アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅵ —エイル(3)—

 しとしととしめやかに慈雨の(しずく)が新緑の葉を濡らす。

 ソルティア王宮の北棟と東棟を繋ぐ庭園に面した回廊の途中に(たたず)み、エイルはそこから見える花壇の一角で、透き通る青い花弁を雨に濡らして咲く小さな花々を眺めていた。

 

 結局、自分の所蔵する本だけでは、あれ以上〈白き者(アルビナ)〉についての情報を得る事ができなかった。

 仕方なくエイルは、王都(ソーラス)の南を流れるシャナン河の(ほとり)にある太陽神を祭る神殿を訪ね、司祭長のオラトリオに神殿の書庫への立ち入り許可を求めた。

 そこにはこの世界(アーサス)の創世からの神話、伝説や伝承など含む古い貴重な資料が数多く保管されているのだ。そこならアルビナに付いてもっと詳しい記述もあるに違いなかった。

「エイル殿なら構わぬが、あそこは定期的に手を入れてはおるものの、なにしろ皆古いものばかりでな。あまり居心地よい場所とは言えぬのだが……」

「いえ、無理なお願いをしているのはこちらなのですから」

 すまなそうに言う神官長にエイルも恐縮して応える。

 門外不出の貴重な資料を保管する神殿の書庫は、本来なら神官以外の者は立ち入れない場所なのだ。そこに特別に入れて貰えるのだから、贅沢など言ってはバチが当たる。

「調べものさえ済みましたら、すぐにお(いとま)いたしますので、その様な事はどうかお気になさらぬように」

「そうか、ではこの者に案内させよう。何か分らぬ事があれば聞くとよい」

 オラトリオは自分の後ろに控えていた神官の一人を示した。

 見た目エイルと然程歳の変わらない神官は、右手を胸に当てて頭を下げる。

 神官長の前を二人で辞し、エイルは神官の後に付いて普段神官以外入る事の許されない神殿の奥へと足を踏み入れた。

 荘厳な礼拝堂などと違い、奥は神官達の生活の場も兼ねているためか、柱や壁の装飾は幾分質素に造られている。

 神殿の書庫はその最奥の一角にあった。

「こちらでございます」

 清楚な造りの扉を開け、年若い神官はエイルを中に招き入れた。

 中には明かり取りのある壁際に閲覧用の机と椅子がいくつか置いてあり、中央に書物を収めた書棚が並んでいる。

 だが、そこにある書籍は比較的新しい物ばかりだ。エイルが求めているものではない。

 神官はそこを通り過ぎ、部屋の奥にある扉の前に立った。

「ここが書庫になります」

 と、神官は重厚な扉の鍵を開ける。

 微かに軋みながら扉が開くと、そこには広い空間の中に整然と書物を収める為の棚が並んでいた。

「ありがとう。後は一人で十分ですので」

「そういう訳には参りません」

 ここには決して失えないこの世界に(まつ)わる貴重な資料が納めてあるのだ。いくら神官長が許可を与えた者といえど、一人でこの書庫に残していく訳にはいかない。

 使命感に燃える年若き神官は、この若者が用を終えるまで付いているつもりだった。

「そうですか、分りました」

 一人の方が気が楽なのだが、そう言われてしまっては仕方が無い。

 頷くと、エイルは神官をそこに置いて書庫の中に入って行った。

 途端にこの書庫に納められている古い羊皮紙の何とも言えない独特の臭いと共に、埃っぽい空気が全身に纏わり付いてくる。

 一応壁には湿気が籠もらない様にする工夫がされているし、定期的に空気の入れ換えなどもおこなっているようだが、既にこの臭いは長い年月の間にこの部屋に染みついてしまっていた。払っても払っても積もってしまう埃にしても同じである。

 確かに神官長の言うように、この鼻に付く独特の臭いのするここは、決して居心地が良いとは言えない。

 だが、エイルは気にも留めず、壁に掛けてあった輝光石の角灯(ランタン)を手に取り、その明かりを掲げて四方の壁際をゆっくりと見ながら移動していった。

 創世に(まつ)わる神話など初期の物は石版などに記されている。ここではそれを壁に嵌め込んで保管していた。

 時代の移り変わりにより、読解が困難な古代の文字も多々含まれている。だが読み慣れているのか、エイルは角灯(ランタン)の光に照らされたそれらの文字を苦も無く読み解いて、壁一面に嵌め込まれた石版に目を通していく。

 半日を掛け、全ての壁の石版に目を通したエイルは微かに嘆息した。

 そこに求めるものは無かったのだ。もっともすぐに見つかるとも思ってはいなかったが。

 一旦休憩を取り、エイルは気を取り直して今度は棚に納められている羊皮紙の巻物を、微かに積もる埃を払いながら一巻き一巻き中を(あらた)めていった。

 その数は一人で調べるには何日掛かるか判らないほど膨大だった。

 流石にそれでは大変だろうと、案内をしてくれた神官が手伝いを申し出たのだが、エイルはそれを丁重に断った。

 自分が探している資料について人に知られたくない。

 結局エイルに付き合った神官は、巻物を調べる優美な薬師の姿を所在なげに見ているしかなかった。

 何処にあるか分らない手掛かり探しは簡単に済む訳もなく、エイルは暫く神殿に泊まり込みで書庫を漁っていった。

 そして見つけた幾つかのアルビナの記述を手に、漸く王宮へと戻って来た処でエイルはふと回廊脇の花壇に、自分の養い子の好きなフィラティアの青い花に目を留めたのだった。

 ——アルフィーネは今頃どの辺りにいるのだろうか……

 雨に濡れる花を眺めながら、エイルは祖王の名を持つ少年と共に姿を(くら)ました養い子に想いを馳せる。

 ——と、

「あら、エイル様」

 弾んだ若い女性の声が、エイルの耳に飛び込んで来た。

 




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