エイルは突然襲った頭の激痛に
しかし、そこでとうとう堪えきれずに頭を押さえて体を壁に寄りかからせた。
まだここで倒れる訳にはいかない。
「くっ……」
気力を振り絞り、寄りかかった壁を支えに階段を上がり切る。
後もう少し。
頭の激痛は治まるどころか、更に痛みを増していく。
あの時突如襲った衝撃に、エイルは身に覚えがあった。けれど、これほど酷いのは初めてだった。
ゆっくりと歩を進めて、やっとの事で自室の扉の前に来る。
部屋に入ると鍵を閉め、エイルはずるずると扉に体を預けてその場に座り込んだ。
やっと落ち着ける所に戻れてほっとするが、同時に頭が割れるような激痛に、気が遠くなりそうになる。
だが、まだ気を抜く訳にはいかない。
頭の中で暴れ狂っていたモノが、徐々に鮮明になっていく。
唐突に、ある情景と共に懐かしい老婆の声がエイルの脳裡に響いた。
『——こりゃ面白いのぉ。
〈
——お婆様……
やはりこの頭の激痛は、直接脳にエラドラの記憶を流し込まれた所為だったらしい。
脳内に膨大な量の他人の知識や記憶を一気に受け入れると、脳がそれを処理しきれずに激しい頭痛を起こすのだ。馴れないと高熱を出したり気を失ったりする事もあり、最悪脳が焼き切れる。
直接脳への記憶の受け渡しは、慎重にやらなければならない事はエラドラが一番よく知っていた筈だ。今回のこれは自分なら大丈夫だと信頼してやったのだろう。
確かに、皇子の事で何か判明したら知らせて欲しいと頼んではいたが、まさか直接脳に
でも、それならそれで先に知らせて欲しかった。そうすれば、レイミアや女官達の前であのような醜態を
『——成程のう。確かに異なる世界の言の葉のようじゃ』
少年が告げた名を吟味した老婆の呟きが聞こえる。
エラドラの目線の為、声は聞こえるが、彼女自身の姿は視れない。
そして一方的に流し込まれた記憶故、視るものを自ら選らぶ事もできない。
『……鍵を握るは「闇を統べる女」と「黄昏の乙女」じゃ』
『それは、どういう意味なんだ?』
『お主、何の為に頭がついておるんじゃ。それくらい自分で考えるんじゃな』
その言葉に憮然とする少年の姿を視て、エイルはクスリと笑った。
いかにもお婆様らしい対応だ。視えないがそう言ったエラドラの姿が容易に想像できて、相変わらずな養い親にエイルは苦笑した。
『でも、後一つ、後一つだけ教えてください』
声と共に必死に懇願する亜麻色の少女の姿が視える。
——アルフィーネ……
エイルはホッと安堵の息をつく。
エラドラの目を通して視た処、怪我もなく元気そうだった。
実はずっと不安だったのだ。
『……《
——お婆様は、二人にファラウェルを使わせる気か……
あそこはエルティアの中央近い荒れ地の中にある。二人が戻るのはまだ先のようだった。あの噂の沈静化は二人が居ない以上、かなり難しい事になりそうだが仕方ない。
エラドラの記憶をなぞって自分の
だが、まだ残っている。
脳裡の奥底で
「……っ」
エイルは頭を押さえ、
——あれで終わりではないのか……
いくら何でも限度があるだろう。辛うじて何とか全て受け止められたようだが、もし脳が焼き切れていたら良くて廃人、悪くて死んでいる。
——人を殺す気か、お婆様は。
心の中で容赦の無い養い親に盛大に文句を言いながら、エイルは再度精神を集中させる。
不意に、エラドラのしわがれた声とは違う、透明感のある凜とした声が脳内に響き渡った。
「
——この声はっ。
驚きに集中が途切れ、途端に頭が割れるような激痛に見舞われる。
「——っ」
心の動揺を押し殺し、エイルはもう一度脳裡の奥底に渦巻く痛みの源に意識を向けた。
『——お主のような〈
妖艶な銀髪紅眼の美女を前に、エラドラは臆することなく言葉を紡いだ。
『なにゆえエルティアに仇なし、ソルティアを狙うのじゃ、闇の女王よ』
『因業深き故、その報いを与えただけのこと。……ソルティアの皇子の
——闇の女王……。やはりこの女が皇子の
『エルーラを手放すとは、愚かな事をしたものよ』
自分の体に纏わり付く「闇」を乗せた手を、アルビナの女は老いた巫女に向けた。
『これは
艶然と
「お婆様っ」
思わずエイルは叫んでいた。
脳裡に鮮明に映し出されていた記憶の映像もぷっつりと途切れ、吐き気をもよおすほどの頭の激痛が嘘のように消えている。
——あの後どうなった!?
渡せる記憶は送り手が視たものだけだ。勿論渡す記憶を限定することもできる。
だが、これは——
もう一度、取り込んだ養い親の記憶を探るが、闇に覆い尽くされた後の情景を思い浮かべる事は出来なかった。
いや、それよりもあの老体でこれだけの
エイルは焦燥に駆られ、立ち上がるのももどかしげに窓に取り付き、勢い良く開け放った。
指笛を吹く。
それを聞きつけてか、暫くして一羽の金茶色の鳥が窓際の枝に降り立った。
「ルーク、お婆様の所へ行ってくれ」
何時もと違う徒ならぬ様子のエイルに、
「早くっ、今すぐにっ!」
とても鳥使いが荒いと、文句を言えるような雰囲気では無かった。
一声
【アーサス豆知識⑧】
記憶の共有は言葉で伝えるよりも、自分の得た情報を受け取り側の認識の齟齬なく、より正確に相手に伝えられる。
〈
これにより、エラドラは
素質のあったエイルに、エラドラは自分の全ての知識を渡す為、彼の幼い頃より問答無用で