タイトルは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲、教会カンタータBWV56「我は欣びて、十字架を負わん Ich will den Kreuzstab gerne tragen」より。
登場人物:「キリエ~吸血聖女~」より、キリエとサンタミカエラ。「鬼滅の刃」より、伊黒小芭内と甘露寺蜜璃、「キリエ~吸血聖女~」「鬼滅の刃」より各一名、他、サブキャラ(オリキャラ)二名。
注:小説ではなく、脚本風読み物です。残酷なシーンあり。
同一内容を、下記サイトにも掲載しております。
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【挿絵表示】
「キリエ~吸血聖女~」×「鬼滅の刃」クロスオーバー脚本風読み物
【 我は欣びて、十字架を負わん 】
Ich will den Kreuzstab gerne tragen
◆ 第参章/浅草開戦編
★ (午前一時半)東京府・浅草公園六区・常盤座付近
天蓋に敷き詰められた、厚い雲の絨毯。
満月は雲に隠れ、時折顔を覗かせている。
疾うに午前零時を回った、浅草六区通り。
劇場、映画館、芝居小屋が大小問わず、通りの左右にひしめき合い、軒を並べている。
色とりどりの興行幟が、ずらり、と路上に覆い被さるように翻り、空間を埋める。
それぞれの建屋は、現在は電気が消え、静か。
しかし、この道路の端々には街灯が設置され、昼ほどではないが相当明るい。
その一角、『常盤座』と看板が掲げられた大きな劇場の正面に、キリエの姿。
左手に仕込み傘を畳んで下げ、劇場入口を背に、左右に目線を飛ばしている。
トロリーケースは何処かに預けてあるのか、今は手元にない。
キリエの眼前を、時折通行人が行き交う。
日付が変わるまでは、路上に溢れていた人影は、現在は減っている。
それでも、常に複数人が視界に存在する状態。
キリエ、腰のベルトにチェーンで繋げてある懐中時計を、おもむろに取り出す。
右手で、パカ、と蓋を開け、凝視する。
すぐに蓋を閉じ、ベルトにクリップで引っ掛ける。
改めて、周囲を見渡すキリエ。
キリエ《(関心したように)こんな時間なのに、ここはまだ人が多いわね》
直後。
タタタタタ・・・と、小走りに駆け寄ってくる、蜜璃の姿。
いつもの穏やかな表情だが、心持ち引き締まった眉根。
キリエ、気が付いて、彼女に身体を正対させる。
蜜璃「今のところ、何も異状はなさそうだけど・・・」
キリエ「こっちもよ。逆にこれだけ人が多いと、鬼は目立った動き、出来ないのかしら」
蜜璃「(少し考えて)うーん・・・確かにそう言われてみれば・・・伊黒さんもよく、灯りのないとこに気を配れ、って言ってたわ」
蜜璃の容姿の隅々に、再度視線を巡らすキリエ。
一挙手一投足も、髪の色も、明るく温かい雰囲気の彼女。
キリエ、じっ、と目線を、蜜璃に固定して注ぎ込む。
キリエ「ねぇ甘露寺さん、つかぬことを聞くけど」
蜜璃「(小首を傾げて)なぁに?」
キリエ「伊黒さんとは、一緒に行動することが多いの? 任務以外でも」
途端。
いつも以上に、カアッ・・・と紅潮し、熱を帯びる蜜璃の頬。
汗を飛ばし、顔を伏せ、両手を胸の前で組み、もじもじ、と左右の人差し指を絡ませて始める。
蜜璃「(覚束ない声で)え、えーと・・・そーね・・・どっちかって言えば・・・多いかなぁ。一緒にご飯食べに行ったり・・・(はた、と顔を上げ)あ、何か私ばっかり食べてて、伊黒さんは待っててくれる方が多いんだけど・・・(恥ずかしそうに、更に顔を赤らめ)あとね、靴下贈ってくれたり・・・それとね、文通してくれてるの」
キリエ「(感心して)へぇ・・・そうなんだ」
キリエ、蜜璃を見詰め続ける。
彼女の今の表情が、かつて蜜璃に向けられた時の小芭内の表情と被る。
食事をする蜜璃の傍らでの、彼の優しい眼差し。
相手への想いを浮かべた、多幸感に満ちた顔。
それを思い起こし、ふっ、と口端を緩めるキリエ。
キリエ《甘露寺さんも、いい顔するわね。素敵な表情・・・》
はた、と蜜璃が我に返る。
一瞬でいつもの雰囲気となり、キリエに視線を向ける。
蜜璃「ねぇねぇ、私もひとつ聞いていい?」
キリエ「(小首を傾げ)いいけど?」
蜜璃「キリエちゃんは、誰かに恋してる?」
キリエ「(きょとん、として)え?・・・」
聞き慣れない単語が、耳に残る。
恋。
誰が、誰に。
茫然とするキリエ。
思考が、停止。
間。
間。
尚も、間。
蜜璃、にこにこ、と笑みを湛えたまま、好奇心一色の瞳を向けて来る。
キリエの無意識の脳裏に、姿が浮かぶ。
【カット挿入】
荒涼としたアメリカの大地を背にした、ラーラマリアの立ち姿。
不敵な笑みから、ニカッ、と爽快な笑顔になる。
【カットイン終了】
ボフン!と真っ赤になって、派手に湯気を放つキリエの顔。
蜜璃が、両目を見開き、口角を思い切り引き上げる。
対して、首を、ブンブン、と左右に何度も振り、両の瞼を固く閉じるキリエ。
自分の無意識を、否定する如く。
キリエ「(覚束ない声で)わ! 私は! 別に・・・誰も・・・」
蜜璃「相手は私の知ってる人? 男の人? 女の人?」
キリエ「(断ち切るように)だから私は誰も!・・・誰も・・・」
キリエ、千切れんばかりに、尚も頭を振り続ける。
蜜璃、ただただ、じーっ、とキリエを凝視している。
暫くの時間、それは続行。
更に、続き。
どれほどか繰り返した、後。
はあーっ・・・と、長い、やたら長い溜め息をついたキリエが、肩を落とす。
完全に、諦めた様相。
敗北感を顔に浮かべ、それでも目線は伏せて、微かな抵抗を見せている。
キリエ「(ぼそっ、と)・・・アメリカに、いる・・・女性・・・」
蜜璃「(嬉しそうに)そっかぁ! キリエちゃんが恋してるんだもの、きっと素敵な人よね!」
思わず顔を戻し、視線を絡ませるキリエ。
蜜璃の、一点の曇りもない、にこやかな笑顔。
まるで我が事のように、煌びやかな祝意が溢れ出している、可愛らしい笑顔。
キリエ、自分の中の恥ずかしさが雲霧消散していくのを感じている。
それほどまでの、他意のない、純朴な表情の蜜璃。
蜜璃「(一層、にっこぉ、と柔和な笑みで)恋はいいものよ! ドキドキしたり、キュンキュンしたり、ワクワクしたり・・・それが、私を強くしてくれるの! 仲間は絶対に死なせたくない、って、力が湧いてくるの! だから私は『恋柱』! 心を燃やして! もっともっと強くなるのよ! みんな私が護るんだから!」
輝かしい笑顔と、口にされた勇ましい気魄。
キリエの裡に、自然と杏寿郎の姿が浮かんでくる。
それが、眼前の蜜璃の姿と、被って見えてくる。
すぐに、理解。
まさに、師弟なのだな、と。
ふっ、と小さく口端を緩め、微かな笑みを湛えるキリエ。
キリエ「煉獄さんも言ってたわ。心を燃やせ、って。師範の教えを忠実に守ってるのね」
蜜璃、輝かしい笑顔のまま、コクン、と大きく頷く。
キリエ、頼もしいと言いたげな色彩を、送る目線に醸す。
キリエ「貴方も強いのね、甘露寺さん。凄い人なんだな、って思えるわ」
蜜璃「(照れて、後頭に右手を当て)ううん、私なんてまだまだよ」
普段の、落ち着いた雰囲気に回帰する蜜璃。
今度は、彼女がキリエに向ける視線に、敬意の色合いが宿る。
蜜璃「(深みのある声で)キリエちゃんの闘っている理由・・・鬼になる病気をなくす為、〝明日〟の為に闘ってるんでしょ? 黒衣の者を斃すことが、たったひとつの〝明日〟だって・・・」
キリエ「(頷いて)ええ」
蜜璃「(思い出したように)そうそう、ミカエラちゃん私と話してる中でね、褒めてたよ、キリエちゃんのこと。凄い、って。私も聞いて思った。(キラ、と目を輝かせ)キリエちゃん凄いよ! 頑張ってて本当に凄いよ!」
キリエ「(顔を伏せ)私なんか、全然凄くないわ・・・」
蜜璃「(首を左右に振り)ううん、そんなことないよ! 絶対凄いって! 私ももっともっと頑張って、誰ひとり傷付けさせないくらい強くなるから、一緒に頑張ろう!」
驚いたように、目を少し見開くキリエ。
蜜璃の裏のない声色と、親し気な同調の雰囲気に、信じ難いとばかりに。
喉の奥から、何かが涙腺を殴打する。
涙は浮かばないが、つん、と鼻の奥が突かれる。
意識の底に湧く、有難さ。
キリエ「そんなこと言ってくれるの、甘露寺さんくらいよ」
蜜璃「言わなくても、キリエちゃんを見てる人はみんな思ってる。キリエちゃんの〝明日〟を取り戻そうっていう願いが解るから、ミカエラちゃんも、炭治郎くんも、禰豆子ちゃんも、しのぶちゃんも、伊黒さんも力を貸したいんだって思うよ」
キリエ「(意外そうに)伊黒さんも? 疎ましいって思われてるかと・・・」
蜜璃「(内緒話をするような声で)伊黒さん優しいのよ。ねちっこくて素敵だし」
キリエ「(ジト目で)それ・・・褒めてるの?」
にこ、と屈託のない、蜜璃の笑顔。
釣られたように、僅かに笑みを湛えるキリエ。
そして、蜜璃が、きり、と眉を寄せ、勇ましさを表情に込める。
蜜璃「(大きく頷き)私も力を貸すよ! キリエちゃんの〝明日〟の為に!」
キリエ、穏やかな微笑を浮かべ、蜜璃を見詰め返す。
キリエ「(しっかりとした声質)ありがとう、甘露寺さん」
ふたりの目線が、宙で繋がれ、絡む。
やがて。
どちらからともなく、肩を並べて、歩行を開始する。
既に、ふたりとも周囲を警戒する表情へと転化している。
キリエは、左手に下げた仕込み傘を、ギュッ、と改めて握り締める。
蜜璃は、左手を日輪刀の鞘の鯉口に置き、いつでも切れる準備をしている。
通行人と擦れ違いながら、六区の通りの『電気館』前、浅草公園方面へと歩みを進めていく。