人間はどんなに慣れていてもやはり咄嗟なことには限度というものがあるらしい。
『ここは何処だ……どうして俺は……』
先程まで戦っていたはずの自分はどういうわけか今目の前にある光景に理解が追いつかない。目の前にあるにはどこかの建物にある天井。そのこと自体に普通なら問題はない………が、彼に限ってはそうじゃない。戦闘中にそんなものを見るわけがない。故に混乱するわけだが、そこに更に襲いかかる違和感。
『待て、何故身体が動かない!? それに声もでないだと?』
咄嗟に思いつくのは拘束され薬物を投与された可能性だが、それは自身の感覚からあり得ないと判断した。身体における違和感や不快感、倦怠感などは感じられず更に締め付けられる感覚が無い。声が出ないがそれに関して何故かおかしくないと感じてしまう。まるで無理矢理押さえつけたのではなくそれが自然であるかのように。
その答えを教えたのは初めて聞く声であった。
「あ、起きたんだ。よしよ~し、ママだよ」
そんな声と共に現れたのは黒い長髪をした女性。年の頃はまだ成人も迎えていないように見える。パッと見てわかる程の美少女であった。そんな女性が自分に向かって声をかけると優しく自分を抱き上げた。
その行為に驚きを禁じ得ないわけだが、あの三人の中で頭脳担当であったその頭脳をフル活用して答えに行き着いた。
『俺がガキになっている……だと?』
自分はもう結構な歳だったはずである。肥満ではないがそれでも体重は青年男性の平均より若干重いくらいであり、そんな少女が簡単に持ち上げられる重さではない。それを出来るということはこの少女が見た目とはかけ離れた怪力持ちだということになるが、腕の筋肉の付き方を見るにそんなふうにはみえない。そしてこの少女の発言が脳にこびりつく。彼女は自分の母親だと、そう言ったのだ。
勿論記憶している限り自分の母親と目の前の女性は別人だ。だから母親ではないはずだが、この身体は抱き上げられて安心を感じているようだ。精神と違い肉体は彼女を母親として認識しているらしい。
そのままあやされているままに骨頭無形な答えを得た。
自分は今、どういうわけか子供……それも赤子になってしまっているということ。そして自分の母親が目の前にいる女性だということ。
事実だけ見れば何だコレはと思った。自分の精神はついに狂ってしまったのかと思ったものだが、思考できる辺りそうでもないらしい。それに自分の精神は最初から狂っているといっても過言ではない。そうでなければゲッターに乗れるわけがない。
だからまずは状況を把握しその情報を吟味し、そしてこれからの方針を立てることとしよう。仲間達の安否が気になるからな。だからまずは………。
「ほ~ら、ミルクだよ~」
この羞恥プレイをどうにか乗り越えることから始めることから始まりそうであった。
それから時間は少し過ぎ、約三年程の時間が経過した。
その間に得た情報を精査すると以下のようになる。
・この身体の名は『星野 愛久愛海(ほしの あくあまりん)』というらしい。世間におけるキラキラネームというものらしい。母親の感性を疑うが、こんな母親である仕方ない。
・母親の名前は『星野 アイ』という。何でもB小町というアイドルグループに所属しているらしくセンターを張っている。その知名度は凄まじく、アイドルと言えばアイ(アイドルネーム)と言われる程だ。だが、この年齢で子供を作っているなどスキャンダル以外の何者でもないだろう。そんな危険を冒してもアイドルをしている辺り、相当な精神の持ち主である。あと変人だ。
・アイには子供が二人いる。一人は自分、そしてもう一人は自分の双子で妹だ。名前は『 星野 瑠美衣(ほしの るびい)』このキラキラネームの被害者の一人だといえよう。妹ではあるが、何やら様子がおかしい。行動がどう見ても幼子のそれではないのだ。知的とかそういう意味ではなく、年相応ではないと言うべきか……たまに言動が子供らしくないところがあるのだ。少なくとも幼い子供の拙い言葉遣いではない。それにテレビに映る母親の映像を見てはテンションを異常に上げながら騒ぎ変な動きをしている。確かアイドルオタクと呼ばれる輩がこんな感じだったか。産まれて幼いながらにこのような妹に兄としてどのように反応を反せば良いのかわからない。正直厄ネタ以外の何物でもないので関わりたくないものだ。
そしてここが一番重要な情報だが、俺達の父親について。
父親についての情報が何も手に入らないということであった。母親からもそれについてはぐらかされており、所謂シングルマザー状態。頑なに父親について語らない母親からして複雑な事情があるようだ。認知しないとしてもせめて養育費くらいは寄こすのが普通なものだがそれもない辺り真っ当な人物ではないだろう。
そんなわけでこんな家族で暮らしているの今の状態。アイドル業で忙しいときは事務所の社長夫人の世話になっている。親が特殊なこと以外は普通の生活であり特に変化らしい変化はない。
だからこそ余計に気になるのが仲間達のことだが、正直どうしようもない。
だが幸いというべきか碌でもないというべきか、やはりこの宿業からは逃れられないらしい。
『周りからは感じられないが、確かに感じる………ゲッター線を』
どうやらゲッターの意思とやらに選ばれてしまっているようだ。
その証拠というべきか、この身体の発育は通常の子供に比べて比較にならないほどに逞しい。頭脳は元からだが、この身体はまだ3歳児だというのに筋力は既に高校生並という巫山戯た性能を有していた。周りにバレぬように調べたわけなのだが、これは明らかに異常だろう。ゲッターに関わっていなければ間違いなく異常者だと認識した……ゲッターを知ってからこの程度では驚かなくなったが。
そんな異常をというべき通常を持って生きているわけだが、それでも歳不相応な部分はでるらしい。いくら3歳児でも中身は壮年だ。仕草や言動などに食い違いが出る。誰だって好き好んで幼児の真似などしたくはない。それが自分のような男ならなおのことだ。
そんな自分に対し母親は絶賛する。
「さすがは私の子供だよ~アクア! ルビーも凄いけどアクアはきっと凄い子になること間違いなし!」
まさに親馬鹿というやつだろう。だが同時にここまで頭が緩んでいるからこそまだマシだというべきか。疑うということをしてこない。本人曰く彼女は嘘だらけというが、この程度ではまだ良い方だろう。世界ではもっと嘘塗れの奴などごまんといる。自分も人の事は言えないのだから。
流石に妹は何か感づいているようだが、それでも踏み込まないあたり妹にも何かあるのだろう。下手に探る気はないが。
良くある幸せな一般家庭というものがそこにはあった。父親はいないがそれでも幸せなのだろう。争いも悲劇もない平和がそこにはあった。妹が自分達の存在を否定するかのように『アイは処女受胎だ!!』なんて頭の吹っ飛んだ冗談? を宣うくらいには平穏であった。
だが………それでも性質というものは変わらないらしい。どんなに歳が若くてもどんなにこの身体が別人であっても、やはり自分は自分なのだ。永遠の闘争をしていた自分はやはりゲッター線からは逃れられない。精神も肉体も感性も戦う者のソレだ。その宿業はなくならない。なくす気もないがな。
それを改めて認識させられたのは4歳になった頃、引っ越しを終えて母親が成人を迎えた後のことであった。
その日は母親である星野アイのドーム公演が間近に迫った日。
自分達はいつものように生活していた。そう、いつものようにだ。平和で平穏で幸せな時間。
だが自分の性がそれを掴むのは当然の結果だった。こんな平和な中に嫌でも感じるダダ漏れの殺気、怨念じみたそれは嫌でも感じられる。しかもそれが自分達の家に向かってくるのだ。気にするなというのは無理があるだろう。まだ家の近くで通り魔があったとか殺人が起きたとか、それぐらいならそこまで気にはならない。現在進行形で此方に真っ直ぐに向かっているのだ。
家の呼び鈴がなり母親が出るので念のために自分も一緒に行くことにする。
「あれ、アクアも来るの? 別に来なくてもいいのに。どうせ押し売りだと思うし」
「いや、俺も行く」
先行く母親にそう告げると側まで移動して一緒に玄関に向かった。
「は~い」
母親のその声と共に開けられる扉。その先にいたのはパーカーを被った一人の男。当然見覚えなど無い。その手に持っているのは白い花で纏められた大きな花束。
扉を開けた先にいた男に母親は見覚えないこともあってキョトンとしている。そんな母に向かって男はぽつぽつと言葉を零した。
「ドーム公演おめでとう。双子の子供は元気?」
そしていっきに噴き出す殺気。花束に隠されたナイフが母親に向かって突き出された。このまま行けばその狂刃は母親の腹に突き刺さり致命傷を与える……はずだった。
何故はずだったかって? 決まっている。
「そんなお粗末なものでヤられる程此方は馬鹿じゃないんでな」
母親に刃がと到達する前にドアを思いっきり……そう、4歳児になり身体能力が以前の17~18歳並にまで引き上げられた自分の筋力で思いっきり閉めたのだ。
巻き込まれた男の腕は当然挟まるわけであり、骨が砕ける音と男の汚い悲鳴が上がった。
目の前で起った事態に理解が追いつかない母親。天才アイドルとてこういうことには慣れていないらしい。逆に此方は久々の血生臭さに口角がつり上がって笑みが浮かび上がる。きっと目にも出てるだろう、母親譲りの星ではなくゲッターに選ばれし者達の瞳が。
玄関先でナイフを取りこぼし痛みにのたうち回る男に俺は外に出ながら話しかける。
「何で殺しに来たのかは聞かん、どうせ私怨だろうからな。だが……どうして一部関係者しか知らないはずのここを部外者であるアンタが知っているのか、答えてもらおうか」
そう話しかける自分を男は信じられないような目で見てきた。とても4歳児が放つ雰囲気じゃない? まるで化け物をみるかのようなそんな目だ。だからこそより笑ってしまう。そんな視線は昔からだ。今更気にするようなもんじゃない。
「お、俺は悪くない! アイが悪いんだ! あんなに愛してるっていってるくせに子供なんか作って!」
言い訳を口にする男だがそうじゃないだろう。聞きたいのはそんな話じゃない。
俺はゆっくりと男に歩むと笑う。
「そんなことは聞いていない。どうやら目の前で起ったことに困惑が隠しきれないようだな………ならその目はいらないだろ。聞かれたことに答えなかったペナルティだ」
その言葉を発し、そして手刀を繰り出す。
「目だ!」
顔面に横一閃……男の眼球を二つとも潰した。失明は逃れられないだろう。
「耳だ!」
両手で手刀を振り下ろし男の耳を斬り裂く。幼児でも常人でも出来ないことを平然と出来るのはやはりゲッターのお陰だろう。両耳がぐちゃりと落ちた。
「鼻だっ!!」
最後にアッパーのように突き上げた手刀で相手の鼻を切り落とす。あっという間にのっぺらぼうもどきの完成だ。
聞くに堪えない悲鳴が上がれば嫌でも周りの注目が集まる。その先にいるのはスプラッターな光景であり、顔面血まみれの男が辺りを血塗れにしながらのたうち回る絵面が出来上がる。
まさかこんな光景が出来ると思わないであろう周りの野次馬は更に悲鳴をあげるわけだが、俺は疑われない。さり気なく呆然とした様子で座り込むフリをした。まぁ、これを4歳児がやったなどと見られていなければ信じられないだろう。
「あ、アクア、これって………」
意識が復旧したらしい母親に俺は笑いかける。
「さぁ、知らんよ。だがはっきりしたことがある。アンタは狙われてるって事、そしてその犯人はアンタの住所の情報を持ってる……つまりアンタが住所を教えた奴の誰かってことだ」
母親にしては珍しく血の気の引いた顔で震え上がっている。それが何だかおかしくて愉快であった。
「何、安心しろ。アンタの命は大丈夫だ。何せこの『神隼人』に喧嘩を売ったんだ。退屈だったから丁度良い。精々楽しませてもらおうか」
そう、これは推しの子がどこぞのアイドルオタクになった医者の転生物語ではなく、推しの子がゲッターに魅入られた男の物語。
星野アイは安心して良い。何せこれから先、彼女に危害など一切ないのだから。まぁ、その背景が血塗れなのは致し方ないのだが。
地球の未来は守れなくなったが、代わりにシングルマザーなアイドルな親を持つ家族の平和くらいは守ろう………ただし『俺達流でな』
精々無様に恥をかかないことを期待したい。
そう彼………神隼人は笑みを浮かべながら思う。獰猛で残忍なゲッターに魅入られ死地を爆速で前進する男達の生き様を彷彿とさせる笑みを浮かべながら。
余談だが、この後約二年後、芸能界の上層部のとある男性が壮絶な怪奇死を遂げたらしい。何でも顔面の皮を剥がれたとか………。
俺は悪くない、おれは悪くない、悪くないんだ!(言い訳)
ただ生存ルートは多いけど刺激が欲しくてついやっちゃいました。