その話は多岐に渡り、実に様々だった。
北側の庭園の池の睡蓮が漸く花を咲かせた事。
何時も荷を納めに来る老人が腰を痛め、今はその息子が代わりに届けてくれているが、余り気配りが出来てない事。
最近騎士達の様子がピリピリしていて、王宮の出入りが激しくなった事。
東棟の南側の一角が立ち入り禁止になった事。
慈雨の月に入り、庭園を彩る花が増えた事。
暫く前にネールの出城から来ていた騎士が帰路に着いた事。
南の果樹園に迷い込んできた
取り留めのない女官達の話を、エイルは一つ一つ相槌を打ちながら聞いていく。
そんな話の中で、ふとエイルは一つの話に気を引かれた。
「宰相のルゴス様の所に、夜な夜な謎の美女が現れる?」
「そうなんです」
自分の話に乗ってきたエイルに、隣の席を何とか死守したファーナは嬉しそうに頷いた。
「噂なんですけど、ルゴス様が夜遅くまで独りで執務室にいらっしゃると、何処からともなく美しい女性が現れて、親しげに談笑していらっしゃるっていう話なんです」
そう話すファーナの声が自然と小さくなる。
「誰か、その美女を見た人がいるのですか?」
つられてか、エイルも心なしか声が小さい。
周りに集まっていた女官達も、興味深そうに身を乗り出してそれに耳を傾ける。
「いいえ」と、ファーナは首を横に振った。
「扉越しに声だけが聞こえたっていう話ですけど」
「声だけで、なんで美女だって判ったのかしら」
「ほんとにねぇ」
周囲で、もっともな疑問が囁かれる。
「では、レイミア様ではないのですか? 夜遅く執務室でご夫婦が話していられても別におかしくは——」
「ところが、それが違うんですよ」
エイルの言葉を遮って、ファーナはずいっと勢い良く彼の方に身を乗り出す。
突然の顔のアップに、エイルは思わず身を引いた。
「ちょっと、近づき過ぎよ」
「離れなさいよ」
すかさず周りから非難の声が上がり、ファーナの体を引き剥がす。
渋々椅子に座り直したファーナは話を続けた。
「その声っていうのが……そう、まるで薄いグラスを爪弾いたみたいな、透明感溢れる凜とした声だったんですって」
「透明感のある凜とした声……」
エイルは呟きながら微かに眉を
「ええ、そんな声、いくらレイミア様が頑張られても出せっこないですもの」
ファーナは大きく頷き、当然の事の様に言う。
そこへ——
「
いきなり話題の主の声がサロン内に響き渡る。
「——っ!?」
ファーナは驚きのあまり、椅子から飛び上がった。
何時の間に、というか、普段なら女官達の集まるサロンなど寄り付きもしないレイミア様が何故ここに?
突然の宰相夫人の来訪に誰もが仰天した。
居合わせた女官達は慌ててレイミアの前から退いて一斉に頭を下げ、エイルも椅子から立ち上がって深々と頭を下げる。
「これはレイミア様、このような所に何か用でも?」
「何時になく女官達の
歓喜に満ちた賑やかな声は、しめやかな雨音を押し退けて別棟にまで届いていたらしい。レイミアの耳に届くほどに。
女官達の前を通り過ぎ、レイミアは
「其方がいるのなら、それも頷けるわね」
「お心を
エイルは余計なことは一切言わず、素直に詫びる。
ぱらりと手にした羽扇を広げ、口許に当ててレイミアは
「詫びなど要らぬわ。丁度其方には訊きたい事があったのでね」
そう言うと同時に彼女に付いてきた女官達が一斉に動き、瞬く間に場を整えていった。