「冷たくすることないじゃない、キスくらい良いじゃない」
いや良くねえよ、て言うかICE BOX BABYかお前は。ICEBOXの古いCMソングじゃないんだから、とツッコミをいれようとはするけれど。するけれどまあ、どうせ聞きやしないから私は溜め息一つで場をごまかす。
我が妹蝶野雛は常に唯我独尊、愛想は良いが根っこの部分は性悪。
可愛いし気さくで頭も良いし新体操の才は神憑り、自分が世界の中心にいて当たり前。人の都合なんか知らないし気にしない、いつだって自分本意。私が晴れろと言えば空は晴れるべきだし歌えと言えば小鳥は歌うべき、とか言いかねない。
相手がイエスかハイで答える限りはとても優しい、そんなだから友達いないんだ。
大喜くんも災難だねえ、こんなに好かれてさ。……もっと災難なのは私だけどな、目の中に入れたら痛い愚妹が独り暮らしのマンションに押し掛けてきて世迷い言ほざいてんだから。
――ああ、そうだ。もう一人いるな、災難な奴が。
こんなもんを好きになってしまった、あの薄幸な少年は今なにをしてるのやら。
男子と言うのはそもそも幼く見えるのに、四つも下なら子供でしかない。妹より更に一つ小さいって、少年も良いとこだな。
晴人くんとやらはまさしく、年下の男の子。本来なら知り合う事も無かったこの子と話す切っ掛けは、やはり宅の妹だった。
どうせ危なげなく終わるだろう、と予想していったら本当にその通りだった県予選。観戦の帰り道、声をかけてきたのが始まり。
「あ……の。もしかして蝶野先輩のご家族の方……でスか」
ええまあ自慢にもなりませんが蝶野一族のみそっかす蝶野麦と言えば日本では私一人です、なんて春風亭柳昇みたいに返したのはちょっと悪手だと自覚はある。そんな80年代ジョーク、親にさえ通じないわ。
怪訝な顔をする少年に、とりあえずちゃんと自己紹介をしなおして。
そこから逆ナンみたいな感じで喫茶店に連れ込み、子細を聞いて驚いた。この少年、どういう訳かあのバカ妹を好きになってしまったというのだから。
あれをか、あの暴れ馬みたいな女をか。顔の印刷は良いし身体も綺麗だけど性格悪いぞ良いのか、と忠告しても『逆にあの人の何処が悪いんですか』と来たもんだ。〽あの人の何処が良いかと尋ねる人に 何処が悪いと問い返す、ってこりゃ完全に都々逸だな。
しかしどうやら本人至って真剣らしい、茶化してはいけないやつだ。
雛の気持ちが今も大喜くんに向きっぱなしなのが辛くて、どうにかこっちを振り向いてほしいと頑張ってるようだけど――望み薄な感じがする。人を好きになる理由は、評判でもスペックでもない。好きになったかどうか、だから。
でもここで無下に切り捨てて諦めさせるには、この子は真っ直ぐ過ぎる。多少なりとも大人である私は、子供の恋路を応援するべきなのではないだろうか。
そりゃあんなんで良ければ熨斗付けてくれてやっても構わないけど、本人がなぁ。他人からの好意には割かし鈍い奴だ、多分まだ伝わってもいないかも。なんとか機会を作って早々に直に告白させて……いや、それは逆にちょっと良くないかな。何しろ告白して返事聞かずに逃げて、そこからフラれたのにまだしがみついてる女だ。告白したからなんだ、と突っぱねかねない。告白を経て異性として意識させるより、このまま好感度を上げ倒して事実上の交際状態に持っていくか。
さてでもそうなると、どうやって進展させるか。
お姉ちゃん、どうしたもんだろう。
「あんたさぁ、仲良い男子とか他にいないの? 例えば後輩の誰かとか、さ」
「ん。んー……うーん、どうかなー……私そもそも友達いないし。まあ大喜と同じバド部で、変になついてくる後輩はいるんだけどね」
なるほど、なるほど。晴人くんを認識してはいる、と。
問題はでも、ここからだ。
「でさ、その子はと無理なわけ? なついてるって事は、少なくともあんたに悪感情はないでしょうに」
「いやーでもなあ……、そういう感じじゃないんだよねぇ、からかって来てるだけってかそんな風」
あー……男子のあれか、照れ臭くてちゃんと話せずイタズラに走るやつ。どうしてこう男子ってのは素直じゃないんだか、面倒な。とは言えどこれの性格上本気で嫌なら暴力なりなんなりに出るから、「なつかれてる」と判断してる時点でそこそこ好意的ではあるな。
しかしここから色恋沙汰に発展するだろうか、現時点の単なる後輩扱いから卒業させるのも大変そうだ。何年かかるか分からないし面倒だけど、まあ彼氏持ちに粉かけるよりまだマシか。
本当にそれは止めて欲しい、身内の修羅場なんて願い下げだ。自分のだって嫌なのに、妹の尻拭いなんて疲れて仕方ない。頼むから諦めろ、往生際が悪すぎる。
そんなこんなで、暫くが過ぎて。
雛と少年は、相変わらず行っては戻りを繰り返している。片方が動けば片方が日和る、そんな風に。一応ジリジリとではあるが進行はしていて、今は所謂友達以上恋人未満ってところ。傍から見れば一番楽しい次期なんだけど、本人たち的にはどうだろうなぁ。
そして私は、二人の折衝役としてあれこれ気を回している。雛は私が少年と通じてると知らないし知らせる気もない、教えると話が拗れて面倒になるし。姉はあくまで見守る立場、自己主張は控えめに。
あぁそれと最近雛の話にあんまり出てこない大喜くんは大喜くんで、彼女さんと順調らしい。それが一番だよ、うん。波乱なんて人生を重くするだけだ、仲良きことは美しきかな。
今現在は各々大した問題もない、平和そのものの日々が続いている。
……雛が外面脱ぎ捨てて本音で接するようになったら、結構揉めそうではある。どこかで爆発する可能性はゼロじゃない、というかこの先インターハイでどう動くかで話もかわる。
本気でめんどくさい状況になった雛を知る人間は、思えば私くらいか。
才能を努力でブーストし常に一位で居続けた雛の最初の挫折は、中学の時。全力を尽くし何もかも賭けて尚、三位に終わった夏。
親の前でさえ平生を取り繕っていたあれは、自分の部屋で荒れ狂っていた。次に勝てば良い、負けも栄養になる、なんて澄ましていた癖に。何も出来ない私からしたら、贅沢すぎる戦果なのに。
何様。
私より頑張ってないのに。
ちょっと顔が良いだけなのに。
つまんない演技だったのに。
あんなのが私より上なんて。
こんなのは、間違ってる。
私は私なんだから、誰よりも凄いの。
呪いのように呟きながら、せっかくのきれいな顔を歪ませて。誰にも見せない雛が、そこにあった。
うちの妹は、美貌と才能に全振りしてて性格が悪い。
自分勝手で身勝手で、触れたらめちゃくちゃに千切れてしまいそうなのに。
その涙は、あんなにも美しい。
晴人君がそれを知る日が、私は来てほしくないな。