一角獣がのんびりと思い思いに草を
草地を駆る軽やかな馬蹄の響きに、天幕の中でシグが眉間に
ややして、ぴくぴくと微かに揺れた
「ふあぁぁ……」
天幕の中でむくりと起き上がり、シグが大きく伸びをする。
先程
「起きたか」
「あ、兄貴」
もそもそと外に出て、きょろりとシグは辺りを見回す。
邑の跡地の柵の中、四頭の一角獣が自由気ままにくつろいでいる。
そして、焚き火の前には黄金の髪をした少年しかいない。他は誰もいなかった。
「姉ちゃんは?」
「エルドなら、先に行ったよ」
「えっ!?」
赤灰色の目を大きく見開き、シグは
何時までも起きないから、とうとう愛想を尽かされたのかと真っ青になる。
慌てふためいて天幕から飛び出し、転びそうになって焦ってたたらを踏んで何とか堪え、ホッと息をつく。
が、その後すぐに荷物の片付けをしようとわたわた動き回る。
そのシグの慌てぶりに、思わずショウは吹き出した。
「何笑ってんだよ、兄貴。早く姉ちゃん追い掛けないと——」
「落ち着けよ、シグ。俺が先に行けって言ったんだ」
ショウは笑いを噛み殺し、情けない表情をして訴えるソバカス面の少年に教える。
どう見てもこれ以上二人が、エルドのペースに付いていくのは無理だった。とはいえ、エルドの気持ちを思うと速度を落とせとも言えない。
別に四人揃ってダーナの邑に着かなきゃならない訳ではないのだ。だったらそれぞれ無理のないペースで行けばいい。
「俺達は三日くらいを
「へ?」
間の抜けた声を上げ、シグが固まる。
問う様に見返すと、ショウが笑うのを
「なんだよ、兄貴。そーゆのは、早く言ってくれよ」
「言う前に、お前が焦りまくって騒いだんだろ」
ぶうぶう文句を言うシグに、ショウはしれっとやり返す。
ふくれっ面で暫し黄金の髪の少年を睨んでいたシグは、ふっと肩の力を抜くと、手にした荷物を置いてとぼとぼと焚き火に近づいた。
そして気が抜けたように、シグはショウの隣に
「…——助かったよ、兄貴。おいらじゃ、姉ちゃんの暴走止められないからさ」
それに、姉と気持ちは一緒だったから止める気もなかった。
父ちゃんがいて母ちゃんがいて、邑の皆がいる。それが当たり前のようにずっと続くと思っていた日常が、あんな風に失われてしまうとは思わなかった。
ウィドの部族は自分を入れてたったの三人になってしまったのだ。もう誰一人として欠けて欲しくない。
だから文句も言わず、無理を承知で姉の後を必死に付いて行ったのだ。
ショウもそれが分かっていたからこそ、シグ達が限界になるまでエルドを止めなかったのだ。
「取り敢えず、今日はここで一泊するから、今夜はゆっくりと体を休めろよ」
シグを気遣いながら、ショウはほんのりと茜色に染まり始めた空を見上げて言った。
ここに着いたのは昼前だったが、二人が目を醒ますまで待っていたら夕暮れ近くなってしまった。今から出発すると何もない草原の中で夜を越さなければならなくなる。
草原には
「それで、明日は起きて支度が出来次第出発ってことでいいか?」
エルドには三日でダーナの邑に行くと言ってしまったのだ。それまでに着かなかったら、何を言われるか分かったもんじゃない。
「確かに、そうなるかなぁ」
頷いてシグは、落ちていた小石を拾って地面に四つの丸を描いた。
「今おいら達が居る邑がここで、ダーナの邑がここ。で、ダーナの邑までまだ距離があるから、ちょっと遠回りになるけど、ここと、ここの二つの邑を経由して行くのが最も安全だね」
地面に描いた丸を指差しながら、シグはこれからの日程を説明する。
「兄貴の言う様に、明日はここを早めに出なきゃ、ここに着くのは夕暮れギリギリになるかな」
シグの示した最初の目的地であるミルゼの邑は、ここから結構距離がある。とはいえ近くに他の邑がないので仕方なかった。
そこから次のラトスの邑まではそう遠くない。半日ちょっとで着ける距離だ。
そして、その邑からダーナの邑までは、また一日程の距離がある。朝ラトスの邑を出発して、無理なく急いで夕暮れ前になんとか着けるといったところだ。
ラトスで半日無駄に潰す事になるが、安全第一に考えるならこの日程がベストだろう。
それにこれなら三日と言ったエルドとの約束も守れる。
「じゃあ、これからどうするかな……」
ちらりとテントの方を見て、ショウは思案した。
シグも同じように考え込むと、すぐにいい事を思い付いたとばかりに指を鳴らす。
「じゃさ、兄貴の世界の話聞かせてくれよ」
「俺の世界の話?」
「そう、おいらこの
お婆様が話してくれた神話や伝説にも、それ以外の世界が存在するなんて聞いた事がない。それなのに、それ以外の世界から来た人間が目の前に居るのだ。そこがどんな所なのか興味があった。
それに姉ちゃんが一緒ならまだ何とか堪えていられたけど、こうして何もする事が無く黙っていると、あの誰も居なくなった邑と、最後に見た父ちゃん達の姿が頭に思い浮かび、何かで気を紛らわせていないと、自分一人じゃとても堪えられそうになかった。
「なぁ、兄貴。いいだろ?」
「まあ、それでいいなら……」
一転して殊更明るく振舞うシグに、何処か感じる処があったショウは思わず頷いた。
とはいえ、いきなり言われても一体何を話せばいいのか。すぐには思い付かない。
ショウが悩んでいると、シグは待ち切れずにずいっと身を乗り出した。
「じゃぁさ、兄貴の世界の人ってどんな姿してんの? 一角獣みたいに額に角があったり、オーシグルみたいに全身毛むくじゃらだったりとか?」
「……お前、人を化け物みたく言うなよな」
ショウはシグの
「姿はお前等と殆ど変わらないよ。お前みたいに橙色の地毛のヤツはいないけどな」
染めれば別だが、基本この世界ほど髪色は多くはない。ソルティアに居た時は向こうの世界でも見かける金系統の髪ばかりで余り感じなかったが、エルティアは赤系統の様々な色合いの髪色があった。
「目の色も、お前みたいな赤灰色の目なんて見た事ないしな」
「じゃ、兄貴は何色だったんだい?」
「ちょっと茶色っぽいけど黒髪で目も黒だよ」
「へぇ、兄貴って結構地味だったんだな」
鮮やか黄金の髪に深く
「うるさい。日本人だからしょうがないだろ」
「ニ…ホン…ジン?」
耳慣れない言葉に、ジグが小首を傾げる。
「ああ、『日本』ってのは俺のいた国で、そこに住んでる奴は大体黒髪黒目なんだ」
と、ショウは説明する。
それからシグが日本についてあれこれ質問し、ショウがそれに懐かしむ様に答える。
相手が自分の事情を知る者だからだろうか、まともに取り合う者がいなかったソルティアの頃と違い、話す声も何処となく嬉しそうだ。
そんな二人の会話を天幕の中で、独りアルフィーネは聞いていた。
本当はシグが起きた時点で彼女も目を覚ましていたのだか、直後シグが仰天して慌てふためき、噴き出しながらもショウがそれを
——向こうの世界の話をするのは、わたしだけだったのに……
今ではあの時話してくれた事は、皇子の妄想ではなく本当の事だと判る。清風の化身である
皇子の体の中には、異なる世界の人間の魂が宿っていると。
ソルティアでは誰もそれを信じる者はいなかった。自分自身もその一人だ。別人の様に思えた時もあったが、皇子である事を疑いはしなかったのだ。
でも——
声を弾ませてショウに異世界の話を