#雪はアオく舞い、そして
四年ほど前のです、かなり今とは違いますね
冷たい風が、木々を揺らし。街はもう、冬の気配がすっかり立ち込めて。もうじき、今年も終わる。あまりにも色々有りすぎた年が、終わろうとしていた。クリスマスも近付く年の瀬に、俺は――。
「……俺、どうするんだろう」
部屋の中で一人、考える。千夏先輩と同居して半年以上が経って。俺たちは、まがりなりにも「他人」ではなくなった。朝の体育館で顔を合わせるだけの先輩後輩から、同じ家に住み夢を追う同士に。そして、そして。少しではあるけども、そこから進むことも出来た。
でも、それだけだ。
千夏先輩は最近卒業後の進路が決まったそうで、部屋に籠る事が多くなった。詳しくは話してくれていない。きっと、事情があるんだろう。そう思うと、俺から聞くのも躊躇われた。
とりあえず卒業まで猪股家にいてくれるのは確かだけれども、それがリミット。卒業してしまえば千夏先輩は去っていく、それは止めようがない。もともと、千夏先輩はインターハイ出場の夢を叶える為に猪股家に来たんだ。それが果たされ、先の事も見えてきたなら、留まる理由はないんだ。
……本音を言うなら。俺は、千夏先輩と離れたくない。千夏先輩と、ずっと一緒にいたい。千夏先輩が俺を理由にして残ってくれるなら、それが一番いい。でも、そんなのあり得るわけがない。千夏先輩には千夏先輩の人生があって、それを邪魔するような事は出来ない。
でも。でも。でも。もし、言えたなら。
「先輩好きです、ずっと一緒にいてください――か」
もし。もし。もし。そう、言えたなら。
きっと。きっと。……きっと?
「まさか、な」
窓の外には、雪が舞っている。その一粒一粒が、残り時間を削るカウントダウンにさえ思えて。
俺はカーテンを下ろし、ベッドに横たわった。これ以上考えても、どうにもならないから。
明けて日曜日、この辺りにしては珍しくそこそこの積雪となっている中を一人、歩いていく。部活も学校もない、いつもの休日。鈍色の雲が空を閉ざし、まだ昼間なのにどこか陰って見える。例年繰り広げられるクリスマス商戦の飾り付けも、今年はなんだか冴えなく、妙にくすんだ感じがする。
当ても無く何時間も歩きまわり、無駄に時間だけが過ぎていく。限りのある時間が、鑢にかけたように失われていく。止めようのない憂鬱さに、心が凍てついていく。
今までこの次期に、こんな気持ちになった事はない。きっとこの気持ちは、曇天のせいなんかじゃない。
気が晴れない。家にいると先輩を意識してしまうけど、外に出たって気持ちは変わらない。ああ、滅入る。
「ああ、大喜。何よシケた面してさ」
「……うっせぇ」
寒いのに元気な雛の声が、なんとなく気に障った。俺の気持ちも知らずに、と思ってしまう。
そして、すぐさまに後悔する。こんな言い方はよくない。
でも正直、今は雛の相手をするほどの元気が出ない。とりあえず謝って、別の道を行こう。面倒は、嫌だ。
「あー…悪ぃ。俺ちょっと、今……」
「どうせ、先輩の事でしょ」
見透かしたような声に、一瞬身体が強張る。そして、
「ちょっと来なさい」
俺は雛に腕を掴まれ、賑わう町を引き摺られていった。
……で。俺は何故か。雛の部屋に連れ込まれていた。久し振りに入ったけど、だいぶ変わった気がする。前より大人っぽくなったというか、シンプルになったというか。雛も色々あった、って事なんだろうか。そして部屋の主は、俺を置いて部屋を出てしまっている。なんなんだ一体。
勝手に帰ってしまおうか。でも帰ったって、特に居場所があるわけでもない。他に行く先もない。
何を考えてるか知らないけど、別にいいか。どうでも。天上を仰ぎながら、ぼんやりと思う。
そして、しばらくすると雛は戻ってきた。
「ふぃー……」
……明らかに、ほっこほこになって。部屋に石鹸系の香りを漂わせ、上気した肌で。
……いくら寒いからってこのバカ、客を部屋に残して風呂入ってやがったのかよ。とっとと帰りゃよかった。人を引っ張り混んどいて、何寛いでんだよ。
湯気まで漂うホカホカバカは、そのままちょこんと俺の横に腰かけた。なんなんだよ。
「あのさ、大喜。一つ、言います」
雛は、珍しく緊張した顔で。
俺を見詰めて。
「私は、大喜が、好きです」
清々しい笑顔で、そう――言った。
そして雛の身体が、俺に密着する。薄く感じる汗の気配、柔らかな膨らみの感触、熱い吐息。雛の全てが、俺に向けられている。俺の心臓は早鐘を打ち、胸から飛び出しそうだ。
「大喜、どうしたい? 私は、良いよ。何もかも、大喜にあげて構わない」
ゆっくりと雛の服が滑り落ち、その身体が露になる。
紅潮した肌と、交錯する視線。
「今は、自分のことだけ考えて良いよ。私の事は良いから。……大喜は、どうしたいの?」
雛の目には、涙が浮かんでいる。その涙と、そして震える手が。雛の覚悟を告げている。
からかってるわけじゃない。雛は本気だ。自分の全てを、賭けている。
――でも。俺は。
だから、俺は。
「ごめん、雛……」
雛の身体を押し退けるように、立ち上がる。
俺は、最低だ。雛に、こんなことまでさせて。俺が、ウジウジしてるから。だから、雛は。
「ごめん。俺、千夏先輩が好きだ」
雛よりも。誰よりも。全てを捨ててでも、あの人が好きなんだ。
分かりきっていたのに、見ないふりをした。千夏先輩の為だから、なんて嘘だ。俺は、怖かっただけだ。雛には、それが全部分かってたんだ。だから、こんな――
「そっかー……、そっか。あーあ、フラれちゃったなぁ」
雛は涙を溢しながら、笑っている。顔中涙でグシャグシャにして、それでも笑おうとしている。俺の為に。
「じゃあ大喜、ちゃんと真っ直ぐ帰って、ちゃんと言うんだよ。アンタは悩むような頭が無い、バカなんだから」
心配してくれて、ありがとう。
背中を押してくれて、ありがとう。
好きになってくれて、ありがとう。俺の、大切な親友。
感情が決壊し声を上げて泣き崩れる雛をそこに残し、俺は走り出した。
既に冬の短い陽は落ちて、夕闇の中。雪に足を取られて何度も倒れ、打ち付けて切れてブチ当たって。あちこち血と泥にまみれ、それでも力の限り走った。怪我も汚れも、意識から振り払う。行かなければ。伝えなければ。俺の、思いを。
玄関に駆け込み、靴を脱ぐのももどかしく。母さんの怒声を背中に受けながら、汚れたまま二階へかけ上がる。
――先輩は、いつものように、そこにいた。
「千夏、先っ輩、……」
喉が裂けそうで。頭はフラついて。でも、言わないと。俺は。
「先輩、好きです!」
声を調整するなんて、出来なかった。
叩きつけるように、ただぶつける。
自分勝手で、馬鹿げて、子供じみた、本心を、力の限りぶつける。
「俺、千夏先輩と離れたくないです! どこにも行かないでください!!」
困惑しているであろう千夏先輩の顔は、もう見えない。
満身創痍の全力疾走と絶叫のツケで、視界は歪み息も絶え絶えだ。
身体が、もう動かない。意識を失い崩れ落ちる俺は、でも確かにその時聞いたのだ。
「私も、――」
先輩が小さく、そう呟いたのを。
そして、目を覚ますと。そこには、千夏先輩の泣き顔があった。俺を抱き抱えて、千夏先輩は泣いている。
泣かないでください、俺なんかの為に。先輩を悲しませたくなんか、無いんだ。
軋む身体をなんとか、痛みを堪えて動かそうとする。
動け。
動け。
今動かないなら、こんな身体はいらない。死んでも動け。そう思いながら、どうにか腕を動かし、千夏先輩の顔に触れる。
涙を、拭うために。千夏先輩をこれ以上、泣かせないために。
「大喜、くん……っ、起きた、んだね……」
千夏先輩の瞳からは、また大粒の涙がこぼれ落ちた。
でも、それでも。千夏先輩は、俺を励ますように、笑ってくれた。
そして俺たちは、今まで出来なかった――しなかった話をした。千夏先輩も俺も、離れたくなんか無い。
でも俺たちはまだ20年も生きていない、ただの子供だ。大人相手では我が儘一つ通す事も出来ない、無力な子供だ。
だから、言わなかった。言えなかった。それを言ってしまえば、何も出来ない無力感を相手にも味あわせるだけだと思ったから。
だけど。二人でなら。
俺と千夏先輩が、一緒に力を尽くしたなら。
出来るかもしれない。
丸くは収まらなくても、どうにかなるかもしれない。
だって、俺たちだから。
街の賑わいを窓の外に感じながら、俺たちは口付けを交わす。
奇跡は、起こせるのだと。
俺たちなら、起こせるのだと。
もうじき聖誕祭を迎える神の子に、見せ付けるように。
# アオく吹き行く雪風と共に
これも同じくらいの時期でした。
駆け抜ける。雪の街を。
鈴まで鳴らしている自分がちょっと笑える。
まさかサンタクロースでもあるまいし、クリスマスイブの夜に何をやっているんだろう。
それでも、走る。私のために、そして――大喜くんのために。
今年のクリスマスイブは平日ではあるけど、一応冬休みにかかっている。そしてこの時期、部活もお休み。
そうなると人間、余計な事を考えるものだ。
渚が何を思ったか妙な気を回し、クリスマスイブに合コンを開くという暴挙に出た。
どう考えたって、地獄絵図ではないか。わざわざ売れ残りが集まって傷を舐めあうイベントなんか、誰が喜ぶんだ。
とは言え。日頃付き合いの悪さをやいのやいの言われる私としても、親友の頼みを無下に断るわけにもいかない。
バスケに集中したいからオトコノコには興味ありません、と言い切れないのも私の悪い所だ。
まあ、興味が無くはない。バスケの為に居候させて頂いている身として、常にバスケで結果を出し続けなければならないが、私だってお年頃ですからね。……その辺は渚も分かっているから、誘ってきたんだろうけど。
思案を巡らせながら、ふと思う。大喜くん、連れてってみようか。可愛いし、渚たちにも受けが良さそうだ。
でも、なあ。合コン一緒に行こうよ、とは言いづらい。それにあれこれ関係を突っ込まれると困るか。
「大喜くん、さ。クリスマスイブってなにかする?」
とりあえず探りをいれようと尋ねると、思った以上に大喜くんは狼狽えた顔をする。
ぬう。これはまさか蝶野さん辺りと、おデートかな? おねーさんちょっと気になるなー。
「え、あー……別、に」
「ふー……ん」
大喜くんは、嘘が下手だ。素直で裏表がなくて、おバカさんだから。何かあるのは確かだけど、まあ追求はしないでおくか。その辺の線引きは必要だろうし。
「私は夕方から、ちょっと出掛けてくるよ。渚に誘われてさ」
合コンです、とは言わない。言う必要もないだろうし。
その時ちょっとだけ大喜くんが、寂しそうな顔をした気がしたけれど。私は気づかないフリをした。
何しに行ったかと聞かれたら、タダ飯を食いにいったと答えるだろう。結論を言えば、そんな感じだった。
まあ、ね。こんな直前になって悪あがきしてるようなのが、ろくなもんじゃないのは明らかだ。義理合コンなんかそんなもんだけどさ。
しかし何時間も愛想笑いし過ぎて、顔が攣りそうだ。これは貸しにしておこう、覚えてなさい渚め。
こんなことなら、断って猪股家にいれば良かった。大人たちはそれぞれの用事でイブは留守だけど、クリスマス当日は居る筈だし。大喜くんと二人でクリスマスの準備して過ごすのも手だったか。
――はて。何か、忘れている気がする。
クリスマスイブの夜空を、雪が舞い降り。街を白く染めていく中で、記憶を手繰っていく。
そう言えば、何かあったような。
クリスマス関連で、何か。
上手く思い出せないまま、渚たちと別れて歩き出す。
そうだ、あれは――。
「クリスマス? ああ、そう言えばもうじきだね」
小さい頃はケーキとプレゼントを楽しみにする可愛い子供だった私だけれど、いつしか興味を失ってしまった。
とりたてて変わらない、冬の或る一日としか思わなくなって久しい。
親も忙しいし、まあケーキやチキンはあるしプレゼントも貰うがそこまで楽しみでもない。
サンタクロースは良い子の所ではなく良い所の子に来る、とか思うようになったり。
要するに、私はひねくれた育ち方をしたわけだ。
だから別にどうということの無い、日々の雑談の一つでしかなかった。
だから、聞き流してしまった。その言葉を。
走る、走る、走る。
バッグに着けたチャームが音を立て、鈴を鳴らして走るトナカイのようだ。
無理をしたヒールはただでさえ動きにくいのに、これで雪道を走るなんて。
まったく、バカか私は。バカだ私は、本当に。
何で忘れてたのか、そしてなぜ私が忘れていると指摘しないのか。
やっぱり大喜くんは、バカだ。言えば良いのに、大バカだ。
確かにあのとき、大喜くんは言ったのだ。
クリスマスイブに、――。
ああ、何処だったか。何時だったか。まったく、思い出せやしない。
メールもLINEも反応がない、こっちから探すしかないのに。
どうして私はこうなんだ。
人の気持ちなんか考えもしないで。外面だけ良くて。期待にだけは応えて。
本当に大事なことは、すべて取り零す。
そんな所だけ、子供のままだ。そんな所だけ、私のままだ。
どうせ間に合わなくても、可能な限り急げ。
どうせ分からないなら、全ての場所を駆け回れ。
それ以外になにも出来ないなら、せめて足掻け。
心当たりを蝨潰しに駆け回り、そして辿り着いたのは。
私たちの、きっと最初の思い出の場所。英明学園、体育館。
灯りも付いていない冷えきった場所に、小さな影がポツンと見える。
――まったく。
「バカみたいに突っ走る前に、何か言いなさい」
こっちが約束を忘れた癖に、まるで怒るような口調になってしまう。でも、大喜くんは愚直すぎるから。
私が忘れていると分かったなら言えばいいし、来ないとわかっているなら待たなければいい。私が思い出してやって来る、なんて何故思えたんだろうか。
言わなきゃ、伝わらないから。私は鈍くて、子供なんだから。
私はきっと、良い先輩じゃない。良い同居人でもない。でも大喜くんは良い後輩で、良い同居人だ。
だから、そう。
泣きそうな顔の大喜くんを、抱き締める。冷たい手を、震える肩を。慈しむように、抱き締める。
きっと、色々と予定を考えてくれたんだろう。でももう、それを実行する時間はなさそうだから。
せめて、これだけは――してあげよう。
冷えきった、その唇に。私の唇を、押し当てる。
ほんの短いキスは、でも私の想い。大喜くんがどう解釈するかは、分からないけれど。
「ごめんね。さぁ――帰ろうか」
私たちは揃ってボロボロだ。帰って、そして休もう。
奇跡が起こるという夜の中、手を繋いで。白く輝く雪の華に見送られ、私たちは歩いていく。
来年は二人で、ちゃんとしたクリスマスを迎えられますように。
もうじき生誕の刻限を迎える、神の子へと願いを飛ばす。叶うかどうかは、わからないけど。
#聖夜にアオく雪は舞う
この年は三本もクリスマス書いてたんですね
クリスマスがイエス・キリストの聖誕祭になったのは、実はかなり後になってかららしい。
なんか知らないけど、お祭りの口実付けだったのだとか。
真冬のど真ん中だし、何かイベントが欲しかったんだろうな。
それはそれで良いのだけれど、まあ別に。
居候の身で、果たして家族の行事に介入して良いものだろうか。
私が気にしているのは、それだけだ。
「♪クリスマスが今年もやって来る、楽しかった出来事を消し去るように…」
「歌詞違うわよ、確かにそう聞こえるけど」
私にツッコミつつクリスマスケーキのカタログを見ている由紀子さん、そして同じくクリスマスを期待する可愛い大喜くん。
そういうのを見ていると、幸せそうで何処と無く居場所に困る。私は家族ではないから、遠巻きに見ているだけなんだけど。
うちの母親はシュトーレンとかパネトーネとかが好きだから、クリスマスもなんだか地味なんだよね。美味しいけど。あと父親が派手なこと苦手だから、そこまで賑やかにしないし。他所のクリスマスはもっと華やかだと知ってからは、あまり楽しみに思わなくなってきた。
私にとっては豪華なクリスマスケーキなんて、アニメや漫画の世界だ。チョコスプレーとかフルーツとかたっぷりのメルヘンなデコレーションケーキ、憧れてるんだけどな。そういう意味では、今年のクリスマスは楽しみではある。
まあ、私がはしゃぐのは良くないから。節度を持って、控えて行こう。
そう思うのだけれど、でも。
少しだけ、羽目を外したいとも思う。目出度い日なんだから。
しないけど、さ。私にだって立場はあるから。
「大喜くん、クリスマスは蝶野さんと一緒しないの?」
「へ? いや、何で雛と……?」
大喜くんは心底意外そうな顔をしているけど、そうかやっぱり。まだ分かってないんだな、蝶野さんの事。良いけどさ、私がどうにかしてあげる事じゃない。御愁傷様、としか言えないわ。
私は背中を押してあげるほど優しくないし、ここはほっとこう。明言しない蝶野さんが悪いよ。
「先輩こそ、バスケ部の人たちと遊んだりしないんですか?」
「ぬ。んー……渚たち、大体彼氏持ちだからね。どうせ誘っても来ないよ」
連中は私と違って器用だから、バスケ以外にも色々やっている。と言うか私が不器用すぎるのかな、バスケしか出来ないし。
同居先に男子がいたら千夏だって恋愛するかもね、みたいには言われたな。
まあ、いることはいるんだけどさ。可愛い後輩が。でもなあ、さすがに手を出したら不味い。そんなに簡単じゃないんだよ、渚。
そんな事をつらつらと考えてると、大喜くんが突然真面目な顔になって。
「あの、先輩。予定がないなら、その……俺と一緒に出掛けませんか」
そう、言ってきた。
クリスマスに、私と。そんなまさか、デートみたいな事を。
ふむ。夜は猪股家の面々が集ってクリスマス会だけど、それまでは時間があるからね。23日から冬休みで学校もない、部活も休みの時期。暇をもて余すくらいなら、まあ何かしてる方が生産的か。別に良いけどね。
しかし大喜くん、どうせなら蝶野さんを誘えば良いのに。そういうところだよ。
……いや、違うかな。私が居づらいかもしれないから、連れ出してくれるんだろうか。
夏休みはインターハイやら何やらで忙しかったけど、冬休みはそうもいかないから。居候として、一日ずっと隠ってるのはちょっと……ねえ。大喜くんも大喜くんで、考えてくれてるのかな。
家族のイベントも大事だろうに、気を遣わせてるな。まったく、見下げ果てた先輩だよ私は。
街にはちらほらと粉雪が舞う、クリスマスイブ。
私たちは二人、寄り添い歩いていく。傍から見たら、カップルにも見えるだろうか。ま、違うんだけど。
特に何も決めないまま、ただ足の向くまま気の向くまま。
何処か行きたいところがあるんじゃなくて、一緒に出掛けたいだけなんだろうか。それこそ、カップルみたいだな。
でも――こういうのんびりしたのも、悪くないな。通りすぎる幸せそうな家族たちを、少しだけ羨みながら、それでも。それでも、そう思える。
去年までは、私の人生がこうなるなんて考えた事も無かった。家族と離れ、住み慣れた家も出て。居候として、知らない家で寝起きする事となって。
人生は、波瀾万丈だな。まったく、大変だ。
来年の今頃には、もっと馴染めているだろうか。でも再来年の春、私は猪股家からも出ることになる。その先の私は、どうなっているんだろう。まだ、見当もつかない。
私は幸せになるのが、少しだけ苦手だから。どうなることやら。
「あの、千夏先輩。寒くない、ですか」
ふと気づくと立ち止まった大喜くんが、ちょっと不安げな顔をしている。
ああ、またやってしまったな。表情に出すなんて、功夫が足りないな私は。後輩を心配させちゃいけないってのに。
「ん、大丈夫。大喜くんこそ、気を付けなよ? また風邪引いて寝込むかもしれないし」
あれからもう何ヵ月も経つけど、あれは結構大変だったな。看病なんて滅多にしないから、勝手が分からなくて。
心底ガサツで雑把だからなー私は……。
冬の陽は早々と傾いて、ただでさえ厚い雲に覆われた街は既に色とりどりの灯りが輝いている。
もうそろそろ、帰る頃合いかな。
何をしたわけでもないけど、楽しかったな。こうして誰かと過ごすのは、良いもんだ。
願わくば、大喜くんもそう思っててほしい。いやいや、でもなあ。大喜くんには、蝶野さんがいるから。そうはいかないかな。
「……千夏先輩。聞いてくれますか」
白い息を吐きながら、私に向き合う大喜くん。
なんだろう、何かあっただろうか。ざっと脳内をスキャンしても、大喜くんが改まって私になにか言う理由が思い当たらない。
はて。一体なんだろうか。
愛の告白とかだったら、さすがに笑うかもしれない。
「ん。大喜くん、どうかした?」
一応年長者の矜持として、笑顔を作ってはみたけれど。
大喜くんの真剣な視線に、息が止まる。
粉雪が大喜くんの頬に舞い降り、涙に変わる。その一瞬が、まるで永遠のようにさえ感じられてしまう。
「千夏先輩、――好きです」
凍てついた気配が、その一言に熔けていくのが分かる。
たった、一言。その、一言が。全てを込めた、大喜くんの勇気そのもの。
その瞳が、その声が、私を射抜いていく。
いつしかその手が、私の手を強く握りしめていた。
「引退しても、卒業しても、いつまでも側にいてください。……ずっと、ずっと、俺と一緒にいてください」
大喜くんは本当に、そう思っていたのか。私は何処までも、見下げ果てた先輩だ。
気づきもしなかった、別の子を好きなんだと思い続けていた。
居候だから、考えないようにしていた。
それが大喜くんを傷付けるなんて、思いもしなかった。
私は、好きになっても良かったんだ。大喜くんを、好きでいても許されるんだ。
冬の空、煌めき出した星が私たちを包んで。
粉雪のクリスマスイブに、二人。私たち二人は、ただ。見つめあって、泣き続けた。
何度経験しても、この日が近づくと毎年心が踊って仕方ない。もう大人なのになあ。
今日は待ちかねたクリスマスイブ、テーブルには定番の料理がスタンバイ。
でもメインは食後、全力メルヘンなデコレーションケーキが冷蔵庫で出番を待っている。
私の好きな、クリスマス。私たちの好きな、クリスマス。
ああ――忘れちゃいけない、プレゼント。今年は取って置きだ。
まあまだ私のお腹の中で、出てくるのは半年くらい先だけどね。
来年からは、もう一人追加してのクリスマスだ。きっともっと楽しいだろう。
さて、と。さっき来た帰るコールのタイミングからすると、そろそろだな。
さぁ、もうすぐだ。もうすぐ、帰ってくる。
私の大好きな、私を大好きな、大喜くんが。