アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅵ —レイミアの追及—

 朝からしとしとと降り続いた雨が上がった夕暮れ時、雲が切れた夕陽の色がしっとりと濡れた白亜の街並みを茜色に染めていく。

 王宮の正門越しに王都の街並みを見下ろす王宮の西棟の二階の一角にある執務室で、ルゴスは数人の文官を待たせて書類に目を通していた。

 コンコンと執務室の扉が叩かれる。

 扉の傍に控えていた従者が、そっと扉を開けて来訪者を確認する。

 そこに豪奢なドレスを身に(まと)ったキツめの美女が、数人の女官を引き連れて立っていた。

「これは、レイミア様……」

 宰相夫人の姿に呆然と呟くと、従者は慌てて顔を伏せた。

 (まつりごと)に全く興味の無いレイミアが、執務室を訪れるなど初めての事である。

 レイミアは扉を開けた従者の前を許しも得ずに通り過ぎ、中に入って執務室の中をチラリと見回した。

 窓以外の壁際には重厚な書棚が並び、中にはぎっしりと様々な書籍や書類の束が置かれてある。装飾品の類いは一切置いておらず、レイミアの興味を引くものが全く無い。面白みの欠片もない部屋だった。

「何しに来た」

 書類から顔を上げ、ルゴスは冷然と自分の妻を見た。

 仕事の邪魔だと言わんばかりの態度に口調だ。

 ムッとしたようにレイミアは椅子に座る夫を見やる。

「用があるからに決まってるではないの」

 でなければ、こんなむさ苦しい所になど来はしない。

 広げた羽扇で口許を隠したまま、レイミアは冷ややかに言葉を返した。

 暫し二人は無言で睨み合う。

 そこに居合わせた文官達が皆、執務室内の温度が一気に下がったように感じたのは気の所為ではないだろう。

 ——自分の用が済むまで、レイミアは出て行くまい。仕事を再開するには、まずこの女の用件を片付けるしかなさそうだ。

 ルゴスは嘆息すると、面倒臭そうに手を振った。

「呼ぶまで誰もここに入って来るな」

 レイミアを除いた、この部屋の中にいる全員に退去を命じる。

 全員が部屋の外に出て扉を閉めるのを見届けると、ルゴスは椅子から立ち上がった。

 ゆっくりと歩いてレイミアの前に立つ。

「何の用だ?」

 夫婦らしい会話もせずに、端的に用件だけを訊く。

 レイミアはイラッとした。

 結婚してからは何時もこう。いえ、もしかしたら結婚する前からこうだったかもしれない。他の者なら最初にまず口にする自分の美貌に対する賛美や、ご機嫌を伺う賛辞の言葉をこの男から聞いた覚えがなかった。何時も手短に要点しか言わない。

 昔はこれが王としての風格かと思っていたが、ソーレスに選ばれ損ねた今となっては、この自分を軽んじる無礼極まりない態度にしか見えなかった。

 せめて自分の手を取り、甲に口づけくらいできないのだろうか。

 レイミアは苛ついた顔を羽扇で隠し、静かに自分を見下ろす夫に平静を装って紅唇を開いた。

「今日も夜遅くまで執務をするつもりなのかしら」

「無論だ」

 王の(やまい)は相変わらずであるし、補佐のフォルドは今慣例の出城巡りに出ている。日々溜まる案件を処理し、政務を滞りなくするには時間が足りなかった。

「本当ですの? 本当に執務の為だけに、毎晩遅くなるというの?」

「何が言いたい」

 レイミアの嫌味たらしく持って回った言い方に、ルゴスは顔を(しか)めた。

「本当は誰かに逢うために、わざと遅くまで居残るのではなくて?」

「ほう、儂が誰と逢うというのだ?」

 すうっと暗青色の瞳を細め、ルゴスは自分を詰問する妻に問い返す。

 確かに(はかりごと)を話し合うために、何度かここでマクアークと会ってはいたが、重厚な扉越しでは内容までは外に漏れていない筈だ。だが誰かが聞いていたとなれば、用心するに越したことはない。

 (はぐ)らかすように問い返してきた夫を、柳眉を逆立ててレイミアは言い返す。

「どこぞの美女と逢っていると、もっぱらの噂よ」

「美女だと?」

 意外な言葉に目を瞬き、ルゴスは拍子抜けしたような声を上げた。

「ええ、夜な夜な何処からともなく現れる美女に、貴方が骨抜きになっているとね」

「馬鹿馬鹿しい」

 鼻を鳴らし、ルゴスはくだらなそうに吐き捨てる。

「そのようなつまらぬ噂を本気で信じたのか」

 嘲るような視線を妻に向ける。

 さっと頬を朱に染め、レイミアは憤然と言い返した。

「この部屋から透明感溢れる凜とした女の声が確かに聞こえたと、言ってた者がいるのよ」

「成程、そのような虚言を弄する者は直ちに排さねばならんな」

 論ずるに値しないと、バッサリとルゴスは切り捨てた。

 

 

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