シグも一緒に行きたがったが、即座に却下した。昨日の今日だ。またあの「闇」が出てこないとも限らない。用心の為うろちょろと何処に行くか判らない弟は、お婆様の監視下に置いた方がいいとの判断だった。
念のためにソーレスを佩いたショウと共に、エルドは柵沿いに邑の中をぐるりと周った。「闇」から逃れようと邑人が壊した箇所を、一つ一つ丁寧に修理していく。ついでに縛った綱紐が緩んでいる箇所もきつく締め直した。
「随分頑丈にするんだな」
「当たり前だろ。ジャルガなんか一匹でも中に入られちゃおしまいだからね」
生きてるものは全て喰い尽くされてしまう。家畜も、そして人も。
「それより、あんた達どうかしたのかい?」
「どうかしたって、何が?」
「何がって、アルフィーネだよ」
切れた柵の綱紐を取り替えながら、エルドはその手伝いをするショウを見る。
「なんかぎくしゃくしてるってか、ケリアの邑じゃ、ダムアにあんたが駆け落ち相手と思われて喜んでたように見えたのにさ」
「ああ…、あれは駆け落ち相手が
それが判ってたから、あの時自分は素直に喜べなかったのだ。結局できなかったけど、ダムアの誤解を解きたかったのも、それが何となく面白くなかったからだ。
「アルフィーネはフォルドの事が好きなんだよ」
王宮でのあの献身ぶりを見れば、本人に聞かなくても嫌でも判ってしまう。
必死にエラドラに皇子の
「へぇ、そうなのか」と、エルドは取り替えた綱紐をきつく締め直す。
「それで、あんたはどうなんだい?」
「へ? 俺?」
「そう、あんたはアルフィーネの事どう思ってんだい?」
「それは——」
王宮での日々を思い起こし、ショウは口籠った。
あれは全部フォルドに対してで、自分に向けられたものじゃないとショウには判ってはいた。判ってはいたが、ずっと一緒にいて親身に優しくしてくれたアルフィーネは、ショウにとって既に特別な存在になっていたのだ。
けれど、アルフィーネの気持ちが判り過ぎるくらい判っているのに、それを素直に口にするのは何となく気が引ける。
「まぁ、いいけど」
煮え切らないショウをあっさりとうっちゃり、エルドは話を進めた。
「でもさ、アルフィーネも本当は薄々気付いてたんじゃないか、中身が別人だって事」
それだけ一緒にいれば、嫌でも以前と違う事くらい分かる筈だ。
「いや……」
ショウは力なく
「違うトコは全部忘
旅に出た後も、態度や言葉遣いが変わらないから、何となくそうじゃないかと思っていた。でも、それも仕方ない。言葉だけで何一つ証拠はないのだから。
ショウは嘆息して、足許に落ちている切れた綱紐を拾いながら言葉を継いだ。
「なのに婆さんに中身は別人だって、きっぱりと言われたんだ。相当ショックだったろうな」
女神ヴァンデミーネの力の
アルフィーネにしてみれば、ずっと心から慕い続けていた者が、いきなり得体の知れない奴になってしまったようなものだ。今まで通りに接するなどできるわけがない。
フォルドとは別人なのだとはっきりと認識した事で、ショウに対する今までとの意識の違いが、ぎくしゃくとした態度になって現れてしまっているのだ。
やっと自分の存在を認めて貰えて嬉しい反面、ああもあからさまに避けられると、ショウとしてもどうすればいいのか判らず、腫れ物に触るような感じになってしまっていた。
「そういうお前はどうなんだ?」
次の修理箇所に行こうとしたエルドに、ショウは訊いた。
「どうって?」
「俺の事。中身別人で、しかも異世界人ってトコ」
自分で言っておきながら、ショウはきょとんとした顔で自分を見返す
出会ってから今まで、自分の衝撃的な事実が判っても変わらない態度でいる彼女が、自分の事をどう思っているのか気になったものの、はっきりとエルドの口からそれを聞くのが怖かった。
「そうだね……」
少し考え込みながらエルドは口を開いた。
「中身が別人だとか、異なる世界の人間だとか、ぶっちゃけ今でもよく判んないんだよね」
と、肩を竦める。
そもそもソルティアの皇子がどんな奴だか知らないのだ。
「でもさ、今実際にあんたはここに居る。だったらそれでいいじゃないか」
それが一番大事な事だ。
知り合ってまだほんの数日だけど、こいつは信頼するに足る奴だとエルドは思っていた。自分の身の危険を返り見ず、縁もゆかりもない見ず知らずの弟を、あの獰猛なオーシグルから助けようとした。エルドにはそれだけで十分だった。
「いいのか、本当にそれで」
「いいんだよ。あたしにとって、その
目を
「さあ、今日中に柵全部直したいからね。さっさとしないと日が暮れちまう」
と、軽やかに身を翻して柵の点検を再開する。
「…ああ、判った」
あんな話を聞いたら、普通こんな得体の知れない奴なんか、気味悪がって避けるだろうに。エルドは何でも無い事のように、あっさりと自分を受け入れてくれた。
——やっぱりエルティアに来て良かった……
ソルティアでは味わえなかった、じんわりと胸の奥から湧き上がる喜びを噛みしめながら、ショウはエルティアの少女の許に足を向けた。