アオのハコ短編集(仮)   作:扇町グロシア

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アオき夢舞う晩秋に

 ああ、そうか。俺はこの人が好きなのだな、そう合点が言ったのは、高二になってすぐだった。

 中学は違えど一年間ずっと同じクラスにいて、それでも意識したことは無かった。男子はもちろん女子とも距離を取って、いつも飄々と冷めた顔で過ごしていた夢佳を、なぜ好きになったんだろう。何度考えてもそれは分からない、分からないけど好きになっていた。

 まあだからって、すぐに想いが伝わるわけもなく。と言うか伝え方もまた分からなくて、どうすりゃ良いのかと唸る羽目になっていたな。

 散々悩んでゴールデンウィーク明けに告白したら、いきなり何言ってんだと殴られた。まあ新学期始まってすぐにも、学生証に貼る写真見ながら不満そうな顔してるから『凛々しく写ってるね』って言ったら殴られたけどさ。

 でもあれは考えてみると、いろんな意味で良いパンチだったんだろう。何かあっても不愉快そうな顔で立ち去るだけの夢佳から、大きなリアクションを引き出す切っ掛けになったのだから。……多分。

 

 

 もうじき梅雨も終わろうと言う六月末、俺は今日も挑んでいく。

「好きです」

「うるせぇバカ」

 何十回めかの告白を大上段で叩き落とし、夢佳は自分の席へと着いてしまった。クラスメイトは既に慣れてしまったか無反応、いつも通り。

 これで何敗だろう、実は正確には数えてない。多い時には一日で五敗した、でもめげる気はない。

 好きだから、好きだもの。

 それに軽くあしらいはすれど、夢佳は俺が傍にいる事自体は拒否しない。荷物持ちしろとか人手が足りないから来いだとか、そんな風にあれこれ俺を連れ回したりはするのだ。付き合ったりはしてないし告白も受けてくれないけど、別に嫌われてはいないようだ。

 ここからどうにかして、俺の想いを受け止めて貰えるようになりたい。しかしどうしたものか、うーん。

 考えても名案は出ないまま、本日も放課後を迎えた。

 ――と。

「あ……降ってきたか」

 この時期には珍しく朝からずっと晴れていたものの、昼を過ぎて雲が広がり今になって雨粒が落ちてきた。タイミングが悪いことで、まったく。

 念のため鞄に入れておいた折り畳み傘を引っ張り出し、いつものように向かう昇降口。その先を見て俺は、ふと足を止めた。

 湿気った空気が絡むのか不快げに髪を弄りながら空を見ている夢佳が、そこに立っていたのだ。

 もしかして傘を忘れたんだろうか。うちの学校にも置き傘はある、というかあるんだけど大抵雨の日はカラッポになってて殆ど意味を為してない。どんなに増やしても持っていかれて返ってこない、というね。まあそれはそれとして、だ。

 今傘を差し出して一緒に帰ろうと言ったら、承知してくれるかもしれない。

 ここで勇気を出さずにどうするか、という話。

 

 そして、……そして今。

「……もっと寄れ。お前の傘だろ」

「あ、……うん」

 俺たちは一つの傘で、寄り添いながら帰路に着いている。最悪俺の傘の所有権が移動する事になるかもとは思ったけど、割合すんなりと夢佳は一緒の帰宅に応じてくれた。夢佳の家はちょっと離れてはいるんだけど、多少歩く距離が伸びるくらいは問題ない。夢佳を家まで送って、そこから一人でいつも通り帰れば良い。

 夢佳の肩が濡れないように傘を少し傾けると、それを察したように僅かに内側へと身体が揺れる。……女子と二人で帰るなんて初めてだしマナーを弁えるべきなのは分かるけど、でもやっぱり色々気になってしまう。匂いとか感触とか、そんなのが。

 落ち着け俺、平生を装え。

 そんな内心の四苦八苦が伝わった――訳ではないだろうけど、夢佳はふと口を開いた

「お前、さ。なんで……バカな事言うんだ、黙ってりゃバカもバレないのに」

 それは、……それは。毎日し続けている、俺の告白を言っているんだろうか。そりゃまあ、傍から見たらバカだろうけど受け手自身に言ってほしくはないなぁ。こっちは真面目にやってんだから。

 もし夢佳が嫌だと言うなら、俺はすぐにでも止める。だけど殴ったりなじったりはしても、夢佳は否定だけはしていない。そこで行間紙背を読んで引き下がるのが世間一般だとは思うが、でも俺はそう出来ない。夢佳が明確にフッてくれない限り、俺は負けないし倒れない。

 バカは強いんだ、バカだから。

「私はさ、半端なんだよ。なにも出来ないし、なにもしようとしてない。こんなのを……好きになったって仕方ないだろ、もっと別の良いやつがいるよ」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」

 傘の中で思わず荒げた声は思った以上の大きさで、でも止まらない。夢佳の何処をどう好きになったか、それは俺だって分からない。確かなのは、この気持ちだけ。好きと言う、想いだけ。誰であろうと他人では埋まらない、夢佳一人に向けた想いだけ。

 俺たちはそう長い付き合いでもないし、お互い友達とさえ言えるかどうか。

 だけどそれでも、好きなのは確かなんだ。

「好きです」

 思わず言った今日二度目の告白に、夢佳の脚が少しだけ鈍る。一瞬だけ歩みが遅くなった、次の瞬間。

 夢佳はいつものように殴りはせず、いつものように悪態も吐かず、今までとは違う表情で小さく呟いた。

「次はもっと雰囲気ある時に言えよ、本当にさ」

 ――じゃあまた明日な、そんな短い言葉を紡ぎ終えるより早く夢佳は駆け出す。水溜まりを蹴散らし風を切り裂き、まるでアスリートのような速度で。

 呆気に取られている間にその背中は見えなくなり、後に残ったのはバカな俺一人。

 そうか、そうなのか。俺はやめなくて良いんだな、これを。諦めなくて良いんだな、この気持ちを。

 湿度の高い雨の帰り道で俺は、そんな事を反芻する。まるで夢が叶ったかのように。

 

 

 あれから数日後。夢佳は『これ以上続けられるとさすがに鬱陶しい』と毒づきながらも、俺の告白にイエスをくれた。そこから晴れて交際が始まった……訳なのだけれど。じゃあ何するか、となると揃って悩んでしまったな。

 俺は彼女なんていたことないし、夢佳も彼氏とかいたことないらしいし。女子にモテた時期はあったそうだけど、『めんどくさいし王子さまなんて柄じゃない、あとたまにガチ過ぎるのがいて怖かった』とのこと。

 まあ普段通りにしていよう、と日和ったまま迎えた夏休み。デートと言えるデートをしたのは、あれが初めてだった。

 暇だから遊びに連れていけなんて言ってきた夢佳は、いつもとは違う何と言うか女子女子した姿だったからスゴい驚いたのを覚えてる。まあ素直にそれを口にして『てめえ私を何だと思ってんだメガネ割るぞ』と殴られたのも強烈だった、聞けばお母さんにも『なんであんた女装してんの』と笑われたとか。

「どいつもこいつも人をゴリラみたいにさー……たまに着てみたって良いだろ、ひらひらしたやつ」

 日頃制服以外でみたことがないスカートの夢佳は少しぎこちないけれど、でもこれはこれで可愛いのではないか。

「タッパあるから似合ってるかは微妙だけど、雰囲気変わってスゴく良いね」

「そーかそーか、歯を食い縛らないで力を抜けーその(ツラ)変形させてイケメンにしてやるー」

 再び拳を握る夢佳、一歩下がって受けの構えを取る俺。いつも通りといえばいつも通り、だな。

 ……そう、いつも通りだと思っていた。最初のうちは。

 しかしその表情は少しずつ曇り、口数は減り。遂に夢佳は座り込み、苦悶の表情を浮かべた。

「……悪ぃ、靴下ろし立てだから……。足、もう無理だ……」

 呻くような声にようやく俺は気が付いた、いつもより夢佳の背が高かった事に。夢佳の足元は普段のスニーカーではなく、ヒールありのパンプスだったのだ。靴下の踵には血が滲み、酷い靴擦れなのはみてとれた。

 どうして気付かなかった、いつもと違う服装なんだから靴だって違うのだと。

「普段こんなの履かないからさ、気合い入れすぎた……格好悪いなあ……」

 ああ、そうか。夢佳も夢佳で、デートだと思ってくれていたんだ。

 俺は一人で空回りしていたんじゃないんだ。

 でも、だからこそ言おう。

「ありがとう、でも無理しないで。どうせ夢佳は、夢佳なんだから」 

 俺は夢佳を好きになった、多分それに理由はない。夢佳が自分で言うように半端者であろうと、からっぽであろうと。この先太ったり痩せたり滑ったり転んだり、勝ったり負けたりする度に俺は夢佳をもっともっと、好きになる。

 夢佳の隣にいる間、俺はずっとずっとそう思い続ける。

 そんな想いを込めたのだけれども、しかし。

「……てめえ、言うに事欠いてそれか」

 痛みを上回るくらいのムスっと声で、夢佳は俺をにらんでいる。

 あれ、おかしいぞ。伝わってないのかな、俺の想いは。いやでもどうなんだろう、顔は赤いから多少は届いたのかも。

「足治ったら真っ先に蹴り飛ばしてやるからな、不躾メガネ。……そういうとこだぞ、お前は」

 よろよろと立ち上がる夢佳に肩を貸しながら、俺は苦笑い。うーん、これはどっちなんだろうか。

 まあ、良いか。これからまた、わかりあっていこう。時間は腐るほどある、なんとかなるさ。

 

 

 しかしまあ、なんとかなった――とは言えるかな。あれから蹴られたり殴られたりしながら、季節は変わっていった。

 秋も終わりを迎えんとする今、陽も落ちた街を歩いていく。夢佳がかつての友人と再会を果たし、……そして嫌み言いまくるのを小突いて撤退させたのだ。尚俺はここまで来る途中で七発殴られた、多い多い。

「あのナツが、ねえ……。私とは違う、と思ってたのにな」

 八発目を俺の鳩尾に入れながら、夢佳は何処か冷めた声音で呟く。何があったんだ、と聞くのは野暮だろう。

 俺は夢佳のすべてを知っている訳じゃないし、知らないままの事の方が多いに決まっている。本人が話さないなら、尋ねるべきじゃない。

 にしても、せっかくこうして出掛けてきたのに夕暮れになってトラブるとは。最近夢佳はバイトで休日を潰す事も多いから、デートの機会は減ってるのに。

 どうせなら、夢佳の気分が良いまま終わりたいのにな。俺はともかくとして。

「アイツはさ、練習の虫だったんだよ。昔同じバスケ部にいて、練習の事しか考えてないようなバスケバカでさ。……彼氏なんか、作るようなヤツじゃなかったんだけど。……やっぱ変わっちゃったのかな……」

 夢佳の言葉は寂しげで、そして自分自身へと向けられている。俺に話しかけている訳じゃない、今の俺はカカシみたいなもんだ。あれこれ吐き出して、それで楽になってくれたら良い。

 俺としては、彼氏を作るのを悪いことみたいには言ってほしくないけどさ。そりゃ逃避と人は言うかもしれないが、人を好きになるのは素晴らしいじゃないか。

 でも俺はあんまり口が上手くないから、また怒らせかねない。ここは黙っておくか、うん。

 もうじき雪が舞い始め、じきに今年も終わってしまう。夢佳と過ごせる時間は、確実に減っていく。お互い進路がどうなるか、なんて話したことはない。卒業してからも一緒にいたいけど、そうすんなり行くかどうか。 

 しかしまあそれも含めて、楽しもう。俺たちは俺たちだから。

 

 

 

 

 

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