アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅴ ―託す想い―

 自分の言葉に禍々(まがまが)しさを増したアルビナの女を、エラドラは何事も無かったように眺め、世間話でもするかのように言葉を継ぐ。

「それにしても、お主のようなアルビナはもうおらぬと思っておったよ。《宵の国(ナイティア)》は既に人の住めぬ地となってしまったからの」

 昔北の山岳地帯のナイティアには、多くのアルビナが住んでいたと言われていた。

 だが、何時の頃からか獰猛な異形の獣が跋扈(ばっこ)すると噂されるようになり、今ではその地に足を踏み入れた者は誰一人戻ってくる事はなかった。

 そのような地で病弱でひ弱な肉体(からだ)しか持たないアルビナが生き延びられるとは思えない。

 そして、他の国では色素の無い赤子は気味悪がられ、産まれてすぐに捨てられる。成人したアルビナが今も尚生き永らえているのは希有(けう)な事だった。

 小さく鼻を鳴らし、美しき銀髪の女は不快そうに深紅の瞳を細めた。

「あのエイルとかいう男はどうなのかえ。あの者もアルビナであろう」

「エイルはお主とは違う。僅かであるが色を(まと)っておるのでな」

 たとえほんの僅かであっても、色素がある者はアルビナとは言わない。

 だが、アルビナの女は納得しなかった。

「ならば何故、あの者は言霊(ことだま)(あつか)えるのかえ?」

(わし)が教えた」

「其方がかえ?」

 事も無げに言う老婆を、アルビナの女は驚きの表情で見やった。

 それを横目に、エラドラは茶飲みに残った香草茶をずずっと飲み干す。

「そうじゃ、言霊がお主等アルビナしか使えぬと思っておったら大間違いじゃよ。現に儂も使える」

 と、エラドラは口の中で小さく何事かを唱えた。

 途端に天幕の中に風が吹きすさび、アルビナの銀の髪を乱す。

 慌てて銀髪紅眼の女は言霊を唱え、老婆の起こした風を打ち消した。

「其方……」

 乱れた髪もそのままに、アルビナの女は目を剥いて目の前の囲炉裏端に座る老婆を凝視した。

 元々『言霊』はナイティアの祖王が、自分で制御できない力に振り回されるアルビナの為に編み出した力ある言葉だった。自分の内にある力を自分の意志で使えるようにする為の。

 その言霊を徒人(ただびと)が操るなど、長い年月を生きてきたが聞いた事も見たことも無い。

 エラドラは驚愕する美貌の女を面白そうに見返した。

「お主等の使う力は()わば『火事場の馬鹿力』的なものじゃ」

 それはアルビナでなくとも、命の危険に陥れば人なら誰でも発揮できる類いのものだ。

「そして『言霊』とは、人の体に秘められたその力を自分の意思で引き出す為の言葉じゃ。その内なる力を正しく理解しておれば、徒人でも扱う事ができるのじゃよ」

 だが、その内なる力を正しく理解するのは簡単では無い。エルーラの担い手であるエラドラだからこそ出来たといえよう。

 当然の如く言い放ったエラドラは落ち窪んだ目を細め、自分の言葉に優美な顔を険しくしたアルビナをじっと見据えた。

「——なにゆえエルティアに仇なし、ソルティアを狙うのじゃ、闇の女王よ。ソルティアの皇子の(こころ)を取り換えるなどと、手の込んだ真似までして……」

「因業深き故、その報いを与えただけのこと」

 老婆を見下ろし、昂然と銀髪紅眼の女は言い放つ。

「楽には滅ぼさぬ。じわじわと苦しめ、十分(たの)しませてもらってからじゃ。ソルティアの皇子の(こころ)を入れ替えたのもその為よ」

 ソルティアはこれまでも何度か王座を巡り騒乱が起こっていたが、全てあの〈陽の剣(ソーレス)〉とその時代の担い手によって鎮められていた。

 つまり、まず宝剣の担い手を排除しなければ、あの国に手出ししても上手くはいかないということだ。

 それ故あの国の要であるソーレスの担い手の(こころ)を取り替えたのだ。

 ただ、取り換える為の下準備とその為の力を蓄えるのに、随分と時間が掛かってしまったが。

 捕らえた少年の姿を思い起こし、美貌の女は喉を震わせてくつくつと嬌笑(わら)った。

「それにしてもあの皇子、あのような姿になっても尚(わらわ)(たの)しませてくれるものよ。夢を使って肉体(うつわ)を呼び寄せようとするとはの。そんな事をした処で辿り着けはせぬものを」

「そうかな。取り換えられた(こころ)——ソルティアの祖王の名を持つあの者、なかなか見どころがありそうじゃが」

「ソーレスの力を使えぬ者に、何が出来ると言うのかえ」

 (こころ)を取り替える肉体(うつわ)を、わざわざこの世界の(ことわり)の外にいる者にしたのはその為だ。異なる世界の者では、その(こころ)にこの世界の神の「想い」を受け入れる素地がない。ソーレスの力の宝石(いし)蒼の閃光(ソレイア)〉の担い手となるに一番肝心なものが無いのだ。そのような者が宝剣の力を手に入れる事などできはしない。

 そして、それは囚われの身の皇子にも言える。たとえソレイアの力を使えたとしても、この世界の(ことわり)から外れたあの肉体(うつわ)では神の力に耐えられない。

 どんなに足掻いた処で、もはや自分の脅威とはなり得ないのだ。

(わらわ)の『闇』を退けたのも、其方とエルーラの力であろう。其方がおらねば二度とソレイアは輝かぬ」

「………」

「エルーラを何処にやったのじゃ?」

 すっと深紅の目を細め、自分の問いに応えぬ老婆を見やる。

 既にエラドラの体の周りには、エルーラの残滓(ざんし)は見えなくなっていた。

「ほんにエルーラを手放すとは、愚かな事をしたものよ。アレを持たぬ其方には、もはや力の宝石(いし)の加護も届かぬ」

 嘲りを込めた目を向け、禍々(まがまが)しいまでの壮絶な美を身に纏った女は、「闇」を乗せた手を老いた巫女に向けた。

「これは(わらわ)心の闇(・・・)。それが具現化したモノ。老いさらばえたその身では、また(・・)取り残されるのは辛かろう。妾は慈悲深い故、すぐに同胞(はらから)の許へ行かせてやろうぞえ」

 漆黒の「闇」は女の滑らかな白き手より離れ、黙然と囲炉裏端に座る老婆にじわりと(にじ)り寄っていく。

 それをエラドラは身じろぎもせず、他人事(ひとごと)のように静かに眺めていた。

 多分こうなるだろうと思っていた。確かに今までこの「闇」に襲われた邑は、二度と襲われる事は無かった。誰一人生き残った者がいなかったのだから。それ故、この「闇」が誰一人逃すことがない事も。

 だから、子供達を全員この邑から追い出したのだ。エルーラを託して、自分を餌にするために。お蔭で思わぬ者を釣り上げる事が出来た。

 ふとエラドラは、最後まで自分の身を案じていた朱毛(あかげ)の少女の事を思った。

 あの()はきっと怒り、責めるじゃろう。全てを語らなかった儂を。そして、何よりも儂を残して行ってしまった自分自身を。心優しく、責任感が強いが故に。

 じゃが願わくば、それに囚われずに未来(まえ)を向いて生きて欲しいものじゃ。シグと共に、誇り高いウィドの部族の血を引く最後の者として。

 ——さて、どうするかの……

 エルーラが無くとも言霊を使えば、この「闇」を退ける事はできる。ただ、それは一時(しの)ぎに過ぎない。いずれ力尽き「闇」に呑み込まれるだけだ。

 ならば、最期の力はもっと有意義に使った方がよかろう。

 ヴァンデミーネの力の宝石(いし)は、この世界の全てを()ると謂われているが、実際はエルーラが視える範囲のものしか分からない。あの闇は余りにも濃く(こご)り過ぎている為に、今までその中を見通す事は(かな)わなかったのだ。

 だが、このアルビナのお陰で多くの事が()れた。

 ただ残念なことに、自分にはそれを役立てる時間はもう残されてはいない。

 エラドラは目蓋(まぶた)を閉じ、南に意識を向ける。

 「闇」に呑まれる寸前、生涯でただ一人自分の()べてを継ぎし養い子に後を託し、手に入れた情報を持てる力の全てを使って彼方へと飛ばした。

 




【アーサス豆知識⑥】
 ―(こと) (だま)
 《宵の国(ナイティア)》の祖王アスローンが〈白き者(アルビナ)〉として生まれた王子の為に、〈暁の星(エルーラ)〉の知識と〈月の輝き(ラナール)〉の力を使って編み出した力ある言霊(ことば)
 これにより、自身の力に振り回され、苦しんでいた王子は漸く自分の力を制御できるようになる。
 のち、言霊はナイティア内の王子と同じ想いをするアルビナ達にも伝えられ、それ以降他の国とは違い、ナイティアではアルビナの力を恐れ、忌避する事はなくなった。


【アーサス豆知識⑦】
 《陽の国(ソルティア)》の祖王ショウは、後世に正しく神の「想い」を伝える為、〈陽の剣(ソーレス)〉の担い手を自らの血脈ではなく「継承の選儀」で決める事にした。
 その所為で、祖王の死後それを不服とする者が幾度か乱を起こしている。過去に三回程あり、その内の一つは王族同士の争いで内乱にまで発展した。
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