アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅴ ― (はなむけ) ―

「じゃあ、お婆様」

 全ての準備を終え、エルドは長老の天幕の中に入り、何時ものように囲炉裏端に鎮座している老婆に声を掛ける。

「迎えが来るまで、ここで大人しく待ってておくれよ」

「ったく、何もこんなに用意せんでも……」

 エラドラは自分の周りに所狭しと置いてあるものを、鬱陶(うっとう)しそうに見やって溜息をついた。

 周りにあるものは革袋に入れた水に保存の利く食料など、全てエルド達が(むら)中から掻き集めたものだ。ダーナの邑までどんなに急いでも五日は掛かる。迎えに来るのは十日後だ。それまでに餓えずに済むようにとのエルド達の配慮だった。

 エラドラが座っていても取れるように置いた為、端から見ると積み上げられた食べ物に押し潰される寸前のようだ。それを窮屈に思うエラドラは、どうにも気に入らないらしい。

「自分の面倒くらい、自分でできるわい」

「お婆様、そういうの年寄りの冷や水って言うんだよ」

「そうそう、達者なのは口だけなんだからさ」

 姉弟は心配して言っているのだが、とてもそうは聞こえない。

 エラドラはしわくちゃなこめかみに、ピキッと青筋を立てた。

「何を言うか、お前達こそまだまだ半人前のひよっこじゃろうがっ」

 しわがれた声で憤然と言い放ち、落ち窪んだ瞳でギロリと二人を睨む。

「ほれ、これを持ってとっとと行って来るんじゃ」

 懐から水晶に護られた琥珀色の宝石(いし)を取り出し、エラドラは朱毛(あかげ)の少女に差し出した。

 エルゼナの王宮にある書物庫の扉はエルーラを鍵としている。これがないと中に入れないのだ。

 だが、エルドはそれを受け取るのを躊躇(ちゅうちょ)した。

「いいのかい? もしまたあの『闇』が襲ってきたら……」

「心配いらん。『闇』はソーレスが消し去ったじゃろう。二度と現れんよ」

「本当に?」

「ああ、本当じゃとも。今までも一度襲った邑に再び『闇』が現れた事はないんじゃ」

 エルドの手にエルーラをしっかりと握らせ、エラドラは何時になく真剣な口調で言い聞かせる。

「よいか、何があっても絶対にこれを人に渡すでないぞ。お前が大切に持っておるんじゃ。

 ——それからシグ、お前にはこれをやろうかの」

 と、座った敷物の下から一本の短剣を取り出し、橙色の髪の少年に差し出す。

 その柄には弓に絡まる蔦の意匠——ウィドの邑の紋章が刻まれていた。エルティアでは十五歳になると、一人前の証として族長から貰える短剣だった。

「お婆様、おいらはまだ——」

 ソバカスだらけの顔を歪め、シグは躊躇(ためら)うように邑の長老を見る。

 エルドは二年前に貰ったが、シグはまだ十三歳なので持ってはいない。

 一人前の証の短剣は、本当は喉から手が出るほど欲しかったが、本来なら貰える筈のない短剣をこのタイミングで渡そうとするエラドラに、シグの頭に不吉な予感がよぎる。

「なんて顔しておるんじゃ」

 シグが何を考えているか察して、エラドラは可笑しそうに口の端をつり上げた。

「お前は体術も弓も鍛錬がきついからと、怠けてばかりじゃったからのう。武器が投石具(ナルク)捕獲具(ボーラ)だけでは心許なかろう。道中エルドの足を引っ張らぬ様に、短剣の一つでも持っておった方が良いじゃろう」

 特に他意はないと、無理矢理シグに押し付ける。

 自分の普段の横着加減を暴露されて顔を赤くしたシグは、言われてみれば確かにそうなので、気は晴れないながらもそれを受け取った。

 目を細めてそれを満足そうに見やると、エラドラは首を巡らせて亜麻色の髪の少女を見る。

「薬造りなど手伝ってくれてありがとうのう。お前さんのお陰で助かった」

 顔を綻ばせて優しく声を掛ける。

「いえ、わたしの方こそ、とても勉強になりました」

 王宮でも手伝ったことはあったが、こんな作り方や薬草の配合の仕方があるのかと、学ぶべきところが多かった。

「そうかい、それならいいんじゃ。ところで、お前さんが首にかけておる首飾りを少し見せてはもらえんかの」

「は、はい……」

 見せた覚えはないけれど、よく胸元に手をやったりしていたから、それで気付かれたのかもしれない。

 頷くと、アルフィーネは首から鎖を外し、胸元からペンダントを取り出して老婆に渡す。

 それを手に取り、エラドラは暫し目を細めて眺めると、何か納得したかのように軽く頷いてアルフィーネに返した。

「よい品じゃ。よいか、この道中これは決して手放してはならぬぞ。肌身離さず持っておるのじゃ。それがお前さんの身を守る」

 そう言うと次に少女の隣に座る黄金の髪を持つ少年を、燠火(おきび)のような赤黒い瞳で捉える。

「……お主に、最後に一つだけ忠告しておこう。『闇』の言葉に耳を傾けてはならん。聞けば、お主は全てを失うじゃろう。——行くがよい」

 それきりウィドの邑の長老は口(つぐ)み、まるで置物のように動かなくなった。

 ショウは忠告の意味を聞きたかったが、この様子ではこの前のように答える気は無いだろう。

「じゃあ、お婆様。行って来るよ」

 受け取った宝珠を丁寧にヌゥートの毛で作った柔らかな布に包み、革袋の中に入れて大切に懐に仕舞い込んだエルドは、名残惜しそうに老婆に声を掛ける。

 エラドラはもう挨拶は済んだとばかりに黙して応えない。

 お婆様らしい反応に、エルドはふっと笑みを(こぼ)して背を向けた。

 未練を断ち切るように、颯爽と天幕の外に出る。

 チラリと囲炉裏端の老婆に目をやり、シグとアルフィーネがそれに続く。

 ショウは暫し置物と化した老いた巫女を見詰めた後、おもむろに頭を下げた。

 肝心のヴィルドヒルの詳しい情報は得られなかったが、新たな手掛かりを得た。それに、初めて自分の存在を認めてくれた。それだけでショウは感謝しきれない程嬉しかった。性格はちょっとアレだが。

「——お世話になりました」

 エラドラの忠告を胸に刻み、万感の想いを込めてそう言うと、ショウは(きびす)を返して天幕を後にした。

 

 

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