昼下がりの北棟の一階にある
その声はしめやかに降る雨を避けて開けたサロンの窓から、慈雨に濡れる花の咲き乱れる花園へと軽やかに響き渡っていった。
北棟の西南に面した窓のあるこのサロンは、午後の仕事が一段落して手の空いた女官が、各自持ち寄った果物や焼き菓子などでお茶を楽しむ場所だった。
女官達の毎日恒例のささやかな楽しみの一つである。女官達は噂話や自慢話に花を咲かせ、ここで様々な情報交換をするのである。
「皆様、取って置きの目の保養を連れてきましたわよっ」
お茶のお代わりのポットを取りに厨房に行っていた女官の一人が、サロン一杯に響き渡る声を出して戻って来た。右手に取って置きの目の保養を捕まえて。
サロンにいた女官達はお喋りを止め、何事かと一斉に入り口の方に振り返る。
得意満面の二十代前半の女官に、しっかりと左手首を掴まれた困惑顔の若い宮廷薬師がそこに居た。
女官達の表情がぱっと輝く。
「まぁ、エイル様っ」
「きゃぁ、エイル様よっ」
女官達は口々に歓喜の声を上げる。思わず立ち上がり頬を染める者、俯いて慌てて化粧を直す者など、エイルを前に女官達は色めき立った。
光の加減で銀色に見える
常に柔和な微笑みでもって身分の分け隔て無く接する態度もポイントが高く、女官達はちょっとした怪我や風邪など引くと、嬉々としてエイルに診てもらいに行く程である。
「偉い。よくやったわ、ファーナ」
「でしょう?」
仲間の女官に耳打ちされ、エイルを引っ張ってきた明るい金髪の女官は得意そうに言った。
最近宮廷で姿を見かけなくて淋しく思っていた処に、偶然回廊で
ここで会ったが百年目、逃がしてなるものかとファーナは憧れの宮廷薬師に声を掛けると同時に、にっこりと笑みを浮かべてガシッと左手首を掴んだのだった。
そして、有無言わさずにここまで連れて来たというわけだ。
「……あの、そろそろその手を放して貰えませんか?」
観念したように、エイルは溜息混じりに年若い女官に頼み込む。
ここに至るまで、自分が逃げないようにしっかりと握り締め、彼女は絶対に手を放そうとしなかったのだ。
「あら、私としたことが……」
恥じらいながらも、ファーナは名残惜しそうにエイルの手を放した。
余程強く握っていたのか、色白の薬師の左手首に赤く痕が付いている。
微苦笑しながら、エイルはそれをローブの袖の下に隠した。
「さぁエイル様、どうぞこちらへ。席を用意しましたので」
すかさず別の女官が優美な薬師の背中を押して、サロンの中に押し入れる。
既に包囲網は万全で、エイルが逃げ出す隙は何処にも無かった。
長身の薬師はされるがままに中に入り、サロンのテーブルのほぼ中央に空けられた椅子に腰を下ろした。
その前に数種類の焼き菓子、干した果物、木の実、リラの花の砂糖漬けなどが、瞬く間に並べられる。
「どうぞ」
激しい争奪戦を勝ち抜いた女官の一人が楚々として、秘蔵の
「どうも、ありがとう」
柔らかな笑みを浮かべ、エイルはそれを手に取った。
途端に、女官達の間で溜息と感嘆が上がる。
エイルの一挙一動に目を光らせる彼女等は、優美な若い薬師が何かする度に沸き立った。
女官達の壁に囲まれ、ティーカップを口に運びながらエイルは密かに嘆息した。
何だか自分が珍獣にでもなったような気分だ。
——やはり、あそこで立ち止まらずに部屋に戻ればよかった……
幼い頃より独りでいる事が多かったエイルは、どちらかというと周りを気にしない落ち着いた雰囲気を好んだ。
今のように女性に囲まれた賑やかな雰囲気は最も苦手とする処だったが、経験上このような場合嫌な顔をするのは得策ではないと学んでいたエイルは、げんなりとした様子などおくびにも出さず、柔和な笑みを浮かべたまま
「エイル様、近頃お姿を見かけませんでしたけど、何処かお体の具合でも?」
連れてきた当然の権利とばかりに彼の隣に座ったファーナが、心配そうに顔を
「いえ、少し所用で暫く神殿の方に行ってたのです」
「まぁ、神殿にですか?」
エイルが信心深いとは聞いた事はないが、祭壇の前に
自分の珍獣度が更に跳ね上がったように感じたエイルは、これ以上詮索される前にさり気なく話題を変える。
「ええ、それよりも暫く神殿にいた所為か、ちょっと世事に
「どのような話がよろしいでしょうか?」
「どんな話でも構いません。皆さんが何時もここで話しているような事で十分ですから」
「それでしたら——」
憧れの薬師と親しくお話し出来るとあって、女官達は慎みとか恥じらいなどは取り敢えずそこら辺に放り投げ、ファーナを押し退けて我先にとエイルに話をしていった。