アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅶ —追跡者(7)—

 幹の直径が十フィノ以上はある巨大な樹木が何処までも林立する森の中の一角、奥深い森の中とは思えない程人で賑わっていた。

 巨大樹の間に様々な商品を並べた露店が所狭しと並び、中には幹を削って造った洞の中に店を構える者までいた。

 その周りには商品を求めて行きかう人達によって、堆積した落ち葉と土が踏み固められ、舗装されたようにしっかりとした通路を形作っている。

「親父、それと、それ。それからこれらも一束ずつくれ」

 鈍い灰茶色の髪をした店主の前に並べられた薬や薬草を差し、ゲッシュは懐から取り出した小袋から数枚の高額銅貨を出した。

「随分入り用だな。怪我人が大勢出たのか?」

 薬や薬草を手早く大きな葉に包み、金を受け取ってそれを渡しながら店主は世間話のように聞いてきた。

 それに面倒臭そうにゲッシュが応える。

「ああ、森に馴れない鈍くさい奴が多くてな」

「それは難儀だな。余所(よそ)者にでも雇われたのか?」

 森と共に暮らしているこの国の者で、森に馴れない者はいない。

「………」

 今度は応えず、ゲッシュは無愛想に(きびす)を返した。

 気安さについ愚痴を漏らしてしまった自分に舌打ちする。買うものは全部揃えた。後はあの足手纏いの厄介者どものいるあの集落に戻るだけだ。

 ——いっそあいつ等を見捨てられたらどんなに清々するだろう……

 ふとそう思ったものの、すぐに溜息と共に(かぶり)を振る。

 標的の顔が分からない限り、それはできない。どんなに不愉快であろうとも。

 ゲッシュは数日前の事を思い出すと、己が不運を呪わずにはいられなかった。

 

 

 薄暗い森の中、下生えの藪を搔き分けて走る数人の足音と、荒い息づかいが静寂を貫く。

 それを更に多くの獣の足音と()え声が追い立てていた。

「うわぁっ」

 必死に足を動かしていた小肥りのソルティアの若者が、(もつ)れさせた足を地を這う樹の根に引っかけてつんのめる。

 それを見て、追って来た肉食獣達は喜びに更に足を速めた。

「アガスっ」

 少し前を走っていたクノックが血相を変えて引き返す。

「ちっ」

 最後尾につけていたアルティアの男は盛大に舌打ちし、転ぶアガスを避けて振り返りざまに、手にしていた投げナイフを後ろから来る大型の肉食獣に投げ付けた。

 地に手を付く弟を助け起こすクノックに跳びかかろうとしていたバルザームは、それを眉間に受けて失速する。

「もたもたするなっ」

 怒鳴り、ゲッシュは忌々しげに立て続けに大型一頭、中型二匹を斬り捨てた。

 最悪だった。いち早くあの場を離れたというのに、結局肉食獣(こいつ)等に追われる羽目になってしまった。

 川のある所まで戻った後、川沿いに遡って行った途中で、あの小肥りの従者が下生えの鋭利な草葉で腕をざっくりと切ってしまったのだ。

 ただでさえ血の臭いに敏感になっていた肉食獣達は、流れた新鮮な血の臭いに我先にと集まってきた。

 おまけにバルザームだけでなく、そのおこぼれを貰おうと、近くに居たディクスやトルーズなどの中型の肉食獣までやって来たのだ。

 奴等は獲物の姿を捉えると何処までも追いかけてくる。オーシグルどもに襲われるよりはマシだが、とにかく執念深くて鬱陶しい。

 更にその場にいたバルザームとディクス数匹を斬り倒し、他に肉食獣どもの姿がないのを確認してゲッシュは、身を翻して先に行ったソルティアの主従三人の後を追った。

 

 

「くそっ、何時になったら森を抜けるんだっ」

 苛立たしいげにサウアーは前方を塞ぐ木蔦の蔓を斬り払った。

 あの肉食獣どもに追われてどれくらい()っただろうか。既に遡っていた筈の川の姿形も流れる音すらしない。

 何処までも広がる奥深い森の中、完全に方向を見失ってしまっていた。

「も、申し訳、ご、ございません」

 腕に血の滲む布を巻き付けたアガスが項垂(うなだ)れる。

 自分さえ怪我しなければ、あの肉食獣どもに追われる事は無かっただろう。

五月蠅(うるさ)い、口よりも足を動かせ」

 (わずら)わしそうにアガスの謝罪を突っ撥ね、サウアーはとにかく前に進んだ。

 背後の吠え声とは別に、周囲の太くなった赤褐色の樹々の合間を黒い影が()ぎる。

 次の瞬間、ばっと横手の樹の陰から薄茶と黒の斑模様の体が躍り出た。

「このっ、獣の分際でっ」

 瞬時に反応し、サウアーは剣を一閃させた。

 頭蓋を割られたバルザームが、その中身をぶちまけてどうと倒れる。

 同時にサウアーは身を返し、次に跳びかかって来た四足獣に斬撃を浴びせる。

 胴体を斬られ、鮮血と(はらわた)を垂れ流したバルザームが地に落ちる。

 その後ろで従者兄弟も各々剣を手に、追い付いてきた枯葉色の中型肉食獣達を相手に奮闘した。

 だが、足を止めて迎撃している内に、仲間の吠え声と血臭に釣られてか、襲ってくる数は(たお)しても(たお)しても一向に減る気配がない。

 バルザーム達はサウアーを強敵と見なし、躍起になって襲い来る。

 余りのしつこさに苛立ちながら、サウアーは剣を振るった。

 一方こちらの方が組みやすいと見たのか、ディクスは狙いを従者二人に定め、トルーズに至っては森の掃除屋と言われるだけあって、獲物を狩るよりここまでの道中に大量生産された死んだ獣の肉を喰らう方を優先し、既に姿はない。

 クノックとアガスは集団で波状攻撃を仕掛けてくるディクスの素早い動きに、次第に翻弄され始めた。

 牙を剥き、三匹同時に跳び掛かって来る。

 クノックとアガスは辛うじてそれを避け、剣で防いだ。

 そこへ更に二匹が間髪を容れずに襲いかかる。

 クノックは咄嗟に身を返してそれに斬撃を浴びせた。

 が、アガスは僅かに遅れた。

 避け損ねて肩に喰らいつかれ、アガスは悲鳴を上げてディクスと共に地に転がる。

「う、うぅ……」

「アガスっ」

 クノックは更に弟に跳びつく肉食獣どもを斬り捨て、アガスに喰らいついて離れないディクスの首を斬り落とす。

 しかし、傷を確かめている暇は無い。

 アガスに気を取られている隙に、別の二匹が横手から跳びかかって来た。

「うわっ」

 剣を持つ腕と太ももに喰いつかれ、堪らずクノックは弟の傍に倒れ込んだ。

 そこへ好機とばかり、残りのディクスが一斉に襲いかかる。

 その寸前、ディクス達は血飛沫を上げ、蹴散らされた。

 

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