何処までも続く草原を、六頭の一角獣が草葉を蹴散らして疾走していく。
脇目も振らずただひたすら北西に向かって。
その先頭を走る栗毛の一角獣に乗っているのは
最低限の休憩を取る以外は、何かに憑かれたようにひたすら一角獣を走らせる。
ショウ達は、その後を遅れまいと必死に追って行った。
昨日、ウィドの
ゆっくり休むのに適した邑の跡地を無視するのも一度や二度ではない。
また一つ、行く手に見える邑らしき柵に目もくれず通り過ぎようとする。
「おいっ、エルドっ!」
とうとう堪りかね、ショウは前を行くエルティアの少女を大声で呼んだ。
だが、エルドはスピードを緩める処か見向きもしない。
ムッとしたショウは、葦毛の一角獣の脇腹を蹴ってスピードを上げた。
「エルド、速度を落とせっ」
横に並んで怒鳴るが、
「このっ」
すかさずショウは進路を妨害するように、エルドの前に躍り出た。
突然前方を塞がれてぶつかる寸前、慌ててエルドは手綱を引く。
驚いた栗毛の一角獣が竿立ちになる。
手綱を巧みに操り、何とかエルドは落馬せずに済ませた。
「いきなり何すんだいっ。危ないだろっ!」
「お前が人の話、全然聞かないからだろっ」
キッと
「婆さんが心配なのは判るけど、シグ達の事も考えろよ。ダーナの邑だっけ? そこに着く前に二人が倒れるぞ」
ショウは後からやって来る四頭の一角獣に視線を向ける。
二頭にシグとアルフィーネが乗り、荷物を載せた残り二頭を連れてこっちに向かって来ている。
だが、その姿は乗っているというより、落ちないように一角獣にしがみついているといった感じだ。気を抜けば鞍から転げ落ちそうである。
それを見て、エルドは初めて自分がいかに無茶な飛ばし方をしていたか気付いた。
皆はそれに文句を言わずに付き合ってくれていたのだ。それに気付かず、二人が限界なのを見兼ねて止めに入ったショウに怒りをぶつけたりして——
「あ…、ごめん……」
「いいさ。それよりあそこに見えるヤツ、何処かの邑の跡地じゃないか?」
「ああ、ここら辺だとノデマの邑かな」
「じゃあ、取り敢えずそこで休憩しよう。二人をゆっくり休ませてやらないとな」
先にエルドに邑に行ってもらい、ショウは二人を迎えに一角獣の体を返した。
そして、駆け寄って二人から荷物を載せた一角獣の手綱を受け取ると、三人でゆっくりと邑に向かう。
ノデマの部族は随分前に移動したらしく、柵の中も周りより丈は短いが一面緑の草葉に覆われていた。
ショウは井戸から水を汲んで一角獣達に与えると、そのまま杭には繋がずに自由にさせる。
喉を潤した一角獣は各々好きなところで草を
ショウ達も先に来てエルドが用意してくれた焚き火を囲み、食事を取った。
腹が膨れると、シグはすぐにうつらうつらと舟を漕ぎだし始める。
アルフィーネも食事の後片付けを手伝いながら眠そうにしていた。
それを見て、ショウは焚き火から少し離れた所にある支柱を利用して旅用の天幕を張り、二人を休ませた。
余程疲れていたのか、二人は天幕の中で横になるとすぐに寝息を立て始める。
それを背中で聞き、エルドは大きく溜息をついた。
「ダメだね、あたし。姉なのにシグの事全然気遣ってやれてなかった」
「仕方ないさ。それだけ婆さんを大切に思ってるんだろ」
悄然とするエルドをショウは理解を示して慰める。
その言葉に、ふっとエルドの目元が和らぐ。
「うん、お婆様は邑の長老ってだけじゃなく、あたし等の
正確には曾祖母の妹に当たる。自分が産まれる前に亡くなって顔も知らない本当の曾祖母の代わりに、厳しいながらもずっと自分達を慈しみ見守ってくれていた。
「そっか…、血が繋がってんなら尚更だよな」
自分も物心付く前から傍に祖母がいて、ずっと見守っていてくれた。自分にとって祖母は母親同様、いやそれ以上に身近で大切な家族だった。
「シグだって想いは同じだから、お前の無茶に文句も言わずに付き合ってたんだろ」
「……そうだね」
何時もなら今頃文句の十や二十は絶対口にしていた筈だ。
文句を言う弟を脳裡に描いて、エルドはクスッと笑みを零した。
「でもそれだけじゃないよ。お婆様は
元々部族ごとに邑を造って暮らしているエルティアでは、大なり小なり部族間のいざこざが絶えなかった。それを一つにまとめ上げたのがこの国を興した祖王である。
そして百年ほど前、王だけでなく王族全てが行方不明になり、また部族ごとにバラバラになるところを防いだのがエラドラなのだ。
とはいえ、それは個人ではなく、エルーラの担い手としての立場を最大限利用したものだった。彼女の後継者がいない今、エラドラに何かあった場合、エルーラの威光でまとまっていた部族がどう出るか。今のままの体制で行くのか、それとも昔の様に部族ごとに完全に分かれてしまうのか、各部族がどう判断するか分からなかった。
「だから儂は簡単に死ねんのじゃよ」と、苦笑しながら話をしてくれたエラドラの言葉を憶えていたエルドは、二重の意味で曾祖母を失う訳にはいかないと、必死になって一角獣を駆ったのだ。
エラドラが自分達全員を有無言わせず、無理矢理邑から追い出すような真似をしたから余計に。
「そういや、あんたは大丈夫なのかい?」
二人があんなに疲れているのなら、こいつも同じだろう。
ふと思い出したように、無理をしているのではと気遣うエルドに、ショウは軽く肩を竦める。
「ああ、この体結構ハイスペックだからな」
「え? ハイ…ス……なに?」
「あ…っと、意外と鍛えられてて丈夫だってこと」
意味をなさない言葉に眉を
全てを知っているエルドにはもう取り繕う必要が無いからか、ついうっかり向こうの世界の言葉が口に出てしまう。
「それより、ダーナの邑まで後どれくらいなんだ?」
「今日ここで休むとしたら、後二日半か……三日ってトコかな」
表情を曇らせ、葛藤するようにエルドが応える。
本当はもっと早く行きたいのだが、これ以上シグ達に無理はさせられない。
「じゃ、お前一人なら?」
「え?」
「お前一人なら、もっと早くダーナの邑に着けるだろ」
目を丸めて自分を見る
「俺達の事は気にせず、先に行けよ。道案内ならシグがいるし、三日くらいなら俺達だけでも辿り着けるさ」
「いいのかい?」
「ああ。但し、無理はするなよ」
「分ったよ」
力強く頷くと、エルドは勢い良く立ち上がった。
早速支度に取りかかり、それが済むとさっさと一角獣に
「本当にもう行くのか?」
もう少し休んでからでもいいんじゃないかとショウは思うが、エルドは聞かなかった。
ダーナの邑に辿り着けば、幾らだって休めるからと。
「じゃあ、後はよろしく頼むよ」
ショウに後を託し、エルドは手綱を引いて一角獣の脇腹を蹴った。
一声
緑なす草原の中にその姿は瞬く間に小さくなり、すぐに見えなくなった。
それを見送ったショウは一人、種火を残して消した焚き火の所に戻って腰を下ろす。
「力の
あの偏屈な婆さんが、一国の行く末を左右する人物だとはなぁ……
とてもそうは見えなかったが、神々の力の
確かに、それはそうだろう。あの誰にもどうにもできなかった漆黒の
そして、当然フォルドもそれができるのだ。同じ力の
ウィドの邑で『闇』を払ったソーレスの蒼い閃光を思い出し、ショウは浮かぬ顔で溜息をついた。
今まで話だけで懐疑的だった宝剣の力の一端を目の当たりにし、ダメ元であの後自分でもあの輝きが再現できないかと試してみたのだ。ソーレスの力の
だが、その結果は以前と変わらなかった。やはり
さっと草原を吹き抜けた一陣の清風が、膝の上に肘を乗せて頬杖を付きながらそんな事を考え、二人が起きるのを待つショウの黄金色の前髪をふわりと優しく揺らした。