アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅵ —ルゴスとレイミア—

 これ以上は付き合いきれぬと、妻の後ろに視線をやってルゴスが話題を変える。

「時に、ベルティナの姿が見えぬようだが」

「——あの子は、フォルドの後を追って行きましたわ」

 まだ言いたい事は山ほどあったが、家族を顧みない仕事一辺倒の夫が娘を気にして話題に出したことに驚き、思わずレイミアはそれに応えた。

「何時までも親に頼っていては、この先立派な王妃にはなれませんからね。これからは全部自分で采配を振るい、臣下を動かす練習をしなければ」

 だから今回のフォルドの出城巡りの件は、全てベルティナ一人にやらせたのだ。

「王妃か……」

 何処か忌々(いまいま)しげな響きを滲ませながらルゴスは呟いた。

「本気でベルティナをフォルドに(めあわ)せるつもりか?」

「勿論ですよ」

 今更何を言っているのかと、レイミアは目を瞬かせて夫を見返す。

「その為にベルティナはフォルドを追って行ったのですから」

「フォルドの方はその気はなさそうに見えるが」

「そんなもの、幾らでもやりようがありますからね」

 いざとなれば既成事実をでっち上げればいい。ベルティナを選ばざるを得ない状況に追い込めば、フォルドとて何時までも拒む事はできないだろう。

 艶然と笑みを浮かべるレイミアに、一度狙った獲物に何処までも食らいつく貪欲な肉食獣の姿を見て、ルゴスは苦々しく息を吐いた。

 この女は昔から全く変わっていない。目的のためなら手段を選ばない見境のなさも、何事も自分の思い通りにしなければ気が済まない傲慢さも。そして、誰よりも権力欲が異常なほど強い処も。

 建国から続く重鎮の家系の姫でありながら、まるで神話に出て来る〈災い(ディア)〉の花を体現したかのような女だった。

「サウアーの時もそうだったな」

 息子を(おだ)ててその気にさせた。その所為でサウアーは才能があったにも係わらず、学び舎では自らを高める努力をせずに他の候補者の足を引っ張ることで、自分の優位性を保とうとした。母親に(そそのか)され、それがソーレスに選ばれる唯一の方法だと信じて。

「ええ、折角色々と手を尽くしてあげたのに、本当にあの子には失望したわ」

 (いと)わしげにレイミアが呟く。

 自分の行いを(かえり)みる事も無く、まるで選ばれなかったのは全部息子が不甲斐なかったからだと言わんばかりに。

 その態度に、ルゴスは怒りを覚えずにはいられなかった。

「其方がそんなだから、サウアーはフォルドに剣を向けたのだぞ」

「何を言うの?」

 自分を(なじ)る夫を、レイミアは理解できなかった。

(わたくし)はサウアーに、もはやフォルドとは違うのだから、立場を(わきま)えるよう言ったのよ」

 それなのにあの愚か者は、またも自分の顔に泥を塗るような事をしでかしたのだ。それがどうして自分の所為になるのか。

「そう言う貴方は、サウアーに助言や手助けなど何一つしなかったではないの。大体あの時貴方がソーレスに選ばれていれば、(わたくし)がこのような思いをする事は無かったわ」

 そう、全てこの男が悪いのだ。次代の王候補の中で一番王座に近いと思ったからこそ、結婚してあげたのに。その期待を裏切っておきながら、この(わたくし)に意見するなど思い上がりも(はなは)だしい。

「そうか、だからなんだと言うのだ?」

 憎悪すら感じられる妻の視線を平然と受け止め、ルゴスは口の端を歪めた。

 この女は当時本性を隠し、淑女然として何かと理由を付けては、候補者の学び舎に度々顔を出していた。レイミアの目当てが、次代の王妃の座である事はすぐに判った。そして、王妃としての権力を得たら最後、我が儘で浪費癖のあるこの女が、この国を(ほしいまま)に食い潰すだろう事も。

 祖王より代々受け継いだこの国を、王族として自分達の代で荒廃させ、潰す訳にはいかない。

 当時のルゴスは客観的に見て自分がソレイアに選ばれるには、何かが足りない事を既に自覚していた。選ばれるならおそらく弟ともう一人の候補生のどちらかだろうと。

 だからこの国の為、二人に手出しできないように、レイミアがそれに気付く前に自分が最も王座に近い候補生だと思い込ませて婚姻を結んだのだ。

 だが、レイミアは何処までも貪欲で諦めが悪かった。王妃の座が手に入らないとみるや、自分の意のままになる息子を王に据えようと画策した。

 それが失敗すると、今度は次代の王に選ばれたフォルドの周りから、権力を(かさ)に他の美姫達を遠ざけ、自分によく似た娘を王妃にと(てのひら)返して甥に擦り寄る。

 何とも浅ましくも恥知らずな女なのか。

 ——まぁ、目的の為なら手段を選ばないのは儂も同じか……

 意外と自分達は似合いの夫婦なのかも知れない。ふとそんな考えに思わず自嘲したルゴスは、侮蔑に満ちた目でレイミアを睨み据えた。

「お前が王宮で今のように好き放題してられるのは、『王妃』ではなく『宰相夫人』の肩書きのお蔭だと言う事を肝に命じておけ」

「………」

 レイミアにも有無言わせぬ迫力は、まさに人を従わせる王者の貫禄だった。

「出て行け、仕事の邪魔だ」

 話は済んだとばかりに凄味のある声で尊大にルゴスが命じる。

 気を呑まれたレイミアは声も無く夫を見返したが、次の瞬間ハッと我に返った。

 今まで見下してきた夫に気後れしたなどと、屈辱以外の何物でもない。

 わなわなと身を震わせながらも、それを悟らせまいと虚勢を張り、レイミアは二度とルゴスと目を合わせることなく昂然と部屋を出て行った。

 

 

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