「(このままじゃ間違いなく風邪ひくぞ…!)」
その日はひどい雨だった。
行き交う人々のほとんどが傘をさして歩く中、星野アクアはずぶ濡れになりながら雨の中を走っていた。朝の天気予報で今日が雨であることを知っていたにも関わらず、なぜこんなことになったのか。
「(油断した、まさかいきなり壊れるなんて…そういやこの傘買ったのいつだ…?)」
アクアは折り畳みの傘を持って出かけていたのだが、使用している途中で突然壊れてしまったのだ。思い返してみれば、買ったのはずいぶん前だったし長いこと使ってなかったものだ。事前にきちんと使えるか確認しておけば良かったのだが…
「(こういう時に限ってコンビニが遠いんだよな。まぁ、今更ビニール傘を買っても手遅れか…)」
すでにプールにでも入ったあとのように全身が濡れている。今更途中で傘を買っても意味はないだろう。幸い財布や携帯はなんとか庇うことが出来ている。このまま自宅まで行くしかない。
「(風邪をひくのは確定だろうし、帰ったら二人に風邪を移さないよう気を付けないとな)」
家で待っているであろう母親代わりの女性と妹のことを思い浮かべ、変わらぬスピードで走り続けるアクアの前に突然人影が立ちはだかった。
「(あぶね!)っすいません」
「…」
相手がわざとアクアの進行方向に来たようだが、わざわざ喧嘩を売る必要もないので簡単に謝って横を通り過ぎようとする……が。
「っ!(なんだこいつ!女!?)」
すれ違いざまに相手が腕を掴んできたので立ち止まることになった。伸ばした腕の細さや手のサイズからして女性のようだ。
「すいません。離してもらえま「アクア?何やってるの?」…逢?」
傘に隠れた女性の顔を見ると、自分がよく知る人物であることが分かった。
「逢か…こんな雨の中なにしてるんだ?」
問うと、呆れと心配が混ざった顔で逢が言い返してくる。
「それは私のセリフでしょ~?傘は?今日の天気予報見てなかったの?」
アクアが事情を説明すると、逢は間髪入れずにアクアの腕を掴んだまま歩き出した。
「お、おい。どこに行くんだ?」
「私の家」
「…ん?」
逢はアクアを傘の下に入れながら、顔だけを近くにあるマンションへ向けた。
「前に言ったよ?ここの近くに私が暮らしてるマンションがあるって」
「いや、それは知ってるが…」
「うちでお風呂入っていきなよ」
「………は?」
困惑を隠さないアクアに対し、逢はまるで何でもないことのように爆弾発言をかました。
「(ふ、風呂!?一人暮らしの若い女の家で風呂に入る?俺が?)」
「あ、ちゃんと着替えもあるから安心してね。アクアとルビーがいつお泊りに来てもいい様に着替えは準備してたんだ~」
「き、着替えどうこうじゃないだろ!いいのか!?」
「?…なにが?」
心底不思議そうに見つめて来る逢に対し、アクアは顔を赤らめながらも必死に説得を始める。
「…一人暮らしなんだよな?」
「うん」
「俺は男なんだぞ。同年代の男と家に二人きりって状況はまずいと思わないか?」
「親子じゃん」
「今は血縁上は他人だろ…!」
何とかこの状況をどうにかしようと説得を続けるアクアに対し、逢は微笑ましいものを見るような生暖かい視線を向けた。
「アクアも男の子なんだねぇ。昔は何度も裸の付き合いをしたのに」
あの頃は赤ちゃんだったから!幼児だったからセーフ!
必死に言い訳を続けるアクアは気づかなかったが、すでに逢の住むマンションの入り口まで来ていた。
さすがにここで騒ぐのは周囲の目が痛いと気付いたアクアはおとなしくなった。力づくで腕をほどくことも出来たが、怪我をさせるのが怖くてそれも出来ない。
「(来てしまった…)」
「今タオル持ってくるから、ちょっと待っててね」
「うん…」
その後、タオルを持ってきた逢が体を拭こうとしたので、何とかタオルを奪取してアクアは自分で体を拭いていた。
「(………うん。落ち着いてきたぞ。そうだ、母親の家に来たくらいで何を緊張してるんだ俺は。これくらい何ともない…)」
先ほど自分が言った『血縁上は他人』というセリフを忘れ、相手を母親だと強く意識することで高鳴る心臓を抑えようとする。
「アクアー、もうお風呂沸くからそろそろ入ったら?着替えも用意してるからね」
「あぁ、ありがとう」
素直に案内されて脱衣所まで向かう。ここまで来たら腹をくくるしかなかった。
「アクアは温かいミルクとココア、どっちがいい?」
「……ココア」
「うん、わかった。ゆっくり入っててね」
…もしかしたら『昔みたいに一緒に入ろうか!』とか言ってついてくるかもしれないとアクアは警戒したが、意外にもあっさりと逢は台所へと去っていった。
◇◆◇
「(最初はどうなるかと思ったが……まぁ、何も起こらんよな)」
アクアは温かいシャワーを浴びながらリラックスしていた。
つい先ほどまで尋常ではなく緊張していたが、シャワーを浴びるうちに段々冷静になり今はすっかり落ち着いている。
「(来てよかったかもな…あのままだったら間違いなく風邪ひいてただろうし、ここでしばらく休んでから傘を借りて帰ろう)」
アクアは自身の体がシャワーによって温まっていくのを感じながら、そのうち目を閉じて脱力状態になっていた。
…母親に昔のように世話をされたせいか、風邪をひかずに済んだことへの安心感か、この時のアクアは完全に油断していた。
カラカラ…と、静かに風呂場へ続く扉が開く音が響いた。
「(…ん?今の音……は………!?)」
音に気付いて後ろを振り向こうとしたアクアだったが、誰かが背中に張り付いたせいで体が硬直してしまって動けなかった。
「…」
「(こ、この感触…!なんだ、何が起こってるんだ!!??)」
背中に柔らかな感触を覚えながら、硬直する体とは別にアクアの内心は大混乱だった。
「(誰だ!!…って、この家には俺と逢しかいない…)」
「ねぇ…アクア」
「逢…何やってんだ…」
声を聞くことで背中にいる人物が誰かを確信し、緊張で声を震わせながらアクアは問いかけた。
「アクアは思ったことない?」
「…なにがだ?」
耳元で囁く逢の言葉に、必死に理性を繋ぎ留めながら答える。
「昔みたいに、もう一度家族になりたいって…私はあるよ。記憶が戻ってからずっと思ってた。毎日…毎日……」
「それは…」
…どうしようもないことだ。たとえ前世で家族だったとしても、今は血の繋がりもない完全な赤の他人。こればっかりは変えようがない事実だった。
「だから考えたんだぁ……私はもう二人のママにはなれないけど、新しい家族になることは出来るんじゃないか、って」
逢は嬉しそうに話しながら、アクアの肩に置いていた手を少しずつ下げていく。
「っ!」
「アクアが悪いんだよ?あかねちゃんもかなちゃんも振っちゃって…私はあの二人ならどっちでもアクアを任せられると思ってたのに」
アクアは抵抗出来なかった。すでに頭も回っておらず、されるがままになるしかなかった。
「…大丈夫だよ?アクアもさっき言ってたじゃない、今は血の繋がりのない他人だって…だったらこういうことしても問題ないよね?」
「子供が出来ちゃうのが心配?前の私も16歳で産んだんだから、きっと今度も大丈夫」
「アクアの好きにしていいんだよ…」
「ママが全部受け止めてあげるからね―――
また家族になれたね♪
これでアクアは旦那様、ルビーは義理の妹かぁ
ミヤコさんは私の義理のお母さんで…
あぁ、社長も呼ばないと…あの人は私の義理のお父さんだねっ
…私が子供を産んだら、もっと賑やかになるね
今度も双子だったらいいなぁ
・月宮逢
再びママになった一般転生女子生徒。
家族がいっぱいでとっても幸せ。たぶん高校辞めてママに専念する。
もうこれがハッピーエンドでいいんじゃないかな。