己が肉体より切り離れし魂よ
己が身を取り戻したければ
夢の求むるままに旅立つがよい
己が運命の鍵を握るは
闇を統べる女と黄昏の乙女
運命を克服せし旅の果て
己は全き姿に戻り
全てを取り戻すだろう
序 章 闇からの召喚
弓なりに反る月の、ほのかに闇を照らす銀の光に満たされたそこは、おそらくは何処かの宮殿の一室なのだろう。柱や壁に孔雀石、斑碧玉に瑪瑙などの様々な貴石をふんだんに使い、細微に至るまで金銀や青石、紅石、夜石、緑石、水石等の宝石で、色とりどりに細やかな装飾を施した三間続きの豪奢な造りの広い部屋だった。
その三間の一室の窓寄りに三日月の形を模した大理石のテーブルが置かれてあり、その中央の石榴石の台座の上に、一片の曇りもなく磨き上げられた直径二十センチ程の透明な水晶球が、大切そうにビロードに抱かれて鎮座していた。そして、その前で手を水晶球にかざし、それを食い入るように見据える一人の女がいた。
長身で歳は一見三十歳前後に見えるが、月の光を弾いて銀色に輝く長い艶やかな絹の髪に、見事な曲線美を描く肢体にぴったりとフィットした漆黒のドレスに包まれた、張りのある雪花石膏の肌はそれ以上に若々しく見えた。また妖艶だが何処となく硬質的な印象を与える顔ばせの中で、水晶球を捉えて離さない紅い双眸には、長い時間を視てきたかの様な深い色合いを帯びた光が宿り、実際彼女がどれだけの昼と夜を過ごして来たのか定かではなかった。そして、額には細心の注意を払って造られた見事な細工のサークレットをしており、その中央に嵌められた緋い宝石が第三の瞳のように妖しく輝いていた。
宮殿の中は彼女以外の人の気配は微塵もなく、ひっそりと静寂だけが支配する中、水晶球を映す二つの瞳と同じように、鮮血で染め上げたかのような紅い形の良い唇から紡ぎ出される唄とも呪文とも祈りともつかぬ澄んだ低い声が、吹き抜ける風の音と共に広い宮殿内に何時までも木霊していた。
不意に、声が途切れた。
「——とうとう見つけた……」
無機質のように硬かった表情に笑みがこぼれる。それは毒蛇が獲物を前に舌舐めずりして浮かべる残虐な歓喜の表情を思わせた。
「これで妾は全てを手に入れる事が出来る。この世の全てをな……」
いとおしむように白銀の髪の女は、両の手で目の前の水晶球を撫で付けた。
その中には、一人の異国風の服を身にまとった少年の姿が映し出されていた。長年探し求めていた、彼女の野望を成就する為の切り札となる少年が——