タイトルは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲、教会カンタータBWV57「試練に耐えうる人は、幸いなり Selig ist der Mann」より。
登場人物:「キリエ~吸血聖女~」より、キリエ。「鬼滅の刃」より、竈門炭治郎と竈門禰豆子、胡蝶しのぶ、鎹鴉二羽。及び、吾峠先生ネームからキャラ1名。他、サブキャラ(オリキャラ)とモブキャラ数名。
注:小説ではなく、台本風読み物です。残酷・残虐なシーンが多く書かれております。
同一内容を、下記サイトにも掲載しております。
pixiv: https://www.pixiv.net/novel/member.php?id=323663
【挿絵表示】
「キリエ~吸血聖女~」×「鬼滅の刃」クロスオーバー脚本風読み物
【 試練に耐えうる人は、幸いなり(中編) 】
Selig ist der Mann
★ (二日後)蝶屋敷・診察室
晴天の、日中。
蝶屋敷の庭先を、多くの揚羽蝶が羽ばたき、行き交う。
初夏の花々の発する香りが、屋敷の周囲に漂い、咽る程に満ちる。
窓が大きく開け放たれた、〝蟲柱〟胡蝶しのぶの診察室。
湿った暖かい薫風が、窓枠を越えて、遠慮なしに流れ込んで来る。
そこに背を向け、事務机の前の肘掛け椅子に座っている、しのぶ。
向かい合わせの回転丸椅子に、キリエ。
ふたりと三角を成す位置、丸座のパイプ椅子に、炭治郎。
キリエと炭治郎は、やや緊張した面持ち。
事務机の卓上に、二種類の書籍が、置いてある。
片方が、布張りの厚く硬い表紙の、事典のような分厚さの本。
片方が、普通の厚紙の表紙、何かを多数挟み込んだような、膨らんだファイル。
しのぶ、いつもの柔らかい笑みを湛え、右手で二冊を示す。
しのぶ「キリエさんのお話に極めて近い事例が、この二冊に記載されています。この蝶屋敷でのカルテにはありませんでしたが、公式の文献『東京府伝染病対策記録』と、古い新聞記事を切り抜いて保管していた貼り込み帳面です」
キリエ、ふたつの書類を、据えた目線で凝視している。
炭治郎、ごく、と生唾を一度飲み込む。
しのぶ「(キリエに目線を移し)予めお尋ねしますが、『黒衣の者が日本にいる』という報せは、どなたから?」
キリエ「私の相方がアメリカ軍の将校で、彼女から話を聞いた。情報源はジャパンから来ていた〝イワクラ使節団〟の人たちで、黒衣の者の目撃情報があった、狂血病と似た病気の発症例があった、という内容。更に詳細な聞き取りをしたようだけど、電信でジャパンから第一報を受けて、アメリカ政府との会合で話題に上った、と・・・具体的な場所や感染者に関しては詳細が判らなかった。その〝イワクラ使節団〟によると『今はメイジ5年』とのこと、だったんだけど・・・」
途端、しのぶの右手が、事務机の壁際のブックエンドに伸びる。
収まっている一冊の、背表紙が日焼けした書物を抜き取り、左手に持って頁を捲る。
しのぶの視線は、紙面を素早く這っている。
ぺら、と捲り、更に、ぺら、と捲り続ける。
しのぶ「(眉を寄せ)米国では何年でした?」
キリエ「1872年。それがジャパンの『メイジ5年』で、煉獄さんは、タイショウ4年から43年前、って言ってた」
ある頁で、しのぶの動きが停まる。
じっ、と目線を固定したまま、小さく頷く。
しのぶ「岩倉使節団が日本を出たのが、明治四年拾壱月、それから明治五年七月まで米国に滞在。米国で使っている西暦に直すと、1871年12月から1872年8月までとなります。であれば、訪米中の岩倉使節団の方々が本国からの連絡を受けた可能性は高いですね。その報せは巡って、キリエさんの元に届いた。辻褄は合います」
キリエ、こくん、と大きく頷く。
炭治郎、彼女の横顔を目にして、少し表情を緩めてから、小さく頷く。
しのぶ、キリエの様子を確認してから、手にした書物をブックエンドに戻す。
続けて、卓上に置いた片側の本、革張りの表紙に両手を添える。
事典のような書籍の、中央ほどに、栞が挟まっている。
その付近に手を掛け、パタ、と両方に開く。
蝶の絵の描かれた栞を少しずらし、頁の中程に右手人差し指を添えるしのぶ。
しのぶ「読みますね。まず発生確認日『明治五年壱月半バ』―――四十三年前です」
しのぶ、一旦言葉を切って、キリエを見る。
彼女は、しのぶの指先を、じっ、と身動ぎもせずに凝視している。
しのぶ「キリエさんは、日本語は読めますか?」
キリエ「(ちら、としのぶに目線を遣り)あ、読めないから、読んでもらわなきゃ解らない。でも目で追ってるから、続けて」
そして、再び食い入るように紙面を覗き込むキリエ。
その横顔を見詰め、微笑ましそうに口元を緩め、改めて頁に視線を落とすしのぶ。
しのぶ「発生地区は『東京府南多摩郡恩方村』、症例・・・(引き締まった声色で)ここが肝なんですが・・・『目ガ赫クナリ、歯ガ鋭ク尖リ、凶暴化シ、人ヲ襲ヒ、血肉ヲ喰ラフ』だそうです」
キリエの両眼が、大きく丸く見開かれる。
唇の両端を、きゅっ、と引き締めて、眉を顰める。
しのぶ、それを横目で見て、キリエと同じように眉を寄せる。
しのぶ「記録は疑いようがありませんが、この内容は鬼の行動ともよく似ている。鬼の存在は大々的に発表されている訳じゃないので、鬼の出現が記録されたんじゃないかとも思いました。でもこの次の頁・・・(一頁捲って)ここに、症状が出た患者名と、その詳細が書かれてました。ある人は『別ノ発症者ニ噛マレタ後、発症』、ある人は『日中、帰宅スル途中デ発症』―――(真剣な表情で、炭治郎を見て)炭治郎くんなら、解りますね?」
炭治郎「(大きく頷いて)鬼に噛まれても、鬼にはならない。鬼は陽の光を浴びられないから、昼間に行動は出来ない・・・これは、鬼のことを書いたのではありません」
しのぶ「(再度書物に目を落として)ええ。それに重要なのは、これが伝染病として記録されていること。罹病者に噛まれた人が罹病するという特殊性はあれど、細菌型流行病と同じ位置付けで・・・」
キリエ「確かに、伝染病と同じと考えられてもおかしくない」
しのぶ「更に、この病にはあらゆる薬物が効かず、治療する手段が不明であった、と記されてます。最終的な患者は十二名。すべてが同じ地区の住民ですが、それ以上拡散して流行ることはなく、十二番目の罹病者を最後に、同じ症例は確認されなかったそうです」
キリエ「(目を伏せて、右手人差し指を曲げ、口元に当て)12人は狂血病に罹って、それ以上は広がらなかった、ってことね。理由は解らないけど、何か対策が出来たのかしら?」
炭治郎「罹った人は、その後どうなったんです?」
しのぶ「それが、書かれていないんです。他の伝染病は有効治療法などが〝対策〟として記載してありますが、この病気だけは何も。(キリエに視線を送り)『狂血病』に罹ると『吸血鬼』という鬼になる。『吸血鬼』を斃すには銀の銃弾が有効と伺いましたが、他に斃す手段をご存知ですか?」
キリエ「いくつか、ある。個体差はあるけど、雷みたいな高電圧を流したり、爆薬や火炎放射器で焼いたりして斃すことも出来るし、それに・・・」
脳裏に、一筋の光が奔るキリエ。
はっ、と何かを思い出した模様。
キリエ「(深い響きの声)煉獄さん・・・」
【回想シーン】
午前3時の、バトルマウンテン鉱山地区、街中の広場。
血飛沫が舞い、ポタ、ポタ・・・と広場の土を染める。
痛みに耐え、左脚を軸に、くるん、と身を返し、地面を蹴るキリエ。
相手との距離が、2ヤードほど開く。
獲物を捕捉しつつ、羽根と腕を広げて飛び掛かってくる異形体、ムルシェラゴ。
キリエが傘を構えようと身体を向けた、瞬間。
ゾン!と、眼前のムルシェラゴの頸が切断され、多量の炎が舞う。
広場の地面に激しい勢いで、切断面を燃やしながら転がる異形の頭と躯体。
チリチリチリ・・・と、砂のように崩れて散らばっていく。
仕込み傘を構えたまま動きを停め、荒い息でそれを見ているキリエ。
いつの間にか、すぐ近くに杏寿郎が立っている。
日輪刀を正眼に構え、腰を少し落とし、両足で地面をしっかりと踏んでいる。
【回想シーン終了】
キリエ、身体を起こして、しのぶと炭治郎に交互に目線を投げる。
キリエ「煉獄さんがカタナで斬ったムルシェラゴ・・・異形の吸血鬼は、砂みたいに崩れて消滅したわ」
しのぶと炭治郎が、同時に互いの顔に視線を送る。
ふたりとも、心持ち驚いたような表情。
そして、示し合わせた如く、同時に首を上下に小幅に振る。
しのぶ「やはり・・・『吸血鬼』にも日輪刀が効くのですね」
炭治郎「(ごく、と唾を飲み)じゃあ、その時の患者は・・・」
しのぶ「記録がないので、あくまで推測の域を出ませんが・・・鬼殺隊に滅せられたとしか思えません。鬼殺隊は政府非公認組織、こういった公的文献には当然残らないと考えられるでしょう。ですから、伝染病としての事例は記録されましたが、治療も対策も出来なかった為、最終的には鬼として滅せられた―――これが顛末ではないかと」