噂話だ。

「ちーさ、花火大会で見掛けた一年生って覚えてる?」

 渚がそんな事を言ってきたのは、インターハイも終わって秋の気配を感じ始めた頃だったと思う。

 それより少し前の花火大会、蝶野さんと大喜くんは二人で来ていたのだ。正直あの時は、ちょっと傷付いた。「友達と行くよ」と言っていたのに、二人きり。蝶野さんは浴衣姿で、とても幸せそうで。大喜くんも、笑顔で。――どう考えても、付き合っているとしか思えなかった。どうして嘘なんか吐くんだろう、私はそんなに信用がないんだろうか。

 まあ、仕方ないよね。何ヵ月か一緒にいるだけで、私は所詮他人だから。

 にしても、何でこの女はそんなことを。

「ん、うん。まあ……」

 同居をバラすわけにはいかないし、どうせ曖昧にしか応えられない。適当に流してしまおう。そう思っていたのだけれど。

「なんかね、あの男子がねー……、ちーの事好きらしいのよ」

「え"?」

 とんでもない爆弾を落としてきくさった、このバカは。

 大喜くんが、私を。私を、好きらしい。いや、それは。それは……。

 いや、いやいや。いやいやいやいや。まさかまさか。

「でも、たー……あの子、彼女連れだったじゃない」

 そうだ、大喜くんは蝶野さんと付き合っている。それは確かな筈だ。例えそうでなくとも、こんなワンパクでたくましい子に挑戦状を持ってくる男子なんかいるものか。

「彼女がいたって、人を好きにはなるでしょうよ。世の中そういう人たちで溢れてるんだよ、恋愛コンシェルジュとして栄明中学高等学校の泥沼スクールラブを見続けてきた私が言うんだから間違いないって」

 コンシェルジュがいて泥沼になる、ってそれは無能も良いところな気がするけど。

 まあ、そうか。プーキヤンも「若者に「一人を愛し決して心変わりせぬ事だ」などと言うのは、月に向かって「そこに留まれ!」と言うのと同じだ」とか言ったそうだし。でもあれ、そう言えば「若い女」だった気もするな。

 いや、でも。もしそうだとするならば、私はどうすれば良いのか。

 ここから私が押していけば蝶野さんは泣くだろう、でも気付かないふりをして生活するには距離が近すぎる。

 そもそも私は、一体どうなりたいんだろうか。

 

 もし渚の与太話が真実だったとしたら。

 大喜くんは彼女持ちにも関わらず、私に懸想している。それは色々と、不味いのではないか。だって私たちは壁一枚隔てただけの距離にいるのだから。

 もし大喜くんがオトコノコ的な、その……そういう()()に取り憑かれたならば。私は彼を、拒みきれるだろうか。腕力だけなら負ける気はしないけど、でもそううまくいくとも思えない。

 私は私で、大喜くんを嫌いではない。いや正直に言えば、……好き、かもしれない。あくまでどちらかと言えば、だけど。多分。

 でも、とは言え。私は居候の身で、家主のご子息相手にそんなことを言うわけにいかない立場だ。それに蝶野さんに顔向けできなくなる、それはそれで辛い。

 ……何でこうも私はダメなんだろう。床に転がりながら、自分の愚かさを嘆いても意味はないのだけれど。

 どこかでハッキリさせなければいけないのに、その勇気が出ない。

 進むのが怖い、でも留まっているのも怖い。行くも戻るも等しく辛い、果てぬ躯の棘道だ。

 さて本当に、どうしようか。

 

「大喜くん、てさ。週末、出掛けたりする予定有るかな。蝶野さんとかと、さ」

「へ? いや別にないですけど」

 キョトンとした可愛い顔の大喜くんは、嘘をついてるようにもとぼけているようにも見えない。

 まあ学校で毎日会う相手だから、休日まではそこまで一緒にいないもんなのかもしれない。

「いやね、渚に映画のペアチケット貰ってさ。良かったら行かないかなって」

 本当は自分で買ってきたんだけど、それは別に良い。

 どうせ色々理由つけて断るだろう、それならそれで良い結果だ。チケットはそれこそ渚にでも売り付けよう、くらいに思っていたのに。

「行きます!」

 スゴい速度で返ってきた元気な御返事に、ちょっとだけ内心は複雑だ。いやさ、大喜くんや。君はそれで良いのかい。彼女持ちのくせに。彼女以外の女子ですよ私は。それとも、やっぱり……?

 一緒に家を出るわけにもいかないので、いつぞやの水族館の時みたいに駅で集合/解散という事にして。とんとん拍子に決まった週末の予定をスマホに放り込んで、お休みなさいを行って部屋に戻った私は、想定外の疲労でベッドに倒れ込んでしまった。

 意味のわからない疲れ方をしてしまった、なんだこれは。

 私は大喜くんの真意を知りたい、それだけだ。それを見極める為、こうやって策を練っているんだから。

 

 適当に決めた映画は甘い甘いラブロマンス、ガサツでガラッパチな私には正直合わない。一方の大喜くんは、どうもこういうのがお好きらしい。画面にすっかり引き込まれ、夢中になっている。可愛いなあ、この子。

 隣にいるのが私じゃなくて蝶野さんだったら、どんな顔をしたんだろうか。観終えた後もパンフレット片手に嬉しそうな大喜くんを見ていると、そう思ってしまう。

「蝶野さんとこういうの、観に行ったりする?」

「いや、アイツは映画とかダメなんですよ。二時間も黙ってられないですもん」

 まあ、そうか。蝶野さんも、私に近いタイプか。

 しかし大喜くん、蝶野さんの話をするときは楽しそうだ。やっぱり好きなんだろう、好きだからこそ、良く知ってるんだ。

 でも私といる大喜くんがつまらなそうな感じかと言えば、それも否だ。まるで私の事を、好きみたいに。 

 どちらも好き、とかそんなふしだらなのは良くないと思うけどな。せめてどっちかにしなさい。

 しかし映画はあまり良手ではなかったかもしれない。もっとアクティブな方が本心を引き出しやすそうだ。

 となると、次はどうしようか。猪股家の大人たちに変な感づかれ方をしたくないし、学校でまさかそんな話は出来ない。こうやって外に連れ出して、油断した所で本音が出てくるのを期待しよう。

 

「ちー、ちょっと聞きたいんだけど。あんたいつぞやの後輩と付き合いだした、ってほんと?」

 深刻そうな顔でそんなことを言う渚に、そんなわけないでしょうとチョップ一閃。

「バカ言ってると私の岩山両斬破が炸裂するよ、まったく」

「いや今のがそうなんじゃないの!?」

 やれやれだ、と詳しく聞いてみると実際単なる勘違いらしい。どうも私と大喜くんが一緒にいるのが女バス連中に目撃されて、尾鰭背鰭に胸鰭までついた結果そんな話になっているのだとか。

 そんなのあるわけない、大喜くんの彼女は蝶野さんだ。私の事を好きかどうかは、まだ分からないけど。あれから何度も出掛けては尻尾を掴もうと頑張っているのに、なかなか上手く行かない。毎回一人の帰り道が、歩きながらの反省会になっているくらいだ。一緒に帰れないのはやっぱり少し寂しいけど、それは仕方ないよね。

 にしても、だ。そんな風に見えたりもするのか。まるでデートみたいに。おかしな話だ。

 でも本当にそうなれたら、それはそれで楽しそうだな。いつかなってみたいものだけど、その為には大喜くんが蝶野さんと別れなきゃいけないからね。そんなのは嫌だ。

 さて、来週は何処へ連れていこうかな。

 

6.アオい蕾は色付く時を待っていて

 

 人を好きになるというのは、キラキラと眩いモノだと思っていた。楽しくて、美しくて、誰もが祝福するモノだと。

 だからそんなのは、遠い世界の出来事。私には縁の無い、遥か彼方の出来事。そう思っていたし、実際そうだったのだ。恋愛が出来るほど余裕のある人生でなし、お母さんから受け継いだ夢を果たすのに精一杯。

 なのに今、私は恋をしようとしている。出来もしないのに、無理な思いにかられている。

 

 大喜くんを可愛いと思うようになったのは、名前さえ知らなかった時分。ただ朝練で挨拶する程度の関係だった、あの頃。バドは専門外だけど、その頑張る姿には好感が持てていた。そして私があの日の涙を思い出すきっかけをくれた、あの時。私はとにかく、「この子と離れたくない」と思った。

 その気持ちの正体はよく分からなかったけれど、それから紆余曲折を経て一緒に過ごすようになり、段々見えてきた。これはきっと、好意なのだと。

 でもそれは劇的なモノではなく、暖かく優しい感情。話に聞く恋心とは、まったく違う気がする。

 そして、もう一つ。私のなかには、それとも違う気持ちが育っている。大喜くんという男の子と一緒にいることで、度々身体が疼くようになって来たのだ。お腹の下の方がじんわりと熱くなり、その熱が全身へと伝播していく感覚。だんだん胸がチクッとしたり、気が付けば下着が汚れていたり。これはたぶん、発情なんだろう。

 好意と発情、どちらも恋ではない。その筈だ。私はそう考えている。好意は緩やかだし、発情は生臭い。どちらも華やかではない。

 そうなると、どうしたものか。

 私は今日も考えるけど、答えは出ないまま。

 

 無理に恋をする必要もない、と言われてしまえばそれまでだ。でも私は、してみたい。遠くない未来、私は今まで自分の芯だったバスケを失うから。プロになれるほどの才覚があればともかく、私のバスケは高校でお仕舞い。その先も遊びでボールを持つ事はあるだろうけど、選手として活動することは無いだろう。

 まだまだ長く続く私の人生に、何か柱が欲しい。しかしバスケ以外何も知らない私に出来ることなんて、そうそう思い付かない。世界はなんとなくフワフワしていて、どうにでもなるモノだと信じてたのに。

 そんな風に将来を少しずつ悩み出した頃、同じバスケ部で彼氏持ちの子が目に入ったのだ。幸せそうで、輝いていて、とてもとても羨ましくなったのを覚えている。ああなりたいな、と思ってしまった。

 そうなると相手が必要なわけだけど、何事もガサツで雑把な私にそんなのがいるわけもない、

 そうやって無い頭を絞った結果出てきたのが、大喜くんだったのだ。

 

 問題は大喜くんの気持ちなのだけれど、それがまた難しい。

 なにしろ相手は男の子、まったく違う生き物だ。どう扱えば良いものやら、見当もつかない。もし大喜くんが私を好きだったら、話は簡単だろうな。向こうから来てくれるだろうし。

 どういう風に構えば良いのか分からないから、適当に弄ってはみたけれど、どうにも上手くいかない。もうちょっと器用だったらどうにか出来るけど、大喜くんが可愛くてそれどころではなくなってしまう。手先が器用になると生きる方が不器用になっていけない、とは言うけど私はどっちも不器用なんだし。

 それどころか手をこまねいている内に大喜くん、どうも同級生の蝶野さんと付き合いだしたような気配がしている。こうなっては他所を探すしか無い気もするけど、そうも行きそうにないから困る。今の私はもう、大喜くん以外の男子では気持ちが動かない。下手をすると、蝶野さんを押し退けてしまいかねない。

 付き合っているのが私の勘違いなら良いんだけど、どうだろうな。

 

 すぐ隣の部屋で健やかに眠ってるであろう大喜くんを思い浮かべながら、私はベッドに踞る。大喜くんの気持ちは知りたいけど、手荒な真似はしたくない。……いやまあ、やれば一発だし絶対に負けないけど。

 もしかしたらこのモヤモヤも、恋のうちなんだろうか。いつか振り返った時、輝いて見えたりするのかな。

 考えてみれば別に急ぐこともない、同居が終わったって人生は続くんだから。

 まずは明日、名前だけで呼んでみようかな。親しい感じがして、なんだか良い感じだ。大喜くんが嫌がらないといいけど、ね。

 こうやって少しずつやっていけば、いつか恋も出来る日が来る。思えばあのお母さんにも出来たことなんだから、多分きっと大丈夫。

 今日はもう終わるし、明日に期待しよう。きっと明日は、何かが起こる。そう信じて一日一日過ごしていこう。

 お休みなさい、を口のなかだけで呟いて。私は考えるのを止めて眠りにつく。いつか恋をする、その日を夢見る為に。

 

7.アオい絡星の流れる日

 

 余計なことを言ったもんだ、とは思う。

 勢い任せで結局焚き付けてしまったんだから、笑うにも笑えない。

 でもまあ、こうして大喜と一緒にいられるのは悪い気してない。

 ……隣に千夏先輩がいなければ、もっと良いんだけどさ。

 こうじゃない筈だ、こういう感じにはならない筈なんだ。

 どう考えても、この状況はおかしい。

 おかしいけど、……どうしたもんだろう。

 

 千夏先輩はズルい、と思ってしまった。

 私より大喜に好かれて、私より大喜に近くて、思わせ振りな事ばかりして。

 だからそう、言ってしまったのだ。

 千夏先輩を、土俵に引きずりあげる為に。このままでは勝負にもなれず、私が一方的に負けるだけだ。せめてスタートラインに立って、同じルールで戦わないと。

「いい加減にしてください! 千夏先輩だって大喜を――好きなんですよね!?」

 私は大喜が好きで、でも大喜は千夏先輩しか見ていない。この人はそれを知った上で私たちを弄んでいるんじゃないか、とさえ思えてくる。そしてその根底にあるのは、大喜への感情なんだろう。そうでなければ、納得のしようがない。

 でも、もし。もしも大喜をなんとも思ってなくて、単に後輩をからかって遊んでいるだけなら。そんなビッチ相手に、加減も遠慮もいるものか。全力で叩き潰してやる。

 そう覚悟を決めた、それなのに。

 千夏先輩は小首を傾げたまま、フリーズしてしまった。

 沈黙だけが流れること数分。先に声を上げたのは私の方。

「えー……あの、千夏先輩?」

「……うー…………そっか」

 聞こえたのかどうなのか分からないけれど、千夏先輩は処理落ちしたブラウザのようにカクカクとぎこちなく頷いてる。

「そっかー……。大喜くんと蝶野さんが仲良いとモヤモヤするし、近くにいないと落ち着かないけど……。そっか、大喜くんが好きだからかー……」

 自問自答する千夏先輩の口からは、不穏当なセンテンスしか飛び出してこない。 

 これは、まさか。まさかこの人、壮絶なレベルのバカなんだろうか。

「うん、確かにそうだね。大喜くん可愛いし、あと可愛くて可愛いもん。好きになっちゃうよね、うん。私大喜くん好きなんだ、知らなかった!」

 目をキラキラさせる千夏先輩の前で、私は膝から崩れそう。なんだこれ、小学生か。いやむしろ幼稚園児か。

 自覚がなかった、はまだ分かる。私だってそうだったし。

 ただ、これは一体なんなんだ。迷いもしないで受け入れておおはしゃぎ、いっそ可愛いくらいだ。

 理解も納得もしたくないけど、これだけは分かる。私は恐ろしく余計なことをした、押してはいけないボタンを押してしまった。

 あまりの事にフリーズしかける私の前で、千夏先輩は更に予想外の行動を取り始める。

 スマホを取りだし、慣れた手付きでタップしてそして。

「あ、大喜くん。私って、大喜くんが好きなんだよ! 蝶野さんが教えてくれたの!」

 ……………………とんでもない事を、やらかした。

 いや、いやいや。いやいやいやいや。なんだそれ。なんだその乳幼児みたいな言い分は。 

 私が大喜に告白するまで、どれだけ悩んだと思っているんだこの人は。

 罪のない顔でヘラヘラ笑っている千夏先輩の前で、私は今度こそ崩れ落ちてしまった。

 

 大喜の部屋で、顔を突き合わせている私たち。

 混乱しすぎて真っ青の大喜、同じく項垂れる私。そして一人で幸せそうな千夏先輩。

 色んな意味で、なんだこれ。

 私は大喜が好きで、大喜は先輩が好き。そして先輩は、大喜が――好き。まあ普通なら、修羅場案件になる話だろう。それも下手したら先輩が私の腹かっさばいて、「中に誰もいませんよ」とかなるタイプの。先輩が17歳児じゃなかったら、本当にヤバそうだ。

 ただ、曖昧にして良い展開でもない。「特別な誰か」には、一人しかなれないのだから。

「で、さ。大喜。……どうするのよ」

 ここでパスすると言うのも我ながら酷い話だとは思うけど、私だけじゃどうにも出来ない。

 このバカにも知恵を出して貰わないと。て言うかそもそもコイツが煮え切らないのが悪いんだから。

「……いや……俺は最初から先輩が好きなんだけど……。でもさぁ……」

 まあそうやって伏し目がちにもなるわな、片想い相手が大きい赤ちゃんみたいなもんだって知ったわけだから。

 そしてその本人は、大喜の背中にもたれ掛かって甘えている。猫だったら爆音で喉を鳴らしているところだろうな、多分。

 分かっているのか、いないのか。この人は本当に、読めやしない。

「私は、大喜が好き。千夏先輩がどう思っていようと、大喜の気持ちがどうであろうと」

 それだけは、絶対に曲がらない。曲げられない。

 でもその先が、口に出来ない。大喜を諦めてくれと先輩に言うことも、私だけを好きになって欲しいと大喜に言うことも、出来ない。子供みたいに無邪気でいる先輩が、いっそ羨ましい。

 最初はそれこそ、形にさえならなかった。でも友達として一緒に過ごしている中で、少しずつ私は知ってしまったのだ。誰かを好きになる、ということを。

 もう気付かないふりは出来ない。私はもう、後戻りなんか出来ない。

「――うん、それで良いと思うよ」

 大喜の背中から離れた千夏先輩は、私の前に座り直しそして。さっきまでの子供顔が演技だったかのように、静かにそう呟いた。

「私も大喜くんが好きだし、変わる気は無いよ。だけど喧嘩する気も無いんだよ、蝶野さんだって私の友達だからね」

 まるで子供のような、都合の良い話が紡がれていく。

 それは、理想ではある。好き好んで千夏先輩と対立なんかしたくない、でも。でも……。

「大喜くんも私を好きらしいだけど、だからって蝶野さんを嫌いになったりはしないでしょ? だからずっと三人、()()()でいようよ。それとも私に勝たないと、蝶野さんは大喜くんを好きでいられないの?」

 う、と言葉に詰まってしまう。

 確かに私のスキと先輩のスキ、そして大喜のスキは別物だ。心はそれぞれ本人だけのモノだから。 

 そう考えれば、先輩の言い分にも筋は通って見えなくはない。

 私たちはまだまだ、20年も生きてない子供。付き合うも付き合わないも、なにもかも手探りで少しずつ知っていけば良い。別にこれからすぐ結婚しようとかそんなんじゃないんだから、誰か一人に決めないといけないなんて誰も言いやしない。そんなのは大人になってから、ゆっくり考えれば良い。

 ああ、本当に子供の理屈だな。こんなのがまかり通るわけがない。

 でも無理を通して道理を蹴っ飛ばすのは、子供の特権だろう。

 私より一応歳上な筈の千夏先輩がこう言うんだ、乗ってみるのも手ではないか。

 ――万事が万事間違っている、と言われればそれまでだけどさ。

 

 そして私たちは結局、子供のワガママを突き通す事になった。

 私と先輩は大喜が好きで、お互いの事も好き。大喜は私たちが好き。そんな私たちの「仲良し」は、終わること無く続いている。今では新しい家族も増えて、毎日が幸せで仕方がない。

 ……ちょっとだけ大喜の負担が大きいからか、ちょいちょい窶れた顔をさせてしまうけど。まあ千夏先輩が主に搾り取るからなんだけどね、私そこまで激しくないもん。……うん、私ノーマルだもん。

 でもたまに、考えることがある。もしあそこで千夏先輩と戦う道を選んでいたなら、こんな穏やかな生活は送れていないんだろう。大喜を独占する事は出来ても、ギスギスしまくってたかもしれない。

 千夏先輩がポンコツで良かったな、なんて思っちゃいけないんだろうけどね。

 まあ、良いか。私はとても、幸せだから。

 

 

 




界隈が大変だからこそのこんなバカ話ですよ。
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