アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅴ ―ヴァンデミーネの巫女―

 エラドラが語る邑に起こった出来事に、シグはゴクリと喉を鳴らした。

「じゃあ、父ちゃんと母ちゃんも、あの『闇』に……」

「おそらくはの」

 震えるシグの声にぼそりとエラドラは応え、また一口香草茶を口に含んだ。

 きゅっと、エルドが唇を噛みしめる。

「で、でも、あの『闇』は消えたんだから、父ちゃんも母ちゃんも何処からかひょっこり現れるって事は——」

 一()の望みを掛けて、シグは老婆に同意を求める。

 エラドラは目を伏せ、静かに口を開いた。

「一夜にして、邑から人が全ていなくなる……。こういう事は以前から度々起こっているんじゃ。じゃが、今までに戻って来た者は一人もおらん」

「そんなっ、姉ちゃん——」

 シグは絶望に表情(かお)を歪め、姉にしがみつく。

「じゃあ、何故貴女だけ無事だったんだ?」

 胡散臭そうにショウは老婆を見た。

 ただ一人だけ無事だったというのが、どうにも気にくわない。案外あの「闇」はこの老婆が造り出したのかもしれない。そう思えるだけの不気味な雰囲気を目の前の老婆は持っていた。

 ショウの考えを見透かしたようにエラドラは口の端を微かに上げ、手に持つ茶碗を脇に置くと、懐から掌に乗るくらいの(たま)を取り出した。

 囲炉裏の火に照らされて柔らかな光を放つそれは、透明な水晶球の中に埋め込まれた直径五フィア程の琥珀色の美しい宝石だった。

「それは?」

「〈暁の星(エルーラ)〉の宝珠じゃよ——その昔、我がエルティアの祖王が、女神ヴァンデミーネより賜った力の宝石(いし)じゃ。ほれ、お主のソーレスの柄の〈蒼の閃光(ソレイア)〉と同じじゃよ」

 ショウが座った脇に置いた剣を顎で示し、エラドラは遣る瀬無さそうに言葉を継いだ。

「これには『闇』は近づく事はできんかった。じゃが、これは儂一人を護るだけで精一杯じゃった」

 そこでエラドラは、何かを堪えるように口を(つぐ)んだ。

 この天幕に、自分の許に辿り着ければ救えたかもしれない。

 だが、「闇」は巧妙に邑人達の逃げ道を塞いだのだろう。長い年月を生き、足腰が弱って人の手を借りなければこの場より動けないエラドラの許に、誰一人逃げてきた者はいなかった。

 救いの手を差し伸べる事もできず、「闇」に呑み込まれていく同胞の悲鳴を、エラドラはただ一人天幕の中で聞き続ける事しかできなかったのだ。

 そして、全てが終わり、どのくらいの(とき)()っただろうか。

 静寂に支配された邑に再び人の声が響いたのは。

「——お主達の声が聞こえた時、エルーラ(これ)がソルブレイ神の力の宝石(いし)に反応して輝いたのでな。もしやと思い、力を送ってみたのじゃ」

 あのソーレスの輝きは、エラドラがエルーラを通してソレイアに送った力によるものだったのだ。

 ——エイルの言った通り、やっぱり俺にはソーレスの力は扱えないのか……

 判っていた事だが、あの時もしかしてと一瞬ショウは期待したのだ。この力が使えるようになったのなら、これから先何があっても、今回のようにアルフィーネを護る事ができるんじゃないかと。

「見事あの『闇』を打ち払うとは。やはり、祖王の頃よりその形を変えぬソレイアの力は凄まじいものじゃな」

 と、エラドラは気落ちしたショウに視線を向ける。

「お主がソーレスを持ってきてくれたお蔭で、儂はこの子等を失わずに済んだ。礼を言おうぞ。ソルティアの皇子」

 ——やっぱりこの婆さん、この体の素性を知っている。

 やっとあの国を出たのに、ここでも同じ思いをしなければならないのか。

 この体の所為でソルティアの皇子であることを()いられ、自分の存在を否定される。何故入れ替わったのが()りに()ってフォルド(こいつ)だったのかと、呪わずにはいられないショウだった。

 エラドラの言葉にシグは驚きに目を見開き、エルドはやはりという表情(かお)になる。

 アルフィーネはどうしていいか判らず、心配そうに傍らで顔を強張(こわば)らせるショウを窺い見た。

 そんな四者四様の反応に頓着せず、エラドラはおもむろにエルーラを掲げ、それを通してソルティアの少年を視た。

 落ち窪んだ目を細めてじろじろと眺めまわし、そして、ほうっと息を漏らす。

「話には聞いておったが、こりゃ面白いのぉ」

 まるで珍しい物でも視たかのように、エラドラは独り言ちた。

肉体(からだ)(こころ)の輝きの違う人間がいるとはの。しかも(こころ)の方はこの世界(アーサス)の何処にも属さない色合いをしておる」

「っ!?」

 驚愕のあまり大きく目を見開き、ショウは老いた巫女を凝視した。

 一瞬エラドラの言葉が理解できなかった。いや、理解できたからこそ信じられなかった。視ただけで、自分が置かれた状態をここまで的確に言い当てる事ができるのかと。

「解るのか!?」

「勿論じゃとも。儂を誰だと思うておる」

 思わず()き込んで訊くショウに、エラドラは当然と言わんばかりに応えた。

 力の宝石(いし)エルーラに選ばれたのは伊達ではないと。

 その言葉にショウは胸の奥底が熱くなった。

 この世界(アーサス)で目覚めてから今まで、確かに自分はここに居るのに、この体の所為で誰もその存在を認めてはくれなかった。それがどんなに悔しくて辛かったかしれない。

 ここでもそうなのかと絶望していたのに、この清風の化身である知識の女神の巫女は、自分が異世界の者であることまで解ったのだ。

 初めて自分の事を認めて貰えた喜びに心が打ち震え、ショウはぐっと拳を握り締めた。

 こんなにも嬉しいと思えるのは、祖母に剣道を辞めるのを許して貰った時以来だ。

「お主、名は何という」

「——倉橋、晶」

「ク…ラ…ハシ…、クラ…ハシ…クラハシ…ショウ…」

 吟味するように、エラドラはゆっくりと言葉を繰り返した。

「——成程のう。確かに異なる世界の言の葉のようじゃ。この世界では意味を成さぬ。じゃが、そうとも言えぬ言の葉(もの)もあるとは面白いものじゃな。しかも、ソルティアの祖王の名と同じとはのう」

 奇妙な因縁を感じさせる。

 エラドラは手に持つエルーラに視線を落とし、何やらブツブツと唱え出した。

 そして、再びショウを見据えると厳かに言葉を紡ぐ。

「お主には、この先過酷な運命が待ち受けておる。——じゃが、それを克服せし時、お主は全き姿に戻り、全てを取り戻すじゃろう。鍵を握るは『闇を統べる女』と『黄昏の乙女』じゃ」

「それは、どういう意味なんだ?」

 ショウは首を傾げ、頭に疑問符を浮かべた。

 何か助言をしてくれているようだが、具体性を欠いてよく判らない。そもそも過酷な運命なんて、もう嫌という程体験している。これ以上は願い下げだし、「闇を統べる女」と「黄昏の乙女」って、一体誰の事だ?

「お主、何の為に頭がついておるんじゃ。それくらい自分で考えるんじゃな」

 じろりと黄金の髪の少年を睨み付けたエラドラは、さっさとエルーラを懐にしまうと、茶碗を手に取って音を立てて香草茶を(すす)った。

 すげなく突っ撥ねられ、ショウが憮然とするが、自分の言葉通りに老婆がそれ以上話す事は無かった。

 

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