アオのハコ短編集(仮)   作:扇町グロシア

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風は冷たく、しかしてアオき春遠からず

 別に結果を出す必要なんか無かったんだろうな、と今は思う。大喜を好きだという気持ちと向かい合った時、もう大喜の気持ちは千夏先輩にしか行ってなかった。それでも私をみてほしいからと告白し、そしていつか好きになってくれるまでは待ってみよう、とかそんな浅はかな気持ちでいた。そんな日は来ないと分かっていても、他に道はなかったし。

 それが終わったのは、一昨年の秋合宿。大喜は明確に、私の気持ちへと最後通帳を突きつけてくれた。

 泣いて叫んで、それでも泣いて。苦しさを噛み殺して、どうにか友達に戻って約一年。

 私は自分の中に、変わらない想いを見つけてしまった。

 それをどうしたものか、また悩んでるというのに――。

「蝶野先輩が感じてる感情は精神疾患の一種です。鎮め方は俺が知ってます、俺に任せてください」

 なんで懐かしのコピペみたいな事を言われなきゃならんのだろう、それも不躾な後輩から。

 

 体育館の大掃除を終えて、掃除道具を片して。さて帰るか、となった所で声をかけてきたのが後輩くんこと晴人だった。さっきお土産の話とそして、……応援は出来ないと伝えた相手。私はやっぱり大喜が好きだから、一番は大喜だ。私を好きになんかならない、千夏先輩しか見ていない大喜。でも私にとって、一番大切な人。

 晴人も大喜が彼女持ちなのは知ってるから、不幸になるとか言ってくれたっけ。それで良い、退くも進むも地獄で構うものか。蝶野の血族は負け戦でも逃げないのだ。絶える事を知らない戦闘民族の血は伊達でも酔狂でもない。

 まあそんなこんなで話は終わったのに、なんでまた絡んでくるんだコイツ。

「なんでそんな古いネタ知ってんのよ」

「これを知ってる時点で蝶野先輩も相当っスよ」 

 う。それはまあ、そうだけどさ。人の恋心を疾患とか言うな泣くぞ。

 放って来た冷茶の缶をキャッチしつつ睨んでやっても、晴人は堪えたような素振りも見せやしない。生意気な後輩だよ本当に。

「蝶野先輩は何がしたいんスかね、別に大喜先輩たち別れさせようって気は無いですよね?」

「あるか、んなもん」

 手を尽くせば不可能ではないだろうけど、する気は無い。だって、意味がないから。私は千夏先輩に勝ちたいんじゃなく、大喜を好きでいたいだけ。と言うかそんな気まずい事態になって欲しくない、それに――

「先輩と別れて寂しいから付き合って、とかなったら私多分大喜殴るよ。何処まで私を馬鹿にするんだ、ってさ」

 そう、そうだ。私は千夏先輩の代わりになりたいんじゃない、そこまで舐められる謂れもない。

 私には大喜が必要で、だからそばにいてほしい。いてくれればそれで良い、それだけだ。 

 それだけなんだけど、なんだけど。

 だからって目の前でイチャつかれると、それはそれでなんか嫌だなって話。

「んー……私にもさ、色々あんのよ。そういう時にさ、バカな事話させてくれる――()()がいてほしいなって」

 思えばずっと、私は独りだった。皆が元国体選手蝶野公彦の娘として、そして名門蝶野一族の跡取りとして扱うから。チヤホヤされるのは嫌いじゃない、誇らしい気持ちも無くはない。でも、……でも。私はこのままじゃ、破裂する。

 菖蒲に男の子紹介してとか言ったのも、まあそういう事。誰かに支えてほしい、気持ちが落ちたとき寄り掛からせてほしい。そんな相手を大喜以外にも持てたら、という淡い期待があったわけだ。

 でも結局、大喜じゃないとダメみたい。私にとっては、特別な人なのだから。

 

 堂々巡りのままただなんとなく続く会話は、ふとやって来た冷気に遮られ動きを止めた。

 春は近づいても風はまだ冷たく、掃除で動き回り上がっていた体温を少しずつ宥めていく。吹き上がりつつあった気持ちもまた、同様に。

 長々と私は何を話しているんだろうな、この後輩相手に。一個上らしい所も見せず、ダラダラとさ。

 全く――見下げ果てた先輩だよ。

 晴人もそう思ってるんだろう、さっきから相づちも上の空だ。

「んー……そっか、やっぱなかなか伝わんないっスよね……」

 うんまあ、そうよそうよ。伝わられても困るから良いけどね、とこっちも生返事をしつつ引き上げようとした――その時。

 不意に晴人は顔を上げ、複雑そうな表情で口を開いた。

「もう面倒なんで言いますけど、俺――蝶野先輩の事好きなんで。だから俺じゃダメですかね、その役割」

「……あ"!?」

 予想外も予想外な角度から飛んできた爆弾に、うっかり意識が飛びかけながら。それでも呻くように絞り出した声は形にならず、口のまえで雲散霧消する。

 いや、いやいや。いやいやいやいや、待て待て待て。なんだそれは、唐突に。

 いくらなんでもそんな、あり得るかそんなの。

「あー……俺大喜先輩に勝ちますし、他の事でも蝶野先輩と並べるくらい頑張るんで。返事はまた今度ください、……じゃぁそういうことで」

 こっちが狼狽している間に晴人はそそくさと立ち去って、そして。あとに残った私は、ただ独り頭を抱えた。色々と精神的にブン回され、なのに思考は逆に澄み通っていくから不思議。

 ああ、そうか。――大喜はあの時、こんな気分だったのか。嫌いではないし良いやつだとは思うけど、だからって突然告られても困ってしまう。他に好きな相手がいるってのに、こんな一方的に言い放って逃げ出すなんて。そりゃ大喜があんな顔する訳だ、私だってどうして良いか分からんもん。

 人の振り見て我が振り直せ、ってこういう時の事なんだな。昔の人は良いこと言うわ。

 さて、どうするかな。私の体験になぞえたら、気を持たせるよりしっかり振るべきなんだろう。でも私は振られる辛さを知っている、あれを他人に味わせるのは胸が痛む。しかし……でも晴人を恋愛対象として見たことないし、これからも思えそうにない。そしてもし何とか思えたとしても、じゃあ大喜と比較してあれが勝てるのかって話。

 いやこれ、詰んでないか私。どうやったって良くない結果になるぞ、着地点が無い。なんだこのマルチバッドエンド。

 うーん……本気でどうしようか。

「まあ……これからゆっくり悩めば良いか」

 時間はまだまだ、たっぷりある。三年生の一年間を使って、ちゃんと考えよう。そうしたらきっと、なんか考えつくさ。

 私のためにも、晴人のためにも。納得の行く答えが、多分何処かにある筈だから。

 あるといいなぁ、本当にあってほしいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

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