アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅶ —追跡者(8)—

 血塗(ちまみ)れになって転がるディクスを踏みつけ、ゲッシュは更にクノックに喰らいつく二匹を(ほふ)る。

「何をしているっ」

 こいつら相手に足を止めて戦うなど自殺行為だ。

「死にたくなくば、走れっ」

 従者兄弟に怒鳴りながら、ゲッシュは前にいたサウアーが相手する一頭に剣を向けた。

 付近に転がる三頭のバルザームの屍をチラリと見やり、(わざ)とらしく溜息をつく。

「ったく、主従揃って使えんな」

「貴様こそっ、今まで何をやっていたっ!」

 (さげす)まれ、サウアーはカッとして焦げ茶色の髪の男に振り返った。

 その隙を突いてバルザームが跳び掛かる。

 それをゲッシュがサウアーの脇をすり抜けて迎え撃つ。

 同時にサウアーは、背後からゲッシュに襲い掛かろうとするバルザームに、怒りを込めた斬撃を浴びせた。

 ドサッと二頭のバルザームが血飛沫を上げて倒れ臥す。

 あれだけ(いが)み合っていても、意外と息はピッタリだった。

 先に行かせた従者の二人を追うが、すぐに追い付く。

 元々足の遅いアガスに加え、クノックは足を怪我している。急いでもこれ以上早くは走れなかった。

「何処まで走ればいいのだ?」

「森を抜けるまでだ」

 バルザームは森を棲処(すみか)としている。草原に出てしまえば追っては来ない。他の中型肉食獣にしてもそれは同じだ。

 もっとも草原には草原に棲む肉食獣がいるが、それは今は関係ない。無事ここを切り抜けたら考えればいいことだ。

 それにしても、フォルド皇子はこうなることを見越して、あれだけ派手にオーシグルどもを()ったのか。と思わずにはいられない。自分達のような者が追って来られないように。

 王宮でも命を狙われていた所為か、同じ王族でも横を走る奴とは違い、かなり用心深く頭が切れる。

 成り行きでショウがやらかした結果だと知らないゲッシュは、そう認識を新たにした。

 後ろから吠え声と共に複数の足音が迫る。

 次の団体がやって来たのだ。

 チラっと後ろを見やると、枯葉色の四足獣どもが威勢良く吠えながらやって来る。

 こちらを手負いと見て、俄然張り切っているのだろう。

「俺達だけなら振り切れるが」

 ゲッシュは必死に付いてくる従者兄弟を顎で示す。

 こいつらを見捨ててディクスどもに襲わせれば、楽に逃げ切る事ができると。

 アルティアの男の提案に、従者の二人はギョッとした。 

 一瞬止めそうになった足を、置いていかれまいと痛みを堪えながら更に速く動かす。

 サウアーは必死の形相の二人を後目(しりめ)に、走りながら吐き捨てた。

戯言(ざれごと)ほざく暇があったら、獣どもを何とかしろっ」

「ほぅ…」

 意外そうにゲッシュは片眉を撥ね上げた。

 フォルド皇子の情報欲しさに自国の騎士を平然と何人も殺した奴なら、今回も自分が助かる為に足手纏いの従者を切り捨てるかと思ったが、どうやら違うらしい。

 厄介事を当然の事のように人に押し付ける傲慢さは相変わらずだが。

 ——どうするか……

 すぐに抜けられると思っていたエルティアの森がここまで深いとは予想外だった。

 下生の草が少なくなり、走りやすくなったが、それは追跡者の獣どもも同じだ。

 そろそろ本格的に何とかしないと、本当にお荷物を捨ててしまう事態になる。

 そう思った時だった。

 何かの気配を感じ、ハッとゲッシュは頭上に視線を走らせた。

 同時に赤褐色の樹々の枝葉の陰から、一斉に無数の矢が飛び出して背後に迫る肉食獣どもに降り注ぐ。

 四人はその下を走り抜けた。

 追って来たディクスどもが次々と矢を体に受け、悲鳴を上げて地に倒れ込んでいく。

 そこへ更なる矢が放たれる。

 辛うじてさっきの矢を免れたディクスがその餌食となった。

 為す術も無く、ディクス達は一方的に()られていく。

 振り返ってそれを見たアガスは、喘ぎながら兄と共にへたへたとその場に座り込んだ。

「た、たす、助かっ…た……」

「これは一体……」

 何が起こったのか訳が判らず呆然とするサウアーの脇で、ゲッシュは無言で頭上を見上げた。

 ざざっと枝葉を揺らし、数フィノ上から人影が落ちてくる。

 それは難なく地に降り立つと、剣を構えるゲッシュにニッと不適な笑みを浮かべた。

 二十代後半のがっしりとした体躯の男だ。独特の臭いを漂わせ、片手には鞭のような紐を束ねて持っていた。そして、肩にはさっき使っていた弓を引っかけている。

「危ない所だったな。俺はここら辺一帯を見回る自警団(レンジャー)でアルベロという」

 そう声を掛けながら、男は眉根に(しわ)を寄せてゲッシュ達を見た。

「お前等、ひょっとしてヌルルの汁を体に塗ってるのか?」

「ああ、最近はここいらでもオーシグルが出るからな」

「確かにそうだが……」

 しかし、物凄く臭いのに体に直接塗る奴は珍しい。

 口籠りながらレンジャーの男は何とも言えない表情をした。

 それに構わず、ゲッシュは疑問を口にする。

「ところで、どうして俺達の事が判った」

「エルティアの方から、バルザーム等に追われてこっちに来る奴がいるって、早鳥(ピクト)で知らせが来たものでな」

 近年はここら辺もオーシグルなど、昔は見かけなかった獰猛な肉食獣が徘徊するようになって、森の中は随分と物騒になっていた。

 それで定期的に見回りをしているのである。その内の一人が四人を見つけてピクトを飛ばしたのだ。

 それを受け、急ぎレンジャー仲間と共に樹の上を飛び移りながらここまで来た処で、ディクスに追われている四人を見つけたという訳だ。

 自分だけ降りてきたのは、他の肉食獣を警戒しての事だ。

「何故余所(よそ)者が街道から外れたあんな所からこの国に入って来たのか、その理由(わけ)が知りたくてな」

 そう言いながらチラリと金髪の三人を見やる。ただの親切心で助けた訳じゃないと。

「そうか……」

 額を押さえ、苦々しげにゲッシュは呟いた。

 エルティアの方からという事は、ここはもうエルティアではないという事だ。樹の幹が徐々に太くなり、見慣れた色合いになってきた時点で気付くべきだった。

 目の前の助けてくれた男の髪色を見れば、ここが何処だか判る。自分と同系色の明るい茶色の髪——

 そう、ここはゲッシュの故郷の《昏の国(アルティア)》だった。

 




 次回から投稿するのは週一になります。
 最近色々と忙しくなり、書く時間がなかなか取れなくなったので。
 次の投稿は6/15になります。
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