茜色の夕陽が草原の果てに沈み込むように、天幕の中に重苦しい沈黙が落ちる。
その中で、意を決してアルフィーネが囲炉裏の上に身を乗り出した。
「でも、後一つ、後一つだけ教えてください」
老婆に
「皇子の、フォルド皇子の
その潤ませた瞳の必死さに、エラドラは小さく嘆息して口を開いた。
「無事じゃよ。今のところはな」
微妙な言い回しに、無事と分っても不安は拭いきれず、アルフィーネは憂いを帯びた
「そんなに心配なんじゃったら、後は《
「そのフィラウェルってのは、何処にあるんだ?」
エラドラの言葉に、さっきの仕打ちも忘れてショウは身を乗り出して老婆に迫った。
そこに創世からの全ての知識があるなら、ヴィルドヒルの情報もあるはずだ。そもそもこの年老いた巫女に会いに来た本来の目的は、それを尋ねる為だった。
「この国の中央じゃが…——エルド、シグ」
さっきと違い、あっさりとエルゼナのある場所を説明しかけたエラドラは、ふとソルティアの皇子の話から先、理解が追い付かずに茫然としていた姉弟を呼んだ。
「お前達、この二人をフィラウェルのある所まで連れて行ってやるんじゃ。道に迷うといけないからのぉ」
「お婆様!?」
姉弟は驚いて邑の長老を見た。
「お前達って、あたしだけじゃなくシグもってことかい?」
「その間、お婆様はどうするんだよ?」
「儂はここで待っておるよ」
慌てて問い掛ける姉弟に、エラドラは事も無げに応える。
「待つって、足腰が弱ってて満足に動けやしないのに」
「そうだよ、ここにはもう——」
お婆様の世話をしてくれる者は誰も居ないのだ。
姉に次いで言いかけたシグは、沈痛な面持ちで口籠った。
自分を心配する姉弟に、エラドラはふっと目元を和らげる。
「心配ならば、途中ダーナの邑の者に声を掛ければいいじゃろう」
「駄目だよ、それでも一週間以上お婆様独りになっちまう」
エルドは
「やっぱりシグ、お前は残りな。道案内はあたしだけでもできるからさ」
「ならん」と、一転して厳しい
「お前達は二人でこの者等を、フィラウェルの所まで案内するんじゃ」
「お婆様……」
一度言い出したら聞かない老婆の頑固さに、姉弟はほとほと困り果てた。
「あの——」
とうとう堪り兼ねてショウが口を挟む。
「エルティアの地図と、フィラウェルの位置さえ教えて貰えれば、俺達だけでも行けるから」
そうすれば三人が言い争うこともない。
そう思ったのだが、途端に三人が一斉にショウに振り返り、矢継ぎ早に言い返してきた。
「何を言うか、お主の様な世間知らず、ほっといたら狡猾な
「そうだよ、あんた達エルティアに来るの初めてなんだろ? そんな奴だけで旅できるほどこの国は甘くはないんだよ」
水を補給するにしても、何処に湧き水があるか判らないでは話にならない。
老婆の一喝にエルドがすかさず相槌を打ち、そこへ更にシグが畳みかける。
「大体、ジャルガって言っても、獣だけじゃないんだからな。人の皮を被った
揃いも揃って酷い言われようだ。
でも、反論したくとも、何をどう反論したらいいのか分らず、ショウはぐっと言葉に詰まった。
アルフィーネも三人の話に顔を
「よいか、エルド。お前はシグを連れてその二人をエルゼナまで案内するんじゃ」
「でも——」
「お前達の両親を呑み込んだ、あの『闇』の正体を知りたくないのか?」
「そりゃ、勿論知りたいけど……」
「だったら、この者達に付いて行く事じゃ。良いな」
「——分ったよ……」
これ以上の反論を許さぬエラドラに、とうとうエルドは折れた。
「姉ちゃん……」
それでいいのかよと、シグは不安そうに姉を見る。
それを受け、エルドはキッと囲炉裏端に鎮座する老婆を睨み付けて言い放った。
「但し、行くのはあたし等の気が済むまで準備してからだからね」
これだけは絶対に譲れない。
「……好きにするがよい」
誰に似たのやら、頑固すぎる
一つの天幕を残し、火の消えたウィドの邑に静かに夜の帳が降りていった。