アオのハコ短編集(仮)   作:扇町グロシア

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悩む日々は、それでも楽しい。
そこから抜け出すのは怖いけれど、でもそのままではいられない。
臆せず進め、その先へ。
大丈夫、世界はそこまで辛くない。


燃える想いはアオく輝く

 愛してます、とはさすがに言えない。恥ずかしいというより、実感がないから。

 劇的な変化も無く、ただ坂道を登るように少しずつ積み重ねてきただけ。それを愛だの何だのと大袈裟に言うのは、どうにも照れ臭い。

 だけどでも、このまま穏やかに。ずっとずっと、一緒にいられたら良いな。そう思ってしまう事を、愛以外のどういう言葉で表現したものだろう。

 まったく、霊長は面倒でいけないや。あれやこれやと格好をつけないといけないんだから、どうも複雑すぎる。私みたいなガラッパチには、やっぱり難しいんだろうか。

 だからってここで諦めるなんて、そんな選択は有り得ないのだけれど。

 

 朝練に付き合ってくれるのは夢佳くらいで、それさえ毎日ではなくなっていた。中学に入ってからも夢佳は私の目標だったのに、段々と一緒にいる時間が減っていくのが寂しかったな。気が付けば夢佳は笑わなくなり、いつも歯を食い縛り無理矢理自分を奮い立たせるようになっていた。

 辛いとも苦しいとも言わないまま、いつのまにか夢佳は――私を嫌いになっていた。

『どうでも良いよ。昔からユメカユメカって。キライだった』

 何かの聞き間違いかと思って問い質しても、それは変わらない。

『バスケはもう飽きたし、ヘタクソの相手するの疲れたから辞めた。それにアンタみたいなのになつかれると、正直めんどくさいんだよ』

 夢佳の言葉は、一切の遠慮がない。面と向かってそう言われたら、引き下がるしか無くなってしまう。

 そして迎えた新しい春、夢佳はもういなかった。内部進学を蹴って他所へ行き、周到に全てのつながりを断って消えてしまった。

 たった一人、黙々とシュート練習するくらいしか出来ない朝練に、何の意味があるんだろう。そうは思っても毎朝早起きを続けたのは、――あの子がいたから。

 部活も違うし学年も違う、委員会も違う。朝練ですれ違う一つ下の男子生徒が、どういうわけか私にとって支えになってくれた。

 起き抜けにあれこれ思い出して気分が沈んでも、身体の芯から疲れが染み出してくるようなコンディションでも。

 この練習の日々に何の意味があるんだろうかと悩んだり、伸び悩んでいる自分に劣等感を抱いたりしていた時も。

 朝の体育館には、大喜くんがいる。毎朝会う後輩に負けたくない、先輩として格好つけたい。

 そう思うだけで、どんなに苦しくても立ち上がれる。立ち上がる限り、諦めない。諦めない限り、私は死なない。

 まあ、まさか――その大喜くんの家に居候する日が来るとは思わなかったけど。

 

 この気持ちに名前など、無いものだと思っていた。いや、付けたく無かったのだ。  

 大喜くんには仲の良い女子――蝶野さんがいる。二人の邪魔になってはいけない、そればかり考えてしまっていた。良い先輩として良い同居人として、そう振る舞うのが正しいのだと。

 でも私はそこまで強くなく、また正しくも生きられていない。大喜くんへ想いを伝えたと蝶野さんに打ち明けられ、生きた心地がしなかったのを覚えている。

 嫌だ。やめてほしい。割り込んでこないで。そう叫びたくなるのをどうにか抑え込んで、私は唇を噛み締めていた。

 本当はもう、とっくにわかっていた。この気持ちの名前も、意味も。でも怖くて仕方なかった、私は人に依存する人間だ。すぐに頼ってしまう、どうしようもない女だから。そのせいで夢佳にも愛想を尽かされてしまったんだ、きっと私がこれ以上寄りかかったら大喜くんもまた――私をキライだと言うかもしれない。

 そんなことになったら、今度こそ私は終わってしまう。矢尽き刀折れ果て、泥の中で息絶える。

 しかし恐怖して尚、胸の中に燃える思いは勢いを増していく。モノクロームの景色が鮮やかに色付き、世界が変わっていく。この感情はきっと、「恋」とでも呼ぶべきものなのだから。

 

「んー……どうしよう、かな」

 私は恋をしている、大喜くんを好きだと思っている……()()()()()()()()()()。惚れたの腫れたのと無縁な人生を送ってきた私としては、それを明言する程の勇気がまだない。恋を自覚はしても、どうも実感が湧いてくれないのだ。

 まったく、因果なものだ。ようやく名前をつけた癖に、今度は正視するのが怖いというんだから。そう言えば花恋にも呆れられたっけ、「まだ好きという程でもないかも」とか言ってしまって。今になって思い返せば、あの頃にはもう取り返しが付かないくらい大喜くんを好きになっていたのにな。

 夢佳と仲直りしてから、クリスマスに一悶着起こしたり起こさなかったり。そして年末年始を離れてすごし、大喜くんロスに悶えた日々もようやく終わりを告げた。

 あれこれあれど、何時もの時間が戻ってきた……のではあるけれど。けれども、だ。

 すぐ隣に好きな人がいるという状況が、余りにも落ち着かない。と言うか距離感バグり過ぎてないか私たち、おかしいだろこれ。今さらだけど、本当に今さらではあるけれども。

 どちらの部屋にも鍵はなく、その気になれば直ぐに行けてしまう。それは刺激的すぎる、幸せすぎて不味すぎる。

 とは言え、だ。こんな状態で何の「間違い」も起きないまま一年近く過ごさせて貰えたと言う事はつまり、大喜くんには()()()がないと言う証だろう。そうでなければ私はきっと、とっくの昔に大人の階段を昇っている筈だ。……いやまあこんなワンパクでたくましい子相手じゃあ、好意云々以前にそんな事考えようがないかな、うん。そう言えばインターハイの前に大喜くんを看病していて、うっかり押し倒した事はあったな。あれは本当に申し訳無かった、何処までもガサツで雑把な女なもので。

 このまま付かず離れず伝えず聞かず、心地良い微睡みのような時間がずっと続いたら、どんなに幸せだろうか。

 でも――こんなことばかり考えていても、仕方無いのは分かっている。

 身の程知らずで甘ったれた、一方的な好意。確かに告白もなにもしないまま現状を維持していさえすれば、()()傷付かずに済む。だけどそれは、大喜くんに対して失礼に過ぎるだろう。私は大喜くんの真っ直ぐさを、熱さを知っている。だからこそ、中途半端な状態でいてはいけない。どんな形であろうと、結論を出すべきなのだ。

 蝶野さんに出来たことが、私に出来ない訳はない。それに人間恥じゃ死なない、いやその程度で心折れるんならいっそ死んでしまえ私。

 意を決して立ち上がり、服を整え覚悟を決める。これから何が起ころうと、それはもう構わない。

 伝えるべき二文字だけを信じて、私は借り物の部屋を飛び出していく。

 胸の奥に燃えるのは、アオい焔。それに突き動かされる私はきっと、もう止まらない。

 〽️たった一言言わせておくれ 後でぶつとも殺すとも、だ。

 

 

 

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